■デンジャラス・パークへようこそ■
神無月まりばな |
【2181】【鹿沼・デルフェス】【アンティークショップ・レンの店員】 |
今日も井の頭公園は、それなりに平和である。
弁天は、ボート乗り場で客足の悪さを嘆き、
鯉太郎は、「そりゃ弁天さまにも責任が……」と反論し、
蛇之助は、弁財天宮1階で集客用広報ポスターを作成し、
ハナコは、動物園の入口で新しいなぞなぞの考案に余念がなく、
デュークは、異世界エル・ヴァイセの亡命者移住地区『への27番』で、若い幻獣たちを集め、この世界に適応するすべを説いている。
ときおり、彼らはふと顔を上げ、視線をさまよわせる。
それはJR吉祥寺駅南口の方向であったり、京王井の頭線「井の頭公園駅」の方向であったりする。
降り立つ人々の中には、もしかしたらこの異界へ足を向ける誰かがいて、
明るい声で手を振りながら、あるいは不安そうにおずおずと、もしくは謎めいた笑みを浮かべ……
今にも「こんにちは」と現れそうな、そんな気がして。
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デンジャラス・パークへようこそ 〜不思議の国の白うさぎ〜
さて、本日は10月31日。
今年の神無月は、いつになく盛りだくさんなできごとが起こった。その最後の日である。
(弁天さまが、ものすごくハイテンションな月だったなぁ……)
ランチタイムからティータイムへ移行する時間帯の『井之頭本舗』で、テーブルを拭き、メニューを差し替えながら、みやこはつらつらとそんなことを考えていた。にぎやかだった日々も一段落してしまうかと思うと、少し淋しい気もするが、この静けさが日常というものであろう。
今、店内にいるのは、ざる蕎麦を食べている女性客ひとりだけである。彼女に蕎麦湯を運ぶタイミングを見計らっていると、控えめな調子で、入口扉が開いた。
なじみ深い、美しい来客である。
「いらっしゃいませ。わぁ、デルフェスさん。お久しぶりです」
「こんにちは、みやこさま。大磯臨海学校にお誘いできなくて、申し訳なかったですわ」
鹿沼デルフェスは、大荷物を抱えていた。見覚えのあるジュラルミンケースの上に、大量の野菜や果実が詰め込まれた紙袋とビニール袋をいくつも乗せている。
「そんな。むしろ、弁天さまとハナコさんを連れていってくださったおかげで、しばらく公園内が落ち着いて大助かり……いえいえ、臨海学校、如何でした? 弁天さまたちがうるさくてご迷惑だったんじゃないですか?」」
「充実したイベントでございましたわ。特に、『ロングランビーチフラッグ』で白熱いたしまして……。そうそう、こちら、おみやげですの」
デルフェスがみやこのために買い求めてきたのは、『大磯ふれあい農水産物まつり』という品評会で優秀賞を獲得した、熊澤さんの大根、柳田さんのキャベツ、土方さんのみかん、近藤さんの柿etc.といった、選りすぐりの品々であった。
「ありがとうございます。すごい特選素材ですね! 是非、お店で使わせていただきます。……ところでデルフェスさんは、これからどこかへお出かけなさるんですか?」
野菜と果実類を渡してもなお残るジュラルミンケースに、みやこは首を傾げる。デルフェスは優雅に微笑んだ。
「ええ。今日はハロウィンですので。とあるパーティに、参加しようと思いますの」
「ハロウィン! 気にしたことなかったですけど、そういえば10月末でしたっけ。ハロウィンパーティかぁ……。素敵ですね」
「みやこさまもご一緒にと思って、まいりましたのよ」
「ええっ?」
華やかな誘いに、みやこは思わず頬を押さえる。
「嬉しいです。でも、たしか、仮装とかしなくちゃ、いけないんですよね? あたし、パーティ用の衣装って、持ってなくて……」
「わたくしがいくつか持参してまいりましたので、心配ご無用ですわ。みやこさまのお気に召す衣装があれば、宜しいのですけれども」
ジュラルミンケースを示しながら、デルフェスはふと、店内にいる先客を気にした。
「……ところでみやこさま。あちらでお蕎麦を召し上がっている、高貴な御婦人はどなたでいらっしゃいますの? あまり、お見かけしたことがないように思うのですけれど」
「ああ、あのひとは、マリーネブラウ・ダーナチルゼさんっていって、異世界からのお客さまです。ときどき、弁天さまがいないときを見計らって、お忍びでお蕎麦を食べに来てくださるんですよ」
「そういえば、お名前だけはお聞きしたことがありますわ。なんでも、弁天さまの『マブダチ』でいらっしゃるとか……?」
「んー。その呼びかけ、弁天さまの嫌がらせって気もしますけどね。あたしは、『マリーネさん』とか『マリさん』って呼んでます」
「弁天さまとお親しくていらっしゃるのなら、わたくしもお近づきになりたいですわ」
