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■CallingV 【白粉花】■

ともやいずみ
【6494】【十種・巴】【高校生、治癒術の術師】
 闇夜に響く鈴の音……。
 その音を、遠逆の退魔士自身は……聞くことはできない。
 ふと空を見上げる。月が見えた。
「…………」
 この日本に来てもう五ヶ月。あっという間に半年経ってしまう。
 月日というのは早く……早く……。
「憑物封印……か」
 その独白は、とても寂しそうで……。
「……あと少し……か」
 もうすぐこの国ともお別れだ。
 憂いを断ち切るように顔をあげ、夜の道を歩き出す。巻物に、妖魔を封じるために――。

CallingV 【白粉花】



 軽く両の頬を叩く。痛みに巴は顔をしかめた。だが、気合いが入った。
「よしっ! もう悩むの止め!」
 嫉妬などの嫌な感情に支配されるのはもう止める。そういうのも自分だって認めるだけだ。
 くよくよしたり、ウジウジしたりする時間が勿体無い。それに、そういう自分は嫌いだ。
(ま、開き直った、とも言うけどね)
 とにかく前に進むしかない。転んだら立ち上がればいい。間違えば、やり直せばいい。
(……自分のことばっかり考えて、誰かが傷つくのを見落とす……。それは、一番嫌だもの)
 洗面台の鏡を真っ直ぐ見ていた巴は、ふいに肩を落とす。
 傷つく、という言葉で思い出すのはどうしても遠逆陽狩のことだ。
 時々悲嘆に暮れたような瞳をする。あの新緑色の瞳が翳るのが、巴はとても残念な気分になる。
 何を……抱えているのだろうか、彼は。



「ねえ巴」
 声をかけられて巴は怪訝そうにする。携帯電話を片手に持つクラスメートの少女は、巴に笑顔で話し掛けてきたのだ。
「最近噂になってるさ、ベビィコールって知ってる?」
「……なにそれ。ダサい名前だね」
「やっぱそう思う? だよね〜。誰が言い出したか知らないんだけどさ、突然携帯にかかってくるらしいのよ」
「……どっかの映画?」
 いや、小説?
 巴は呆れたように頬杖をついた。もうすぐ英語の授業が始まるのに、呑気なことだと思う。
(ほんと、そういうの好きだよね……。コックリさんとか、素人が手を出すととんでもないことだって世の中には多いのに)
「マジ噂にあるのよ! 非通知でかかってくるんだけどね、出たら赤ん坊の泣き声がするの」
「ええ? なんか気持ち悪いよ、それ」
「でもね、それだけらしいのよねー」
「それだけ?」
 そんな馬鹿な。
 何かあるのではないか? という巴の視線に、クラスメートは肩をすくめる。
 巴は「ふ〜ん」と呟いた。クラスメートの少女は自分の机に戻りながら言う。
「でもね、それ……女の人にしか、かからない電話なんだって」

 学校帰りの巴は、自分の携帯電話を見遣る。淡いピンク色の携帯電話。可愛らしいデザインが気に入って買ったが、それほど活用されてはいない。
(そろそろ待受画面、変えたいかも)
 そう思って、携帯をいじりながら歩いていた巴はゾクッとして足を止め、顔をあげた。
 冷たい風が吹いている。風に黒髪がなびいていた。あまりに儚く、それは――。
 彼がこちらを振り向く。あまりにも美しい面立ちが、より一層異常さを強めていた。
 霊障に関わることが多少はある巴は、専門家とは言い難い。だが研ぎ澄ました神経で『視る』ならば、彼の異常は違和感となって強く残る。
「陽狩さん……?」
「……十種」
 ぽつりと彼が呟いた瞬間、がらりと雰囲気が変わった。
 幻のような美しさが鳴りを潜め、代わりに人間くさい部分が前面に押し出される。
(今の……なに?)
 恐ろしい、と巴の本能が伝えた。本当に『異常』だった。
「ああ丁度いい。あのさ、ちょっと訊いていいか?」
 気さくに話し掛けてくる陽狩の声に、巴の思考が引き戻される。
「う、うん。なに? 私でいいなら」
「携帯電話、持ってるか?」
「…………」
 無言になる巴に、彼は慌てて両手を振る。
「いや、通話に使うわけじゃないんだ! 携帯電話は使うことがなくて、あまりよく知らないから……教えて欲しくて」
 困ったように、恥じらいつつ言う陽狩に巴は胸がきゅんと鳴った。
(ほんと……わかっててこういう顔してるなら殴ってやるところだわ)
「少しでいいんだ。迷惑にならねぇようにするから」
「いいよ。陽狩さんの役に立ちたいから」
 あっさりと笑顔で言い放った巴に、彼は苦い表情をする。
「あ、ありがと」
 苦味を込めた感謝の言葉に、巴は不思議そうにした。

