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■Infinite Gate■

ともやいずみ
【5566】【菊坂・静】【高校生、「気狂い屋」】
 寒い。ここは寒い。
 こんな暗闇になぜ自分は居るのだろう?
「迷子?」
 声をかけられた。
 この暗闇の中、その女の姿が見えた。
 目深に被った白い帽子に白のコート。白づくめの女は小さく笑った。だが輪郭がぼやけていてはっきりとは見えない。
「また来たのか。よく迷う魂だな。
 安心しな、きちんと帰してやる。
 ああ……でも、せっかくだからまた見ていくか? ここは全ての分岐点が見える場所。
 そういえば一度肉体に戻るとここでのことは忘れるんだったな。何度も説明するのは疲れるんだが……。
 あんたの望んだ未来や、あるかもしれない過去が見れるかもしれない。
 多重構造世界、って知ってるかな? サイコロを振って、1が出たとする。だが他に2から6まで出た世界があるとされるあれだ。
 簡単に言えばあれと似てる。だがちょっと違うかな。まぁ……言葉で説明するのがまず難しいからな……。ああ、これは前も言ったっけ。
 とにかくだ。
 たくさんの過去とたくさんの未来があるってこと。
 その中で、あんたの望むものを……いや、望んだそのままの世界があるなんてことは稀だ。
 あんたの望んだ世界に近いものを見せてやれる。それがいいことか悪いことか……それはアタシにはわからない。
 完全に望んだ世界かもしれないし、望んだ世界に近いだけかもしれない。
 過去を見たいならば……あるかもしれなかった世界でもいいが……。どうせ身体に戻れば忘れてしまう。
 それでも見たいというなら、ほら……言ってみろ。どうせ忘れるんだから、迷子の望みくらい叶えてやるさ」
Infinite Gate ―girl's side―