「……全然親しくないどころか、犬猿の仲っぽいんですよね……。でも、デルフェスさんなら、大丈夫じゃないかなぁ?」
「ちょっと、みやこさん。蕎麦湯はまだかしら?」
「あ、はい、すみません。只今すぐに!」
すでにざる蕎麦を3枚食べ終わっていたマリーネブラウは、口元をレースのハンカチで拭っていた。
みやこが蕎麦湯をテーブルに置くなり、高飛車な調子でさらに言う。
「――シェフを、呼んでちょうだい」
聞き慣れない台詞に、みやこは目を白黒させた。
「えっと、あの、シェフ……って、もしかして、徳さんのことですか?」
「そうよ。早く呼びなさい。もたもたしないで!」
「は、はいっ」
慌ててみやこは厨房にすっ飛んでいき、渋る鬼鮫の手を引っぱって戻ってきた。
「どこの姐さんか知らんが、俺に何の用だ? 蕎麦が不出来と言うなら、何度でも作り直すが?」
仏頂面でテーブル前に立つ鬼鮫を、上から下まで眺め、マリーネブラウはふっと笑う。
「その反対よ。何度かあなたのお蕎麦を食べてみて、とても気に入ったの。いい腕してるわね。こんな店でくすぶらせておくには惜しいくらい……どう? エル・ヴァイセに来ない? 王宮の筆頭シェフに任命してあげるわよ?」
「姐さん、見たところ、堅気じゃないな? 俺は、堅気の衆のためにしか、蕎麦は打たんことにしてる」
「ストイックなのね。真面目な男のひとって、好きだわ」
「………!?」
鬼鮫が一歩後ずさったのをきっかけに、デルフェスはしとやかに進み出て、マリーネブラウに一礼した。
「初めまして、マリーネブラウさま。わたくし、鹿沼デルフェスと申します」
「あら、綺麗で上品なお嬢さんね。それに、とても従順そう。私、従順な女性とは仲良くなれるのよ」
「宜しゅうございました。お近づきのしるしに、ハロウィンパーティにご一緒したく思うのですけれど、如何でしょうか? 丁度こちらのみやこさんを、お誘いしたところですの」
「ハロウィン? ああ、この世界では、催しのひとつに、そんなものがあるようね」
「マリーネブラウさまのようなお美しいかたが仮装をなさったら、きっと会場の視線を釘付けでございますわ」
「ふふ、お上手だこと。そうね、あなたがそんなに言うなら、行ってあげてもいいかしらね」
弁天の扱いに長けているデルフェスの話術は、マリーネブラウに対しても威力を発揮した。まんざらでもない様子でマリーネブラウは了承し、蕎麦湯を飲み干したのである。
(……助け船、ありがとうございやす)
厨房に戻り際、鬼鮫はデルフェスに、ぼそっとそう言い置いた。よほど、マリーネブラウとのやりとりに辟易したらしい。
しかしデルフェスは、礼を言われた理由がわからず、おっとりと首を傾げただけだった。
(わたくし、何か、鬼鮫さまにご尽力しましたかしら……?)
◇◆◇ ◇◆◇
幸か不幸か、というか、都合良く、というか、その日、他に来客の気配はなく、『井之頭本舗』は早仕舞いをすることになった。鬼鮫は厨房の後かたづけを終えるなり、凄まじい勢いで帰っていった。
そんなこんなで、デルフェスとみやことマリーネブラウは、人目を気にすることもなく、パーティ用衣装に着替えることと相成った。
ジュラルミンケースに詰められていた色とりどりの衣装の中から、それぞれに似合いそうなものを、デルフェスは選び取る。
「みやこさまには、魔女の仮装が映えるのではないかと、前々から思っておりましたの」
とんがり帽子の根元とシースルーの袖口に、オレンジと濃いグリーンの羽根があしらわれた、フェザーウィッチ風衣装を渡されて、みやこは頬を染める。胸元と脚の露出が目立つデザインだったのである。
「素敵ですけど……。ちょっと、大人っぽくないですか? それに、スタイルのいいひとじゃないと、着こなしが難しそう……」
「みやこさまでしたら大丈夫ですわ。わたくし、保証いたします。さ、マリーネブラウさまは、是非、こちらを」
「あら……? 何だか、随分と、可愛らしい衣装ね……? 私のワードローブにはないタイプの服だわ」
細密に編まれたアンティークレースが縁を飾る、豊かな襞のエプロンドレスを手に、マリーネブラウは困惑する。
「こういう、不思議の国のアリスのようなドレスも、きっとお似合いだと思いますの」
しなやかな手つきで、デルフェスがマリーネブラウの髪をふわりと下ろし、フリルつきのカチューシャをあしらう。なかなかに凄みのある『アリス』が出来上がった。
「わたくしは、そうですわね、白うさぎの仮装にいたしましょう」
デルフェスは、黒の網タイツに、身体にフィットした白エナメルのコスチュームを合わせ、その胸ポケットには懐中時計をしまった。
手首にはカフス、首には蝶ネクタイ、ふわふわの丸い尻尾に、真っ白なうさぎ耳。妖艶なバニーガールに見えるが、こちらも、『不思議の国のアリス』に登場するうさぎの見立てなのである。
「さあ、まいりましょう」
