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■デンジャラス・パークへようこそ■

神無月まりばな
【1009】【露樹・八重】【時計屋主人兼マスコット】
今日も井の頭公園は、それなりに平和である。

弁天は、ボート乗り場で客足の悪さを嘆き、
鯉太郎は、「そりゃ弁天さまにも責任が……」と反論し、
蛇之助は、弁財天宮1階で集客用広報ポスターを作成し、
ハナコは、動物園の入口で新しいなぞなぞの考案に余念がなく、
デュークは、異世界エル・ヴァイセの亡命者移住地区『への27番』で、若い幻獣たちを集め、この世界に適応するすべを説いている。

ときおり、彼らはふと顔を上げ、視線をさまよわせる。
それはJR吉祥寺駅南口の方向であったり、京王井の頭線「井の頭公園駅」の方向であったりする。
降り立つ人々の中には、もしかしたらこの異界へ足を向ける誰かがいて、
明るい声で手を振りながら、あるいは不安そうにおずおずと、もしくは謎めいた笑みを浮かべ……

今にも「こんにちは」と現れそうな、そんな気がして。
デンジャラス・パークへようこそ  〜時をかける大奥様〜

「毎回毎回、ここで、この台詞を言うのもどうかと思うが――暇だなぁ」
 鮮やかなイロハモミジが、大振りの枝を井の頭池に差し伸べる晩秋のこと。少々肌寒くはあるが、池から見た景色は美しく、恋人たちのラブいムードを盛り上げるには絶好で、すなわち、ボート日和なのである。
 しかしながら、ボート乗り場管理人の鯉太郎が、乗り場前に胡座をかいて欠伸をしているあたり、例によって例のごとく、閑古鳥の大乱舞。そろそろ転職を考えようかな、と思わなくもない今日この頃ではあった。
 ――と。
「ワンバターンもいいかげんにするでぇす!」
 どこからか、可愛らしい女の子の声が聞こえてきた――ような気がした。
「んん?」
 きょろきょろと見回してみるが、人影らしきものはない。
「聞いたことある声みたいだったけど……。空耳かな?」
 もう一度大きく伸びをする。と、今度は背中のあたりから響いてきた。
「じょうしきは破るためにあるのでぇす。新たなるちょうせんをするでぇす。今が旅立ちのときなのでぇすよ!」
 だが、後ろを振り向いても、やはり、そこには誰の姿も見あたらない。鯉太郎は首を捻ったあと、ちょっと深刻に考えた。
(……これって、いわゆる『妖精さんの声が聞こえる』って現象じゃないかな……? 疲れてんのかなおれ。疲れるほど働いてるわけじゃないけど……ああ、暇疲れ、ってヤツか。それとも、通常業務以外に、弁天さまにわけわかんない仕事やらされてるから、ストレス溜まってんのかもな。そうそう執事喫茶とか。あのとき、おれ裏方だったけど、あとからすんげーどっと来たもんな)
 鯉太郎が自分の精神状態に思いを馳せ始めたあたりで、ようやく、原因が判明した。
 背中から肩、首すじから耳にかけて、身長10cmくらいの何かが、ごそごそもぞもぞうんしょうんしょとよじ登っていく気配がしたのである。
 そして、その何かは、とうとう頭のてっぺんに到達した。
「のぼりきったでぇす!」
 そこでやっと鯉太郎は、声の主が露樹八重であることに気づいた。まあ、『妖精さん』には違いない。
「何だ大奥様か。脅かすなよ」
「その呼び方はやめるでぇす。ひまそうだったから、かまってあげたのでぇすよ」
 チョモランマ登頂よろしく、わざわざ用意したとおぼしき爪楊枝サイズの日の丸(お子様ランチについているみたいなアレ)を、八重は鯉太郎の頭にちょいと立てた。
「どわー! そんなところに爪楊枝を刺すなあ!」
「とうちょうきねんなのでぇす♪ あとで弁天さまに、しゃしんを取ってもらうでぇすよ」