 室内の窓……カーテンの隙間から差し込む太陽の穏やかな光。
(ん……朝……?)
 菊坂静は体を起こす。痛む身体に静は眉をひそめ、溜息を小さく吐く。
 布団の上で膝を抱え、余韻に浸った。
「…………」
 照れ臭いというか、恥ずかしい。
(………………朝ご飯作ろう)
 気分を変えよう。
 すぐ隣に眠る欠月を起こさないようにそっとベッドから抜け出る。
 と、そこで動きを止めた。真っ赤になっておろおろと周囲を見回す。
(何か着るもの……!)
 いくら貧弱な身体とはいえ、羽織るものは必要だろう。とりあえず下着を身に着けた。
 ベッドの下の床に散らばっている衣服に手を伸ばす。腕を必死に伸ばして、指先に引っかかった衣服を引っ張り上げて羽織った。シャツのボタンを上から順番に留めていき、ベッドから降りる。
 保護者として同居している文月紳一郎は仕事で留守なので、シャツ一枚でも気にせずに歩き回れる。
(見つかったら絶対に何か言われるもん……。女の子なのにはしたないとか、もうちょっと自覚しなさいとか……)
 うんざりしながら部屋のドアを開けて出ると、台所に向かう。廊下の冷たさが裸足に直接響く。
 台所はしんと静まり返っており、静は冷蔵庫を開けた。
(タマゴはある……それに)
「おはよう静」
 背後から声をかけられて静はびくっと反応し、振り向く。背筋を正して相手を凝視する。
「お、おはようございます、文月さ……ん」
 どうして彼がここに居るのだ!?
 仰天していた静は、慌ててシャツから覗く足を気にして、シャツを下に引っ張る。そういえば……なんだかこのシャツ、大きいような???
(あっ、これ欠月さんのだ……!)
 シャツの裾を引っ張っている静は引きつった笑みを浮かべた。紳一郎が嘆息する。
「またそんな格好でうろうろする……。年頃の女の子の自覚が足りないぞ、静」
「す、すみません」
 左手でシャツを、右手で寝癖のついたショートの黒髪を引っ張る。
 そう、ココでは自分は女の子、だ。15歳の、少女。
(時々思うもん。自分が男の子だったらどうなってたのかなって……)
 もしかしたらどこかに自分が男の世界があるかもしれない。その場合……。
(欠月さんとはどうなってたのかな……? ま、まさかこんな状態にはなってないと思うけど……)
「あ、あの……なんで文月さんが居るんですか? 昨日は帰らないって……」
「ふむ。早く終わったので今朝方帰ってきた」
「け、今朝方……?」
 何時?
 冷汗を掻く静の心配など気づかず、紳一郎は「うむ」と頷く。
「確か五時頃だったな」
「五時……」
 ほっ、と静は安堵する。
 昨晩欠月と一緒にベッドに入ったのは深夜前だ。よ、良かった……。
「ところで静」
「は、はい?」
 今度はなんだ!? と静が身構える。
 紳一郎は静を凝視していた。静は自分におかしなところがあるのだろうかと不安がる。
「目尻が赤いし、なんだか疲れているみたいだが……眠れたのか?」
「えっ」
 ぱちぱちと瞬きをした静はハッとして耳まで真っ赤にした。
「い、いやっ、寝ましたよ?」
「そうか? なら泣いていたのか?」
「な、泣いて……なんか……」
 もじもじする静は湯気が出そうなほど顔を赤くし、俯く。
(あぅ……思い出しちゃった……)
 確かに泣いてはいたような気がする。かなり……。
(な、なんか色々言ってたような……! ひゃぁ……)
 そんな静の動きが妙だったらしく、紳一郎は頭の上に疑問符を浮かべていた。
(どうしたんだ、静は……)
 何か変なものでも食べたのだろうかと心配していた時、静の部屋のドアが開いた。紳一郎はそちらを見遣る。
 姿を現したのは欠月だった。彼は軽く欠伸をし、それから紳一郎のほうを見てにっこり微笑んだ。
「あぁ……欠月君が泊まっていたのか。おはよう」
「おはようございます」
 爽やかに微笑む欠月の格好に紳一郎は数秒間黙る。静は慌てて笑顔を作った。
「かっ、欠月さん、おはようございますっ」
「おはよう」
「……咎める気はないが……欠月君、パジャマのボタンが全部外れているのはどうかと思うぞ」
 指摘された通り、静宅に常備されている欠月のパジャマの上着は、ボタンが全部外れている。欠月は明るく笑った。
「いやぁ、慌てていて留めるのを忘れていました」
 華奢な姿のくせに、欠月は鍛えられており筋肉がついている。さすが退魔士と言うべきだろう。静は欠月の胸板を凝視できなくて、顔を逸らす。
 紳一郎は不思議そうにした。
「慌てていた……? トイレか?」
 紳一郎が真剣に尋ねていることに静はがっくりする。だが欠月がすぐさま否定した。
「横に寝ていたはずの彼女が居なかったので、逃げられたのかと思って慌てたんですよ。ちょっと意地悪が過ぎたので」
「なっ……!」
 静が仰天してしまう。だが紳一郎はふむと頷いた。なぜそんなに冷静なのか静は不思議でならない。
「婚前交渉をとやかく言いはしないが家族計画は……ん? 静、なぜ泣きそうな顔をする?」
 真っ赤になって唇を引き結び、ぷるぷると震える静に紳一郎は怪訝そうにした。欠月はその様子が面白いらしく、わざと黙って見守っている。
「欠月さんのバカぁ! 文月さんのオタンコナス!」
「静……? なんだ? 突然どうしたんだ???」
「まぁまぁ。女の子は色々と大変なんですよ」
 くすくすと笑っている欠月と違い、紳一郎は静がなぜ怒っているのかわからないようだ。



