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■真白の書■ |
珠洲 |
【2872】【キング=オセロット】【コマンドー】 |
誰の手によっても記されぬ白。
誰の手によっても記される白。
それは硝子森の書棚。
溢れる書物の中の一冊。
けれど手に取る形などどうだっていいのです。
その白い世界に言葉を与えて下されば。
貴方の名前。それから言葉。
書はその頁に貴方の世界をいっとき示します。
ただそれだけのこと。
綴られる言葉と物語。
それが全て。
それは貴方が望む物語でしょうか。
それは貴方が望まぬ物語でしょうか。
――ひとかけらの言葉から世界が芽吹くそれは真白の書。
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■真白の書−あくたれが−■
――真白が織る世界はその都度異なります。
同じ言葉でも、綴る方、その想い、感情の僅かな違いで世界はまるで別の色を刷くでしょう。
「煙草を友にして早数年……煙草と付き合っても百害あって一利なしとしきりに咎められたものだが」
感慨深く手の中の紙巻煙草を眺めておられる方はキンヅ=オセロット様。
煙草をいつも携えていらっしゃいます。
いいえ、この書棚で吸うだなんて品の無い事はされません。マスタが許可を出されればどうかとは思いますが、何分紙ばかりの場所ですからそれでも控えて下さいそうです。
そのマスタは普段の通り、ひねくれたお顔でオセロット様が持つ煙草を見ておられるのですけれど。
確か「そんなに好きか」とお伺いになったのはマスタではありませんでした?
そんな今更素っ気無い顔をされても私しっかり覚えてますから。
いつもこんな調子の方ですのに、オセロット様はご気分を損ねる風でもなく相手をして下さいます。有り難いことです。
「咎められても止めないのか」
まあ!マスタなんて失礼な態度!
けれどその「へっ」とばかりに眉を上げて話すマスタの言葉にもオセロット様はうっすらと微笑まれ――いいえ、あるいは苦笑されたのかもしれません。そうだな、と唇を動かされました。
「ついに縁を切ることはなかったし、これからもないだろう」
くるりと器用に煙草を回されて、それから片付けてしまわれました。
見計らったように差し出される真白の書。
初めてではありませんから、躊躇いなくペンを取り言葉とお名前を記されるオセロット様。
あら。どこか楽しそうな空気で綴られた言葉はひとつ。
滲み広がるそれが織る世界はどのようなものなのかしら。
「だが――人生、良友だけが友ではない」
愉しげにそう告げてマスタを見るオセロット様の瞳はやはり力強く、それをマスタも愉しそうに眺めておられます。
さあ、白い頁の中に世界が織られて参りました。
どうぞいっときの物語をご覧下さいな。
** *** *
「上等の葉があるよ軍人さん」
かけられた声に足を止めて見遣れば、木箱に腰掛けて煙管を吹かす老人がひとり。
にんまりと獣のように目を細めて笑う姿にキング=オセロットはしばし間を置いてから、そちらへと靴先を向けた。
「生憎と引退済みでね」
「それは失礼。それで、見てみるかね」
「そうだな――紙巻もあれば」
取り立てて急ぐ用もなく、時間を潰すにも紙巻煙草を選ぶにも――どうしても、かつてに比べてこれというものを見つけ難い――いい機会だと頷き近寄る。老人はにんまりと笑うままオセロットを見ているだけだ。
「おじいちゃん、またお兄ちゃんいないわ」
簡素な陳列台に寄るとひょこりと小さな少女が顔を覗かせた。
木箱の間に屈んであれこれと品を出していた様子で、まず老人に唇を尖らせてからオセロットに気付いて慌てて頭を下げる。構わないというようにゆるく瞳を細めれば安堵して力を抜くのが見て取れた。
「友達のところだろう。お前だって他所じゃあ居なくなるじゃあないか」
「でもここは忙しいのに」
「構わん構わん。いざとなれば儂一人で充分さ」
だからお前も遊んでおいで、と笑う老人に少女は駄目駄目とかぶりを振って品出しに戻っていく。見送ってから「いい子さ」とオセロットに自慢げに告げるのには「そのようだ」と同意した。
「さて、紙巻も葉巻もあるし、なにがいいかね」
