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■Infinite Gate■

ともやいずみ
【5698】【梧・北斗】【退魔師兼高校生】
 寒い。ここは寒い。
 こんな暗闇になぜ自分は居るのだろう?
「迷子?」
 声をかけられた。
 この暗闇の中、その女の姿が見えた。
 目深に被った白い帽子に白のコート。白づくめの女は小さく笑った。だが輪郭がぼやけていてはっきりとは見えない。
「また来たのか。よく迷う魂だな。
 安心しな、きちんと帰してやる。
 ああ……でも、せっかくだからまた見ていくか? ここは全ての分岐点が見える場所。
 そういえば一度肉体に戻るとここでのことは忘れるんだったな。何度も説明するのは疲れるんだが……。
 あんたの望んだ未来や、あるかもしれない過去が見れるかもしれない。
 多重構造世界、って知ってるかな? サイコロを振って、1が出たとする。だが他に2から6まで出た世界があるとされるあれだ。
 簡単に言えばあれと似てる。だがちょっと違うかな。まぁ……言葉で説明するのがまず難しいからな……。ああ、これは前も言ったっけ。
 とにかくだ。
 たくさんの過去とたくさんの未来があるってこと。
 その中で、あんたの望むものを……いや、望んだそのままの世界があるなんてことは稀だ。
 あんたの望んだ世界に近いものを見せてやれる。それがいいことか悪いことか……それはアタシにはわからない。
 完全に望んだ世界かもしれないし、望んだ世界に近いだけかもしれない。
 過去を見たいならば……あるかもしれなかった世界でもいいが……。どうせ身体に戻れば忘れてしまう。
 それでも見たいというなら、ほら……言ってみろ。どうせ忘れるんだから、迷子の望みくらい叶えてやるさ」
Infinite Gate ―after three years?―



 梧北斗は同居人の部屋のドアを叩いた。
「こーら、欠月! いつまで寝てんだ? 講義遅れるぞー」
 大学に進学した北斗は現在、遠逆欠月と同居中である。
 ドアを叩いていた北斗は返事がないことに嘆息し、ノブに手をかける。勝手に入ってくるなと散々言われているが、そうもいくまい。
(講義遅れたら大変だっつーの)
 北斗はドアを開けて室内に入った。
 室内はシンプルで、物があまりない。勉強用の簡素な机。そしてベッド。本棚は怪しげな資料が詰まっている。
(……ほんと、何もない部屋だよなー……)
 やれやれと思いつつ北斗はベッドに近づく。カーテンの隙間から入ってくる日の光りがベッドを薄く照らしていた。
 少し膨らんだ布団を叩く。
「早く起きろってば」
 そして窓に近づいてカーテンを開ける。目に光が入って眩しい。
 明るさに慣れた目で見ると、窓の外には晴天が広がっていた。
「お〜、今日もいい天気! ほら、布団干さないといけないから早く起きた!
 あ、朝食もう出来てるから冷めないうちに食べろよー」
 ベッドの傍に戻って再び布団を叩く。
 北斗は嘆息した。だがすぐに微笑む。
(まさか一緒に暮らすとは思わなかったけど……俺が面倒見る側になるとは思わなかったよな。俺って意外と世話好き?)
 あれ? と北斗が思う。
 なんだかぐらぐらと揺れている。地震か?

