■ランチタイム・ティータイム■
神無月まりばな |
【3178】【ゲイルノート・グラハイン】【掃除屋】 |
異界「井の頭公園」の一角には、重厚な造りの和風店舗がある。
ミヤコタナゴのみやこが店長を務める、その名も『井之頭本舗』。
店を始めたばかりのころはてんてこまいだったが、仕事熱心でしっかり者のみやこは、最近は店長業務にも慣れてきたようだ。
日々忙しくなる店を切り盛りするために、水棲生物のお嬢さんがたの他、他の異界にも、アルバイトスタッフの応援を頼んでいる。
ゆえに、たとえボート乗り場が閑散としていても、『井之頭本舗』には、にぎやかな笑い声が絶えることはない。
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あ、こんにちは。いらっしゃいませ。
徳さんのお蕎麦が、お目当てですか? どうもありがとうございます。
よろしかったらこちらへ。窓辺の席の方が、眺めがいいですよ。
すぐに、おしぼりとお冷やをお持ちしますね。
おすすめはテーブルのメニューの……はい、赤い花丸がついているのがそうです。
弁天さまがお留守だった……?
いえ、いらっしゃいますよ。2階の「インターネットカフェ・イノガシラ」で油を売ってらっしゃいます。お呼びしましょうか? ……別にいい? ですよね、せっかくゆっくりしにいらしたのに、騒がしくなって落ち着きませんもんね。
もし、お話相手がご希望でしたら……そうそう、他異界からアルバイトに来てくださってる方はいかがですか?
廻さんとか、アンジェラさんとか、糸永さんとか、紫紺さんとか、道楽屋敷のメイドさんとか。
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ランチタイム・ティータイム 〜Food Fighter〜
副題:徳さんゴメンねちゃんと味わっているの掻き込んでいるように見えても!
ACT.1■ランチタイムの遭遇
唐突であるが、食欲の秋である。
空は抜けるように青いのに、頬を撫でる風はきんとした冷気を伝えてくる晩秋の真昼、とにもかくにも、秋と言えば食欲、食欲と言えば秋。
そんなわけで、満を持してディオシス・レストナードは登場する。彼は郡司誠一郎に誘われ、というよりは、ていのいい荷物持ちとして吉祥寺商店街を訪れていた。
本日、喫茶店「月光茶房」は定休日である。誠一郎はスイーツの材料の買い出しのため、吉祥寺に足を向けたのだった。純白の犬神「吹雪」も、散歩がてらについてきている。
「『吉祥』と『美味健楽』が、この商店街のテーマだそうですよ。おかげで充実した買い物ができました」
質の良い製果材料をごっそり仕入れ終わり、にこにこ顔の誠一郎は、吉祥寺サンロード商店街振興組合が聞いたら泣いて喜びそうなことを言って、ディオシスを振り返る。
大量の荷物をものともせずに軽々と持ちあげ、長身を生かした大股ですいすい歩きながら、ディオシスはぽつりと呟いた。
「腹へったなあ」
「もうお昼どきですからね。『井之頭本舗』にでも行きましょうか」
「そういやここ、井の頭公園の近くだったな」
「『井之頭本舗』には、蕎麦打ち名人の徳さんというかたがいるそうです。きっと美味しいですよ」
「蕎麦か。いいかもな。……あれ? あそこにいるの、ゲイルじゃないか?」
井の頭公園方向に進みながら、ふと商店街のそこここにある食事処を眺めたディオシスは、自分と張り合えるほどに長身かつ筋肉質の、なじみ深い青年の姿を発見した。
食欲魔人という点でもディオシスに負けず劣らずのゲイルノート・グラハイン、ふたつ名は「食いしん暴将軍」である。
ゲイルノートは、ごはん酒房『然の家』という看板を、穴があくほど見つめている。食い入るように、とはこういことかと心のそこから納得できる、真剣なまなざしであった。
きるるるる。きゅるるるる。
近づいたディオシスと誠一郎の耳に、ゲイルノートの腹の虫が大合唱しているのが聞こえてくる。
「よっ、ゲイル。新規店の開拓か?」
「お? デュオと誠一郎。ああ、めぼしいレストランやら定食屋やらは、ひととおり制覇したんでな。そろそろ今日あたり、目新しい店に入ってみてもいいかなと思って」
「昼メシの店、まだ決めてないんだったら、一緒に井之頭本舗に行ってみないか?」
「ちょうど、お蕎麦を食べにいくところだったんですよ」
「蕎麦か! いいな」
ふたりからの誘いに、ゲイルノートの目が、灼熱の砂漠でオアシスを発見した旅人のような輝きを帯びる。
「よぉし……! そうと決まれば早く行こう! 腹が減って今にも倒れそうだ!」
