■特攻姫〜特技見せ合いっこパーティ〜■
笠城夢斗 |
【5199】【竜宮・真砂】【魔女】 |
広い広い西洋風の邸宅。
いかにも金持ちそうな雰囲気をかもしだすその屋敷の庭園で、ひとりの少女がため息をついていた。
白と赤の入り混じった、流れるような長い髪。両の瞳はそれぞれにアクアマリンとエメラルドをはめこんだようなフェアリーアイズ。
歳の頃十三歳ほどの、それはそれは美しい少女は――
ほう、と何度目か分からないため息をついた。
「……退屈だ」
そして――ひらりとその場で回転するように、舞う。
シャン
彼女の手首につけられた鈴の音も軽やかに。
少女の両手に握られていた細い剣が、音も立てずに庭園に何本もつきたてられていた木の棒を切り飛ばした。
少女は舞う。ひらひらと舞う。
そのたびに両の剣も舞い、だんだん細かくなっていく木の破片が、あたりに散らばっていく。
シャン シャン シャン
やがて一通り切ってしまってから――
「……退屈だ」
両の剣を下ろし、少女はため息をついた。
彼女の名は葛織紫鶴[くずおり・しづる]。この大邸宅――実は別荘――の主で、要するにお金持ちのご令嬢だ。
そして一方で、一族に伝わる舞踏――『剣舞』の後継者。
まだ十三歳の若さでその名を背負った彼女は、しかしその立場の重要さゆえになかなか別荘から外に出してもらえない。
「退屈だ、竜矢[りゅうし]」
若すぎるというのにどこか凛々しさのある声で、紫鶴は自分の世話役の名を呼んだ。
世話役・如月[きさらぎ]竜矢は――少し離れたところにあるチェアで、のんきに本を読んでいた。
「竜矢!」
「……いちいち応えなきゃならんのですか、姫」
竜矢は顔をあげ、疲れたようにため息をつく。「大体その『退屈』という言葉、今日だけでももう三十五回つぶやいてますよ」
「相変わらずのお前の細かさにも感心するが、それよりも退屈だ!」
どうにかしろ! と美しき幼い少女は剣を両手にわめいた。
「危ないですよ。振り回さないでください。あなたのは真剣なんですから」
冷静に応える竜矢は、やがて肩をすくめて、傍らのテーブルに本を置いた。
「では、パーティでも開きましょう」
「パーティなど飽いた。肩が凝るだけだ!」
「そうではなくて、特別に一般の人々を呼ぶんですよ。それで――そうですね、姫の剣舞のように、他の方々の特技も披露して頂いたらいかがです?」
私がどうにかしますから――と、のんびりと竜矢は言う。
紫鶴の顔が輝いた。「それでいくぞ!」と彼女は即断した。
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特攻姫〜特技見せ合いっこパーティ〜
その日、葛織紫鶴が催した立食パーティは、あいにくの雨で庭から屋内に切り替えられた。
「雨か……そう言えば久しぶりだな」
葛織家の次期当主候補・紫鶴はしんしんと降る雨を窓から眺めながらつぶやいた。
「そうですね。特にパーティのときは……」
紫鶴の世話役、如月竜矢が目を細めて空を見上げる。「天気には気をつけて日取りを決めているんですがね」
「屋内のパーティも悪くないが……」
紫鶴はいい匂いのただよってくる背後を肩越しに見やる。
そこは屋敷の大広間だった。普段使われていないものの、綺麗な絵画や細工物がもったいなくて紫鶴がメイドに頻繁に掃除させているため、即席にパーティ会場にされても何の不備もない、美しい部屋だ。
けれど、親戚関係者に疎まれて主催者だというのにまったく存在を無視される紫鶴にとって、開けた庭園よりも屋内のほうがますます肩身が狭くなるような思いだった。
「姫。一緒に会場のほうにまいりましょうか」
竜矢が優しく、少女の肩に手をかける。「せめて食事はなさってください。もったいないですよ」
