■GATE:02 『わんにゃんWARS』■
ともやいずみ |
【6145】【菊理野・友衛】【菊理一族の宮司】 |
キト家の末娘が持っていたという指輪の行方はいまだわからず……。
本人は落としたのか盗まれたのか定かではなく、そもそも装飾品には興味がないという。
指輪は見つけることができるのだろうか?
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GATE:02 『わんにゃんWARS』 ―後編―
「キミがルシアス君?」
成瀬冬馬の問いかけに町中を歩いていた青年が振り向く。長身で二十歳前後の青年は犬耳をしている。周りの聞き込みからして、この青年がドグ家の長男・ルシアスだろう。
ルシアスは足を止め、冬馬と、その横にいる菊理野友衛を眺めた。ぼんやりとした瞳の彼は少しだけ不快そうな顔をする。
「そうですけど、何か?」
「ちょっと訊きたいんだけど、いい?」
「……ミーシャの持っていた指輪のことだったら、僕は何も知らないですよ。まったく、いい迷惑だ」
吐き捨てるように言うルシアスは嘲笑を浮かべる。
「あの自慢したがりの父親のことだ。ミーシャがなくすなんて、考えもしなかっただろうしね。ったく、キト家はどいつもこいつもバカだ」
ルシアスの様子に冬馬は内心、肩をすくめる。
もしやルシアスとミーシャが結託して事を起こしたのではないかと考えていたのだが、そうでもないようだ。
(二人が恋人かも、とか思ったけど……これはなさそうだ)
冬馬は周囲を見回す。ちらちらとこちらをうかがう通行人がいる。往来で話しをしてもいいのだろうか?
「場所、移動しないかな?」
「いいですよ。手短にお願いしますね」
*
キト家のほうへ来たのは梧北斗とシュライン・エマだ。
今朝、朝食を取りながら全員で検討した結果、もう一度ここへ来たほうがいいということになったのである。
「わりと大きなお屋敷ねぇ」
執事であるカヅキに案内されて衣裳部屋に向かうシュラインは、フレアと共に居た。
今朝、フレアに同行と仲介をお願いした時、彼女はひどくぎこちない笑みを浮かべて了承してくれた。それを思い出してシュラインは横を歩くフレアを盗み見る。彼女は視線に気づいて怪訝そうにした。
「……どうかした?」
「え? いえ、なんでもないの」
「……あの、さ……」
言い難そうにフレアは小声で言う。
「おかしなこと言うけど、後でわかるから……今はただ聞いててくれるか?」
「? ええ、いいわよ」
快いシュラインの返事にフレアは安堵したように息を吐いた。常に気張っている様子の彼女も、こういう仕種を見れば年相応に見える。
「今回のことが終わって元の世界に戻った時に……たぶんアタシに会うはず」
「? また、私が別の世界に来るってことかしら?」
「いや、エマさんの世界でのことなんだ。詳しくは言えないけど……その時のアタシは、今のアタシより『前』の存在だから……その、余計な情報を与えないようにして欲しい」
「よくわからないけど……後でわかるのね?」
「後でわかるよ」
にこ、とフレアが微笑んだ。シュラインはその笑みに嬉しそうにした。フレアが再び怪訝そうにする。
「? なに?」
「いいえ。私、あなたって少し怖い人かなって思ってたから。優しい人みたいで安心したの」
「………………」
びっくりしたような顔をしてフレアは帽子を深く被り直した。その頬が微かに赤くなっているのをシュラインは見逃さなかった。
*
「それで? お連れの方はわたくしの衣装などを調べに行かれましたが、あなたはなんのご用?」
ミーシャは気だるい様子で北斗を見遣る。北斗に同行した維緒は呑気に窓の外を眺めていた。この部屋にはミーシャを含めて三人のみだ。
北斗は意を決する。
「あんたの指輪が見つからないと俺たちも困るんだ。で、単刀直入だけど仲間たちの代表で俺が質問に来た」
「質問……ね。どうぞ」
興味がないようで欠伸をするミーシャに、北斗は少しムッとする。
(やっぱ変だ。シュラインさんも、成瀬さんも言ってたけど……やっぱりミーシャの様子は普通じゃない。いくら興味がないって言ったって、こんなにのんびりしてるもんか?)
