■とまるべき宿をば月にあくがれて■
エム・リー |
【5526】【クレメンタイン・ノース】【スノーホワイト】 |
薄闇と夜の静寂。道すがら擦れ違うのは身形の定まらぬ夜行の姿。
気付けば其処は見知った現世東京の地ではない、まるで見知らぬ大路の上でした。
薄闇をぼうやりと照らす灯を元に、貴方はこの見知らぬ大路を進みます。
擦れ違う妖共は、其の何れもが気の善い者達ばかり。
彼等が陽気に口ずさむ都都逸が、この見知らぬ大路に迷いこんだ貴方の心をさわりと撫でて宥めます。
路の脇に見える家屋を横目に歩み進めば、大路はやがて大きな辻へと繋がります。
大路は、其の辻を中央に挟み、合わせて四つ。一つは今しがた貴方が佇んでいた大路であり、振り向けば、路の果てに架かる橋の姿が目に映るでしょう。残る三つの大路の其々も、果てまで進めば橋が姿を現すのです。
さて、貴方が先程横目に見遣ってきた家屋。その一棟の内、殊更鄙びたものが在ったのをご記憶でしょうか。どうにかすれば呆気なく吹き飛んでしまいそうな、半壊した家屋です。その棟は、実はこの四つ辻に在る唯一の茶屋なのです。
その前に立ち、聞き耳を寄せれば、確かに洩れ聞こえてくるでしょう。茶屋に寄った妖怪共の噺し声やら笑い声が。
この茶屋の主は、名を侘助と名乗るでしょう。
一見何ともさえないこの男は、実は人間と妖怪の合いの子であり、この四つ辻全体を守る者でもあるのです。そして何より、現世との自由な往来を可能とする存在です。
彼が何者であるのか。何故彼はこの四つ辻に居るのか。
そういった疑念をも、彼はのらりくらりと笑って交わすでしょう。
侘助が何者であり、果たして何を思うのか。其れは、何れ彼自身の口から語られるかもしれません。
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とまるべき宿をば月にあくがれて
茹だるような夏が終わり、木立ちが赤や黄を帯びてゆく。木枯しが吹けばそれらは地に落ちて赤や黄の絨毯を描き、その頃には街中は緑と赤と金とで染められてゆく。
コートの襟を詰め、背を丸くして歩く人々の上に、冬がやってきた。
雲は今にも雪をちらつかせそうな色をしているし、その下を流れる風は寒さでぴんと張り詰めている。
冬はクレメンタイン・ノースが外で遊べるようになる季節だ。
春から秋にかけては冷凍庫内で過ごす時間が長いが、冬になれば彼女は冷凍庫から顔を覗かせて、そうして可愛らしいチュチュの裾をはためかせながら踊るのだ。
街の上、街の中。クレメンタインはドレスの裾を躍らせる。雲は彼女のダンスに調子を重ね、時折ふるりと震えた。
冬だ。
久し振りに外での散歩を楽しんでおいでと言われ、クレメンタインは揚々として部屋を飛び出してきた。
寒さで張り詰めた空気が肌に心地良い。
空の中を舞い飛ぶ綿毛のように軽やかな足取りで、クレメンタインはひとしきりそうして踊り遊んでいたが、
――ふ、と。
眼下に窺える風景の中に奇妙な違和感を覚え、チュチュの裾を踊らせながら下界へと降り立った。
そこは夜の内に沈む街の角だった。
感じた違和感は、そうして降り立つ事でいよいよその色味を濃いものへと染める。
怖ろしいものが潜んでいるのではない。それとは異なる空気だ。が、確かに現世のものとは逸した何かが息吹いている。
路の角からそろそろと顔を覗かせて、その向こうから流れ来るひっそりとした空気の正体を確める。
クレメンタインの視界に映ったのは、やはり、というべきか――ともかくも現世とは異なった空間のそれだった。
立ち並び夜を灯す街灯が、その角から奥に置いてはぴたりと姿を消している。
安穏と広がってある闇の向こう側からは、思わず踊りだしたくなるような唄や囃子が流れてきた。
満面の笑みを浮かべて、クレメンタインはふよふよと進路を変更する。もちろん、向かうは夜の中だ。
「おンや、まあ」
ふよふよと夜の中を飛んでいたクレメンタインを呼び止めたのは、赤子を抱いた女――姑獲鳥だった。
「あんた、散歩中かい?」
問われ、クレメンタインは懐こい笑みを満面にたたえる。
「さむくなったからね、おさんぽしてきてもいいよってね、いわれたの」
宙に浮いたまま、両手を前で結んで、雪よりも白い頬にぼうやりとした紅をさした。
姑獲鳥は感心したように頷いて、それから少しだけ物珍しそうな目でクレメンタインの姿を見る。
クレメンタインもまた同じく、気恥ずかしげに上目で姑獲鳥の姿を確めた。
あまり目にした事のない服、あまり目にした事のない場所、あまり耳にした事のない声音。
街中を外れた夜の中に佇む建物(建物のようなもの)は、何れも茅葺やら瓦やらを戴いたもので、クレメンタインにとっては縁の無いものばかりだ。
柳や梅といった木立ちが夜風に揺らぐのを眺め、小さく目をしばたかせる。
「へエ、そうかい。お利口さんなんだねえ」
姑獲鳥はまたも感心したように頷いた。
「嬢ちゃん、お名前は? なんてんだい」
「? クレメンタイン」
にこりと首を傾げて応える。
姑獲鳥は懐いた赤子の機嫌を伺いつつ、ちろりと顎で先を示した。
「くれめんたいん、もしも時間があるんなら、お菓子の一つ持っていきな。この先の茶屋に寄ってってさ」
「ちゃや?」