 ◇◆◇ ◇◆◇

「ほっほ〜お」
 その様子を遠巻きに見ていた弁天は、にやりとほくそ笑み、『井之頭本舗』へ走った。
 大人げなくも、みやこをからかうためである。
「大変じゃぞ、みやこ。おぬしには辛い話じゃが、心して聞けい」
 ボート乗り場とは裏腹に、井之頭本舗は来客でテーブルが埋まっており、店長のみやこも、アルバイトの店員たちも大忙しだった。
 呼び止められたみやこは、迷惑そうに眉を寄せる。
「んもう弁天さま。手伝ってくださらないのなら、動線を遮らないでほしいです。すごく邪魔」
「まま、そう言わず。鯉太郎のことじゃ」
「鯉太郎くんが、どうしたんですか?」
 こと鯉太郎関係ならば、話は別である。みやこは、とたんに真剣な表情になった。
「ついさっき、八重に征服されてしもうた」
「…………征……服……………って、あの……………」
 刺激的&猟奇的な響きに、さあーっと、みやこの顔が青ざめる。
「うむ。八重はああ見えて、海千山千の大人の女。鯉太郎ごとき、赤子の手をひねるようなものじゃ。わらわは一部始終を見ておったが、征服までの時間は、そうさの、都合30分程度じゃったかの」
「鯉太郎くんは……鯉太郎くんは、そんな人(鯉)じゃありません!」
「おぬしは八重の魅力を甘く見ておる。よいか、世の殿方というのは、自分の手のひらに乗りそうなぷちサイズのおなごにとてつもなく弱いのじゃ。八重が本気を出せば、おぬしなど只のピンク色のミヤコタナゴに過ぎぬ」
 ……というかもともと、みやこはピンクのミヤコタナゴなわけだが。しかし、すっかり動揺してしまったみやこに、そんなツッコミをする余裕はもとよりない。
「うわぁぁぁ〜ん!! 鯉太郎くんのばかぁ〜!」
 泣きながら、ボート乗り場方向に駆けだしてしまった。
「おやおや。純情じゃのう。……しかし、ちとやりすぎたかの」
 ぽりぽりと頭を掻きながら、弁天はみやこの後を追う。一応は、フォローするつもりなのである。
「……弁天さまっ! みやこ店長に余計なこと言わないでくださいなっ!」
「まったくだ。この人手が足りないときに!」
『井之頭本舗』を後にした弁天の背に、アルバイト店員たちの苦情が飛んできた。

 ◇◆◇ ◇◆◇

「弁天さまは、人のこいじをじゃまするとき、かがやいているんでぇすね」
「何じゃとう。まるでわらわが、嫉妬のあまり恋人たちの仲を引き裂く、心の狭い弁天のようではないか」
「としでんせつによれば、そのとおりなのでぇす」
 みやこの誤解はあっさりと解けていた。涙目でボート乗り場に駆けつけるなり、ことの真偽を問いただしたミヤコタナゴに、八重が説明してくれたのだ。
「やーん。八重さんて可愛いーん。あたしにも登っていいですよー」
 涙を引っ込めたみやこは、八重を両手の真ん中に乗せ、にこにこ上機嫌である。
「どうしてもというなら、考えておきまぁすよ」
「ところで八重や。おぬし、わざわざ鯉太郎に登るためにここに来たのかえ?」
「ちっちっ。それはあくまでも『いきがけのだちん』なのでぇす」
 覗き込む弁天に、八重はみやこの手の上でつま先立ちし、人差し指を左右に振った。
「今日は『ふなあそび』と洒落こむのでぇすよ」
「ほう! 聞いたか鯉太郎。ボート乗り場にお客様じゃぞ〜」
「よっしゃあ。大奥様のために、豪華スワンボートを用意するぞ。それともガレー船がいいか? ん?」
「10せんち体型でのれるふねでいいでぇすよ?」
「ほっほっほ。遠慮するでない。わらわの肩にでも座っておれば良かろうて。船遊びは大人数の方が楽しいぞえ」
 鯉太郎がガレー船と言ったせいか、弁天は、しばし過去に思いを馳せる目をした。なお、便宜上「ガレー船」と呼んではいるが、模しているのは形だけであり、人力ではなく不思議機関で動く優れものである。
「ふっ。そういえば3年近く前、井の頭公園の都市伝説についてアンケートを取ったりしたものよのう。あの頃はうっかり『界鏡現象』のことを『異鏡現象』だと思っておって……ふうぅぅ」
 記憶の秘密箱にしまい込んでおいたことまで思い出してしまい、弁天は左右に首を振る。
「そうさの。久々に巨大ガレー船の上で大人数合コンはどうじゃえ。大奥様船遊び記念に、『への27番』のエル・ヴァイセ出身者と『ろの13番』ルゥ・シャルム出身者を、数十人単位でどーんと集めて執り行おうぞ。お互いの気が合ったら、お持ち帰りもOKじゃ」
「合コンより、しつじきっさをきぼうするでぇすよ」
「ふぅむ。大奥様のご所望とあらば、執事喫茶形態にしようかのう。ええい、超出血サービスでアンリ元帥も召還しようぞ。どうじゃ?」
「わるくないでぇすよ」
 そんなこんなで、臨時執事喫茶『ひたすら大奥様に尽くしましょう倶楽部』は、井の頭池に浮かんだガレー船の上で開業したのであるが。
 ――八重は、実は知らなかった。
 井の頭池には時空の歪みがあり、したがってボート客はタイムスリップする危険と隣り合わせで――それが閑古鳥が飛び交う理由のひとつであることに。