「……婚約披露だって言ってたけど、あんた……別に好きな人でもいるんじゃないのか?」
「あら。それが嫌でわたくしがわざと指輪を失くしたとでも? 残念ですけど、そんな殿方はいないわ」
「結婚が嫌、とか?」
「なぜ嫌がるの?」
「え……な、なぜって……」
問い返されて北斗のほうが動揺してしまう。
「そ、そりゃ……す、好きな人と添い遂げたいとか……お、思うじゃん?」
自分の顔が熱いのに北斗は恥ずかしくなった。なにを言ってるんだ俺は。
ミーシャは目を細めてくすくすと笑う。
「純情な方ですのね。
わたくし、そういうことは気にしませんのよ? あなたと結婚しろと言われればしますわ」
「ええっ!?」
仰天する北斗の態度が新鮮だったようで、ミーシャはさらに微笑む。
「可愛らしい方ですこと。あなたなら…………わたくしの退屈をなんとかしてくださる?」
「た、退屈? って、可愛いってなんだよ!」
年下の少女に「可愛い」と言われて狼狽する北斗に、ミーシャは面倒そうに手を振る。
「ドグ家の連中のことは不愉快でなりませんけど、会う度に互いのことを悪し様に言う現状に、わたくし飽き飽きですの。
そんな体力の使うこと……。面倒でならないと思いません?」
「面倒!?」
ぎょっとしてしまう。険悪な仲なのは知っていたが……。相手が嫌いだが喧嘩する体力は使いたくない、なんて。
その時だ。衣裳部屋からシュラインとフレアが戻って来た。シュラインは北斗にアイコンタクトをする。
うっかり外してしまったとしたならば、衣装に絡まっているという可能性があったからだ。だが調べた限り、それはない。
「何か見つかりまして?」
「いいえ」
「あなたがたは、なぜそれほど指輪を気になさるの? あんなのただの石ころよ?」
「あなたにとってはそうでも、私たちにはもっと価値があるの。指輪をなくした前後のこと、もっと詳しく教えていただけないかしら?」
凛々しく尋ねるシュラインの姿に、「おぉ……!」と北斗が感動している。おどおどしてしまう自分とは大違いだ。
ミーシャはシュラインを凝視していた。その瞳が細められる。
「あなたなりに何か考えがあってのことね? ウサ族のお姉さま。
……どうやらここに居る方たちは、皆さんわたくしが指輪に何かしたとお思いのようね。お二人の考えを聞けば、何か思い出すかもしれないですわよ?」
明らかに楽しんでいる。
腕組みしたシュラインは自身の考えを否定した。ミーシャが一枚噛んでいるとは思っていたが、誰かが彼女の影武者になり指輪を奪ったのではと踏んでいたのに。
(影武者……じゃないようね。じゃあ……)
*
人の少ない裏通りに来ると、ルシアスは腕組みする。
「そういえば妙な噂を聞きましたけど。
祭りの夜、偶然立ち寄ったよそ者が指輪をなくして今も夜中、町の広場で探している……とかなんとか。
そいつの仕業では?」
ルシアスは皮肉げに唇を歪めて言う。あからさまに好意的ではない態度に友衛は嘆息する。
「いや、そいつじゃないのはもうわかってる」
そもそもその噂は、友衛がオートに頼んで流してもらったものだ。友衛はルシアスを疑っているわけではない。偶発的に拾った者がいたら、と考えてのことだ。小さな町なので、返すに返せないかもしれないし、盗んだと決め付けられるのを恐れている可能性もある。
冬馬はルシアスに尋ねる。
「君は……ミーシャさんと親しいの?」
「冗談だろ? あんな澄ました顔の女と親しいものですか」
不愉快そうなルシアスの態度からみて、演技、というわけではないようだ。
「ミーシャさんの婚約を望んでいない人とかに、心当たりはあるかな?」
「さあね。いないと思いますけど。ミーシャの態度を見れば、彼女を好く人間がいるとは思えませんけど」
嫌味な言い方するなあ、と友衛が思う。だが口には出さなかった。
冬馬は思案し、さらに尋ねた。
「祭りの最中、ミーシャと会ったそうだね。その時、彼女の指に指輪があったかどうか憶えてる?」
「憶えてますよ。確かにありました。左手にしてましたね、指輪は。ミーシャの父親が自慢してたから、憶えてますよ、はっきりと。大きな宝石のついた指輪でしょ?」
ルシアスと別れ、冬馬はうーんと考え込む。友衛はルシアスの後ろ姿を眺めつつ呟いた。
「ルシアスと会ってた時点では指輪があったのか」
「おそらく、ミーシャさんのお父さんはわざと自慢するためにドグ家に会ってたと考えたほうが自然ですね」
「だとすると……ミーシャが会っていた叔父も無関係だな。ルシアスと会った後に失くした、ということか?」
「ルシアス君の話だと、指輪の宝石は大きめ。これで失くしたとなれば本人は普通気づくはず。祭りに夢中になっていたというならそれもわかるけど、梧君の話ではミーシャさんは祭りを楽しんでいた雰囲気ではなかった…………。
指輪がどこにあるのか情報が少なくて判断はできないけど、ミーシャさんが関わっているのは確かですね」
二人は歩き出す。今回は指輪を見つけることが目的。例えミーシャが犯人でも指輪が見つからなければ元の世界に戻ることはできない。
今さらだが、これはかなり危ない橋を渡っているのではないか?
