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■仮装deノエル■

エム・リー
【2320】【鈴森・鎮】【鎌鼬参番手】
「ちわーっす。今度はコスプレ喫茶だってんで、打ち合わせに行けって熊公から言われたんすけど」
「ああ、久し振りです、野田クン。まあ、打ち合わせっていっても顔合わせのようなものですから、気楽にやりましょう」
「っつうか、クリスマスにコスプレ喫茶って、どんだけ俺らの都合を無視してんだって話だよな」
「弁天様より承った命ですから、このデューク、しっかと任を果たさせていただく所存」
「任はいいんだが、衣装の用意は俺が担当すればいいんだな? 何を何着ぐらい用意しておけばいいんだ」

 それは十二月を目前に控えた、とある晴れた日の昼下がり。
 井の頭駅前の某コーヒーショップに集った五人の男たちは、ひとつのテーブルを囲み、何やらごそごそと打ち合わせのようなものを広げていた。

「おお、ここにおったか、我が心の恋人たちよ! この季節、どうしてか人肌恋しい気持ちになるものよのう。どうじゃ、おぬしらの中の誰か、わらわと冬のソナタといかぬかえ」

 現れたのは井の頭弁天。白いハーフコートにスカートを合わせ、首にマフラーを巻いている。
 五人の男たちのうち、デュークばかりが弁天に向けて深々と頭を下げる中で、残る四人はといえば弁天の申し出を軽くスルーしてみせている。
「これ、わらわの話も聞かぬか」

「場所は俺の別宅でいいよな。厨房も使えるし、そのまま寝泊りも出来る」
「飲酒運転はキツいしな」
「とは言え、どんなメンツが揃うんだ? 大まかな寸法が分からないと、衣装の用意もしようがない」
「それはこれから心当たりのある方にあてて招待状を送るはこびですよ」
「及ばずながら、招待状はこの私が担当します」

「ここのミラノサンドCがなかなかに美味でのう。ほれ、このプロシュートがなかなか。プロシュートと申しても兄貴ではないぞ、オホホ」

 弁天がひとりサンドウィッチを食している。
 その横で、五人の男たちはやはりもぞもぞと打ち合わせを続けるのだった。
仮装deノエル



 五人の男が計画の詳細を決め、一人の女がのんびりとサンドウィッチを食した日から数日。 
 日本という国にはただでさえ気の早い人間が多い。こと、それがイベント絡みともなればなおさらだ。
 街中にはクリスマスカラーがごった返している。
 赤と緑と金とで染まり、流れる音楽はクリスマスの定番ともいえるナンバーばかり。
 その、浮き足立った空気は、都心を外れた森の中にある邸宅においても何ら変わりはない。
 黒衣のパティシエ・田辺聖人の家の周りには青く光る電飾が飾り付けられ、玄関までの道程をぼうやりと照らし出している。
 煌々とした明かりと心地良い温度とが広がる邸内の、特にキッチンとダイニングを中心とした場所は、昼前から忙しない喧騒で満たされていた。
 が、その支度も夕方を過ぎた頃には大分収まり、後は招いた客人を迎え入れるばかりとなっていた。