 何はともあれ、メイド兼パティシエに扮したみやこから、豊富な和風スイーツを振る舞われ、執事姿のアンリに、丁重に紅茶を運ばれて、大奥様はご機嫌な船旅を楽しまれていたのである、が。

 ◇◆◇ ◇◆◇

「のぉぉぉぉ? 今、ガレー船が宙にうきましたでぇぇぇすよぉ?」
「ほっほっほ。想定内ゆえ、気にするでない。時空の歪みに嵌っただけのこと。タイムスリップじゃ」
「そんなこと聞いてないでぇす! のる前に説明するべきなのでぇす」
「時間操作能力を有するおぬしにとって、タイムスリップのひとつやふたつ、どおってことなかろ?」
「そうだよ大奥様。おれだって付き添ってるんだし、平気平気」
「むぅ〜」
 タイムスリップの拍子に、弁天の肩からずり落ちそうになった八重は、ようやくバランスを立て直した。
 ――途端。

 どぉーん!

 大砲の音が、轟いた。
 ガレー船が、大きく揺れる。

「なにごとでぇすか?」
 とうとう八重は、ころころと弁天の肩を転がり落ちてしまった。手首あたりで引っかかったので、何とか両腕で抱え、離すまじとしがみつく。
 ガレー船は、大海原のど真ん中を走行していた。船首から身を乗り出した弁天の目に、今、乗っているものと同じようなガレー船が30隻映る。しかし、あちらさまは武装船。つまりは軍艦なのである。
「むーん。鯉太郎、現在時間はいつになっておる?」
 携帯電話にそっくりな『時空の歪み測定装置:簡易版』を確認し、鯉太郎はおもむろに言う。
「1571年10月7日だな」
「はて? 何があった日かのう?」
「『れぱんとのかいせん』でぇすよぉ! かとりっく連合かんたいと、おすまんとるこかんたいが、戦ってる日でぇす」
「へえ、大奥様は物知りだなぁ」
「こいたろー! じかんそこうしゃには、歴史はひっす科目でぇすよ!」
「弁天どの。おそらくあの30隻はカトリック連合艦隊の後衛。指揮官はサンタ・クルズ候と思われますぞ」
 軍人にとっても戦史は必須科目。アンリ元帥は異世界の戦史もマスターしていた。
「うむ。幸い、この船には選りすぐりの軍人が同乗しておる。ルゥ・シャルムの皆は、海戦にも長けているはず。ご協力いただけような?」
「むろん」
「宜しい! 皆の者、何としても大奥様をお護りするのじゃ」
「御意。――総員、戦闘配備! 砲撃に備え、船体を迂回せよ!」
 アンリ元帥の号令が、中世の地中海に高らかに響き渡る。

「あの〜。帰ればいいのではないでぇすか……?」
 何だか引っ込みがつかなくなった一同を眺め、大奥様は思うのだった。?


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1009/露樹・八重(つゆき・やえ)/女/910/時計屋主人兼マスコット】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、神無月です。
大奥様には、『ふなあそび』ご所望ということで、まことにありがとうございます。お忙しいなか、鯉太郎に登っていただき、大変光栄です。
暴走OKのお許しをいただいたので、初心に戻って(←???)、執事喫茶inガレー船(執事無数:タイムスリップつき)をやらせていただ……(暴走しすぎ)。