「貴方の薦めるものから拝見しよう」
ふむ、と一度煙管を咥えてから老人は傍らの箱を開ける。
皺だらけの手があれこれと漁る様を見ながら、扱いの面倒な煙草の葉を売るのは老人の趣味を兼ねた道楽的なものだろうかとふと思う。
「あまり吸わんか、葉にこだわりがあるか、どちらかばかりでね最近は」
嬉しそうな声を聞けば、多分にそれで正しいのではなかろうか。
煙草を好む、つまり同好の士に出会えてそれが嬉しい。そんな空気の老人が一つ二つと葉を選び出す間に何気なく言葉を続ける。
「しかしま、あれだ。留守にしてる方の孫が最近興味を持っていてね、別にいいんだがまだ子供だからどうしたもんかと悩んどるよ。葉をいじって満足してる間はいいが、吸うにはまだ早い」
ぶつぶつと半ば独り言のように話しながら箱を漁り、ばたんと閉めて顔を上げた老人はそこで何事かを考えるオセロットに目を瞬いた。
「どうしたね」
「いや――」
じわりと漂う香りを感じながら片眼鏡の奥で瞳を揺らす。
「先程も『軍人さん』と呼ぶ少年がいたのだが」
「ほう」
* * *
「――あれぇ」
すん、と鼻を鳴らす音がして。
見下ろした先は緩やかな傾斜の草原の中、なにやら座り込んでいる少年だった。
「煙草?」
すん、とまた鼻を動かして少年は詰まった音に眉をしかめる。
ぐいと擦って袖口で拭ったところでとろりと赤い血が流れ出たのには面倒臭そうにして、もういちど袖口を寄せて動かすことで片付けた。それからオセロットを見上げるが、見れば顔のそこかしこに小さな傷があり喧嘩の直後かと思う。
「軍人さん?」
「……昔だな」
しっかりした造りの衣服は旅装に近い印象。
慣れぬ街で面倒にあったかとオセロットはふと眉を寄せたが、当の少年は構える様子なく身体をくたりと一度前に倒し後ろに伸ばししてから立ち上がると笑った。影の見えない表情と、その傷が擦過傷のような人の手というには軽いものが多いことから違うと見て取る。
しかし草ばかりのこの辺りで擦過傷だの鼻血を出すような衝撃だのが有り得るだろうか。
「うん?」
ちらりと過ぎった疑問を流して通り過ぎるより先に、少年が怪訝そうに見るので僅かに間を置いてから白手袋で鼻先を示した。ついと長い指が少年の赤い滴跡の辺りで揺れる。
「この起伏のない草原で、どうすれば鼻から血を流す羽目になるのだろうかと思ってね」
「?ああ、うん」
だってここじゃないから。
にこにこと楽しそうに応える少年はやはり影は見当たらず、活気に満ちた様子から遊びなりの中で怪我でもしたのだろうと思われる。遊びであれば連れの一人もいないことが引っ掛かりはしたが、個々人の事情というものとてあるのだからそこまで早々に首を突っ込む趣味もないオセロットは「そうか」とそれだけ返して手を引いた。
「冗談で済まない怪我には気をつけるといい」
忠告というわけでもないが口煩い大人のような言い回しだと思える言葉をかける。
少年は「わかってるよぉ」と軽い調子で返事をし、そのままオセロットの脇をすり抜けて駆けていった。立ち上がったのはそもそも移動する為だったのか。
見る間に遠ざかる成長途上の背中を見るともなく見送って、座り込んでいた辺りをなんとなし眺めてみる。その踏まれた葉の痕跡を見てからやれやれとばかりにオセロットは息を吐いた。
体力気力が理由もなく溢れ続ける年代の子供だった。
彼はこの後もまた傷を作りながら何某かの遊びをするのだろう。
「元気なことだ」
大人の言葉などすぐに忘れ去るだろう少年を思い、オセロットもまた足の運びを再開する。
が、しかし早々にその少年とオセロットは遭遇する羽目になったり。
「っだ――っ!」
「おおおあぶねっ」
ざざざざざ、どん。
盛大に樹から滑り下り、いや滑り落ちて来た少年を受け止め損ねているのが先程出会った相手だと気付き、無言で見る。
先程の草原からさほど進まない内に出た広場の中央に立つ大きな木。
殊更に特別大きくもないが周囲に柵がある以上は立ち入り禁止、木登りは論外ではないのだろうか。うまい具合に落ちて面倒な怪我もしていない二人を見ながらオセロットはそう考えた。
「ばかどもが!なにしとる!」
やはり禁止はされているか。