「うん……」
とぼとぼと紫鶴は歩き出した。
立食パーティは盛況だった。紫鶴の家に特別に呼んだコックの腕前はさすがだった。
色鮮やかなサラダをフォークでつついていた紫鶴は、ふと気配を感じて顔をあげた。
「姫」
傍にいた竜矢が、囁くように警戒の声を紫鶴に送る。
「………」
紫鶴が見つめた先。会場の隅に――
いつの間にか、見知らぬ女性がいた。
歳は二十代半ばほどだろうか。和服に、まとめた髪に挿した美しい華。かぶっているのは薄いヴェール。
「どこから入ってきたんだ……?」
竜矢が不審そうに眉をひそめる。
一番不思議なのは、その美しい女性に対して親戚たちが誰も声をかけないということだ。
顔を向けるものさえいない。そう、いない。
まるでそこにいない人物かのように。
「……声を、かけてみようか」
紫鶴はぽつりと言った。
「姫……危険かもしれませんよ」
「だが、私の屋敷内にいる以上無視はできない」
紫鶴は胸をはって、つかつかとその女性に向かって歩き出す。後ろから、やれやれと竜矢もついてくる。
近づくと、女性はまるでそれを待っていたかのように妖艶な笑みを見せた。
つややかな唇がそっと開く。
「初めまして……」
相手から声をかけられて、紫鶴は驚いて硬直してしまった。
「初めまして。――ほら、姫」
竜矢に背中をぽんと叩かれ、我に返った紫鶴は慌ててスカートを軽く持ち上げ西洋風の挨拶をする。
「初めまして。――あ、あの、あなたは?」
「竜宮真砂と申します」
真砂は丁寧に頭をさげた。「いつも、弟子がこちらにお世話になって」
「弟子?」
真砂の口から出た人物の名に、紫鶴は目を丸くした。
「あの方のお師匠でいらっしゃるのか! これは失礼した」
紫鶴は慌てて、「どうぞパーティへ」と真砂をパーティの中心に連れて行こうとする。
真砂は優しく微笑んだ。
「いいのです。私は今、あなたと竜矢さんにしか見えていないはずですので」
「え……」
「それより、お土産を持ってまいりました。……どうぞ」
真砂が丁寧に風呂敷に包んで持っていたものを差し出してくる。
にっこり微笑んで、
「弟子がお世話になっている御礼です」
「いや、そんな……こちらこそお世話になっているのに」
「ふふ。こういうときは素直に受け取ってくださるほうがよいのですよ、姫君」
真砂にくすくす笑われ、紫鶴は真っ赤になった。
「ししし失礼したっ」
とどもりながら、今度はおとなしく風呂敷包みを受け取る。
「どうぞ、ここでお開けくださいませ」
真砂に言われ、紫鶴は従った。包みを解いてみると小さな箱が出てくる。
箱を開くと、ほんのりいい香りが漂った。
「これは……なんだろう?」
うっとりとした紫鶴が、箱の中心に鎮座している小瓶を見つめる。
「香水ですね」
のぞきこんだ竜矢が言った。「この香りは……海でしょうか?」
「そうです。私が作りましたの。海の香りのする香水……姫君には珍しいものかと思いまして」
「海か……」
紫鶴ははにかむように笑みを作って、「そうか、海はこんな香りがするのだな」と嬉しそうにつぶやいた。
紫鶴は生まれてこのかた、屋敷から出たことがない。海を見たことがないのだ。
「ありがとう、真砂殿」
満面の笑みで少女は言った。真砂は、和服の袖で口元を隠してそそと微笑んだ。
「喜んでいただけてよろしゅうございました」
「姫。今ここで香水をつけてみては――?」
竜矢が促す。
「こ、香水とはどうやってつけるものなのだ?」
「色んな方法がございますよ。香りはのぼるものですので、足元につけたり……入れ物をスプレーに変えて、空中に噴射してその間をくぐったり……首筋につけたり……手首につけたり……あるいは和紙にたらして、ポケットに入れておいたり」
