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■CallingV 【小噺・雪夜】■

ともやいずみ
【3524】【初瀬・日和】【高校生】
 寒いと思ったら空からちらちらと雪が……。
 ゆっくりゆっくりと空から舞い降りる白い雪は、静かに静かに地面に着地する。
CallingV 【小噺・雪夜】



 天気予報では言っていなかった。雪が降るなんて。
 初瀬日和は空を見上げる。曇った空からはらはらと舞い降りる雪を掌で受け止めるが、すぐに融けてしまった。
 日和は小さく息を吐き出す。息は白い。
(今はちらちらって感じですけど、後でひどくならないとも限らないですし……家に早めに帰ったほうがいいでしょうね)
 雪が降れば、本当に冬という気分になる。冷え込んだだけでも十分に『冬』という感じではあるが、雪が降るほうが冬らしい。
(明日、積もるでしょうか? でもこの調子だと無理っぽいですね)
 道に落ちていく雪もすぐに融けてしまう。
 しかし本当に寒くなってきた。寒くなるとチェロのチューニングが少し難しくなる。音が合いにくくなるのだ。
 弦楽器だけではない。管楽器にもそれは言える。管が冷えるために全体的に音が低くなってしまうのだ。
 家までの道のり、日和は考え込む。
 拒絶されてばかりの自分。退魔士の遠逆深陰。
(やっぱり深陰さんは憑物封印のこと、何か知ってるんでしょうね……)
 頭の回転が速そうな彼女なら、知っていて当然……いや、気づいていて当然とも言える。
(知っていて……やっている)
 彼女は憑物封印がなんなのか、明確に把握していそうな気がしていた。
 日和は憑物封印が実際どんなものなのか、知らない。知りたくも、ない。
 誰かに命令された感じではなかったし……深陰にはやらなければならない理由が存在しているのだろう。
(そういえば……深陰さんはどうして外国に居たんでしょう……?)
 日本の退魔士が海外進出か? だがそういうのとも違うような気がする。
(…………どうして)
 どうしてなんだろう?
 和彦の時は感じたものを、深陰には感じない。
 和彦は真っ直ぐで正直者だった。彼も確かに孤高ではあるが、それは他人との繋がりを知らなかったせいだ。
 だが深陰はそれを感じない。無味無臭という言葉が似合う。彼女は誰かとの繋がりもなければ、心も許さない。
(深陰さんて……一人でいる、というイメージが定着しているというよりは……誰とも馴れ合わないというか……)
 一人で居るべきだ、という雰囲気を出している。
 彼女からすれば、自分のようなタイプの人間は苦手なのだろう。優しい人間は嫌いだ、みたいなことを言われたばかりだ。
 歩いていた日和は、自販機の前に居る深陰に気づいた。周囲には誰もいない。
 声をかけるべきだろうか。この間のことを思い出してどうしても体が怯んでしまう。
 誰だってひどい言葉を投げられれば傷つくし、辛い。痛い思いをしたくないと思うのは当然だ。
 だから……やはり足がすくんでしまうのは当たり前のことだと思う。けれど踏み出す一歩を恐れてはいられない。
「深陰さん」
 日和が声をかけると同時に深陰はこちらを振り向いた。彼女の長いツインテールが綺麗に並んで揺れた。深陰はいつもの制服の上に白いコートを身に付けている。
 日和は微笑んだ。その微笑に、深陰は眉間に皺を寄せる。
「また会えて……良かったです」
「…………初瀬……」
「言いたいことがあって」
「……まだ諦めないの、わたしのこと」
 苛立ったような深陰の声に、日和は怯みそうになる。けれど、拳を小さく握りしめた。
「深陰さんには深陰さんの道、私にも私の道があって、本来それは交わる物ではなかったかもしれません」
「…………」
「私にできる事はない……。そうなのかもしれません」
「…………」
 応えない深陰は目を細め、日和を眺めている。二人の間には、雪だけが静かに舞っている。
 日和は真っ直ぐに深陰を見た。拒絶され続けている。今日もそうなるだろう、きっと。それでも、自分の気持ちを伝えたい。偽りのない、この心を。
「深陰さんに関わり続けることで『いい思い出』にならないのだとしても……それでも、私は深陰さんとの繋がりを放したくないんです」
「…………」
「この雪が、消えてしまうから世界に対して何もできないものだなんて思わないように、消えるからといって見るにも覚えるにも値しないものだとは思わないように……深陰さんと出逢ったことも、なんの意味もないなんて思いません」
 無言だった深陰は少し顔をしかめる。
「……雪は水に戻るだけ。消えたりしないわ。
 あんたの言い回しはよくわからない……結局なに?」
「私、出逢った事、してくださった事、話した事……みんな大切に覚えておきたいんです」
「それで?」
「深陰さんご自身の事、東京に来るまでにあった事……東京で出会った事、私に対して思った事……なんでもいいんです。よかったら、聞かせてくださいませんか?」
「……あんたは、どうあってもわたしに関わろうとするのね」
 呆れと侮蔑の混じった口調で言う深陰は、嘆息した。
「……いいことないって脅しても、なに言ってもムダか……」
「私、『いい思い出』として振り返れるその時まで、深陰さんのこと……大切に覚えておきます……。ダメ、ですか?」
 話してもらえませんか?
 真摯な日和の瞳を、深陰は辛そうに見遣った。
 どうしてそんな目をするのだろう?
(私……自分の気持ちばかり押し付けてる……)
