■ハロウィンを見つけに■
エム・リー |
【5171】【鳳泉・菫】【くノ一】 |
その日はハロウィン当日だったため、東京の街の中には様々なコスプレ……もとい仮装を楽しむ者がちらほらと見受けられた。
と、その街中で。
「おい、こら、そこのおまえ」
アトラス編集部での依頼を解決し、帰路へとついていたあなたを、聞き覚えのない子供の声が呼び止める。
「おまえ、暇そうだな。しょうがないからおれさまの手伝いをさせてやる」
続いて発せられたその声に、あなたは思わず足を止めて振り向いた。
そこにいたのは、見事な大きさのカボチャ――カボチャ頭の少年だった。
慇懃無礼ともとれるその物言いは、表情ひとつないその顔から発せられていた。(なにしろ、カボチャ頭には三角にくりぬかれた三つの穴が開いているばかりなのだ。表情などあろうはずもない)
オレンジ色のカボチャ頭に黒いマントを着た少年は、背格好からすれば小学校低学年といった感じだが……。
足を止めて少年の言葉に聞き入ったあなたに、カボチャ頭の少年は大きくふんぞり返りながら話を続ける。
「おまえ、おれさまが落とした鍵を見つけてくれ。おれさまが住んでる城の鍵だから、あれがないと、おれさま城に帰れないんだ。それは困る。だから捜してくれ」
人にものを頼む物言いとは言いがたい口調で、少年はあなたの顔を覗きこむ。
興味を惹かれたあなたは、結局、彼の話を聞き入れてみることにした。
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ハロウィンを見つけに
アトラス編集部での依頼を手伝い、その帰路途中、鳳泉菫は当初の予定――真っ直ぐに帰宅するというものだ――を変更し、東京・池袋にある百貨店を目指す事にした。
時節柄か、街はハロウィンの色でデコレーションされていて、その中を行く人々は、皆どこか浮かれ気味であるようにも見える。
ハロウィンとは元々はケルト人による収穫感謝祭がカトリックに取り入られたものであるという。今ではカボチャや魔女、黒猫といったものの仮装を楽しんでみたりするイベントのひとつとして広く知られている。
なるほど、確かに。
菫は街中をゆったりとした歩調で進みながら、行き交う人々の姿をぼうやりと見つめ、頬を緩める。
確かに、中には仮装を楽しんでいる者も少なくはないようだ。こと、子供は可愛らしいオバケに扮し、母親に手を引かれて歩いていく。
菫が目指す百貨店では、期間限定でちょっとしたイベントが催されているのだという。
特設されたパティスリーに週替わりにパティシエを招き、美味たるスイーツをもってハロウィンを楽しんでもらうといっや趣旨のもとにあるらしい。
碇に書いてもらった地図を眺めつつ、百貨店にいるというパティシエ――田辺聖人をぼうやりと思い出す。
田辺とは直接の面会はないものの、菫にとり、知己たちから話の端々に聞いた事のある人物でもある。機会があれば、一度は菓子の作り方などを教授してもらいたいとも思っていた相手だ。
知れず軽くなる足取りを楽しむその傍らで、菫は、ふと、視界の端に映りこんだひとりの子供に目をやって足を止めた。
それは見事なオレンジ色のカボチャを頭に戴いた子供が、人混みの中で右往左往している。
見たところ、せいぜい小学生といった年頃だろう。
小さな身体を黒いマントで包み込み、カボチャがその表情をも隠しこんでいる。そのために窺えそうにはないが、挙手などを見る限り、どうやら困っているらしい。
菫は子供の方へと足を向け、持っていた風呂包みの中に、碇にもらったメモ書きをするりとしまいこんだ。
「こんにちは」
そう声をかけようとした矢先、菫の視線に気がついたのか、カボチャ頭が弾かれたような動きで振り向いた。
「おまえ」
発せられた声は、やはり子供によるものだった。それも、どうやら少年のものであるようだ。
「はい」
おまえ呼ばわりされた事にはまるでお構いなしに、菫は穏やかに微笑み、首をかしげる。
「おまえ、暇だろ」
「え?」
「暇そうだ。暇なんだろ!? おれさまのてつだいをさせてやるから、よろこべ」
「お手伝い、ですか?」
頬をゆったりと緩めたままで、菫は眼前にいるカボチャ頭を真っ直ぐに見つめた。
目鼻を模しているのだろう、三角穴が三つ。口をかたどっているのであろうギザギザ穴が横長にひとつ。目にあたるであろう穴の奥には、ぼうやりと点る小さな光のようなものが見える。
覗き見る限り、カボチャの中には子供の顔らしいものは見当たらない。――おそらく、子供はこういう存在なのだ。
魔物と呼べばいいのか、あるいはオバケと呼べばいいのか。