絶対に倒れることなどあり得ない勢いで、ゲイルノートはダッシュする。
つられてディオシスと誠一郎も、小走りにその後を追いかけた。
ACT.2■そしてゴングが鳴り響く
「いらっしゃいませ!」
3人がドアを開けるなり、メニューを持ってみやこが飛んできた。
「よう、みやこちゃん」
「どうも」
「こんにちは。……弁天さまも、こちらでしょうか?」
ディオシスが片手を上げ、ゲイルノートが軽く頷き、誠一郎がにこやかに挨拶をする。
「わあ、お久しぶりです。ディオシスさん。ゲイルノートさん。かわいいもの障害物競走のときは、お疲れ様でした」
「おお、誠一郎ではないか。ランチタイムに来てくれるとは嬉しいのう。ゆっくりしていくが良いぞ。……えええっと、DXプリンアラモードのツケはたしか、フモ夫が払うことになっておったぞえ〜〜。ああ忙しい忙しい」
後ろめたいところのある弁天は、奧から顔を覗かせただけで、すぐにささっと引っ込んだ。
ランチメニューをテーブルに広げ、みやこはにっこりと微笑む。
「いい季節にいらっしゃいましたね。お蕎麦はいつでもお勧めなんですが、ちょうど今は新蕎麦の時期なので、徳さんの腕も一層冴えていますよ。是非、ご賞味くださいね」
待ってましたとばかりに、ゲイルノートとディオシスは、同時に叫ぶ。
「それそれ。ざる蕎麦を頼む!」
「うむっ! 俺も! 何と言ってもざる蕎麦だ」
「何もそんなに急がなくても」
苦笑しながら、誠一郎も自分のオーダーを伝えた。
「私は温かいお蕎麦にしますね。鴨南蛮を、お願いします」
++ ++
「お待ちどおさまです。ディオシスさんとゲイルノートさんにざる蕎麦……」
「うん、美味い。みやこちゃん、お代わり!」
「いい香りの蕎麦だ! 俺もお代わり!」
みやこが、ふたりの前に置くや置かずのうちに、ざる蕎麦はあっという間に平らげられた。
目をぱちくりさせる暇もなく、急いで徳さんに追加オーダーを伝え、新しく茹で上がった蕎麦を運ぶ。
それも、瞬く間に一気食いされる。
「喉越しがいいなぁ。お代わり!」
「上質の蕎麦粉使ってるんだな。お代わり!」
さらに厨房へ走り、追加したものも、やはりすぐに食べきり、次のお代わりへ。
「ゲイル……。食べるの早いな。お代わり!」
「ディオこそ。お代わり!」
追加、お代わり、追加、お代わりが数回繰り返され、さながらわんこ蕎麦の様相を呈してきたあたりで、とうとう、ふたりの負けん気に火がついた。
ディオシスは、こう、提案したのである。
「なぁ、ゲイル。折角だから、どっちが多く食えるか競争しようぜ。無論、代金は全額負けた方のおごりってコトで」
ACT.3■壮絶! フードバトル
「えー。そんなわけで急遽、スーパー食欲魔人ディオシスさんと、食いしん暴将軍ゲイルノートさんによる、一騎打ちフードバトル大会【ざる蕎麦をより多く制するのはどっちだ! 徳さんに心の中で謝りながらガクブル】を執り行います。司会は私、フモ夫ことファイゼ・モーリス、こんな場にだけ呼び出されてスタッフになる都合のいいグリフォンです。くすん」
「ポチことポール・チェダーリヤです。同様の理由で、フモ夫団長とともに司会を務めさせていただきます」
「前代未聞の、ざる蕎麦規模でのわんこそばフードバトル! しかも負けた方が全額負担☆という、血も涙もない鬼ルール」
「すでに、無限の胃袋を持つ2人の、対決のゴングは鳴り響いております!」
「果たして、どちらがより多く、ざる蕎麦を食べることができるのでしょうか?」
「そして、支払の行方は如何に!?」
面白がった弁天が、「への27番」へ走り、ファイゼとポールを司会担当として引っ張ってきて、しかもそのついでに幻獣騎士たちを総動員して設営させたおかげで、いつの間やら井之頭本舗の店内は、大々的に垂れ幕が下がった本格的なフードバトル会場となっていた。
大勢のギャラリーが、ディオシスとゲイルノートを取り囲み、その勝負をはらはらしながら見守っている。
ちなみに、騒ぎの合間を縫って自分の鴨南蛮を穏やかに食べ終わった誠一郎は、厨房に移動して、徳さんのアシスタントを担当していた。新しいお湯を沸かしたり、蕎麦粉の袋を開けたりという補助的業務ではあるが、気難しい職人肌の徳さんのこととてタイミングが難しく、誰にでも務まるものではないのである。
無言・無表情ながら、時折、頷いているところを見ると、アシスタントにはなかなかに満足しているらしい。次々に蕎麦を打つ手も快調である。
「どちらかと言うとディオシスさんはマイペースなのですが、早くて、上品に見えますね」
「そうですね。あまり音を立てない食べ方です。どうですか、判定役のみやこさん」
