■街のどこかで■ |
神城仁希 |
【3098】【レドリック・イーグレット】【異界職】 |
あなたが『明日に吹く風』という酒場に足を踏み入れたのには、大した理由は無かった。この街に来て、何も頼る術がなかっただけの事である。
だが、テーブルでとりあえずの酒を飲んでいると、なかなか面白い連中が集まってきている事に気がついた。
「ジェイクさん。週末なんですけど……俺らの冒険に付き合ってもらえませか? 色違いの飛竜が手ごわくて……俺らだけじゃ突破できないんすよ」
「付き合うのはかまわんが……。あそこはまだ、お前らには早いぞ? 西の洞窟に獰猛な巨大猿が住みついたっていうじゃないか。そっちの退治が適当なとこじゃないのか?」
歴戦の風格を漂わせる戦士に話しかける、若い冒険者たち。
「じゃ、頼んだよ。レベッカちゃん」
「うんうん。山向こうの村に手紙を届ければいいのね? 待ってるのって、彼女なんでしょ〜? 羨ましいなぁ……。OK、任せて! グライダー借りて、行ってくるよ!」
手紙をしまい、肩までの髪をなびかせて、軽やかに走り出す少女。あなたのテーブルにぶつかりそうになったが、風のようにすり抜けていった。
「いや、会ってみてびっくり。そこの歌姫ときたらメロンが2つ入ってんじゃねえのかって胸をしてるのさ。だから、俺はハゲ親父に言ってやったね。あんたじゃ、あの子の心を射止めるのは無理だって。キューピッドの矢も刺さらねぇ、ってさ」「おいおい、カイ。いい加減にしとかないと、また彼女に相手にしてもらえなくなるぞ!」
「おっと、それだけは勘弁な!」
背の高い男を中心に、酔っ払った男達が集まって何やら話に夢中になっているようだ。中心の男はよく口の回る軽いノリの男であったが、周りの男達もその話を楽しげに聞いているようだった。
どうやら、この酒場にいれば退屈しのぎにはなるらしい。さて、誰のところに話を持ちかけようかな……?
あなたが踏み出したその一歩は、新たな冒険譚の始まりであった。
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『新たなる力』
●目覚め
「……気がついたか」
レドリック・イーグレットが目を覚ました時、彼は簡素なベッドに寝かせられていた。
咄嗟に状況が判断できず、記憶を辿ってみる。
「……あ!」
カオスナイトとの戦闘が脳裏に甦り、慌てて体を起こそうとするレッド。しかし、彼の体は思うように動かず、ベッドから落ちそうになる。
「大丈夫か? まだ無理はするな」
受け止めてくれたのはジェイクだった。
ゆっくりとベッドに戻されながらも、礼を言うより先にレッドは問いかけた。
「レベッカは? レベッカは無事なのか……!?」
大声を上げた事で、全身に激痛が走った。
傷は治癒魔法であらかたふさがってはいる様だが、無理やり力を引き出したせいだろうか、バラバラになりそうな痛みが走る。
そんな彼を寝かしつけ、ジェイクはコップに水を注いで差し出した。
「心配するな。レベッカも無事だ。とはいえ、地面に叩きつけられた時に頭を打ったらしい。しばらくは安静にしていろと言われたよ」
あれから3日が経った。
カグラの街は、ジェントスからの難民を受け入れ、慌しい空気に包まれていた。
復興の目処はついておらず、被害状況の確認だけで手一杯という現状である。
「レベッカの方はエランがついてくれている……もう2〜3日もすれば全快するだろう。それより……」
ジェイクの表情が曇る。
言いにくい事なのだろうかと身構えたレッドに、彼は残酷な現実を告げた。
一つは、レッドが長年苦楽を共にしてきたシルバーアミュートが使用不可能な状態にまで破壊されていたという事実。
そしてもう一つは、ブラスター化の影響によってか、オーラ魔法が使えなくなっているという事実であった。
「……」
試しに、拳にオーラパワーをかけようと念じてみる。だが、彼の意に反して、それは発動しなかった。基本である、闘気を練り上げるという行為自体が出来なくなっていたのだ。
しばし愕然とするレッド。だが、後悔はなかった。元々、代償は覚悟の上での事である。
「それから、シルバーの方はチャック爺さんのところに送った。使えるようになるかは、五分五分だがな」
「そうか……。壊しちまった事、チャック爺さんに謝らないとな……それから剣術の特訓だ。オレは弱くなったが、少しでも準備しないとな」
すぐに立ち直りを見せる青年を、ジェイクはじっと眺めていたが、もう一度ゆっくりと口を開いた。
「力が……欲しいか?」
「……?」
ジェイクの言っている意味が理解できず、レッドはしばらく黙っていたが、やがてしっかりと頷いた。
「そうか。ならば、ギルドの呉先生のところに行け。あの人がおまえに『新たなる力』をくれるだろう……明日まではゆっくり休め」
そう言い残して、ジェイクは部屋を出て行ったのであった。