 夕暮れの公園のベンチに並んで腰掛け、巴は陽狩に携帯電話を見せていた。
「これが私の。陽狩さんは何が知りたいの?」
「…………」
 陽狩は目を細め、巴の携帯電話にツ、と指を触れさせた。そして自分のふところから、携帯電話を一つ取り出した。ビリジアンの、コンパクトな携帯電話だった。
 陽狩が携帯電話を所持していたことに素直に驚いた巴だったが、彼はじっと巴の携帯電話を凝視したまま。
「『我が呼び声に応え給え。召喚に応じ給え』」
 ジジジ、とノイズが携帯電話から響く。
 陽狩はさらに何か続けて呟いていたが、ふいに止めた。
「…………繋がったか」
 その囁きのすぐ後に陽狩の携帯電話が鳴り響いた。ぴりりり、と軽快に鳴る様が、なんだかひどく不気味だ。
 陽狩は携帯電話に、出た。
「…………」
 通話ボタンを押しただけで彼は反応しない。巴は思わず耳を澄ました。
 赤ん坊の泣き声が聞こえる。
(! これって……!)
 ほぎゃあほぎゃあと泣き続ける赤ん坊の声はひと気のない公園に、微かに響く。
 嘆息する陽狩は自身の喉に手を遣って、指を走らせた。まるで陣を描いたような、仕種。
「もしもし?」
 電話に応えた陽狩の声は女性のものだった。隣に座る巴は驚く。彼にこんな声色が使えたとは。
「どちらさまですか?」
 丁寧に問う陽狩は、声の調子と表情がアンバランスだ。
 声は静かで丁寧で、気品に溢れた女性のものなのに、実際の陽狩は眉間に皺を寄せて相手の出方をうかがっている。
 赤ん坊は泣き止まない。
「あの……もしもし?」
 赤ん坊の声が止む。代わりに、低い男の声がした。
<おまえじゃない>
「…………」
<おまえじゃない。探しているのはおまえじゃない>
 低い声はそう言った。
 途端、陽狩が元の声に戻って言う。
「オレはおまえを探してた」
 バチッ! と携帯電話から火花が散る。ぐらり、と陽狩の身体が傾いだ。
 それを慌てて抱きとめて、巴は頬を赤くする。
 意識のない陽狩はぐったりとしており、携帯電話を手にしたままの腕をだらりとさげている。
「陽狩さん?」
 軽く揺するが彼は起きる気配がない。
(だ、大丈夫なのかな? うぅん……)
「…………」
 よいしょ、と彼の頭を自分の膝の上におく。膝枕だ。
 見下ろすと、陽狩の顔が見える。長い前髪を払うと、整った顔立ちがはっきりとうかがえた。
「…………」
 なんか、その。
(ちょっと可愛い……かも)