真砂が次々とあげていく香水のつけかたに、紫鶴は目を白黒させた。
「ええと……どれがいいのかな」
救いを求めて竜矢を見る。
「姫のお好きなように」
竜矢はくすくすと笑う。
そんな意地悪な世話役をにらみつけてから、紫鶴はおそるおそる小瓶を持ち上げた。
蓋を開ける。――ほんのり潮の香り。
紫鶴は手首に、ぽとりと香水を一滴落とした。
ふわあ……
広がる香り。まるで海に抱かれるように。
「両手首をこすりあわせるとよりよいですよ」
アドバイスをくれる真砂の声も、潮騒のように自然で。
両手首をこすりあわせて、紫鶴はくすぐったそうに笑った。
「――気持ちいい」
「それはよろしゅうございました」
真砂は目を細めて笑む。「香水も、あなたに使って頂いて喜んでおりますよ」
「え? それはどういう――」
ふふ、と真砂は微笑んだまま何も言わなかった。
「弟子から聞いたのですが」
ふと、和服美人は話題を変える。
「こちらは紫鶴様と特技を見せ合うパーティだとか」
「あ……うん……」
紫鶴は気まずそうに上目遣いになる。
「私の特技は……剣舞だが……あれは屋内ではできない……」
「よろしゅうございますよ。まずは私の特技をどうぞ」
言うなり――
すう
真砂は静かに息を吸った。
そして、そのつややかな唇を少し開いた。
流れ出るのは、美しい歌声――
「―――」
紫鶴がうっとりと聞き惚れる。
「これも……潮騒のような声なのかな……」
そんなことを考えてみたりして。
真砂は柔らかく歌いながら、歩き出した。パーティ会場の外へ。
そして廊下にある大きな窓の前で、立ち止まった。
歌声が一転、激しい調子へと変わる。
「―――!」
紫鶴は目を見張った。
まるで真砂の歌声につられたかのように、窓の外に見える景色が変わった。
静かな降りだった雨が――
激しい嵐へと。
雷が鳴った。
パーティ会場が騒がしくなる。なんだこれはと誰かが怒鳴っている。
「あ……しまった、おさえてこないと」
と身をひるがえそうとした竜矢の腕をつと取って、
真砂は目を閉じ、歌の調子を静かなものに戻した。
――雨が、やんでいく。
「真砂殿――」
察して、紫鶴が瞠目した。
「まさか、歌で操って――」
少女の凝視する視線に真砂は目を合わせて笑い、歌声をいたずらっこのようなハミングに変えた。
空が、動いた。
どんよりとした雲に覆われていた空に、割れ目ができる。そこから神秘的に太陽の光が差し込んだ。
「綺麗だ……」
紫鶴が窓にはりついて、そのさまを見つめる。
雨の中、一部分だけ太陽の光が差し込んでいる――
真砂はハミングの調子を強くした。
雲の割れ目がさらに広くなり、やがて青い空が見え出して、そして――
うっすらと、昼間の月が見えた。
「ああ――今日は半月か――」
月に能力を左右される葛織家の者として、あらかじめ知っていることだったが、はっきり目でたしかめると何だか感慨深かった。
真砂の歌の調子が変わる。
雲が、カーテンのように月の見える青空を隠していく。
そして真砂はいたずらっこのように笑い、
急に甲高い声をあげた。
雷鳴が鳴った。
「うわっ――」
土砂降りの雨となった外に、パーティ会場の騒ぎ。竜矢が頭を抱えて、
「あ、遊ばないでください竜宮さん……っ」
と悲鳴のような声をあげた。
真砂はころころと笑った。そして、静かな旋律を再度紡ぎだした。
雨がおさまっていく――
紫鶴がすっかり術中にはまったような表情で、ぱちぱちと拍手をする。
と、そこへ――
「何をしておる。紫鶴、竜矢」
重い声が、窓際の紫鶴たちを押した。
振り向くと、そこには紫鶴の叔父の京神がいた。
「さっきからパーティ会場が落ち着かん。まとめるのはお前たちの仕事だろう」