飛び出してきた男性が怒鳴り、慌てて起き上がった二人がなんやかんやと言い交わしつつ駆け去っていく。というか逃げ去っていく。見事な飛び起きっぷりはいっそ感心するばかりであるが、見送りながら一つ解った。
そうかあれは別の場所でも落ちたのだな。
鼻の頭の皮を今度は盛大に擦り剥いていた姿を思い返して少しばかり口元を和らげる。
その傍では飛び出してきたどこぞの男性が「あのワルガキどもが」とかなんとか言っていたりするのだが、追いかけはしないらしい。
(ふむ)
木の状態を確認するその男性を一度見てから子供達の去った方を見て思案する。
特にこれといった目的もなく、人と街を見るかという程度の散歩であるからして――たとえば、この後また遭遇するような方向に向かってもそれはそれ、悪くない。
考えた時間は短く、早々に結論を出すとオセロットは逃げ去った二人と同方向へゆったり歩き出した。
見かけるもよし、見かけないもよし。
* * *
「――と、その後も二、三度見かけたのを思い出してね」
煙草、と呟いた辺りを問わぬままだったお陰で曖昧に引っ掛かっていたようだ。
最表層にあったそれを思い返しながら話せば老人は愉快そうに頷いた。
「孫かと思ったと」
「そんなところだ」
並んだ紙巻をあーだこーだと合間に話しつつの些細な記憶話。
散々その子供二人は木に登り枝を取る、葉を摘む、と動いており元気なものだと見送ったのだが。
ははと短く笑って老人は煙管に葉を詰め直す。
「惜しいかな孫は今さっきその悪たれ共に混ざりに出たよ」
「おじいちゃん!気付いてたなら止めてよ!」
「抜け出すのは気付かなかったよ。さっき居たからこう言うだけさ」
高い声が非難を挟むのをするりとかわしてまた笑う。
愉快そうな表情はまるで変わらない。
「悪たれ、か」
「悪たれさ。入っちゃならん場所の葉をむしるなんざ悪たれだね」
「成程」
わざとらしく眉をしかめてみせてもすぐに崩れて笑顔になる。
途切れない笑みに引き摺られつつオセロットも微笑み、多少大仰に頷いてみればにんまりと改めて老人は笑う。
「だが悪たれなんざ可愛いもんだ」
「どこかの男性に追われているのも見たが?」
「そりゃあ子供の得意技だよ」
ぷかり。
気持ち良さそうに煙を見る老人が適当に一つ摘んで紙巻を差し出すので、有り難く頂戴して火を点ける。少女は風上にいる辺りは慣れであり老人の配慮であり。
「悪さなんぞ、冗談で済むモンはいくらでもすりゃいい」
「冗談と仰るが、木から滑り落ちるのは危なくはないかな」
「はっは。治る怪我なら叱るのは親だけでいいさ。軍人さん、あんたみたいな人が負う怪我とは違うだろ?」
「滑り落ちるならばな」
老人は大雑把というか、余裕を充分に持つ精神の持主のようだった。
けらけら笑ってはオセロットに話をふる。
薦められた紙巻もどこかしら余韻を残す香りが悪くはない。
ぷかりとまた老人がふかす煙を目で追う。崩れて空気に溶ける間にまたどこかから声が聞こえてきた。
「あんな子と遊ばないの!」
「ほっとけババァ!」
「んまぁ!」
くっくっくと肩を揺らす老人程ではない。
が、しかし『ババァ』呼ばわりのご婦人には気の毒ながら威勢の良い返事は面白いという感想をまず抱かせた。
「お決まりだねありゃあ」
「まったくだ」
交友は当人の自由だろうに、親が付き合いに口を出す事は多い。
やれやれ困った話だよと老人が言うのをオセロットは促された木箱に腰を下ろしつつ聞いた。
「親からすれば良い影響を与えないと思える訳か」
「悪友というやつかね」
「そうだな。良くない友人という訳だが――さて、な」
「さて、だな。まさに」
本人にとっての良い悪いは不明だ。
さて、真実は如何に。
そんな調子で止めた声に合わせて老人はまた煙管をぷかりとやって同意した。
「しかし軍人さん」
元という最初の遣り取りは無視されたまま話は続いている。
「悪友というのはそんなに良くないかね。悪人、とは違わんか」
「別物だろう。悪いと言うのは周囲に過ぎない」
「はっは。あの『ババァ』さんもそう考えればいいのになぁ」
かつかつと煙管で箱の角を叩いて遊び始めた老人。
その向こうで小さな露店の用意を終えた少女が並べたばかりの飾り物をこっそり自分に当ててみたり、そんな場面が目に入る。
