■彼女はアイドル! 〜もしかして、すきゃんだる?〜■
ともやいずみ |
【6612】【安藤・浩樹】【高校二年生】 |
ささやかなデートが終わって……大事件!
あの時のデートが写真に撮られてしまい、週刊誌に載ってしまったのだ!
さあ、どうする!?
|
彼女はアイドル! 〜もしかして、すきゃんだる?〜
安藤浩樹は勉強机に向かったまま、手元の携帯電話に視線を遣っている。彼はメールを打つのに集中していた。
メールを送信してから浩樹は小さく溜息をつく。そして微笑んだ。
(楽しかったな、本当に)
この間の秘密のデートは。
隠れて、というのだけが残念でならなかったが、それでも二人はデートを堪能した。
メールを送って数秒後、着信音が鳴る。浩樹はすぐさま見た。
<私も楽しかったよ>
絵文字と共に戻って来た返事。相手は、七種くるみ。浩樹の隣の家に住む、アイドルで――浩樹の彼女だ。
<ありがとう、一緒に出かけてくれて>
くるみからはそう返事がきた。
こちらこそ、と言いたくなる。
一緒に行けて、浩樹は幸せだった。
初めて……。
こほん、と小さく咳をする。誰も室内にいないのに、なぜか照れてしまう。
(初めてこ、恋人らしいことが出来た、かな)
浩樹は余韻に浸っていたがすぐにメールに返事を出すべく、携帯電話に視線を戻した。
この時は知らなかった。あのデートがまさか……。
*
事務所に居たくるみは、マネージャーの顔色が悪いことに気づいた。
携帯電話を慌ててカバンに入れ、くるみはうかがう。
「……ど、どうかしたの?」
小さく尋ねたくるみは、かけていたサングラスを外した。
マネージャーはくるみのほうを見遣り、呟く。
「付き合っている相手……確か安藤だったか?」
「うん……それがどうかしたの?」
「…………彼と一緒にどこかに出掛けたか?」
「え……?」
なぜ、そんなことを尋ねるの?
くるみは少しだけ身を引いた。
「何か、あったの?」
*
机の上に置かれた携帯電話が鳴った。開いていたノートから視線を外し、誰からだろうと思って浩樹は携帯電話を見遣った。
「あ、くるみちゃんからだ」
あれ? でも今は事務所に居るはずじゃなかったかな?
つい先ほどまでメールでやり取りをしていたのに、どうしたのだろうかと浩樹は思う。
「はい」
携帯電話に出ると、聞こえてきたのは愛しの彼女の声ではなく――。
<安藤君>
低い、怒りを含んだ彼女のマネージャーの声だった。
浩樹はすぐさま青ざめる。
「あ、こ、こんにちは……」
<安藤君>
再度呼ばれ、浩樹は冷汗をかく。
これは何か、マネージャーを不愉快にさせることでもあったのだろうか?
(また厳重に注意されるのかな……。でも僕だって)
かなり我慢しているのに。
だがそれは言わない。くるみの邪魔だけはしたくない。自分が我慢するくらいなんだ。
<安藤君、くるみから聞いたんだが>
「はい……?」
<キミ、くるみと一緒に出掛けたのか?>
「…………え?」
なに?
浩樹はきょとんとした。出掛けた、ということをなぜ知っている?
(バレたのかな……それともくるみちゃんが言ったのかな)
くるみが言ったとしても裏切りとは思わない。
二人で一緒に出かけることなどほとんどない。だから、当てはまるのはこの間のデートだけだ。
「一緒に出かけました」
素直に告白した浩樹の言葉に、電話の向こうのマネージャーは嘆息した。
<……あれほど言ったのに、何をやっているんだね君は>
「あの……?」
<君とくるみが一緒に居るところを、週刊誌に撮られたようだ>
マネージャーの言葉に浩樹は唖然、とした。
週刊誌???
「え? あの……それはどういう……?」
<そのままだよ。君たちのデート風景が撮られたんだ>
「…………」
理解するまで数秒かかる。
(週刊誌に……撮られたって、まさか)
「どこが、ですか? 家に帰るまでの間ですか?」
<どことかは知らないよ。君とくるみが一緒にいるところを撮られたんだ>
どこだろうか、と浩樹は青ざめる。
世間には浩樹とくるみの関係は秘密だ。マネージャーからもきつく言われていた。決して悟られてはならないと。
「あ、あのっ」
すみませんと、言いそうになったが言葉を呑み込む。
悪いことなんて……していない。謝る必要はないはずだ。
だがくるみに迷惑がかかる。
「……僕、」
<今さら言っても仕方がないが、安藤君、軽率な行動は慎んでくれとあれほど注意したが……>
「…………」
言い訳は幾らでも浮かぶ。
大丈夫だろうと思っていた。そういう計画を立ててデートをした。
だがそんな言い訳など、今さらしても遅い。
「それ、なんとかできないんですよね……。僕に言ってくるということは」
注意するだけなら、後でもいいはずだ。それなのに携帯電話で直接言ってくるということは……そういうことに違いない。くるみの事務所は、スキャンダルをもみ消すほど力のあるものではないから余計に。
とうとう来てしまったのだ。くるみとの交際が、世間に知られてしまう日が。
<くるみには全面否定させるようにする。事務所としても。君も否定するようにしてくれ>
「否定って……」
<君とくるみは付き合っていない。こういう事態にしないために交際を許可していたんだ。わかるだろう?>
バレたのだから別れろ、ということらしい。
暗にそう言われていることに気づき、浩樹は言葉も出ない。
(くるみちゃんと……別れる?)