 朝食をとって自室に戻った紳一郎と違い、欠月は食器を洗う静の後ろ姿を眺めていた。
 遣り難そうに静が振り向く。
「な、なんですかさっきから……」
「いや? 気にせず続けてください、お嬢さん」
 にっこりと微笑む欠月に疑いの眼差しを向けるが、静は食器洗いに戻る。
「さっきのさ」
「? なんですか?」
「文月さんの言ってたこと。あんまり気にしなくていいよ?」
「え?」
 理解できずに振り向いた静は、真後ろに欠月が立っていてぎょっとする。いつの間に近づかれたのか。全く気づかなかった。
「家族計画うんぬんのことだよ。気にしなくても、お嫁さんに貰ってあげる。キミが嫌でなければだけどね」
「………………」
 呆然としていた静は反応できない。彼女の背中に欠月がつつつ、と人差し指を上から下に走らせた。ぞくっ、として静は「あ」と洩らした。
「や、やめてください欠月さんっ」
 こそこそと小声で訴えるが欠月は首を傾けただけだ。
「キミってさぁ、ほんと弱いよねぇこういうの。可愛いからいいけど」
「かっ、かわい……?」
「うん。昨日散々言ったけど、まだ言い足りないなぁ」
「ええっ!?」
 困惑する静を後ろから抱きしめる。静は「ひゃあ!」と悲鳴をあげて、慌てて手で口を覆った。
「だ、だめですよ! 文月さんがいるのに……っ、」
「ええ……? やらしいなあ。なに考えてるの、キミは」
 にやにやする欠月の前で、静ははたとして泣きそうな顔をする。真っ赤になって俯いた。
 静にもたれるようにして欠月は軽く笑った。
「ほんと可愛いよねぇ。そそるよ」
 色っぽい欠月の声に背中がぞくぞくとする。
(絶対わかっててやってる〜っ!)
 ある意味「ひどい」と静は思った。
「ねえ、顔あげてよ」
「い、嫌ですっ」
「そう? じゃあ、あげさせる」
 ぐいっと顎をあげられた。強引に後ろを向かされて、唇が重なる。
 静は拳を握り、ぎゅっと瞼を閉じた。欠月はキスが上手いから、意識を飛ばさないようにしなければ。
 ゆっくりと欠月が離れると、耐え切れなかった静の膝ががくんと折れた。それを欠月が抱きとめる。
「あらら。大丈夫?」
「だ、だいじょ……ぶ、です」
「もー、ほんと可愛いなあ」
 ぎゅうっと抱きしめられ、頭を優しく撫でられる。全身全霊で愛情を示してくれる欠月に、静は嬉しくなる。
 誰かがいつも自分を想い、愛してくれるというのはなんて心地いいのだろうか。こうして抱きしめられて、守ってもらう気持ちは幸福すぎて申し訳ない。
 後ろから抱きしめられるのは嫌いではない。背中に欠月の暖かさを感じ、彼の手が右の脇腹を擦っているのがくすぐったくてたまらない。だが……そんなことをされていると、なんだか物足りなくなってくる。
「あ、あの……欠月さん」
「ん? あ、触るのやめようか?」
「え……いえ、あの、触られるのは嫌じゃないです……」
「……そう」
 薄く笑う欠月に、静は心臓がどきどきと高鳴った。期待してしまう。いつから自分はこんな風になってしまったのだろうか?
「意地悪しないでください……」
「意地悪なんてしてないよ」
「し、してますよぅ……」
 消え入りそうな声で囁く。熱っぽい眼差しで欠月を見つめた。
「恥ずかしい……です。だから……」
「静に欠月君、仕事で三日ほど家を空けるのだが……」
 突然割り込んだ声に静がギクッとして身を強張らせた。
 恐る恐る欠月の肩越しに振り向くと、紳一郎がリビングからこちらを見ていた。一体いつから見られていたのか。
「そうですか。大変ですね、お仕事」
「…………」
 呑気に応える欠月と違い、静は真っ青になり、それから真っ赤になって涙を浮かべる。
(みられた……)
 みられた! しかも聞かれた!
 紳一郎は静の様子が理解できないようでしばらく黙っていたが、ややあってから口を開いた。
「だから、なぜ泣きそうな顔をするんだ静?」
 本気でわかっていない紳一郎は顔色一つ変えない。
 静は欠月の腕の中で喚き、泣き出してしまう。
「も、もうやだぁ〜!」
「………………」
 なぜ泣くのかと欠月を見遣る紳一郎に、欠月は我慢できなくて大笑いした。



 仕事に出かけた紳一郎はマンションの表の道を歩きながらふと気づく。
 あまり自分は気にしなかったが……ああやって二人が仲良くしているシーンを見られるのは。
「恥ずかしかったのか。なるほど。
 ……女の子は難しいな」
 しかし紳一郎は気づいていなかった。
 保護者に見られても顔色も態度も変えない欠月のほうにこそ、問題があるということを。



 しゃくりあげて泣く静を座らせ、欠月はやれやれと嘆息した。悪ふざけが過ぎたため、彼女はとうとう大泣きしてしまったのだ。
「ふっ、うぅ……欠月さんのばかぁ……」
「はいはい。ボクはバカだよ」
「反省してないぃ」
「せっかく二人っきりなんだから、そろそろ泣き止んで欲しいな」
 そう言われて、静は顔をあげる。
「仲良くしようよ。ね?」
 彼の笑顔に弱い。ゆっくりと静は頷いた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5566/菊坂・静(きっさか・しずか)/男/15/高校生・「気狂い屋」】
【6112/文月・紳一郎(ふみつき・しんいちろう)/男/39/弁護士】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、菊坂様。ライターのともやいずみです。
 菊坂様が女の子だったら、の世界。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!