「……指輪が見つからなかったら、俺たちはどうなるんだ……?」
友衛はずっと疑問に思っていたことを口に出していた。その答えを冬馬は持っていない。
友衛は元の世界でやることがある。それは冬馬とて同じだ。諦めないと約束したのだから。
「菊理野さん、シュラインさんたちを迎えに行きましょうか。何か情報を掴んだかもしれないし」
「あ、ああ……そうだな」
二人はキト家の方角へと向けて歩き出した。
川を眺めながら歩く冬馬は水面を覗き込んでいる少女に気づいて声をかける。
「そんなに覗き込んでたら危ないよ?」
ふわふわの髪の少女は冬馬と友衛のほうを見遣る。金色の瞳をした彼女は、驚くほど可愛らしい。
ギクッとしたように冬馬が身を強張らせた。彼女の強力な印象に心臓が鳴ったのだが、冬馬はわけがわからなかった。
(な、なんだ今の――?)
見覚えがないはずの少女は立ち上がる。大きな時計を持っていた。
「おにいちゃん、あそこにあるもの、とってくれない?」
もじもじとして喋る少女は川を指差した。友衛がそちらを見遣る。
「どうした? 何か落し物か?」
「うん。とって」
こくこくと頷く少女に、友衛が仕方なさそうに川へと入って行く。少し冷たい水に友衛は驚いた。
冬馬は川に入って行く友衛を眺める。川はそれほど深くないようだが流れがある。足を滑らせなければいいけれど。
友衛を見つめている少女へと視線を移動させ、冬馬は違和感に気づいた。
(この子、耳も尻尾もない……!?)
慌てて友衛のほうを見遣った。
「菊理野さん……っ!」
*
「……あんた、もしかしてわざと指輪を失くしたんじゃないのか?」
北斗が小さく言う。するとミーシャは肩をすくめた。しかしシュラインが続けた。
「あなたがやったのよ。おかしいと思ってたのよね。舞踏会に興味がないのに、会った人のこととかはきちんと憶えていたもの」
「あら。わたくし、これでも物覚えはいいほうですのよ? 会話でもしていれば憶えているのは当然ではなくて?」
「この町の人たちはキト家とドグ家を恐れているわ。指輪を盗んだりするものですか」
関わりたがらない人々が盗むとは考え難い。
「わざと落としたか……どうかしたんじゃないのかしら? あなたは指輪に執着していない。ただの石ころだと思っているもの。だったらぞんざいに扱ってもおかしくないわ」
「言うわね」
くすりとミーシャが笑った瞬間、室内にカヅキが入ってくる。
「お嬢様! 指輪が見つかりましてございます!」
その朗報に全員が驚いた。フレアと維緒でさえ驚愕している。フレアが青ざめて唇を噛むとカヅキを突き飛ばして室内から出て行った。
ミーシャは少しだけ目を見開き、腰を浮かせたが座り直す。頬杖をついた。
「……そう。どこで?」
「先ほど、屋敷の前の川で見つけたとかで……」
「……ああそう」
不機嫌そうに言うミーシャに頭をさげ、カヅキは出て行ってしまった。
北斗とシュラインはミーシャを見遣る。彼女は舌打ちした。
「流れていく予定だったのに、家の近くで引っかかったのね。ま、そういうものか」
「……やっぱりあんたか」
北斗が顔をしかめた。ミーシャは笑みを浮かべる。
「そうよ。あなたたちの思ったように、わたくしがやったの。舞踏会の帰りに川に捨てたのよ」
「どうしてそんなことをしたの?」
「重くて邪魔だったんだもの。少し外していたのに勝手にお父様が騒いだのよ。盗まれたとか言い出しちゃって大変だったわ。でも、面白くなりそうだったしそのまま放っておいたの」
「なんてことするんだ! 騒ぎになったんだぞ!」
「勝手に騒いだだけでしょう? あんな石ごときに大げさなのよ」
ミーシャの言葉に北斗が怒りに顔を染める。だがシュラインが彼の肩に手を置いて止めた。
「行きましょう、梧くん」
「で、でも……!」
言っても、ムダだ。シュラインの視線に含まれる言葉に気づいて北斗は悔しそうに拳を握りしめた。
三人は室内から出て行った。
長い廊下を歩きながらシュラインは呟く。
「……何を言っても、きっとダメだわ……」
*
駄々をこねる少女を冬馬が慰める。
「やだやだ! あれが欲しいの! 見つけたのはムーヴなのに!」
ひどいよ!