京神は苦々しい顔で紫鶴と竜矢の顔を交互に見た。
――真砂の姿は、彼には見えていない。
紫鶴は頭をさげた。
「申し訳ない叔父上。今すぐに」
「けっこう。お前がやればますます大切な関係者殿たちに失礼をするだろう。代わりは私がやる――いいか、会場には出てくるな」
言うだけ言って、京神は胸を張って会場に戻っていく。
「あらまあ……」
真砂がため息をついた。「弟子から聞いてはいたけれど……本当に大変な叔父上様ねえ」
「申し訳ない真砂殿、ご気分を害されたか?」
「いいえ」
にこりと微笑む真砂に、ほっとしたように紫鶴の表情がゆるむ。
「会場入場禁止にされましたねえ姫。どうされますか?」
竜矢が肩をすくめる。
紫鶴は窓に張り付いて空を見上げながら、
「私は雨を見ている。それだけでいい」
と言った。
真砂は、ぼんやりと雨を見上げている紫鶴に隠れてすすっと竜矢に寄り添っていくと、
「あの」
と竜矢に声をかけた。
「はい?」
「あの憎らしい親戚をつぶすには、どうしたらよろしいのでしょうね?」
弟子も気にかけておりました――と真砂は紫鶴に聞こえないよう小さな声で言う。
竜矢は苦笑して、
「そうですねえ……まずは京神様――今の叔父上をどうにかすることでしょうね。姫のお父上は飾りの当主で、実質的に京神様が親戚一同を取り仕切っておりますので……」
「まあ、そう」
真砂はくすくすと笑った。
「――ならばあの方の上に、雷でも落とそうかしら」
「物騒なことは言わないでください……」
「でもそうすれば、あなたの姫君は嫌な思いをしなくてすむようになるわ」
「今はこのままでいいんです」
竜矢はほとんど唇を動かさないしゃべりで、静かに言った。
「今は……姫が本家にあまり近づかないままでいいんです。まだ、その時期ではありません」
「………」
真砂は微笑んだ。
いまだに雨を見上げる少女の背中が見える。
真砂はすっと前に進んで紫鶴の横に立つと、再び歌い始めた。
紫鶴が横を向いて嬉しそうな顔をする。
竜矢は思う。――今はまだ、そういう子供の顔のままでいい。
まだ十三歳――本家と戦うには早すぎる。
今はまだ……
真砂がいたずらするように空で遊ぶ、そのさまを見て無邪気に笑う姫君のままでいい。
「本当にすごいな、真砂殿は……!」
紫鶴は心の底から無邪気に笑っている。
真砂はそっと微笑んで、空を割って太陽光を差し込ませた。
「紫鶴さん」
「うん?」
「――あなたの未来も、あのように美しいのですよ」
今は土砂降りの雨でも。
いずれ神秘的な太陽の光が差す。そのときがくる。
「ですから今から、たくさん笑っておいてくださいね」
紫鶴は顔に華を咲かせた。
「もちろん!」
そして少女はまた少し大人になる。
新たな出会い、新たな言葉に導かれて……
―Fin―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【5199/竜宮・真砂/女/750歳/魔女】
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■ ライター通信 ■
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竜宮真砂様
初めまして、笠城夢斗です。
今回はゲームノベルへのご参加、ありがとうございました!真砂さんのお土産と能力をうまくいかせるよう表現を頑張ってみたのですが、いかがでしたでしょうか。
……親戚への復讐はまた今度と言うことでw
よろしければまたお会いできますよう……
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