■CallingV 【小噺・雪夜】■
ともやいずみ |
【6073】【観凪・皇】【一般人(もどき)】 |
寒いと思ったら空からちらちらと雪が……。
ゆっくりゆっくりと空から舞い降りる白い雪は、静かに静かに地面に着地する。
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CallingV 【小噺・雪夜】
観凪皇は、ぽつんと路地裏に立っていた。
狭い路地の真ん中に突っ立っている彼は、ぼんやりと周囲を見回す。目に入るのは道の両側を占める建物の古めかしさ。
(…………あれ?)
怪訝そうにする皇は、視線を足もとに下ろす。
(なんで路地裏にいるんだろ……俺)
どうしてここに居るのか皇自身、わからない。確か孤児院の手伝いに行って、帰り道にコンビニに寄ろうとして……。
それからが、全く思い出せない。
太陽は傾き、空はすっかり紫色だ。
皇は自分の衣服の破れに気づいて驚いた。
「なんか服が所々破けてる……。いつ破けたのかなぁ……?」
うーん。
しばらく考え込むが、皇は顔をあげてにっこり微笑んだ。
「まぁいっか! コンビニ寄って行こうっと」
深く考えても仕方ない。思い出せないのだし、どうせたいしたことはないのだろう。
皇は歩き出す。だが彼の影は不吉なものを宿しているかのように、暗く……ただ暗く――。
*
公園のベンチに腰掛け、皇はコンビニ袋を膝の上に置き、ごそごそと中から取り出す。
湯気がのぼる。
取り出したのは肉まんだった。そして紅茶のペットボトルのホット。
「あ〜、あったかい〜」
幸せそうにする皇は空を見上げた。真っ暗な空からちらちらと雪が降ってきた。
「わ、雪だ……」
目をみはる彼は嬉しそうにして肉まんに齧りついた。つい先ほどコンビニで買ってきただけあって、熱い。
肉まんを堪能していた皇は器用にペットボトルの蓋を開け、紅茶を口に運んだ。適度な温度なので、二口ほど飲む。紅茶の甘味が口の中に広がった。。
(肉まん食べながら紅茶飲むのって贅沢だよなぁ〜♪)
えへへと笑う皇は、肉まんをまた一口食べた。
しばらく嬉しそうに口を動かしていたが、表情が曇り……やがて口の中のものを飲み込む。
「………………」
湯気をあげ続ける肉まん。自分が齧りついた箇所。
それを眺め、小さく嘆息した。
この間の深陰のことを思い出しては、皇はこうやって考え込むことが多くなった。
血まみれで倒れていた自分のほうを見た彼女の表情。そしてその後の様子。
(後悔するって……言ってたよな……。それに)
軽蔑するって。
皇は肉まんを頬張る。
(……深陰さんにどれだけ凄い秘密があったとしても、軽蔑しないと思う……)
どんな秘密なのかはわからないが、深陰のあの様子からして尋常ではないのだろう。
深陰のいいところを今までたくさん見てきた。すぐに怒鳴るが、なんだかんだで優しい彼女。自分が見てきた深陰を、信じたい。
(うん。例えば……深陰さんに……その、子供がいるとか)
居るとしたらきっと可愛いだろうな〜と、想像する。呑気なものだと自分でも思った。
(あ、もしかして中絶……とか、かな。そうだとしても、俺は軽蔑しないぞ)
うんうんと頷く皇は肉まんを全て口に入れた。美味しい。
皇は自分の想像に笑う。深陰には結びつかないものだが、可能性が全くないというわけではないだろう。
「随分と、美味しそうに食べるのね」
真横から声が聞こえ、皇は仰天して肉まんを喉に詰まらせた。慌てて胸を拳で叩く。
「ごほっ、ごほ」
「バカね。なにやってんのよ」
呆れる少女は皇の背中を擦った。彼女の手は一瞬だけ止まったが、すぐに擦り続けた。
「み、深陰さん? ど、どうしてこんなっ、げほっ」
「通りかかったら、誰かさんがニヤニヤしながら肉まん食べてたから……それだけ。
悪かったわね、声かけて」
ツンとして言い放つ彼女に、皇は慌てて手を振った。やっとのことで、喉に詰まったものを飲み込む。
「悪くないです!」
「…………なにやってるのかしら、わたし」
ぼそっと呟いた深陰は不愉快そうな表情をし、皇の背中から手を離して一歩退がった。
「関わるなって言ったのは…………わたしなのに」
何をやっているのか理解していないようなことを言い、深陰は手を引っ込めて俯き、そそくさと皇から離れて背を向ける。
去ろうとした深陰を引き止めるべく、皇は立ち上がった。
「ま、待って深陰さん!」
「…………」
深陰はぴたりと足を止め、振り向く。不安そうな紺碧の瞳が、揺れている。
彼女は少し視線を伏せると、すぐに皇のほうを見遣った。
「この間は……その、悪かったわね。変なとこ見せて。ケガの具合はどう?」
「あ、はい。もう大丈夫ですよ。深陰さんのおかげです」
あの時のキスを思い出して皇は頬が熱くなった。手の中のペットボトルはすっかりぬるくなっている。
なんでいちいち口移しなんだろうと思ってしまうが、役得なので黙っておく。
「深陰さんこそ、大丈夫ですか? 体調は悪くないですか?」
「……平気よ」
ムスッとする彼女は眉間に皺を寄せる。
皇はそわそわした。話題がない。何か話しをしなければ深陰が去ってしまう。
はらはらと落ちてくる雪が、深陰の白いコートや髪に降りる。彼女はいつものセーラー服の上に白のコートを羽織っていた。
「……吐いたりしてましたけど……つ、つわり……とかじゃないですよね?」
「バッ……!」
真っ赤になって深陰が皇のほうに体を向けた。怒りで肩と眉があがっている。
「誰がつわりよ! 妊娠してないわよ、わたしは! なに言うのよ変態!」
「すっ、すみません!」
慌てて謝る皇を見て、深陰は小さく笑った。どこか困ったような、それでいて少し悲しそうな笑顔だった。
「ほんと、あんたって見ていて飽きないっていうか……」
(笑った……深陰さんが……)
心からの満面の笑みではなかったが、それでも彼女が声を立てて笑うところを見たのは初めてだ。
驚くのと同時に嬉しくなって、皇は頬を赤く染める。なんだろう、照れてしまう。
「あ、えっと……深陰さん、足、寒くないんですか?」
「え?」
尋ねられた深陰は足元を見下ろす。スカートなので寒いのではと皇は思ったのだ。
「ああ……そうね。でも、もっと寒い場所を旅したこともあるから平気よ」
「北極とかですか?」
「ちょっと。なんでそんなところに行かなきゃいけないのよ?」
むっ、と眉間に皺を寄せるが深陰はすぐに表情を崩して微笑む。
「心配してくれてありがと」
「え……あ、あの……」
どきどきと胸が高鳴る。どうしてこんなに優しいんだろう。どうしてこんなに可愛いんだろう?
