■とまるべき宿をば月にあくがれて■
エム・リー |
【2320】【鈴森・鎮】【鎌鼬参番手】 |
薄闇と夜の静寂。道すがら擦れ違うのは身形の定まらぬ夜行の姿。
気付けば其処は見知った現世東京の地ではない、まるで見知らぬ大路の上でした。
薄闇をぼうやりと照らす灯を元に、貴方はこの見知らぬ大路を進みます。
擦れ違う妖共は、其の何れもが気の善い者達ばかり。
彼等が陽気に口ずさむ都都逸が、この見知らぬ大路に迷いこんだ貴方の心をさわりと撫でて宥めます。
路の脇に見える家屋を横目に歩み進めば、大路はやがて大きな辻へと繋がります。
大路は、其の辻を中央に挟み、合わせて四つ。一つは今しがた貴方が佇んでいた大路であり、振り向けば、路の果てに架かる橋の姿が目に映るでしょう。残る三つの大路の其々も、果てまで進めば橋が姿を現すのです。
さて、貴方が先程横目に見遣ってきた家屋。その一棟の内、殊更鄙びたものが在ったのをご記憶でしょうか。どうにかすれば呆気なく吹き飛んでしまいそうな、半壊した家屋です。その棟は、実はこの四つ辻に在る唯一の茶屋なのです。
その前に立ち、聞き耳を寄せれば、確かに洩れ聞こえてくるでしょう。茶屋に寄った妖怪共の噺し声やら笑い声が。
この茶屋の主は、名を侘助と名乗るでしょう。
一見何ともさえないこの男は、実は人間と妖怪の合いの子であり、この四つ辻全体を守る者でもあるのです。そして何より、現世との自由な往来を可能とする存在です。
彼が何者であるのか。何故彼はこの四つ辻に居るのか。
そういった疑念をも、彼はのらりくらりと笑って交わすでしょう。
侘助が何者であり、果たして何を思うのか。其れは、何れ彼自身の口から語られるかもしれません。
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とまるべき宿をば月にあくがれて 六
抱え持って来たカゴの中には秋の恵みが山と積み上げられている。
栗は毬のついたままのものも多数混ざり、ぱっくりと開いた毬の隙間からは行儀良く並ぶ栗が顔を覗かせている。
アケビは見事な紫色をしていて、これもやはり皮の割れたもの、割れていないものがそれぞれ多く混ざっていた。
太陽の光を存分に浴びた柿の実は艶の良い橙色のものと、未だ熟れきれていない渋柿などが混ざっている。
現し世と逸した場所とは言え、四つ辻のそれは基本的には外界の四季を反映しているものであるらしい。
吹き始めた木枯しに背中を丸め、四つ辻へと踏み入る。が、そこにもまた木枯しが吹いていた。
鎮はどてらを着込み、懐にはちゃんちゃんこを羽織ったくーちゃんを庇い入れている。夜の寒さが鼻をかすめ、思わず派手にくしゃみを一つ。
「うー、やっぱり寒いなー」「きゅう」
ごちた言葉に、くーちゃんが懐から顔を覗かせて相槌を打った。
「はやく侘助んトコに行って、あったかいもんでももらおうぜ」「きゅう」
顔を覗かせたくーちゃんの頬に自分の頬をすり寄せて、くーちゃんのふわふわとした毛並にぬくもりを求める。
「俺もはやくイタチの姿になりたいよ。……でもカゴ運ばなくちゃだしなあ」
ため息がてら白い息を吐き出して、鎮は悲哀をこめた視線を手元のカゴへと寄せた。
とぼとぼと歩く鎮の肩の上では、くーちゃんが、器用にも両脇にくるみを挟み持って、鎮に声援を送っていた。
四つ辻茶屋の中からは、相も変わらず呑気な賑わいが洩れ聴こえてくる。
冷え込んだ身体とカゴを抱えて、鎮は威勢よく引き戸を開く。建て付けの悪い引き戸ではあるが、これまでに何度となく引き開けてきた戸板だ。難なく開く事が出来た。
「やほーぅ、ひっさしぶりー!」
一斉に寄せられた妖共の視線を浴びる中、鎮はその姿をたちどころにイタチのものへと変えた。
「ううー、寒ぃさみい! 侘助〜! 俺とくーちゃんにあったかいものをくれえ〜!」
イタチ姿となった鎮は、やはりどてら姿のままだ。肩をぶるぶると震わせながら、鎮とくーちゃんはいそいそと茶屋の中に設けられてある座敷の上へと転がる。