●新たなる力、ドラゴンアミュート
「……」
翌朝になり、レベッカの様子を伺おうとしたレッドであったが、横たわるレベッカと椅子に座ったまま寝ているエランを見て、静かに扉を閉めた。
その足でカグラの冒険者ギルドに向かって歩き始める。
全身の痛みは薄らぎこそすれ、消えてはいない。それでも、彼には無駄にするだけの時間はなかったのだ。
(『新たなる力』とやらに、少しでも慣れておかないとな)
辿り着いた冒険者ギルドは、さしずめ野戦病院の様な有り様であった。
うろうろと歩いている内に、見知った顔を見つけたので呉先生の居場所を知らないかと尋ねてみた。すると、管理倉庫の方で仕事しているという返事が帰ってきた。
礼を言って歩き出す。知らず知らずの内に早足になっている事に、レッドはまだ気がついていなかった。
管理倉庫といっても、様々なアイテムを保管するスペースの他に、工房も併設されているようであった。その工房の一角にある机の前で、文明は忙しそうに書類に目を通していた。
「失礼します。ジェイクからの紹介でこちらに伺ったのですが……」
その声でようやく彼は顔を上げてくれた。
にっこりと人の良さそうな笑みを浮かべ、彼は隣の部屋へと彼を案内した。
「こ、これは……!」
「そろそろ来ると思って用意しておきました。これが貴方の新たなる力……ドラゴンアミュートです」
そこに飾られていたのは、黄金の地金に美しい黒皮で装飾された、東洋風の鎧であった。
佇まいを見るだけで、圧倒されるような力を感じる。そっと触ってみると、内包された精霊力に酔いそうな位であった。
「……しかし、俺の知っているドラグミュートとはちょっと違うようですね」
風の噂では、確か竜を模した翼や尻尾があったと聞いている。
レッドの言葉に、文明は軽く頷いた。
「ジェトのそれとは製法が違いますからね。意識を持たせる為に翼や尻尾をつけると、どうしても振り回されやすくなる。そこで『墜ちた都市』の竜語魔法を使って、あくまでも精霊鎧に徹したのですよ」
その為、基本形態の状態では空を飛ぶ事はできない。だが、進化形態になれば余剰精霊力の放出で飛べるようになるだろうと文明は告げた。
「その他には、どんな能力が?」
鎧に手をかけたまま、熱い視線でレッドは問いかけた。
文明は頷き、彼にドラゴンアミュートの能力を説明し始めた。
「まず、今までと同様に基本形態では変わりません。進化形態になってからじゃないと、特殊能力を発揮する事はできません」
デザインについても今までと変わらないようだ。元々、アミュートとは進化すると装着者固有の形態へと変化する。よって、シルバーアミュートの時とデザインは変わらないそうだ。
「まず、両腕を組み合わせる事によって火炎弾を打ち出すことが可能です。これは竜因子に基づく力であるため、どの属性の者が装着しても使えますが、やはり火属性の人間が使った方が威力は上がるでしょう」
仮称として、『フレイムショット』と呼んでいるらしい。両手を組み合わせるという予備動作が必要なため、武器を持ったままでは不可能なようだ。
ふとレッドは、神殿で遭遇した風竜王の騎士の事を思い出した。
(そういや、似たようなポーズを取っていたっけな)
「同様に、火炎を武器に纏わせる事も可能です」
「『フレイムソード』ってとこですか?」
文明は頷き、呼称はまぁ好きなように呼んでくださいと告げた。
「次に、先ほど話した飛行能力ですね。貴方が使えば恐らくは、炎の翼と尻尾が形成されて飛べるようになるでしょう」
ただし、これはやはり風属性の人間が装着した方が速いとの事であった。
「そして『ドラゴンバニッシュ』。これはまだ未知数の力です。『竜の翔破』が揃っていない為、現状では使えません。神殿に行っている者達が持ち帰ってくれれば、瞬間移動が可能になる……はずです」
急に歯切れが悪くなった。
不安になって問いただすと、『竜の翔破』自体が幻の魔法である為、推測でしか語れないそうだ。瞬間移動についても、移動距離や集中の時間など不明な点が多すぎる。
(まぁ、これは当てにしないほうが良さそうだな)
と、身もふたもない事を考えるレッド。だが、すぐに考え直す。カオスナイトとの戦いでは、何が切り札になるか判らない。
そして最後に、と語る文明の表情が僅かに曇る。
「戦闘能力を一時的に向上させる効果をもたらす、『ドラゴンモード』です」
レッドの瞳に期待の感情が浮かぶ。切り札であるオーラマックスが使えなくなった今、それに代わるものがあるというのは心強い。
しかし、文明は静かに説明を続けた。
「貴方は、なぜゴールド以上の素材でアミュートが作られなかったか知っていますか?」
「コストに見合うだけの性能が得られなかったからでしょう?」
レッドはアミュート発祥の地、ジェトの精霊騎士である。今更、文明に問われるまでもない。
「それはまぁ、事実の半分に過ぎないのですよ」