ベンチの上に置いたコンビニ袋を掴んで中を探り、深陰に缶を差し出す。
「コーンポタージュスープ、飲みません?」
「…………」
深陰は皇と、皇の手にある缶を眺め…………。
皇に近づいてきて缶を受け取った。
「ありがとう。いただくわ」
*
「なんだか、深陰さんとはこうしてベンチに座ることが多いですね」
自分の、ぬるくなったペットボトルの紅茶をちびちびと飲みながら皇がそう言うと、深陰は頷いた。
「そういえばそうね」
「深陰さん……体調とか、本当に大丈夫なんですか?」
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。こう見えてかなり頑丈なの」
「でも……あの、俺を回復した時もかなり衰弱してたから」
「あれは……」
深陰は微かに頬を赤らめ、それから少し唇を尖らせた。
「あれはかなり高度な術で、体内で構成するとわたしにも強烈な痛みがくるの。それに、あれはわたしから生気と血液をあんたに移動させる大掛かりなものだから…………衰弱するのは当然でしょ」
「そんな危ない術だったんですか!」
仰天する皇は深陰を凝視する。
「そんな無理しなくて良かったのに! 深陰さんが倒れたらどうするんですか!」
「…………いいのよ、わたしのことは」
暗い瞳で呟く深陰は手の中の缶を握りしめる。
「わたしでできることなら、それくらいのことはするわ」
「なんで!」
「…………」
応えない深陰は左の掌で落ちてきた雪を受け止めた。雪はすぐに融けてしまう。
「雪が羨ましい……」
ぼんやりと呟く彼女は缶を開けた。そして一口含んだ。皇は彼女の横顔を見つめる。
「弱気……ですね、今日」
「そう?」
「俺、元気があるほうが好きです、深陰さんは。あ、こ、告白ではなくてですねっ、その」
「わたしね」
深陰は小さく笑った。
「自慢じゃないんだけど……今まで何度か、告白されたことあるの。あんたみたいに変わってるヤツは初めてだけど……。
気持ちはわからないでもないし……相手は本気だったとは思うけど」
彼女の言葉に皇は胸の奥がズキ、と痛んだ。失念していたが、自分より前に彼女を好きになる男が皆無なわけはない。
誰かと付き合ったり、恋人になったこともあるだろう。きっと。
「別に同情するのも、本気で好きになるのも相手の勝手だから……わたしにはどうすることもできないんだけど……。
気の毒だなって…………毎回思う」
「気の毒、ですか? この間言ってた、軽蔑とか、ですか?」
「そうよ。どうせわたしは旅を続けるのに、そんなこと言われても困るだけじゃない?」
明るく笑って言う深陰は缶の中身を飲み干す。
「美味しい。本当に便利になったわよね、日本って」
「…………一緒について来るって言った人はいなかったんですか?」
皇は考える。自分だったらどうするだろう? いくら好きな相手が旅人でも、一緒に行けるだろうか?
旅行に行くわけではない。深陰は現代には珍しい旅をし続ける者だ。
彼女は旅をして国を渡り歩く。連絡は、深陰からのものを待たなければならないだろう。これでは確かに、破局の見えた恋だ。
「いたけど……断ったわ。当たり前でしょ? 全部捨ててついて来るって言った無謀なヤツもいたけど、そんなの無理に決まってるもの」
バカよねぇ、と苦笑するが、深陰は傷ついたような顔を一瞬浮かべた。
彼女は何かに気づいたようで、慌ててコートのポケットを探る。
「この間は返すの忘れてたけど、ほら」
差し出されたのはハンカチだった。そういえば、深陰の血を拭ったあのハンカチに似ている。どうやら新しく買ったものらしい。
「いいって……言ったのに……」
「これで貸しはナシね」
深陰は立ち上がった。そして皇を見遣る。
「あと少しで憑物封印は終わるわ。そろそろお別れね」
「お別れ……」
落胆する皇を見て、深陰は何か決意したような表情をした。
「終わればきっと、もう二度と会うことはないわ」
歩き出した彼女は、かなり離れたところから小さく言った。皇の耳に届くかどうかの、そんな距離で。
「……………………憑物封印が成功すれば……わたしは死ぬ」
だからわたしのこと、忘れて。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【6073/観凪・皇(かんなぎ・こう)/男/19/一般人(もどき)】
NPC
【遠逆・深陰(とおさか・みかげ)/女/17/退魔士】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、観凪様。ライターのともやいずみです。
雪の夜の深陰との会話、いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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