■Night Bird -蒼月亭奇譚-■
水月小織 |
【2778】【黒・冥月】【元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】 |
街を歩いていて、ふと見上げて見えた看板。
相当年季の入った看板に蒼い月が書かれている。
『蒼月亭』
いつものように、または名前に惹かれたようにそのドアを開けると、ジャズの音楽と共に声が掛けられた。
「いらっしゃい、蒼月亭へようこそ」
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Night Bird -蒼月亭奇譚-
十一月も半ばを過ぎると、街だけでなく色々な場所がクリスマスムード一色になる。
蒼月亭の店内ディスプレイはいつもと変わりはないが、黒 冥月(へい・みんゆぇ)がコーヒーを飲んでいるカウンターの隣では、ここの従業員である立花 香里亜(たちばな・かりあ)が、休憩中にクリスマス記事満載の雑誌をめくっている。
「香里亜、その本どこから持ってきた?」
一ページめくる事に嬉しそうにニコニコと笑う香里亜を見て、マスターのナイトホークがコーヒーを差し出しながら煙草の煙を吐いた。店内には冥月の他にも何人か客がいて、おのおの軽食を食べていたり、コーヒーを飲みながら本を読んだりしている。
「昨日買ったんですけど、なかなかゆっくり見られないんで、休憩中に読もうかなって…クリスマスギフト特集なんで、限定物とか載ってて素敵なんですよ」
雑誌自体がクリスマス限定ギフトやコフレなどを特集しているようで、ページ一面が華やかな雰囲気だ。冥月がそれを横から眺めていると、香里亜はコフレなどはぱらぱらと飛ばし、アクセサリーのページに釘付けになっている。
「やっぱりアクセサリーのキラキラとか、宝石とかって憧れですよね」
こういう所はやはり年相応の少女なのだろう。同意を求める香里亜に、冥月がくすっと笑って息をつく。
「買ってやろうか?」
「えっ?またまた冥月さんー、そんな事言うと本気にしちゃいますよ」
かなり本気で言ったのだが、冗談だと思われてしまったらしい。そんな香里亜の目をじっと見ながら、冥月はコーヒーカップを持った。
「いや、別に構わんぞ。好きなブランドとかあるんだろ?」
「えっ…いや、確かにありますけど…」
もう一度念を押すように冥月が言ったので、香里亜は戸惑うように雑誌のページと冥月を交互に見る。その様子にナイトホークが笑いながら自分を指さした。
「俺にも何か買って」
「…どうしてナイトホークに何か買わなきゃならないんだ。お前は他の奴に買ってもらえ」
「ちっ、ファイアーキングのカップ買ってもらおうと思ったのに」
冥月自身香里亜のことを可愛い妹のように思っているからこそ何か買ってやりたいと思っているのであって、別にどうとも思っていないナイトホークに何を買う必要があるのか。そんな様子を見て、香里亜がますます困ったようにおろおろする。
「えっ、えっ…」
「私は物欲や金銭欲が薄くて、昔の仕事の報酬が使い切れず残っているからな。さっきから何度も見てるということは欲しいんだろ?」
実は香里亜が好きなブランドがあることを、冥月は知っていた。
それは『ミハエルネグリン』というイスラエルのアクセサリーブランドで、スワロフスキーなどを使ったアンティーク調のデザインのショップだ。クリスマスにも限定ネックレスが出るようだが、冥月からするとそれはさほど高くもないので、出来ればもっと贈り甲斐のある物を買いたいのだが。
「いえ、確かに欲しいなーと思う物はあるんですけど…」
心が動いているのか、それとも申し訳ないと思っているのか、香里亜の語尾がだんだん小さくなる。それを見抜くように冥月は雑誌のページに載っている一番高いギフトを指さした。
「いくらのでもいいぞ。これとかどうだ?」
「いや、それはちょっと大人すぎます」
「じゃあやめるか?」
「え…はうー、どうしよう…ナイトホークさーん」
そんな二人の会話にナイトホークがクスクスと笑う。
冥月は香里亜をからかって遊びたい。
香里亜は欲しいと思う気持ちがあるのだが、流石に申し訳ない。
それが会話の端々から見て取れるので、余計に可笑しかった。まあ本気で「これを買ってください」と香里亜は直接言えないだろうし、だからこそからかい甲斐があるのだろう。
「俺に助け求めてどうするんだよ」
「なんとなくこういうときどうしたらいいのか、分かってそうな気がして」
「うーん、じゃお守り代わりに誕生石とか買ってもらえば?」
「気軽に言うし…」
そういえば香里亜が何月生まれかを聞いたことがない。それを冥月が問うと、香里亜はコーヒーカップを両手で持ちながら小さな声で呟いた。
「私、六月生まれなんです」
「誕生石は?」
「えーっと…解釈によっていろいろありますけど、パールと、ムーンストーンが有名ですね。パールモチーフのペンダントとかは持ってるんですけど」
これが四月生まれとかならダイヤの一つも出せたのだが。