「え?」
まさかアトランティス以外の人間から、このような話を聞く事になるとは思わなかった。レッドは体ごと向き直って話の続きを求めた。
「実際は、アミュートの性能に人間の体の方がついていけないんです。だから、コストに見合わない力しか引き出せない」
「それじゃあ……」
どうして、と聞こうとした彼を手で制して、文明の話は続く。
「そこで、このドラゴンアミュートではゴールドの力を使いきれるように、人体の方を強化する事を考案したのです」
文明の話はこうであった。
人体に一時的に竜因子を付与する事によって肉体を強化し、アミュートの性能を限界まで引き出せるようにする。付与する竜因子の量によって、戦闘力は何倍にも高まるであろうと。
「……ですが、過度に付与された竜因子は、やがて貴方の肉体を蝕み始めるでしょう。思考や言動が変化し、やがて人間らしい感情すら失う事になる……」
「それは……もしかして……」
静かに、文明はレッドの想像を肯定した。
「そう、貴方がたが遭遇したという『竜王の騎士』に、貴方も変化していくのです……」
部屋の中に沈黙がおりる。
窓のないこの部屋では風が吹き抜けることはない。
レッドがこよなく愛した、自由に吹く風が。
「2倍ぐらいまでなら、短時間であればそれほどの影響は出ないでしょう。ですが、それ以上の使用は危険です……心しておいてください」
また、最後に彼はこうも言った。
「貴方が発現させたブラスター化という力。代償として、オーラ魔法が使えなくなったと聞きましたが、それも結局は同じ事を現しているのです。極限まで力を引き出した結果、体が耐え切れずに崩壊していく」
肉体が強化されれば、何かを喪失することはないかもしれない。だが、くれぐれもドラゴンモードの状態でブラスター化はしないようにと忠告し、彼は自分の机へと戻っていった。
一人になった部屋の中で、レッドはドラゴンアミュートと対峙していた。
(諸刃の剣か……)
人としての感情を失うという事。それはレベッカへの愛情さえも消えてしまうかもしれないという事実であった。
レッドは怖かった。
共に戦場を駆け抜けてきたアミュートという力を、初めて怖いと感じていた。
「それでも……俺にはこいつが必要なんだ。牙無き民を守るために!」
コマンドワードを設定し、水晶球の状態に戻す。
床に落ちたそれを手に取り、レッドはゆっくりと歩き始めた。
後ろは振り向かない。ただ、前だけを見据えながら。
了
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
3098/レドリック・イーグレット/男/29/精霊騎士
【NPC】
ジェイク・バルザック/男/35/元騎士
レベッカ・エクストワ/女/22/冒険者
呉文明/男/50/カグラの冒険者ギルドマスター
※年齢は外見的なものであり、実年齢とは異なる場合があります。
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■ ライター通信 ■
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どうも、神城です。
以前から考えていた設定の大半を明らかにする事ができました。
ちなみにドラゴンアミュートは、通常の状態でも破格の強さです。普通の相手ならまず特殊能力なんぞ使わなくても力押しだけで勝てます。
ドラゴンモードで力を引き出すと、人間性を失い。
ブラスター化で力を引き出すと、肉体の機能を失うと。
作中で述べているように、ドラゴンモードを多用すると、レベッカへの愛情が変化していきます(愛情から、敬意や強い友情へ)。
数値化するものでもないので、口調が変化し始めたら要注意ですよ。くくく……(アカギ笑いw
この後、グラン達が帰ってくるまでの間に、基本的な動作チェックは済んでいます。ただ、ドラゴンモードとバニッシュだけはぶっつけ本番になりそうです。
デザインについては、基本状態では東洋風(文明の趣味)。進化状態で今まで通りの姿に。飛ぶ時だけ、炎で翼と尻尾が形成されます。
ブラスター化で鋭角で刺々しいフォルムに。ドラゴンモード時には表面がスケイルっぽくなる感じかなぁ。
あと、レベッカについてですが。
彼女とハッピーエンドになるためには、フラグを立てる必要があります。言ってはいけない事などのNGワードの反対で、言わなきゃならないGoodワードがあるんです。
今のところ、7:3くらいでレッドが優勢ですが、これ次第では簡単にひっくり返るので、気をつけてね。グランにも、その旨お伝えください。
まぁ……頑張ってくださいw
それではまた。次回の『漂流都市』でお会いしましょう。
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