首を何度も振っている少女に友衛は困り果てていた。川から見つけた指輪をキト家に持っていこうと言い出したのは冬馬だった。そして案の定、行方不明だった指輪だったのだが。
「しかし、どうしてキト家の指輪だと思ったんだ?」
「いや? 立派な宝石がついているし、違っていたら、それはそれでいいかなと思っただけですから。
ごめんね。あれはこの家の人のものだから、君にはあげられないんだ」
「うー……」
冬馬の言葉に少女は頬を膨らませた。そして何かに気づいたように反応すると、両手で持っていた時計を抱え直し、走り出した。
「お、おいどこ行くんだ!?」
追いかけようとした友衛の視界から少女が忽然と消えてしまう。本当にパッと消えてしまったのだ。
屋敷から走って出てきたフレアが門の格子越しに二人に話し掛けた。
「おい! 女の子を見なかったか!? 大きな時計を持ってる!」
「それならさっき……」
「居たのか!?」
「あ、ああ」
頷く友衛の目の前で、フレアが格子を握りしめて……そのまま溶かしてしまう。
「どっちへ行った!?」
「消えちゃったよ?」
「なんだと!」
答えた冬馬に怒鳴りつけたフレアは力任せに門を壊してしまった。彼女は歯軋りして顔をしかめていたが、帽子を深く被り直す。そして深く息を吐き出した。
「……悪い。怒鳴るつもりはなかった」
フレアの様子に友衛は冬馬にこそっと耳打ちした。
「……オートの言ってたこと、なんか少しわかるな」
「そうですね」
口と態度は悪いが……いい子だとは思う。
冬馬はフレアを見つめる。帽子で顔を隠している彼女もまた……何か隠しているのだ。
(あの女の子……誰なんだろう……?)
護衛はフレア、オート、維緒の三人しかいないはずなのに……。
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指輪が無事に戻ったために全員、元の世界に戻れることになった。
キト家の執事と喋ってみたかったができず、北斗は少しがっくりしていた。
友衛は深く安堵する。帰れないと困るからだ。
冬馬は、維緒に事の顛末を聞いているオートの表情が曇っていることに気づいた。オートは深刻な表情で維緒に何か言っている。
帰りかけたシュラインにフレアが声をかけた。
「エマさん」
「え? なに?」
振り向いたシュラインに、フレアは少しためらってから言う。
「おにぎり……」
「おにぎり?」
「シャケと、コンブが好物なんだ。……エマさんのよく知る、サンタが」
合点がいったシュラインは、だが不思議になる。彼女とフレアの接点がわからない。
「それだけ。じゃあ、『前のアタシ』によろしく……」
「ええ。またね」
柔らかく微笑むシュラインに、フレアは背を向けてしまった。照れ臭かったのかもしれない。
そして異邦人たちは化生堂をあとにした――――。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【5698/梧・北斗(あおぎり・ほくと)/男/17/退魔師兼高校生】
【2711/成瀬・冬馬(なるせ・とうま)/男/19/蛍雪家・現当主】
【6145/菊理野・友衛(くくりの・ともえ)/男/22/菊理一族の宮司】
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、菊理野様。ライターのともやいずみです。
成瀬様と共にルシアスの元へ行っていただきました。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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