だが香里亜が本気で困りはじめてきたようなので、そろそろ話の方向性を変えた方がいいだろう。影の中から何個か宝石を出すと、冥月はそれをカウンターの上に並べた。
『買ってやる』というのに遠慮しているのなら、自分が報酬などでもらって使いようのない宝石を渡せばいい。アクセサリー自体つけないし、彫金などの趣味もないので持っていも只の持ち腐れだ。だったら、使ってもらった方が宝石も喜ぶというものだろう。
「じゃあ、何か勝負して勝てたらこれをやろう」
「でも冥月さんと勝負したら、わざと負けてくれそう…」
素直に頷くかと思ったら、こういうときの勘はいい。二人でやるゲームならいくらでも負けようがあったのだが、これでは普通に受けとってくれなさそうだ。
「仕方ない。じゃあ、そこにいる二人とならどうだ?」
急に自分達に話題が振られたことで、パスタを食べていた背の低い少年と、コーヒーを飲んでいた短髪に赤目の青年が顔を上げた。少年は既に空になったパスタ皿をカウンターの奥に押しやり、二人の方に近づいてくる。
「俺は別にやってもええよ。どうせ暇やったとこやし」
目つきがきついが、笑うと急に人懐っこくなる所は猫科の猛獣の子供のようだ。本を読んでいた青年は、ナイトホークと何か話をしている。
「俺が参加してもいいのか?」
「ああ、太蘭(たいらん)が嫌じゃなかったら参加してやってよ」
その返事に少し考え、太蘭と呼ばれた青年もコーヒーカップを持ったまま移動してきた。
少年の方は松田 健一(まつだ・けんいち)と名乗った。神聖都学園高等部の二年生だそうで、身長の割に何だかよく食べている。
「ポーカーでいいか?」
太蘭と健一は特に文句がないようだ。そもそも景品目当てというよりは、暇つぶしに参加した感が強いので、ババ抜きだろうと大富豪だろうと割とどうでもいい。だが、香里亜はそれを聞きうーんと唸った。
「ポーカーですか…私、ポーカーフェイス苦手なんですよ」
「平常心を養う訓練だと思え」
ルールはチェンジ一回のみ、ジョーカーありで、早く勝負がつくものにした。冥月がカードを切っている横で、健一がナイトホークに向かって注文をする。
「マスター、ホットサンド頼んます。あと、コーヒーお代わり」
「少年はさっきパスタを食してなかったか?」
「俺燃費めっちゃ悪いんで。さーて…勝負と行きますか!」
なかなかこのゲームは面白くなりそうだった。ほとんど話をせず表情も変えない太蘭に、自分のペースで喋り続ける健一、そしてポーカーフェイスが苦手と言っていたように、カードを見てあからさまに表情を変える香里亜。
「うーん…どうしよう…」
配られたカードを見て、香里亜が思わず冥月の顔を見た。その間にも健一は話をしながらカードを変えていく。
「俺一枚変えますわ。太蘭さんや香里亜さんはどうします?」
「…俺は二枚」
「えっ…うーん、変えちゃおうかな…」
「香里亜、二人が待ってるぞ」
「ちょっと待っててください。小粋なフリートークでもして」
いったい何のトークを繰り広げろと言うのだろうか。だが、それに関しては健一が上手く話を振ってくれた。
「質問なんやけど、俺が勝ったらやっぱ商品くれるん?」
「当たり前だ、勝負だからな」
コーヒー豆を挽く音と、ジャズの音が会話に重なる。健一は自分のコーヒーを飲み干すと、テーブルに頬杖を着き椅子から足をぶらぶらさせる。
「でも、俺宝石もらっても使い道ないなぁ…太蘭さんはもらったらどうするん?」
「俺は彫金もやるから、石を見てから考える」
太蘭の本職は刀剣鍛冶師だが、彫金や彫刻などもやってしまうらしい。そんな話をしているとやっと香里亜が悩んで三枚取り替えた。
「お待たせしました。行きます!」
それを合図に一斉にカードが出される。ツーペアの健一と、スリーカードの太蘭に挟まれて役なしの香里亜がテーブルに突っ伏す。
「うっ、フラッシュ狙いだったのに…」
役を見て冥月はテーブルの上に宝石を並べた。それはまだ加工されていない原石だけではなく、磨かれたものや既にアクセサリーになっている物も含まれている。先ほど香里亜にも話したが、冥月は物欲や金銭欲が薄いのでそれがどれだけ価値があるかとかそういうのはあまり興味がなかった。
「勝った二人は好きなのを取っていいぞ」
すると太蘭がスッと翡翠の原石を迷わず手に取る。
「なかなかいい原石だな。これなら刀剣の装飾にも使えそうだ…遠慮なく使わせていただこう」
「そうしてくれ。健一はどうする?」
「うーん、俺は部屋に飾れそうなもんにしますわ。このトラとかええかな」
黒曜石で彫られた小さなトラの置物を健一が両手で持ち上げる。印象的なものもあるのか、それは手に取られたことで何となく嬉しそうな感じに見えた。
「いいないいなー、私も勝負強くなりたいです」
カードをめくりながら手をぱたぱたと振り回す香里亜に、冥月はライラックカラーの小さな石が着いた指輪をそっと手渡した。それは綺麗なプリンセスカットの石で、銀の装飾に彩られている。
