■ベルベットクイーンへようこそ■ |
羽鳥日陽子 |
【1854】【シノン・ルースティーン】【神官見習い】 |
アルマ通りの一角にある、木彫りの向日葵の看板が目印の薬屋、『ベルベットクイーン』──通称『向日葵薬局』
扉を開けると、まず鼻を突くのは花や草など様々な物が微妙に混ざり合ったような何とも言えない匂い。
店内はさほど広くなく、目につく所に並んでいるのはドライハーブやそれらを用いたポプリ、薬用の茶葉などの類が多いので、薬屋と言うよりは寧ろ雑貨屋に近い雰囲気が漂っているだろう。
店の奥、カウンターの向こう側に、一人の店員。向日葵印のエプロンをつけた娘が、紅茶と本を手に閑古鳥対策を練って、もとい、暇を潰している様子。
来客を知らせる扉のベルの音に、娘──フィネは顔を上げて笑いながら立ち上がる。
「──いらっしゃいませ、ベルベットクイーンへようこそ!」
さて、本日のあなたのご用件は……?
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ベルベットクイーンへようこそ 〜Birds of a feather flock together.〜
例えばそれはほんの偶然。
──彼女の場合は、風の導き。
その日、シノンは一人でアルマ通りを歩いていた。日頃からチャイに使っている茶葉やスパイスが残り少ないことに気づいて、買い出しに出てきたのだ。
すれ違う人が見知った顔であれば手を振って挨拶を交わし、顔見知りの店主が露店で暇と名のつく商品を並べているようであれば、冷やかしの言葉をかけたりもする。満ちて溢れる賑やかな声や、息づく活気が心地良く、ついつい関係のない所で足を止めたりしてしまうのも、彼女にとってはいつものことだった。
そんな風にして、彼女がその店の前で足を止めたのも、また。
「……ベルベットクイーン……?」
季節外れの向日葵の看板が軒先で揺れている。ドアプレートには『Open』の文字。わずかに開けられた窓の向こうから甘い花のような、薬のような、そんな匂いが悪戯に漂ってきたのを感じて、シノンは無意識に、入り口の扉に手をかけていた。
「──はい、いらっしゃいませ。あら、可愛らしいお嬢さん」
扉の向こう、正面奥のカウンター。その裏にいた娘が、広げていた本を閉じながら立ち上がるのが見えた。大きな向日葵のワッペンがついた、紺色のエプロンと──
「わっ……」
緑の髪に、青い瞳。自分のそれと同じ色合いだと、互いに気づくまでにさほど時間はかからない。ぱちぱちと大きく瞬きを繰り返す、その動作もまた、同じように。
「ちょっと惜しかったわね、私の耳、尖っていないわ」
緩く波打つ髪を軽くかき上げると、そこにあるのは何の変哲もない人間の丸い耳。シノンもつられるように両手でわずかに尖った耳を探ってから──どこかくすぐったそうに肩を揺らして笑った。
「でも、実は遠い親戚でしたとかありそうかも。あたしはシノン。……お姉さんは?」
「私はフィネよ。オーケイ、シノン。──ベルベットクイーンへ、ようこそ」
※
改めて店内を見渡してみると、ドライハーブや取り取りの薬草が天井から吊るされていたり、茶葉の缶や液体の入っているらしい小瓶が並ぶレースのクロスが敷かれたテーブルがあったりと、シノンが思っていた通りのものがそこにあった。これでもかと言うくらい様々なものが置かれているらしい店内は、まるで過ぎ去った時間を詰め込んだ宝石箱かおもちゃ箱のようだった。
「ここは、その……雑貨屋さん? それとも、お薬屋さん?」
「どちらかと言うと、お薬屋さんになるかしら。どれと聞かれたら、逆に迷ってしまう所でもあるのだけれど」
カウンターの手前にも椅子が置いてあり、曰く『お客様用』ということらしいので、シノンは腰を下ろして店内を眺めながら、奥の扉の向こうに消えたフィネの帰りを待っていた。
程なくして聞こえてくる足音、戻ってくる気配。白いトレイの上に湯気の立つティーカップが二つと、焼き菓子が飾られた皿が載っている。ベルベットクイーン流の『おもてなし』らしい。慣れた手つきでそれらがカウンターの上に並べられ、シノンは目を瞬かせながらカップの中身を見つめた。レモン色の、不思議な匂いの液体が揺れている。
「フィネ特製スペシャルブレンド……と言うには憚られるけれど、とあるお客様曰く、『ほうじ茶』みたいなお茶の味がするわ。紅茶とはまた違う風味だけど、お口に合えば幸いです。で、こちらはお砂糖控えめジンジャークッキー。どうぞ、召し上がれ?」
「わ……いただきますっ」
ふわっと漂う何とも言えない香りに、懐かしいような、そんな気持ちを覚えながら、シノンはティーカップをそっと持ち上げた。一口飲んでみると、確かに紅茶とは違う味がする。クッキーもさくさくとしていて、控えめな甘さがじわりと口の中に広がっていくようだった。
「……美味しい。これ、どんな薬草を使ってるの?」
もう一口、飲んでみる。シノンの頭の中で彼女の知る薬草が幾通りものパターンで混ぜ合わされているが、似たような、あるいは同じ味になりそうな組み合わせまで辿りつかない。
もしかしたら自分の知らない薬草が含まれているのだろうか。どんな薬草を組み合わせたらこんな不思議な味になるのだろう。シノンはその青い瞳を好奇心と疑問符の色に染めながら、身を乗り出さんばかりの勢いで問いかけていた。