座敷の上には火鉢が置かれ、その上で乾し餅が焼かれてあった。
「おお、カマイタチの。なんだ、おまえさんら、餅が焼けたのを嗅ぎ付けたんか」
ひやひやと笑いながら声を投げてきたのは一本角の鬼だった。元より赤い肌が酒気を帯びて一層赤くなっている。
「おうよ、赤鬼の。でも手ぶらじゃあないぜ。俺とくーちゃんは、今回は土産を持って来てんだ」
どてらを纏った小さな胸を目一杯に張って、鎮はふふんと鼻を鳴らす。その傍らでは、くーちゃんも同じように胸を張って見せていた。
「秋の山の恵みですね」
ひょいと顔を挟み込んで来たのは四つ辻茶屋の店主である侘助だ。侘助は鎮が運び持ってきたカゴを抱え、その中を覗きこみながら、いつもと変わらぬ笑みを浮かべている。
鎮は侘助の姿を目にするなり、ぴょんと飛び跳ねて、その肩の上にちょこんと座った。
「俺、栗拾いとか柿狩りとか行ってきてさ。ひっさびさに山ん中ウロウロして、すっげえおもしろかったんだ。アケビも見つけたしさ」
うきうきと目を輝かせながら報告する鎮に、侘助の表情もまた一層やんわりと和んでいく。
「里山遊びですか。秋の山野はそれは楽しいものでしたでしょう」
「おうよ、最高だったぜ、なあ、くーちゃん!」「きゅ・きゅう!」
鎮とくーちゃんは、ふたり揃って大きく頷く。侘助が目を細めて笑った。
「土産はこのカゴの中身ばかりではないでしょう?」
「そうだ、おれらにも山野の話をしてくれよ」
「土産話だ」
店主の言葉に同意を示し、茶屋中のそこかしこから声があがる。
鎮はくーちゃんと視線を合わせ、にまりと頬を緩めてから、侘助の肩の上、どっかりと腰を据えた。
「おうよ、耳かっぽじって良く聴きやがれ。俺さまの活劇譚だぜ」
どよどよと集まり来る妖共を見渡して満面の笑みを浮かべると、鎮は意気揚々として口を開く。
それから軽く一刻程。
鎮が朗々と語ったその内容はといえば、見つけたクルミの樹を巡って野生のリスと繰り広げたバトルの結果であったりだとか(件の樹は鎮が手にしたが、リスはもっと良い樹を手にしたらしい)、鉢合わせた熊に喧嘩を売ったら案外と押しに弱い熊だったんだだとか、およそ風情のあるものであるとは言い難い――むしろ里山荒らしとも言えるようなものだった。
妖共からは笑いがあがり、全身を使って話をする鎮もまた満面に喜色を表していた。
「って事でさ、俺の土産、みんなで食ってくれよ! どれもうんまいぜ〜!」
カゴの中からアケビをひとつ手に取って、鎮は茶屋の中にいる妖共全員にカゴの中のものを振る舞う。
くーちゃんは侘助が割ったくるみを頬張り、嬉しそうに瞬きしている。
現し世への出入りが不自由となってしまった妖共には、現し世で採れた秋の実りやそれにまつわる土産話は格別たる美味なのだ。
妖共が嬉しそうに頬張るのを眺め、鎮もまた頬を緩める。
アケビの味も最高だった。
「それでは、俺もひとつ頂きますかね」
鎮の隣に腰を落とした侘助に気付き、鎮とくーちゃんは再び侘助の肩に登る。
侘助の手には焼き栗があった。火鉢で焼いたものらしい。
「柿のいくつかは干し柿にしましょうか。甘みが増して旨い干し柿になりますよ」
渋柿のいくつかを確めつつ述べた侘助に、鎮はぴょこんと尻尾を立てる。
「そうそう、それなんだけどさ。俺、干し柿のシャンパン漬けってのがあるっていう噂を聞いたんだけど」
「干し柿のシャンパン漬け、ですか? へえ」
侘助も初耳だったらしい。
鎮は再び身振り手振りで説明を始めた。
「干し柿とシャンパンを袋に詰めて置いとくんだって。なんかすげえ美味いらしいんだけどさ」
「へえ、なるほど」
「なあなあ、侘助もさ、作れない? 干し柿でさ」
「俺が? 作るんですか?」
突拍子もない申し出に、侘助が目をしばたかせている。鎮はその頭によじ登って尻尾を振り、甘えたような声音で頷いた。
「俺、食べてみたいんだよ〜、干し柿のシャンパン漬け!」
尻尾で侘助の髪をぺちぺちと叩きながら甘える鎮に、侘助の頬が緩む。