 そのせいで深陰が苦しんでいるのは、こうして対峙すればわかることだ。それでも、どうしても諦められない。
「……前も言ったけど、『いい思い出』になんて……ならないわよ?」
 疲れたように深陰は呟く。
「時間がどれだけ経っても……きっとわたしのことは、苦いものになるわ。
 今までだって……たくさんの人をわたしは切り捨ててきたのだから……」
「それは、日本に来るまでの間ですか……?」
「……そうね。世界のあちこちを旅してきたけど……。あんたみたいにわたしに関わろうとした人間は皆無じゃなかった。
 まあ、わたしは外見も目立つから仕方ないことかもしれないけど、物好きなヤツは進んで関わってきたわ」
 遠くを眺めるように深陰は語った。それは遠い異国の地であったことなのだろう。
「前に言っていた……私みたいな人、ですか?」
「タイプは色々よ。ほんと……どいつもこいつもバカばっかりだったわ……。
 地位の高いヤツもいた。将来を有望視されてるヤツもね」
「すごいですね」
 素直に感心する日和に、深陰は皮肉な笑みを浮かべてみせる。だがどこか、悲しそうだった。
「頭の悪い連中よ。わたしの旅について来るとか、ふざけたこと言ってたもの」
「深陰さんの旅に……?」
 考えもしないことだった。日和は深陰と進んで関わろうとはしていたが、彼女について行こうなどと微塵も思わない。
 ソレこそが、深陰と自分の『道』が全く違うという証明だ。
「……一緒について来たって、いいことなんて何一つありゃしないわ。途中で飽きたり……死んだりするかもしれないのに」
「それだけ深陰さんと一緒に居たかったってことですよ」
「フン。そういうのが鬱陶しいって言うのよ。あんたみたいに、自分の気持ちをわたしに押し付ける連中は、正直腹が立ってしょうがないったら……!」
 苦笑する日和を見て、彼女はひどく顔をしかめる。
「……なに笑ってんのよ……。ちょっとは懲りなさいよね」
「すみません。本当のことだって思ってはいます」
「正直者ね」
 皮肉っぽく深陰は小さく笑った。
「あんたみたいな連中は、なに言っても懲りないし諦めも悪い…………ほんと、頭の悪いヤツらね」
「しぶとい、って言ってください」
「……しぶといから、止めを刺すわ」
 その言葉に日和は目を見開いた。これはもしや、彼女が何か語ってくれるのだろうか?
「あんた……憑物封印のこと知ってるわね」
 そうはっきり言われて日和の胸の奥が痛んだ。
 憑物封印。44代目当主であった遠逆和彦を苦しめた儀式の一端。44体の憑物を巻物に封じ込める。
「知っています」
 日和は意を決してそう応えた。今さら隠しても仕方がないことだろう。
「私は、44代目当主だった遠逆和彦さんと知り合いなんです。彼から、聞いています」
 深陰は視線を伏せる。
「……どう説明したのか知らないけど、一つだけはっきりしていることがあるわ」
「はっきりしていること……?」
 うかがうようにしている日和を、深陰は真っ直ぐ見た。揺るがない、迷いのない瞳だ。
「……憑物封印が成功すればわたしは死ぬ」
「え……」
 日和は驚愕に目を大きく開いた。唐突の言葉だったこともあるが、何を言われたのかうまく理解できなかったせいもある。
「死ぬって……いえ、あの、」
 和彦は生贄にされることで死ぬ運命にあった。まさか、深陰も?
「失敗すればわたしはすぐにでも日本から出て行く。……一か八かの賭けになるわね」
「深陰さ……」
「そうしたら、もう二度とこの国には戻ってこない」
 ひどく顔をしかめ、深陰は小さく微笑んだ。
「あんたとはこれっきりになる。だからやめなさいと、わたしは何度も言ってたでしょ?」
「…………」
 理解できなかった。
 失敗したほうがいいのではないのか? 死んでしまう?
(和彦さんの時と一緒……?)
 だが、なんだか深陰の言っていることは彼の時とは違うような気がする。彼女はなんとしてでも成功させるという意志があった。
 やり遂げる。必ず――。
「どうして……?」
「ここで起きたこと、ここであったこと……あんたには悪いけど、失敗して日本から出て行くとすれば全部忘れるつもりよ。
 わたしはね、基本的にこういう都会では過ごさないの。人の多いところは得意なほうではないし、いつも人目を避けていたしね。
 ここまで言ったからには、もう諦めはついたでしょ」
 どうやら日和を諦めさせるつもりで深陰はこの事を話したようだ。
 衝撃の強さで呆然としている日和に彼女は背を向ける。そして肩越しにこちらを見遣った。
「ほら、言ったでしょ? わたしと関わってもいいことはないってね。
 言っておくけど、わたしの邪魔をしたらあんたを殺すわ。――――いえ、殺すまではしない。三ヶ月はベッドの上で過ごしてもらうことになるわね」
 深陰の瞳には本気しかない。邪魔をすれば日和を容赦なく排除する気なのだ。
「ここまで言わせたあんたが悪いのよ。知らなければ傷つかずに済んだのに…………バカな女」
 細められた彼女の紺碧の瞳には憐れみが宿っていた。そして彼女は颯爽と歩き出した。日和を振り向くことなく――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女/16/高校生】

NPC
【遠逆・深陰(とおさか・みかげ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、初瀬様。ライターのともやいずみです。
 深陰の衝撃的な言葉……いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!