思案を始めた菫に、カボチャ頭の子供の言葉がさらにぶつけられた。
「おれ、城のかぎをなくしたんだ。あれがないと、おれさま城にかえれないんだぞ。たいへんだろ」
なぜか意味もなく胸を張っている子供に、菫は穏やかな笑みを浮かべたままで「はあ」と小さくうなずいた。
「だから、おまえ、おれさまをてつだえ。かぎを見つけなくちゃダメなんだ」
「お家の鍵を失くされたんですね。わかりました、わたくし、お手伝いさせていただきます」
うなずきがてら膝を折り屈め、子供の視線と自分の視線とを重ねる。
「では、まず、あなたのお話を聞かせてください。どういう鍵なのか、――例えば形とか大きさだとか……そういうものを教えていただけると、とても捜しやすくなると思うんです」
そう告げてにこりと笑う。
子供は、菫のやわらかな笑みに気持ちを安堵させたのか、ゆるゆるとうなずいて名乗りを始めたのだった。
しばしの後、ふたりは手を握り合って、街中の雑踏を歩いていた。
子供は自らを悪魔界の皇子だと名乗り、エルザードという世界まで遣いに行く途中であったという。
異界から異界へ移動するには次元と次元の隙間に通じている通路や、時には同じように存在する歪みを通って行くのだと、皇子は告げた。
「この辺を通ってたら、なんか道がぐにゃってなってさ。それで、おれ、はきだされちゃったんだ」
菫に手を引かれながら、皇子はいろいろな話を語った。
両親、祖父母、そして自分たちが住んでいるという城の事。そうして、その城に入るための”鍵”の話を。
「鍵は、このぐらいの大きさのものでいいんですよね?」
ふたりが立ち寄ったのは書店だった。
菫は文庫本を一冊手に取って皇子の前へ差し伸べる。
皇子は菫からそれを受け取って、しげしげと文庫を確めていたが、やがて顔をあげて大きくうなずいた。
「そうだ、こんぐらいだ」
城に入るために必要な鍵は、皇子がいうには呪文であるのだという。
「おれ、あんまり長すぎるとおぼえらんなくてさ。そしたらパパ上がおれさまのために本を作ってくれたんだ。その中に呪文もぜんぶ書いてあるんだぞ」
「だからそれを失くしたら困るのですね」
「そうだ」
菫の言葉に、皇子はかくかくとうなずいた。
菫は心の底だけでうなずいて、手にしていた文庫を元の場所へと戻し、書店を後にした。
「それでは、まず、交番などに行ってみましょう。落し物とかで届けが出ているかもしれないですし」
「こうばん」
「おまわりさんがいるところです。おまわりさん、悪魔界にはいませんか?」
「衛兵ならいるぞ」
「ああ、そうか! お城なんですもんね」
胸を張る皇子に、菫はくすくすと肩を揺らす。
「わたくし、いつか、皇子のお城にお邪魔してみたいです」
「遊びに来いよ、すみれ! おかしとかたっくさん用意して待ってるからさ」
「ええ、そうですね、きっと」
「よっしゃ、そうとなったら、鍵をみつけてお遣いをおわらせないとな。菫、行くぞ!」
菫との約束が嬉しいのか、皇子は揚々とした足取りで再び足を進める。
が、その時、菫の視線は、一軒の店の方へと向けられていた。
立ち止まったままの菫に手を取られ、見事に引っくり返った皇子が振り返って不平を述べる。
「こうばっていうのはそっちにあるのか!?」
「いいえ」
かぶりを振る菫の視界にあったのは一軒の花屋だった。
「花!? そこがこうばんなのか!?」
「いいえ、皇子。お花屋さんです。ああ、ほら、あそこに可愛らしいアレンジが」
言うが早いか、菫の足はなぜか花屋の前へと寄せられていた。
ハロゥイン仕様の大小のアレンジメントが多く並べられている。
その中のひとつを手にとって、菫は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「お部屋に飾ったら可愛いですよね」
嬉々とした面持ちでアレンジメントを選び始めた菫の横で、皇子がぽかんと菫を見上げている。
「はい、ぼうや」
ハロウィン仮装をしている子供だと思ったのだろう。店員が皇子に飴をひとつ差し出した。
皇子はその飴を口の中に放り込み、何事かを言いたげな顔で菫を見つめているが――菫は一向に気付く様子もなかった。
次に立ち寄ったのは和菓子屋だった。
通りにそって作られたショーケースの中に、カボチャやさつまいも、栗などを使った甘味が可愛らしく並べられている。
「すみれ、ここがこうばんか!?」
「いいえ、皇子。ここは和菓子屋さんです。お茶請けなどに良さそうなお菓子がたくさんですね」
ほのぼのと見入る菫の横で、皇子はやはりぽかんと菫を見上げたままだ。
店員が顔を覗かせて、またもや皇子に菓子を差し伸べた。