「すごく箸の使い方が綺麗だと思います」
「ゲイルノートさんは隻腕でいらっしゃいますから若干能率的に……おおっとお! 逆転の発想! 蕎麦の方につゆをかけてかきこむ邪法に出ました!」
「時間のロスを最小にする戦法で、これはこれでアリだと思います。みやこさんはどう思われますか?」
「えっと。もしかしたら、徳さんが怒るかも……?」
「ああっ、みやこさん発言を小耳に挟んで、ゲイルノートさんの手がびくっと止まりました」
「そんなに徳さんが怖いんでしょうかね」
「そりゃ怖いですよ」
一方、厨房では、「誠一郎〜。わらわはおぬし自作のスイーツが食べたいぞえ〜」などと、ツケはちゃっかり誤魔化すくせに、こちらもある意味食欲魔神な弁天にねだられて、アシスタント業務が一段落した「月光茶房」店主による、新作スイーツ作成が進められていた。
「弁天さまにはかないませんね。そうですねぇ、干し柿と黒砂糖でパウンドケーキとか……」
「ふむふむ」
「抹茶クリームとあんこ入りのシュークリームもいいかも知れませんね。栗の甘露煮を混ぜたりして」
「誠一郎……」
「ちょっと弁天ちゃん。目をハート型にしてる暇があったら、ちゃんとお手伝いしなきゃ。んね、吹雪ちゃん」
ハナコが釘を刺す。もっともハナコとて、スイーツの香りに反応して駆けつけた手前、あまり大きなことは言えないのだが。吹雪は、厨房へは入らないまま、中の様子が見える場所に行儀良く座っていた。
「ディオシスさんは着実に、食べ終わった『ざる』を重ねていってます。26、27、28……おっと、既に29枚目に取りかかりましたっ!」
「ゲイルさんは、25、26、27……十分早いペースなのですが、先刻から、若干、遅れが見え始めましたね」
「やはり徳さんを気にして……」
「でしょうねぇ」
「それではここで、リード中のディオシスさんからコメントをいただきたいと思います――こんにちは、ディオシスさん。宜しかったらギャラリーたちに、フードファイターの心得などお教えください」
「ん? そうだなぁ。空気を一緒にすするとな、空気で腹一杯になっちまうんだぜ。気をつけるんだな」
「ディオシスさんからの、貴重なアドバイスでした。皆様、メモなさいましたか? 今後、ざる蕎麦フードバトル大会に参加なさる際には、是非参考にしてくださいね」
ACT.4■デザートは如何?
「それでは、結果を発表いたします」
「ディオシスさん31枚。ゲイルノートさん29枚。よって、ディオシスさんの勝ちといたします!」
「ん〜。これでも俺、前より、だいぶ少食になったんだぜ?」
「くっ! 2枚、及ばなかったか……!」
「あのあの、ゲイルノートさん。徳さんを気にしながら、それだけ食べられたのは、あたし、立派だと思います。尊敬します!」
「……やるな。ディオ」
「ふっ、おまえもな」
壮絶な戦いは終わりを告げ、戦士ふたりは、がっちりと握手を交わす。
「ふたりともお疲れ様。デザートができましたよ」
誠一郎が、出来たてのパウンドケーキとシュークリームを持ってきた。
しかしながら、さすがに限界の来ていたゲイルノートと、たとえ空腹でも甘味は苦手なディオシスは、そお〜っと片隅の席へ移動する。
戦士たちの代わりに、司会者やギャラリーたち、そして実は徳さんも(無言・無表情だが)美味しくいただいたのはいうまでもない。
その中に混ざっていた弁天は、最後に、誠一郎ににっこりと念を押された。
「……あ、そうそう。弁天さまでもフモ夫さんでも構いませんが、例のツケは今日、払って下さいね?」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【2412/郡司・誠一郎(ぐんじ・せいいちろう)/男/43/喫茶店経営者】
【3178/ゲイルノート・グラハイン(げいるのーと・ぐらはいん)/男/28/掃除屋】
【3737/ディオシス・レストナード(でぃおしす・れすとなーど)/男/348/雑貨『Dragonfly』店主】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、神無月です。
この度は、ディオさま&ゲイルさまの超絶フードバトル大会にご招待(?)いただきまして、まことにありがとうございます。途中、ゲイルさまのペースが鈍ったのは、心理的作用によるものだと思いますが、徳さん、怒ってないと思いますよ(たぶん)。おふたりとも、お疲れ様でしたー。
誠一郎さま、ツケは必ずフモ夫がお支払いしますのでっ(このコメント2度目)。
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