幸せを噛み締めていたのに、あっという間に谷底に突き落とされたような……。
浩樹はぐっ、と拳を握りしめた。
「くるみちゃんはどうしてますか?」
<…………>
電話の向こうでマネージャーが動く気配がこちらに伝わる。小声でのやり取り。あまりにも小さすぎて浩樹には聞こえない声。
<浩樹君?>
くるみが電話に出た。声はかなり沈んで、暗い。
<……ごめんね。私が、無理を言っちゃったから……こんなことになって。迷惑かけちゃったね>
無理に明るく言おうとしている。笑おうとしている。
それが浩樹に痛いほど伝わり、胸を締め付ける。
自分よりも彼女のほうが大変なのだ。なにせ彼女はアイドル。彼女の顔を覚えている者達にとってみれば、かなりの有名人だ。
「くるみちゃんは、悪くないよ」
慰めるつもりで呟いた言葉は、重く響いた。
彼女は悪くない。そして自分も。
浩樹は激しく葛藤した。彼女のことが好きな自分。彼女のやっていることを邪魔したくはないし、迷惑もかけたくない。自分は応援し続けていきたいと思っている。今も。
だが彼女の道を邪魔しているのは自分なのだ。こうして迷惑がかかっている。ただ好きなだけなのに。ただ彼女と一緒に居たい、恋人らしいささやかなデートをしたいと思い、実行しただけなのに。
……どうするのが最良かと問われれば……自分が身を退くことだろう。そうすれば自分と彼女の付き合いは「なかったこと」になるだけだ。
(なかったこと……)
恋人らしいことなんて、本当に何もしていない。それなのに。
(でも僕、くるみちゃんのことが好きなんだ……!)
好きだって告白した時、心臓が壊れるのではないかと思ったこと。その時に彼女が笑顔で頷いてくれたこと。
様々なことを思い返して浩樹は手が震えた。
(くるみちゃんは、どう思う?)
訊きたい。
僕と別れたい? そうしたほうがいいと思う?
「…………くるみちゃんは、どうしたほうがいいと思う?」
卑怯者、と浩樹は自分を罵る。マネージャーが近くに居るのに、彼女が言うわけがない。事務所に従うか、それとも引退するか、だろう。
<…………私は>
――沈黙。
数秒経って、くるみが息を吐き出すのが聞こえた。
彼女が何か言う前に、浩樹は囁く。
「僕は、別れたくない」
電話の向こうでくるみが息を呑んだ。
<浩樹く……>
「マネージャーさんに代わってくれる?」
<……わかった>
再び電話にマネージャーが出た。
<どうした?>
「お願いがあります」
<内容にもよる>
マネージャーの言葉に浩樹は小さく苦笑した。
*
浩樹は家の居間でテレビを見ていた。
朝からちらほらとニュースが流れているので、おそらくはこのワイドショーでも流れるだろう。
「まったく。一体いつの間に付き合ってたの?」
台所から聞こえる母親の声に、浩樹は笑った。
「マネージャーさんには秘密にするようにって言われてたから」
「お母さんにも秘密なんて!」
ぷうっと頬を膨らませる母親。
テレビでは報道陣に囲まれた七種くるみの姿があった。
熱愛発覚、と右上に文字が出ている。熱愛だろうか、と浩樹は困ってしまう。
結局、マネージャーと散々言い合った挙句、浩樹は一歩も退かなかった。
堂々と交際宣言をすれば、くるみのイメージを損なわないと言って、譲らなかったのだ。
一般人の浩樹はくるみのように表に出ることはないが、幼馴染ということは知れ渡っているのでマスコミにはバレバレだろう。
(芸能人同士のスキャンダルじゃないし……くるみちゃんはまだ新人に近い位置付けだから話題にもならないけど……)
それでも、きちんとするべきだと思ったのだ。
売り出し中のくるみに恋人がいるというのは確かにマイナスだ。アイドルというのは「みんなのもの」であるというのが前提だろう。
だがこれからタレントとして活躍するくるみのことを思えば、きちんとしておくことがクリーンなイメージを作るだろうと浩樹はマネージャーに言ったのだ。
くるみはテレビの中で笑顔だった。質問されていた彼女はすんなりと答える。
<ええ。すごくいい人ですよ>
「あらま。くるみちゃん、最近本当にかわいくなったわよね」
キッチンから顔を覗かせていた母親のセリフに浩樹は視線を遣る。母親はすぐに引っ込んだ。
くるみは浩樹の味方をしてくれた。ファンに嘘をつきたくない……自分にも。
そう言ってくれたくるみは、きっと大変だ。落ち着くまでどれほどかかるか……有名な芸能人が何かトラブルでも起こしたり、視聴者が食いつくような珍しい事件があれば、すぐに解放されるとは思うが。
(僕とのこと、認めてもらえればいいけど……)
彼女が大変なのはわかっている。自分では彼女の力になれても、微々たるものだろう。けど。
(一緒に頑張ろう。くるみちゃんは、一人じゃないよ)
小さく微笑んで、浩樹はテレビ越しにくるみを見つめたのだった。
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
PC
【6612/安藤・浩樹(あんどう・ひろき)/男/17/高校二年生】
NPC
【七種・くるみ(さいくさ・くるみ)/女/17/アイドル】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
ご参加ありがとうございます、安藤様。ライターのともやいずみです。
とうとう交際が世間に発覚! いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
|