「なるほど。どっちにしろ干し柿は作りますし、ものはついでですしねえ」
「マジ!? マジ!? 作ったら食わせてくれる!?」
「作り方なんかを調べてからになりますがね。シャンパンに漬けておくっていっても、何日ぐらい漬けておくのかも知れませんし」
「ヤッタ! くーちゃん、侘助、作ってくれるってさ!」
大きなガッツポーズを振り回し、鎮は侘助の肩の上にいるくーちゃんの顔を見下ろした。
くーちゃんもまた同様にガッツポーズを突き出していて、鎮の言葉に応じるようにして「きゅ・きゅう!」と鳴く。
鎮はくーちゃんの愛らしい仕草に頬をにへらと緩めて、侘助の頭の上からくーちゃんの横へとするりと降りる。
「それとさ、俺、帝都びっくり大作戦に続く第二弾を考えたんだけどさ」
焼き栗を頬張っているくーちゃんの横で、鎮は茶屋の中を一望しながら言葉を告げた。と、妖共の視線が鎮の顔へと集められる。
「その名も、題して”新春妖怪詣で”! 真冬の百鬼夜行だぜい!」
高々と告げた鎮の宣言に、妖共が歓喜の声を張り上げる。
「今回のはこの間のみたいな大々的なもんじゃなくってさ。どっか、小さくて古い神社とか探して、そこでやるんだよ。ターゲットは初詣客。で、神社に罠を張っとくんだよ」
言いながら、妖共の反応を確める。
四つ辻の魑魅共はどれも悪戯好きなものばかりだ。それが当然の事であるように、どれもが鎮の言葉に顔を上気させている。
「みんなで、甘酒とか振る舞ったりすんだよ。それこそ侘助が作る干し柿とか、そういうのとかもさ。びっくりして逃げてっちゃうだろうけど、もしかしたら中には俺らに友好的な人間もいるかもだし、そういうのはここでやるみたいに騒いでみたりしてさ」
魑魅共の顔のひとつひとつを確めながら告げていく。
異議のある者はいないようだ。
「それは楽しそうですねえ」
柿の選別をしながら、侘助がのんびりとした口調で口を挟む。
「でも、それでは罠とは言わないかもしれませんねえ」
「そうなんだよな」
侘助の肩を飛び降りて座敷へと戻り、鎮はちょこんと首を傾げた。
妖共の笑い声が沸き起こる。
「いいぞ、カマイタチの!」
「俺も一枚かませてくれィ!」
「甘酒作るんならアタシに任せとくれ」
賛同の声が次々に立ち昇る。
鎮は茶屋中を見渡して、満面に笑みを滲ませた。悪戯好きな子供が見せる、高揚とした笑みだった。
「よっしゃ、それじゃあ神社とか探さなくちゃな! あと、甘酒係とかも決めなくちゃか」
ヒゲをふるふると震わせながらふむと唸ると、その横で侘助が肩を竦めて笑みを浮かべた。
「お手伝いしますよ、鎮クン」
鎮は侘助の顔を見上げて大きく頷いた。
「おうよ、侘助! どかんと面白くやってやろうぜ!」
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【2320 / 鈴森・鎮 / 男性 / 497歳 / 鎌鼬参番手】
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ライター通信
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お世話様です。いつも四つ辻へ遊びにいらしてくださり、ありがとうございます。
なにやら、鎮様は四つ辻の妖怪達の中で、ある種の頭領めいた存在になっているような気がします(笑)。
いつも楽しい事を持ってきてくださるので、皆すっかりと親しんでいるのだと思われます。
あと、干し柿のシャンパン漬け。
調べてみたのですが、四国のほうの物産なのですね。なにやら酒類にも合うそうで。
……気になります(笑)。
ひとまず、四つ辻の方では侘が仕込みの支度を始めています。真冬の百鬼夜行までには、きっと出来上がるかと思います。
それでは、少しでもお楽しみいただけていますように。
またご縁をいただけますよう、祈りつつ。
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