「あら、あら、シノンは薬草、というか、こういうの、お好き?」
「うん、すごく好き。大好き。……フィネさん特製スペシャルブレンドのレシピとか、教えてもらうことはできる?」
「シノンに教えた瞬間に、フィネ特製ではなくシノン特製になってしまうけれど、それでもいい?」
「フィネさん直伝スペシャルレシピ、シノンによるアレンジバージョン……とかになるのかな?」
「そう、そんな感じ」
悪戯を思いついた子どものような、そんな笑みがおかしくて、シノンも思わずそれに便乗してしまう。他愛のない言葉遊びと言ってしまえばそれまでの、けれど二人にとっては立派な『交渉』だ。
「本当は門外不出なのだけれど、今日は特別、フィネの薬草箱を公開しちゃう」
フィネは座ったまま振り返って、身を屈めた。カウンターの後ろに棚があり、使い込まれた感のある秤や、読みかけと思われる本や帳簿などが立てかけてあった。その下の戸を引くと、そこにいくつものガラスの瓶が並んでいるのが見える。赤い種のようなものや粉末状のもの、鮮やかな色がついた細かい葉など、見ているだけでも楽しそうなそれらの中身が知らない種類の薬草であると、シノンには一目でわかった。
「右から順に、ルマ・ヴェルベナ、ロゼハピア、シャミール、イェルバ」
シノンの目の前で、取り出された四つの瓶の蓋が開けられる。ずっと止めていた息を吐き出したようにぱっと広がるのは、カップの中で揺れるお茶のそれをほんのりと思わせる花の香りだった。
「単品で飲んでも美味しいけれど、混ぜるとまた違った味になる不思議。あ、でも、ロゼハピアだけはちょっと癖があるかな、お肌にはいいんだけど」
フィネの言うロゼハピアは、赤い種のようなものだった。この実を潰してみても面白いかもしれない、などと、既にシノンの頭の中では様々な利用方法が文字通り花を咲かせていた。その花があまりにも綺麗な色をしていたから、シノンの決断は早かった。
「じゃあ、これ全部30グラムずつ、と……あとは、あたし、孤児院の院長やってるんだけど……その、子ども達が泣かずに飲めそうなお薬とかってあるかな?」
「まあ、それじゃあシノンは皆のお母さんでもあるのね。今の時期だと苦くない風邪薬とかがご入用かしら」
フィネが立ち上がり、カウンターの裏から歩み出た。シノンの目はその姿を追いかける。フィネは抽斗状になっている棚の前で立ち止まると、指先を辿るように動かしながら、慣れた手つきでいくつかの棚を引っ張り出した。そこからさらに小さな瓶が何本か取り出され、カウンターの上に並べられていく。それを一つずつ指差しながら、フィネは説明を続けた。
「これは風邪に良く効くお薬。くず湯みたいな感じで、お湯に溶かすととろみが出てくるの。お好みで蜂蜜とか、お砂糖を入れても美味しく飲めると思うわ。こっちはちょっと変わって塗り薬を二種類。沁みない傷薬と、打ち身や捻挫によく効くお薬」
「こっちは、じゃあ、熱が出た時とかにも使えそう?」
塗り薬の一つを指差して、シノンは首を傾げる。
「それはもう、ばっちり」
二人は互いに顔を見合わせて、満面の笑みと共に大きく頷いた。
※
──結局、他にもお土産やら何やらと色々詰め込まれ、思った以上に大きくなった紙袋を抱えて、シノンはベルベットクイーンを後にした。
両手に抱えている物だけでなく、心躍るような楽しくあたたかい気持ちもまた、大きなお土産となることだろう。
「ここまでの道、ちゃんと覚えておかなくっちゃ」
今度は偶然ではなく、迷わずに辿りつけるように。
穏やかな午後の日差しに、ほんのりと花の匂いが混ざる、やわらかな風。
お返しの『お土産』は何にしようかと、早くもそんな思いを巡らせながらの帰り道。
シノンの心の中の地図にまた一つ、お気に入りの場所が書き込まれることになりそうだ。
Fin.
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【整理番号 * PC名 * 性別 * 年齢 * 職業】
【1854 * シノン・ルースティーン*女 * 17歳(実年齢17歳) * 神官見習い】
【NPC * フィネ・ヘリアンサス * 女*20歳(実年齢20歳) * 薬屋店員】
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ライター通信
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いつもお世話になっております、羽鳥です。
この度は初のゲームノベルにご参加頂きまして、もとい、向日葵薬局にご来店頂きまして、まことにありがとうございました。
ソーン界での向日葵薬局、初のお客様がシノン嬢ということで、色々な意味で運命を感じております(笑)
シノン嬢の本領が、ちゃんと発揮しきれたかどうか果てしなく不安ではあります、が…! こちらはこちらでとても楽しく書かせて頂くことが出来ました。
それでは、またお逢いする機会に恵まれましたら、どうぞ宜しくお願い致します。
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