「はい、ぼく。ハロウィンおめでとう」
顔を覗かせたのは年配の女性だった。
皇子は「そのあいさつもおかしくないか」などとぶつぶつ言いながら、差し伸べられたクルミ大福を口の中へと放りやった。
次に立ち寄ったのは雑貨屋だ。ここにはハロウィンに合わせた小物や雑貨などが並べられ、菫は、やはりそれらに目を奪われたのだ。
皇子は例によって、否、半ば呆れたように菫を見やっている。
「なあ、はやくこうばんへ行こうぜ、すみれー」
声をかけてみるが、菫は曖昧な返事を口にするばかり。
そうしてここでもやはり店員が顔を出して菓子を伸べた。
皇子は差し出されたプチケーキを黙々と頬張って、菫が満足するまで待つことにした。
次に立ち寄ったのは
「いいかげんにしようぜ、すみれー。おれさまもう飽きた。はやくおまわりさんのところに行こうよー」
目に付いた店の方へ吸い寄せられそうになった菫を、しかし、皇子がさらりと引きとめた。
「あ、ええ、ごめんなさい。……じゃあ、行きましょうか」
ようやく当初の目的を思い出したのか、菫は皇子の手をとって、再び雑踏の中へと立ち戻ったのだった。
それからしばしの後。
池袋の百貨店の中の一室で、菫と皇子は初めて目の当たりにする黒衣のパティシエ田辺聖人の向かいのソファに座っていた。
田辺は碇との電話を終えた後、吸い終えたタバコを灰皿へと押しやると、
「菫っつったっけ。ええと、で、なにを作りたいんだ?」
低い声音でそう訊ねかけてきた。
「パンプキンパイです」
「ああ、なるほど。あれはそんな手間もかからないし、いいんじゃないのか。……で、そっちのカボチャを使うのか?」
「おおお、おまえ、おれさまは食材じゃあないぞ!」
「いいえ、田辺さん。こちらは悪魔界の皇子様です。鍵を失くされたんだそうで、――あの、よろしければ、鍵を捜す手助けもお願いしたいと思うのですけれど」
「鍵?」
ちろりと菫を一瞥した田辺に、菫は微笑みながらうなずいた。
「田辺さんは情報屋さんでもあると伺いました。報酬はお支払いいたします」
「報酬ねえ」
田辺はわしわしと頭をかきむしり、それからおもむろに何処かへ電話をかけだした。
「ま、手は打ったし、見つかれば見つかるだろ。で、パンプキンパイな。じゃあひとまず厨房に行くか」
「はい! よろしくお願いいたします!」
立ち上がった田辺に丁寧に礼を述べ、菫と皇子は互いの顔を見合わせる。
「良かったですね」
「うん、よかった! ホント、どうなるのかと思ったよ」
「では、皇子。お土産にわたくしの作るパンプキンパイを差し上げます。お遣いの途中にでも、良かったら召し上がってくださいね」
「うん! 楽しみだ!」
揚々とした面持ちでうなずいた皇子に、菫もまた頬を緩ませた。
田辺の協力を受けたせいもあってか、鍵はひどくあっさりと見つかった。現場の近くのコンビニに落し物として届けられていたらしい。
それと同じくして焼きあがったパイを数個ほど携え、皇子は再びお遣いの旅に戻っていった。
「ええと、……菫?」
皇子を見送った後、田辺が気まずそうに菫を呼んだ。
「はい?」
「あのな、ええと、言いにくいんだけど、……おまえ、あんまり料理しないほうがいいかもしれないな」
「? なんででしょう?」
「ああ……ええと、……大変個性的な味になるっていうか」
「まあ」
「さっきのあのパイも、試食したんだが、なかなかにぶっ飛んだ味っつうか」
お遣い途中、皇子がぶっ飛んで再び違う世界へと転がり出た事は、菫も田辺も知らない話。
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【5171 / 鳳泉・菫 / 女性 / 19歳 / くノ一】
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ライター通信
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はじめまして。このたびは当方のハロウィンにご参加くださいまして、まことにありがとうございます。
さて、ハロウィンは時事ネタですから、出来るなら当日までにお届けしたかったのですが、……申し訳ありません。
せめて、少しでもお楽しみいただけていればと思います。
口調、設定など、もしも「これは違う」といったような点がございましたら、ご遠慮なくお申し付けくださいませ。
それでは、またご縁をいただけますようにと祈りつつ。
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