 十分ほど経って陽狩が目を覚ます。
「……あれ?」
 寝惚けたような声を出した陽狩がぎょっとして起き上がる。
「わ、ワリぃ! もしかしてずっと?」
「う、うん。いきなり気絶? しちゃったから」
「いや……その、精神体だけ飛ばして……本体を潰しにって、まあ……その話はいいか。
 ありがとな」
 照れたように笑う陽狩は自分の壊れた携帯電話を見遣る。
「あの、陽狩さん、ケータイ壊れちゃったね」
「いいんだ。そのためだけに買ったから」
 ふところに戻した陽狩は小さく微笑んだ。それを見て、巴は尋ねる。
「うまく、いったの?」
「え?」
「さっきの、ベビィコール」
「? なんだそりゃ」
 聞き覚えのない単語だったようで、陽狩はきょとんとした。
「最近噂になってたの。女の人だけにかかってきて、赤ちゃんの泣き声しかしないって」
「捻りがねぇな」
 『ベビィコール』という単語の意味に陽狩が呆れたように呟く。それは巴も同意見だった。
 陽狩は座り直してから説明する。
「直接害はないんだが、ちょっとな、今の男は困ったことしてくれたから」
「困ったこと?」
「手当たり次第、女にかけたわけだ。自分の子供――赤ん坊をダシに」
「え?」
「奥さんを探してたんだ。死んでも、諦めきれなくて。その束縛に奥さんは耐え切れなかったんだ。
 で、俺に依頼がきた」
「……その、奥さんから?」
「いや。その人はいま、精神科の病院に居る。オレに相談してきたのは、その友達らしいな」
「……赤ちゃんは?」
「男は赤ん坊を殺した。だから奥さんは逃げた」
 端的に言う陽狩の言葉に巴は首を傾げる。彼は軽く笑った。
「つまりな、赤ん坊に奥さんをとられるって思って、旦那は殺したんだ。実の息子を。
 奥さんはその狂気に耐えられなくて逃げた」
 遠くを見るように言う陽狩の瞳は悲しみに染まっている。悲痛な、緑。
「旦那はそれでも諦められなくて、死んでも諦められなかったから…………と、いうことだ」
「…………すごい、ね」
 それしか感想が出ない。そこまで『想う』という気持ちが強いなんて。いや……それは『想う』ことなのだろうか?
 二人は黙ってしまう。
 風が公園の木々の葉を揺らし、遠ざかっていく。
(陽狩さんて、やっぱり何かあったんだろうな……)
 過去の話をする時とか……何度か今のように辛そうな表情をしているのを見ているから。
 ――この人は非道になれない人なのだ。
 だから、きっと自分はこの人に惹かれる。強く。
「あ、のね」
 口を開いた巴のほうを、陽狩が見遣る。
「お仕事とか、色んなこと……秘密の部分もあると思うし、辛くて話せないこともあると思うけど……でも、我慢ばっかりはダメだからね!?」
「…………」
 巴の言葉に陽狩は唖然としている。そして視線を伏せた。
「あのさ、オレ、我慢してるように見えんのか?」
「えっ!?」
 真っ赤になって巴が少し陽狩から退く。
「あ。えっとね、そうなのかな〜って思っただけなの!」
「ふぅん」
「も、もしだけど、挫けそうなら私の胸で良かったら貸すよ? ぬいぐるみ代わりに抱きついてもいいし、それに変なこと言ったり弱音吐いたりしても誰にも言わないからっ」
「…………ぬいぐるみ?」
 あ、と思う。そうだった。普通、男の子はぬいぐるみなんて抱きしめない、よね。
「私、その、小さい頃に辛いことがあったらぬいぐるみに抱きついて泣いてたの……。そうしたら心が軽くなって」
 陽狩に凝視されていることに気づき、巴は慌ててしまう。
「こ、これ秘密! 秘密だからね!」
「……ああ」
 頷く陽狩は小さく笑う。まるで……兄のようだ。
 包み込んでくれる優しさがある。だからこんなに安心するのだろうか?
 陽狩は悲しそうに囁いた。
「ありがとな。
 だけど…………あんまりオレに肩入れするな。いいことないから」
「なっ、なんでそういうこと言うの!」
 彼は真っ直ぐ、空を見る。赤い空を映す彼の瞳が、紅に染まっている。
「おまえが思うほどオレはいい人間じゃない。最低最悪の、クズだから」
「陽狩さんっ!」
 非難するように言う巴の言葉を陽狩は聞いていないようだった。空を見つめる彼は、呟く。
「旅が終わるのを……オレは、待っているんだ」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6494/十種・巴(とぐさ・ともえ)/女/15/高校生・治癒術の術師】

NPC
【遠逆・陽狩(とおさか・ひかる)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、十種様。ライターのともやいずみです。
 陽狩に膝枕をしていただきました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!