「さあさあ、遠慮のう楽しんでくりゃれ」
 ミニスカサンタの衣装に身を包んだ弁天が、テーブルを囲む面々をぐるりと見渡す。
 テーブルには招いた九人の客人の内、七人までが顔を揃えていた。
 マリオン・バーガンディーはトナカイスーツをまとい、頭にトナカイの耳を模した飾りをつけている。
「お招きありがとうなのです」
「私も。田辺さんたら、どうしても私とクリスマスを過ごしたいだなんて言うんだもの。早百合、困っちゃう」
 丁寧に頭を下げるマリオンの隣には、大騎に無理を言って急遽仕立てさせた純白のウェディングドレスを身につけた黒澤早百合の姿があった。
 テーブルに肩肘をつき、その上で頬杖をついて、早百合は艶然たる笑みで田辺の顔を見つめる。
「……いや、別に、強要した覚えはないんだが」
 早百合の視線を受け、田辺はふと視線を逸らした。
 早百合の向かい側に座っているのは羽柴遊那。彼女が身につけているバックスリットのマーメイドスカートドレスはオレンジの色彩を放ち、シルクサテンで仕立てられている。その上でチェシャ猫をイメージした茶トラの猫耳カチューシャと尻尾をつけ、それらと同色のファーストールで肌を隠していた。面立ちのせいもあってか、品の良い艶を放っている。
「車で来てる身としては宿泊出来るっていうのは嬉しいわ。面白そうな企画だったし、お招きありがとう」
 ふわりと笑みを浮べて、ダイニングの前に立っているデュークに向けて小さく手を振る。
 デュークはその恰幅のいい身丈をトナカイスーツで包み、さらにはトナカイの角を模した髪飾りまでもつけている。ともすれば迫力を放つ黒い眼帯が、今は既にコメディですらある。
 遊那の挨拶を受けて深々と腰を折り曲げるデュークの隣では、雪だるまに身をやつした侘助が安穏とした笑みを湛えていた。
「ルームメイキングの方も済んでいますから、お泊りになられる皆さんには、どうぞ気を使われる事なく美酒をお楽しみください」
 この言葉に、トナカイスーツで身をつつんだ赤羽根灯がすかさず手を挙げた。
「はい、質問!」
「おや、灯クン。なんなりと」
「この中だと、もしかして私だけ未成年かなっていう気もするんですけど、一応泊まり組を希望してて」
「飲酒喫煙は成人してからだぞ。シャンメリーなら飲み放題だけどな」
 灯の言わんとしていた事を暗に解してか、野田灯護が鼻を鳴らして笑う。
 灯護の言を受け、灯は恨めしげに灯護をねめつけて言い返す。
「なによ、あんたなんかバニーのくせに」
 言って、灯も鼻先で笑う。――灯護はバニーガールならぬバニーボーイといった出で立ちだ。
「ちょ、いや、これは熊公にハメられて……!」
「あの可愛らしい熊太郎さんが、そんな黒い事をするはずがないのです」
 マリオンが不服を申し出る。
 灯護はぐうと息を呑んだ。
「なあ、なあ、なあ。そんな事より、早く飯にしようぜ、めしめしめし〜」
 テーブルの一番端、スタッフ達に一番近い席を陣取って、鈴森鎮がばたばたと足を動かす。
 鎮の肩の上にはイヅナのくーちゃんがいて(このふたりはいつだって一緒なのだが)、二人揃って紅白歌合戦の名物やいかにといった出で立ちをしていた。
「まあ、もう少し待ってください、鎮クン。あとお二人、参加のお返事をくださっている方がいるので」
 やんわりと制する侘助の目に映るのは、クリスマスツリーを模した服装の鎮と、真白な天使に扮したくーちゃんの姿だ。鎮の身体はぐるりと巻かれた電飾で飾り付けられ、ピカピカと色とりどりの光彩を放っている。
「え〜。遅刻してる奴の事なんかどうでもいいじゃんよ〜。俺、腹減っちまったよ。めし〜めし〜」
「あたしもはらぺこなのでぇす。チ、チキンのにおいがあたくしをゆうわくしているのでぇすよ……」
 鎮に同意を示したのは露樹八重。鎮と同じく、ツリーを模したローブを身につけている。体長十センチの身体にまとうローブには、色とりどりのビーズで作った飾りがごてごてと巻きつけられていた。
 八重は、大騎の頭の上でぐったりと倒れ伏している。
 大騎はうんざりとしった面持ちを浮かべ、助けを請うような視線を露樹故の方へと向けた。
「そのお二人さんが到着するまでにはまだ時間がかかりそうなんですか?」 
 大騎の頭上を根城としている妹を一瞥し、故は小さく肩を竦める。
「二人とも仕事が終わったら直行するとの事だったが」
 半ばあきらめたような面立ちでため息を吐く大騎の言葉に重なるように、玄関のチャイムが軽やかな音色で来客を知らせた。

 シュライン・エマと法条風槻が顔を合わせたのは、偶然にも、田辺の邸宅を間近に見た路上での事だった。
「あら」
「ええと、確かシュライン・エマ」
「執事喫茶でお会いした方よね。――コスプレ喫茶に?」
「そう。招待状をもらったから。ああ、でも時間に遅れちゃったかな。これでも早めに仕事終わらせてきたんだけど」
「もしかして、弁天様から?」
 言って、シュラインは鞄の中から白い封筒を抜きだし、ひらひらと振ってみせる。
「うん、そう。なんでも大事な用があるとかなんとか……。でも招待状を読む限りでは普通のパーティーだよね」
 風槻がふと首を傾げたのを横目に見やり、シュラインは深々とした息を吐いた。
「絶対……ぜえったい何事もないだろう事は分かってるんだけどね。……SOS要請を受けたからには、四の五の言ってもいられないし」
「ふうん」
 吐き出す息は白く染まり、夜の中へと消えていく。
 やがて会場のドアを前にした二人が呼び鈴に指をかけたのと同時に、玄関のドアは無意味なほどの景気良く押し開かれた。
「おお、ようやく来たな。待っておったぞ、ふたりとも。ささ、はよう中へ入らんか」
 満面の笑みをもってふたりを出迎えたのは、言うまでもなく、弁天だった。
「うわ、すごいかっこう」
 風槻が思わずのけぞったのを、自分にとって都合のいいように解釈した弁天は、嬉しそうにくるりと廻ってみせる。
「ミニスカサンタでス。ギャハ」
 愛らしく笑って見せた弁天だが、しかし、次の時には伸びてきたシュラインの手によって首を締め付けられていた。
「お招きくださり、あ・り・が・と・う・ございます、弁天さま?」
 満面に笑みを浮かべているシュラインだが、全身からはみなぎらんばかりの殺気が溢れでている。
「ゲ、ゲハ。こうまで喜んでもらえると、わらわとしても嬉しい限りじゃ。お、おほほほほ」
 ギブアップを表して壁をバンバン叩き出した弁天を横目に、風槻は構う事なく玄関に踏み入って、賑わうダイニングの方へと足を向けた。