「北斗!」
 怒鳴られて北斗は飛び起きた。
「わっ!
 …………えっ? あれ?」
「あれ? じゃないよ。もぅ、散々昨日、明日早いから起こして〜って言ってたくせに」
 目の前にある顔に北斗は驚く。瞬きした北斗はゆっくりと視線を移動させた。
 薄暗い室内の様子を眺め、ここが自室だと気づいた。欠月に視線を戻し、北斗は首を傾げる。
「……俺、おまえを起こしに行ってなかった?」
「はあ?」
「ほら、寝坊してばっかりのおまえをさ、起こしに行って……。朝食作って……」
「そうだよ。さっさと朝食作ってくれないと困るからボクが起こしに来たんだって」
「おまえなぁ……ちったぁ自分で作って……」
 そこまで言ってから北斗は頭が痛くなる。欠月の作る料理は基本的に味付けがとんでもないことを思い出したのだ。
「いや……いい。すぐ作る」
「そうそうそれでいいんだよ」
 ニヤッと笑みを浮かべる欠月は布団を引っぺがす。北斗がぎょっとして身を縮まらせる。
「寒い! いきなり布団取るなよバカ!」
「ボクが寝坊してばかりとか言うからだろ?」
 今さらだがあれは夢のことだったのだと北斗はわかっている。
 目の前の欠月とは確かに同居している。同じ大学にも通っている。
 欠月は確かに気が緩むと講義中でも居眠りをしてしまい、朝寝坊もする。だが北斗が近づくだけで気配で起きてしまうのだ。部屋に入っただけで欠月が起きてしまうのは知っていたはずなのに。
「さっさとしてよね。ボクはおなかが減ってるの」
 そう言って出て行く欠月の背中に、北斗は嘆息してしまう。
(まぁな……ありえないよな、ああいう欠月は。俺はあいつの女房じゃないのに、なんつー……)
 思い出して北斗は顔を赤らめ、気恥ずかしさにゴホゴホと咳をした。
 ドアの外から起こすことはあっても、部屋の中に入ってまで起こすことはしない。
(……だって、下手したら殺されるもん……俺)
 とほほ。
 以前、何も言わずに部屋に入った途端、漆黒のナイフが頬を掠めたことがある。
「最低限のマナーを守るのは、同居人としての鉄則だと思うけどね」
 と、冷ややかに言う欠月の瞳が忘れられない。ああ怖い。思い出すだけで身震いしてしまう。
 ベッドから降りて北斗は大きく両手を天井に伸ばした。
「さ〜てと、朝メシ作るかぁ」



「そういえば欠月は今日は昼からだったな。おまえ、空いてる時間どうするんだよ?」
「……北斗ってさ、カノジョできたらカノジョが大変そうだね」
「おい、どういう意味だよ……?」
「べ〜つ〜に〜。なんかしつこく拘束しそうな雰囲気があるからさ」
 味噌汁を飲む欠月を、どこか憎らしげに見遣る。
「誰がそんなことするか!
 お、俺はだなぁ、可憐で可愛い女の子が理想なの!」
「へぇ。どんな子?」
「どうって……こう、お嬢様〜って感じで、白い服が似合ってて高原の風〜っていう清楚なイメージで……」
「ぶはっ!」
 欠月が途中で吹き出してゲラゲラ笑い出す。北斗はその態度にムカ、とした。
「そんな子がいるわけないじゃん! 夢みすぎだよ!」
「理想なんだから別にいいだろ! そこまでレベル高い子を彼女にできるとは、お、思ってねぇよ」
「…………ま、キミの場合は強気の子がアタックしてきたらそのままズルズルといっちゃいそうだしねぇ」
 心配だよ、と欠月は楽しそうに言った。どこが心配しているのか、教えてもらいたいくらいだ。
「そういえば今週の土曜は合コン来いって誘われたんでしょ? 行ってみれば? カワイイ子をお持ち帰りにしてみなよ」
 欠月の言葉にブーッ! とお茶を吹き出す。欠月は咄嗟に自分の料理を素早く横にズラして被害を避けた。
「だっ、誰に聞いたんだよ、そんなこと! そ、それにお持ち帰りってなんだよ!」
「なんだよ、って知ってるでしょ?」
 平然と言われて北斗は顔を真っ赤にする。欠月が目を細めた。
「相変わらず純情なんだね、キミは。大学生になって少しは砕けたかなと思ってたのに……」
「……砕けるかよ」
 別の意味では砕けることは多少あるけれど。
(ちょっといいな〜と思った子が欠月目当てで俺に近づくのは……ある意味砕ける)
 北斗は箸を欠月に向けた。
「そういうおまえこそ! モテモテなんだから、彼女くらい作れよ!」
(ホモの噂が立ってんだぞ!)
 などとは言えない。
 北斗の言葉に欠月は小さく鼻を鳴らす。
「モテることイコール彼女持ちにならなきゃいけないってのは、おかしいでしょ。
 あんまり必要だとは思ってないから作らないだけだよ」
「作らないって……贅沢なヤツだなぁ」
 北斗と違って欠月は選り取りみどりなのだろう。羨ましいことだ。
 しかし……本当に平和だ。平和すぎて疑ってしまうくらい。
(欠月と出会った時の異常さが、欠片もないなんて……。普通の、学生なんて……)
 この生活に不満はない。むしろ満足している。
(そう……欠月とは、年とっても親友でいたい……。結婚しちまっても、家同士が仲良くてさ……うん)
 そこまで考えて「うぐ」とうめいた。
 欠月は澄ました顔で朝食を食べ終えて食器を片付けようと立ち上がったところだった。そんな彼を一瞥し、考え込む。
 大学を卒業してどうするかは、まだそれほどはっきりとは決めていない。選択肢はたくさんないが、それでも少しはある。
(結婚かぁ)
 一人で居るのは気楽だが、したくないわけではない。だが……相手が居ないのでは結婚のしようもなかった。
(うあ〜……欠月はさっさと結婚しそうだよなぁ。それか、一生独身か……。
 俺ってどうなるんだろう?)
 欠月が先に結婚などして……自分が独り身だったらと思うとゾッとする。
「北斗、ぼんやりしてないで早く食べないと。一限目の先生ってかなり厳しいって自分で言ってたじゃない」
「うあっ! そ、そうだった!」
 慌ててご飯を口の中に入れていく。北斗のそんな様子を見て欠月は微笑んだ。
「わ、悪い! 片付け任せて大丈夫か!?」
「いいよ。ほら早く」
「あ、ああ!」
 ばたばたと慌てて身支度を整えて北斗は玄関で靴を履き、大声で言う。
「じゃ、行ってくるから!」
「はいはい。気をつけてね」
 欠月に見送られ、北斗はマンションをあとにした。
 マンションの外に出ると北斗は大きく息を吐き出す。
「ほんといい天気だな〜!」
 青い空はとても心地よい。空気を思い切り吸い込む。
「一限はいいとして……二限目の講義は寝そうなんだよなぁ……」
 歩き出して北斗はバスに乗るためにバス停に向かう。この時間帯だと、十分間に合うだろう。
 大学に入って二年目。まだ講義の数は多くて忙しいほうだ。まあ、慣れたほうではあるが。
(ん? 結局欠月のやつ、話しをはぐらかした?)
 午前中なにするんだという問いの答えを聞いていない。
 二度寝? いや、すでに着替えていたのでそれもないだろう。
 まさか女を連れ込む? いや……それもない。というか、それだけはやめてくれ〜と言ったので絶対しないはずだ。