「それで?本人にとっては悪くないのかね?」
同じものを老人も見、そのままにしてちあらりとオセロットへ目を向けた。
煙管と紙巻の違いはあれど、煙草仲間とのいっときを堪能している様子。
漂う煙が少女に流れていないのを確かめてから、オセロットもその感覚を堪能する。
「悪いかもしれないし、悪くないかもしれない。どちらにしても本人にとって何某かの意味があるのではないかな。価値、ということではなく」
「もしかしたら軍人さんは儂の言葉を作ってくれたのかね。どうも先読みされた気分だ」
「さて?」
短く応じて瞼を伏せた。
煙に溶ける香りがふわふわと鼻腔を掠めていく。
と、ばたばたと土を蹴って駆けてくる気配。
「あのバカに負けたチクショウ鼻血出してフンフン鳴らしてアイツ犬かよ!」
「おにいちゃんおみせぇちょっとバカはおにいちゃんよ――!」
目を開けて何か言う前にその少年はひとしきり喚き、薬を取り、箱を開けて紙巻を一つ掴んで走って行った。顔は確かに見かけた相手とは別だが鼻血だの犬だのというのは見かけた相手だろうか。
静かに見送りしばし無言。
「そうそう、軍人さんの会った子は儂の知り合いの孫でね、とても鼻が良いけれどとても鼻が弱いのさ」
「……そうか」
しかし今現れて去って行った老人の孫らしき少年も鼻血を出した痕跡が見えたのだが、彼らは一体どれだけ木に登り落ちているのだろう。擦り傷も大量だ。だから薬なのか。
「葉を色々集めて香りの良い葉巻を作ってみようとしているようだが、木登りが楽しいんじゃないかねえ」
「木登り以外に目的があるのか」
「はっは。てっぺんの葉を集めて葉巻一本らしい」
「それは――また」
無理があり夢があり危険もそれなりにある目的だ。
そもそも摘んだばかりの葉で葉巻は無理だろう。
「無茶をするのが子供。一緒に悪さをするのが友……うん?悪友かな」
ぷかりぷかりと何度目かの煙。
見事な輪を作り満足そうに笑う老人はオセロットに笑いかけた。
「行儀が良いばかりもつまらんものさ」
「ふむ」
そうかと頷きかけ、ふと目線を変える。
彼女の視線を追った老人は出逢ってから初めて笑みを消した。
「確かに行儀が良くてはこうはなるまい」
二人が見詰める先。
そこには老人が綺麗に並べた煙草――が、いまや無残に引っ掻き回されてそれは見事に混ざっていた。葉巻も折れているものがあり、紙巻も例外ではなく。
「おじいちゃんかわいそう」
「…………」
孫娘と違ってかける言葉もなく、紙巻の様にいささか物悲しい老人の心境を理解しながらオセロットは煙管を揺らしす彼の言葉を待った。
ざわざわと人の声。
「……あの、悪たれが……」
まさに泣き笑い。
切ない様子の声が虚しささえ伴うのを感じながら、オセロットは少年の去った方角を改めて見る。
ふっと紫煙をたなびかせ、今頃は木から滑り落ちているかもしれない子供達を考えた。
確かに悪くというか悪さ、そして確かに友だろう。
さてそれは世間でいう悪友の概念であるかは別として。
(楽しそうでは、あったか)
** *** *
それは、真白の書が映した物語。
望むものか、望まぬものか。
有り得るものか、有り得たものか、あるいはけして有り得ぬものか。
――小さな世界が書の中にひとつ。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2872/キング=オセロット/女性/23歳(実年齢23歳)/コマンドー】
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■ ライター通信 ■
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今回はストレート極まれりな話となりました。
こんにちは、ライター珠洲です。いつも書棚にお越し下さり有難うございます。
頂いた言葉から考えたものがどれも重石付風味でしたので、さらりと流す形のストレートに。
実際に木から落ちたらかなり厳しいかと思うのですが、落ちる程に登った記憶がないので子供達については流してやって下さいませ。
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