「それじゃあ、全員が揃ったところで。ひとまずは乾杯するか」
 デュークと灯護とが皆のグラスに飲み物を注ぎ淹れていくのを見やりつつ、面倒くさげにあごひげを撫でまわしながら田辺が告げる。
 用意されていたのはソフトドリンク類や酒類を一通り。それにシャンパンなども並んであった。
 ゲストとして呼ばれた九名、六名のスタッフ。計十五名による乾杯が告げられ、そうしてようやくコスプレパーティー、もとい、クリスマスパーティーが始まった。

「もう、私、今日中には帰りますからね」
 弁天をねめつけ、シュラインは何度目のものかも知れない大仰なため息を漏らす。
 身につけているのはサンタのコスチューム。手にはトレーを持っていて、その上にはテーブルに運ぶ皿が乗せられていた。
「草間とよろしくやろうというのかえ? まったく、クリスマスというものは家族で一緒に楽しむものであろうに」
 腰に両手をあてがい、弁天はわざとらしい所作で目をしばたかせる。
「ようは、一番大切な人と過ごすっていう事よ。家族であっても恋人であっても同じ事だもの。っていうか、別に弁天様は私の家族じゃないし」
「ふおおおお、シュライン、そなた今さらっと酷い事を言ったのう? わらわはそなたを家族のごとくに思うておるのに」
 よよよと顔を伏せた弁天に構う事なく、シュラインは料理をテーブルへと運ぶ。
「こ、これ、待たりゃ。氷のようじゃの、そなた」
 後ろを弁天が追いかける。
 シュラインはわずかに肩を竦め、小さく笑みを浮かべた。
「誰が氷だ、誰が」
「ふおっ、た、田辺か!?」
 慌てて周りを見渡した弁天を、シュラインが意味ありげな笑みを浮かべて確めている。
 田辺はキッチンの奥で忙しなく動き回っている。
 今しがた告げた田辺の声は、シュラインが声帯模写で作り上げたものだった。
 弁天が不思議そうな顔で目をしばたかせるのを後ろに、シュラインは再びキッチンへと足を向けた。 

 テーブルはビュッフェスタイルをとっていた。それぞれが好きな皿を好きなだけ食べていいという形だ。
 テーブルの上には大奥様ならぬ八重がいて、七面鳥やらスープやらを留まる事なく食べている。
 そしてその横にはイタチ姿となった鎮がくーちゃんを連れ立って座っており、キッシュやサーモンパイを皿に取っていた。
「なあ、八重。そこのカナッペとってくれよ」
「はいぃ? かなっぺですってえ?」
 スープに入っていたトマトをごくりと飲みこんで、八重ははたりと周りを見渡す。
 フランスパンを薄くスライスしたものにきのこをのせたものが目に入った。
「んまあ、これもおいしそうなのでぇす。今日は食べ放題飲み放題なのでぇすよ」
 すかさずカナッペを数枚皿に取る。
「だから、俺の皿にも入れてくれって。なくなっちゃうだろ?」
「うるさいでぇすね。さわがなくてもあげるのでぇす」
 鎮の言葉に、八重は眉根をしかめてカナッペを一枚差し伸べた。
「っていうかさ、おまえ、そんなにちっちゃいのに、よくそんだけの量が入るよな。どんな胃袋してんだ?」
 カナッペを受け取って、それをくーちゃんと二等分しながら、鎮はしげしげと八重の身体を確める。
「そんな目でみたって、あたくしのこころはゆるがないのでぇす。あたしのこころはたいきのものなのでぇすよ」
 言い放って、八重は意味もなくローブの襟元をきゅっと握り締めた。
「へえ。八重って大騎とデキてたんだ」
 大きく頷いた鎮の後ろから、当の大騎の手が伸びてきた。
「なんの話をしてんだ。勝手にでっちあげんなよ」
 八重の額にデコピンをいれた大騎は、ブラックサンタを模した出で立ちをしている。
「んまあ、ダーリン! ぶらっくさんたなのでぇすね!」
 八重は嬉しそうに飛び上がり、大騎の腕に掴まった。そしてそのまま山登りのごとくに大騎登りを始める。
 それを見た鎮もまた、ぴょんと飛び上がり、きょろきょろと周りを見渡し、侘助を捜した。
「あ、いた。おーい、侘助ー」
 ぴょんとテーブルを跳ね降りて、そのまま真っ直ぐに侘助の足元へと走り寄る。
「おや、鎮クン。イタチ姿の時はリースの首輪なんですね」
「この身体じゃ、さすがに電飾はキツいしな」
「そうですよね」
 頷く侘助の肩に飛び乗って甘えた声で侘助の頬にすりよった。
「俺、ケーキは一番大きいやつな。サンタの飾りとか、チョコのプレートとか、ぜえんぶ俺のな」
「いや、それはどうですかねえ。今日は鎮クンのライバルもいらっしゃる事ですし」
 軽く笑いながら、侘助は眼鏡のフレームを押し上げた。