衣装合わせも終わり、3人は意気揚々とパーティ会場に向かったのだが――
みやことマリーネブラウは、まだ気づいていない。
デルフェスが持参した服は、それを着た者を、衣装に相応しい性格に変貌させる『魔法服』であることに。
すなわち。
みやこは、気位の高いわがままな魔女のごとく、高慢かつ横暴になり、
マリーネブラウは、明るく元気で天真爛漫な少女のごとく、愛らしい性格になり、
――彼女らを知るものが見たら、軒並み卒倒しそうな光景が繰り広げられたのである。
◇◆◇ ◇◆◇
「ちょっと、そこのあなた」
魔女みやこは、壁際にしつらえられた長椅子を丸々占領し、セクシーに脚を組んで、髪を大きく掻き上げる。
「あたしのために、ワインを持ってきてちょうだい」
みやこにご指名された蜘蛛男コスプレの青年は、大きく開いたみやこの胸元に、ちょっとどきっとしたようだったが、咳払いをひとつして、このパーティの趣旨を説明する。
「ええとですね、今日の催しは、童心に戻ってかぼちゃ細工コンテストを行ったり、ハロウィン用オーナメントを作ったり、会場付近をパレードしながら、『Trick or Treat!』をする、という流れになってるみたいで、酒類の用意はないんじゃ……」
「持ってきて!」
「え」
「聞こえないの? あたしが持ってきて欲しいって、言ってるのよ!」
「は、はいっ!」
哀れ蜘蛛男は、酒屋を探すため会場の外に走り出――ようとして、かぼちゃを抱えたマリーネブラウとぶつかった。
「きゃあ」
「あ、すみません。怪我なかったですか?」
「平気です☆ 私も前見てなくって、こめんなさい。ね、どうかしら、このジャック・オー・ランタン。初めて作ったんだけど、楽しいのね」
「良く出来てますよ、上手ですね」
「うふ♪ 嬉しいな。もうひとつ、もっと大きいかぼちゃで作ろうと思うんだけど、ひとりじゃ力が足りないの。手伝ってくださらない?」
「は、僕で良ければ喜んで」
アリスコスプレの美女に甘えられて青年は鼻の下を伸ばしたが、その背に容赦なく、みやこの声が飛ぶ。
「ワインはまだなの!?」
「みやこさん、そんなわがまま言っちゃ、いけないと思います」
マリーネブラウが、かぼちゃと、細工用のカッターを持ったまま、みやこの傍に行く。
「せっかく来たんですから、みやこさんも、作ってみましょ♪ ね?」
「いやよ、そんな、煩わしい。……ちょっとぉ! あたしの方に刃物向けないで! あたしを殺す気?」
「そんなぁ……。一緒に作ったら楽しいって思っただけなのに。みやこさんの意地悪! デルフェスさぁん〜。みやこさんがいじめるんですぅ〜」
マリーネブラウは、デルフェスの背に隠れるようにしてみやこを窺い、みやこはと言えば、半開きの胡乱な目でマリーネブラウを睨む。
「まあ、おふたりとも」
そんなふたりに挟まれて、デルフェスはあくまでも穏やかに取りなすのだった。
「みやこさまには、パーティが引けた後、極上のワインをプレゼントいたしますわ。マリーネブラウさまのかぼちゃ細工は、わたくしがお手伝いいたしましょう。普通の人間の殿方よりは、力がありましてよ」
そのあとも、万事こんな調子のドタバタ劇が展開されたが、それもまた、神無月最後の日にふさわしい、波瀾万丈ぶりであったと言えようか。
なにしろ、魔女みやこと、アリス・マリーネブラウは、ハロウィンパーティ終了後も、しばらくは衣装を脱がなかったのだから。
◇◆◇ ◇◆◇
そして、エル・ヴァイセの中心地区にある王宮、『火焔城』もまた――
異世界視察からアリスコスプレの宰相が戻ってくるなり、大混乱に陥ったのである。
「あは☆ たっだいま〜! ほら書記官長、これあげる。私が作った、お化けかぼちゃのちょうちんよ♪」
「大変だ、宰相閣下が!」
「マリーネブラウ宰相閣下がご乱心遊ばされたぞ」
「至急、王宮付き医師団を呼べ! そうだ、陛下にもご一報せねば!」
――この後、マリーネブラウが威厳を取り戻し、自己嫌悪から立ち直るまでに、都合1ヶ月の期間を有したという。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【2181/鹿沼・デルフェス(かぬま・でるふぇす)/女/463/アンティークショップ・レンの店員】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、神無月です。
デルフェスさまにはいつも素敵なイベントにお誘いいただきまして、まことにありがとうございます。
よもや、マリーネブラウにも貴重な魔法服を着せていただけるとは! っていうか、あの、すみません、着たまんまエル・ヴァイセに帰っちゃったみたいですが、後日、ちゃんとクリーニングして返却いたしますので、お許しのほどを。
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