「ほら、香里亜、参加賞だ」
「あ、ありがとうございます…」
それを受け取ると、香里亜は自分の右手の薬指にそっとはめた。サイズもあつらえたように合っていたのか、控えめなライラックカラーがよく似合っている。
さっきまであんなに遠慮していたのに、いざ渡されるとやはり嬉しいらしい。にこにこしている香里亜を、冥月や健一が笑って見ている。
「香里亜さんめっちゃ嬉しそうやん」
「お、女の子は綺麗な物を見てるだけで幸せなんですよ…でもやっぱり嬉しい。大事にしますね」
運ばれてきたコーヒーカップを手に取り、太蘭もスッと目を閉じる。
「それはいい石だな。何の石か知っているのか?」
「いや、報酬でもらったものだからよく分からん。だが、私が持っているよりは香里亜が身につけていた方がいいだろう」
実際宝石に興味があるわけではないし、カットされている物を見てそれが何か分かるほど冥月は詳しくない。それを聞くと、太蘭はふっと溜息をついた。
「そうか…まあ、確かに似合う者が身につけるのが一番だ」
その言葉の意味は後日知ることになるのだが…。
それから三日後。
蒼月亭にやって来た冥月の目の前に、香里亜が指輪の小箱を差し出した。開けるとゲームの参加賞として渡したあの指輪が入っている。
「冥月さん…これ、やっぱりお返しします」
「どうした、香里亜。何かいわく付きの物だったか?」
あんなに気に入っていたようだったのに一体どういう事なのだろうか。すると、カウンターで煙草を吸っていたナイトホークが説明をしてくれた。
この指輪…冥月は「小さな石がついた指輪」としか認識していなかったようだが、そこについていた石が問題だったらしい。と言っても、何か呪われているとか怨念がついているというわけではない。
「その石、『ターフェアイト』っていう、稀少宝石なんだと」
「はぁ?」
話によると『ターフェアイト』は1945年にターフェ伯爵が発見して以来、現在まで世界で最も稀少な宝石とされており、その中でもライラックカラーで澄んだ色の物は更に珍しいらしい。レアストーンの中でも高価で取引されており、産地であるスリランカでも極めて稀少だという。
「昨日うちの店にたまたま宝石商が来ててさ、こんな澄んだ色で更にプリンセスカットされてる物は珍しい、いい買い手紹介するって言われて香里亜慌てちゃって…」
「色やサイズとか関係なく、収集家の方々の間では見つけたら買いらしいです…でも、こんな高価な物もらえないです」
自分もそんな事は全く知らなかった。
そういえばあの時太蘭に「何の石か知っているのか?」と聞かれたが、もしかしたらこれが『ターフェアイト』ということを、知っていたのかも知れない。
持っていても換金する気もなければ、使う機会も全くないので別にやってもいいと思っているのだが、香里亜は値段を聞いてしまったらしく、頭を下げながら一生懸命箱を差し出している。
「別に気にしなくてもいいぞ。どうせ使わないんだし」
「いやいやいや、気にしますって。私にその宝石はまだまだ早いです」
本当は大事にしてくれた方が嬉しかったのだが、流石にこれ以上押しつけるのはかわいそうか。目の前にある冷たい水を飲みながら、冥月が溜息をつく。
「じゃあ、香里亜が欲しい物を買いに行くか。それと比べれば安いんだろう」
「え…でも…」
「ゲームの参加賞なのに、香里亜だけ何もないのは不公平だからな」
これなら断りようがないだろう。ふっと微笑む冥月に、香里亜もくすっと笑う。
「はい。参加賞でお願いします。コーヒーでよろしいですか?」
「ああ、いつものブレンドを頼む」
でもこれはいつか香里亜に渡してやろう。ただ持っているだけよりは、似合う者が身につけるのが一番だ。護符だとか言えば流石に嫌とは言うまい。
返された指輪の箱をそっと影に納めながら、その日のことを考え冥月はくすっと笑った。
fin
◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2778/黒・冥月/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒
◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
宝石やアクセサリーに憧れる香里亜に、ゲームを持ちかけて渡した指輪がレアストーンだった…というプレイングから、ポーカーやちょっとした宝石の話をさせていただきました。
『ターフェアイト』自体がレアなのですが、澄んだ色味の物は1カラットないものでもすごいお値段がするらしいです…調べてちょっと吃驚しました。
色々持っていても興味がないという所が、ストイックな冥月さんらしいです。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
またよろしくお願いいたします
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