再び、今度は先ほどとは逆の方に首を傾げる。
ちゃやが何を意味する場所なのかは窺えなかったが、しかし、お菓子という言葉はよく知っている。
しばし考えた後に、クレメンタインはにぱっと微笑み、頷いた。
「くー、あまくてつめたいのがすき」
「つめたいものかい? そりゃそうだよねえ」
姑獲鳥は、クレメンタインを先導しながら、機嫌良さそうに笑い声をあげた。
路は、やはり、現世のそれとは見目も異なるものだった。
アスファルトは無く、土や石がむき出しになっている。車の往来も無く、人間の往来も無い。時折会うのは姑獲鳥のような妖怪ばかりだ。むろん、クレメンタインには妖怪という存在自体に縁が薄い。ゆえに彼らはクレメンタインにとってはとても興味深く、そして、皆とても優しかった。
道中を姑獲鳥と他愛の無い会話を楽しみながら、程なくして、クレメンタインの眼前に、一軒のあばら家が姿を見せた。
クレメンタインが住む城とはまるでかけ離れた――というよりも、およそ住環境が整っているものとは思えないその中に、姑獲鳥はするりと身を滑らせる。
半ば半壊していると言ってもいいようなその佇まいを、しかし、クレメンタインはやはり興味深げに確めた。
ひょこりと顔を覗かせると、そのあばら家の中には妖怪達が集っていた。
茶と酒の匂いが鼻先をかすめる。と同時に、砂糖の甘い匂いがクレメンタインを招いた。
「ささ、良ければお入んなさい。ろくなモンは用意できやしませんが、密がけの氷ぐらいならお出しできますよ」
そう言ってクレメンタインを手招いたのは、妖怪のものとは思えない――否、人間の姿をした壮年の和装だった。
男は穏やかな笑みを湛え、真っ直ぐにクレメンタインを見つめている。
クレメンタインはその笑みに安堵して、ふよふよと茶屋の中へと入っていった。
「クレメンタインでしたっけか」
和装の男が陶器の器を差し伸べる。
陶器の中には緩やかな山を描いたかき氷が入っていて、その上には蜜と小倉がかけられていた。飴細工もちょこんと乗っている。
「見たところ、雪に関わる方かと思いまして。こんなもんで良かったですか?」
「くー、つめたくてあまいのがだいすき!」
飴細工の美しさに目を惹かれ、クレメンタインはまず初めにそれを手にした。
鼈甲飴のそれはとても甘く、そして口にいれると雪のようにするりとほどけていった。
「姑獲鳥から伺いまして。お散歩の途中だったとか」
姑獲鳥の名に顔を持ち上げる。視線の先で、姑獲鳥が小さく手を振っていた。
「くー、おさんぽしてたの。おさんぽって、くもをゆきぐもにかえていくものなんだよ」
「雲を雪雲に? へえ、なるほど」
男は頷いて、かき氷をぱくつくクレメンタインに微笑んだ。
「クレメンタインは、雪の精なんですね」
「うん。ふゆをうんとさむいのにかえるの」
「うんと寒くなったら、俺なんかは困りますがねえ。背筋が円くなっちまっていけません。――そうそう、夏なんかはどうしてんですか?」
「なつはおさんぽしちゃだめなの。だからね、くー、れいとうこのなかでねむるの」
「冷凍庫? へえ……なるほど」
現代の利器ですねえと続け、男は感心しきりに目をしばたかせる。
「ここにも、冬になればクレメンタインと似たようなやつが来るんですよ。雪山にこもってましてね、まだ降りてきちゃいませんが」
「くーと? そのひともあまいのすき?」
「そうですねえ。つららなんかをかじったりね、してるらしいですが」
「つらら!」
椅子の上、クレメンタインは嬉しそうに足をばたつかせる。
「くー、そのひととあそびたい」
「そうですね、もう少し寒くなったら……クレメンタインがたくさんお散歩したら、彼女も雪山を降りてきますよ」
男はそう応えてクレメンタインの頭を軽く撫でた。
クレメンタインは大きく頷き、笑った。
「くー、おさんぽがんばる!」
応えて、陶器の底に残っている氷を口に運ぶ。
甘い、砂糖を凍らせたもののようにも感じられるそれは、まるで雪のようにふわりと舞った。
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【5526 / クレメンタイン・ノース / 女性 / 3歳 / スノーホワイト】
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ライター通信
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二度目ましてですね。
このたびは四つ辻へのご来訪、まことにありがとうございます。
エネルギーチャージで変身という設定を使わせていただこうかとも思ったのですが、どの辺まで触れていいものかと考えまして、
今回はその妄想(?)は断念いたしました。
またチャンスがあれば挑みたく思います。
お散歩という行動が意味を含んだものである事ですとか、プレイングを拝見して、ふおおと感心いたしました。
想像すると、とても可愛らしいです。
踊りという描写にしてしまったのですが、その辺は支障ありませんでしたでしょうか。
それでは、またご縁をいただけますようにと祈りつつ。
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