 昼過ぎになると廊下で欠月の姿を見かけた。北斗は「よう!」と声をかける。
「サボらず来たんだな? 偉い偉い」
 北斗の言葉に欠月がむすっとする。
「なにが『偉い』だよ。自分で学費を払ってるんだから来るに決まってるだろ」
「それが偉いっていうんだよ」
「そうかなぁ」
 欠月は小さくぼやく。
 大学に欠月が来ているのは北斗の誘いもあってのことだ。
「で、楽しいか? 大学は」
「どうだろう。ま、いいところもあれば悪いところもあるかな。
 それより北斗、さっき先輩に訊かれたんだけど、合コンの返事早くしろって言われたよ? 返事しておきなよね、もう」
「やべっ! そういや返事すんのメンドくさくてしてなかった……」
 がーんと青ざめる北斗は欠月に頼む。
「悪いけどさ、断ってくれないか?」
「自分でやりなよ」
「いや、ほんとあの先輩俺の話しを全然聞いてくれないんだよ〜。おまえならたぶん……」
 呆れたように欠月が嘆息するが、彼はにや〜っと意地悪な笑みを浮かべた。
「へぇ〜。じゃ、やってあげてもいいよ」
「……お、おまえそのツラ……なんか思いついたな?」
「やだなぁ。すき焼きがいいなんて言ってないよ?」
「言ってるじゃねーかッ!」
「いいお肉使って欲しいなんて微塵も思ってないから」
「口に出てるっつーの!」

 欠月とのやり取りでげっそりとやつれた北斗を、同じ講義に向かう途中のクラスメートが不憫そうに見ている。
「大丈夫か? 梧」
「んお? まぁ、な」
「おまえも大変だなあ。あ、でもさ、おまえと遠逆ってほんと仲いいよな」
「ま、親友だから」
 クラスメートは目を点にする。
「いや、親友っていうより……なんか若いカップルみたいだって俺の彼女が言ってたけど」
 よろめいた北斗が悲しそうに言う。
「やっぱカノジョ作ったほうがいいのかなぁ、俺」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5698/梧・北斗(あおぎり・ほくと)/男/17/退魔師兼高校生】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、梧様。ライターのともやいずみです。
 同居して同じ大学に通う一つの未来の形。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!