 皆がそれぞれ食事や会話を楽しんでいる傍らで、早百合はひとりグラスを傾けていた。
 窓辺に置かれた椅子に腰掛けてダイニングを一望していれば、そこに集っている全ての者の同行が知れる。
 シャンパンが細やかな泡を弾かせた。
 スタッフを務める男たちの内、ほとんどが何故か早百合の傍へ寄ろうとはしない。どれもが目を逸らし、そそくさと過ぎていくのだ。
「うふふ。どの殿方も照れ屋さん」
 艶然と笑んでグラスを口に運ぶ。
 不意に、銀のトレーが早百合の視界を遮った。
「お楽しみいただけていますでしょうか」
 トレーを手にしているのはトナカイ姿のデュークだった。
 デュークの顔を仰ぎ、早百合は手入れの届いた黒髪をさらりと躍らせる。
「お気遣い、ありがとう。デュークさんだったわよね」
「はい。こちらではデュークと呼びつけてください」
 生真面目な顔で恭しく腰を折り曲げる。
「お料理はいかがでしょうか」
「ええ、ありがとう。いただくわ。……このキッシュは何を使ったものかしら」
「早百合殿から向かって右がホウレン草とベーコンを使ったもの、向かって左がキノコとベーコンを使ったものです」
「どちらも美味しそうね。ところで、そういえばデュークさんって、とてもイケメンでいらしてるのね。声も低音で素敵」
 ホウレン草のキッシュを手に取って、早百合はデュークの反応を窺うように微笑んだ。
 デュークはわずかに面食らったような様子を見せたが、
「ありがとうございます。私などには恐れ多いお言葉」
 再び恭しく腰を折り曲げた。
「ねえ、デュークさん。前にとある人から聞いたわ。……辛い失恋をなさったんですって?」
 わざとらしいほどの息を吐き、憐憫をこめた視線でデュークの目を見据える。
 デュークの眉がかすかに動いた。
「……いいえ、そのような事は」
 わずかに首を傾げて応えるデュークを、その時、遠くで弁天が呼びつけた。
「あら、残念。もっとお話したかったわ」
「それではまた後ほど」
 そそと去っていくデュークの背中を見送って、早百合は小さく頬を緩めた。そうして席を立ち、キッシュの残りを一口に頬張る。
「弁天様ったら。私から殿方を遠ざけようだなんて、一万年ぐらいは早いわ」
 そうごちて、殿方が多く行き交っているテーブルの方へと足を寄せた。

 テーブルの向こうでは、マジシャンである故がちょっとした余興を行っていたところだった。
 トナカイの角がついたシルクハットの中に手を突っ込み、豪奢な花束を取り出してみたり。あるいは淡雪のような花吹雪を噴きださせ、それがテーブルや床に触れる直前に幻のように打ち消してみたりといったマジックを披露している。
「うわあ、すごい! すごいのです、故さん!」
 惜しみない拍手を送るマリオンに感謝の意を示し、故は穏やかな笑みで満面を満たした。
「ホント、すごいね! あ、ねえ、前にテレビで見た手品で、ハンバーガー屋のポスターに手を突っ込んで、バーガーを抜き出してたけど、あれとおんなじ事って出来る!?」
 頬を上気させ、灯が期待に満ちた眼差しを故に送る。
 故は困ったように首を傾げ、
「いや、あれはあのマジシャンの専売のようなものですし」
「じゃあ縦じまのハンカチを横じまに変えるのは?」
 マリオンが目を輝かせる。
「あ、それ、私、できるよ!」
 揚々とした声をあげた灯が、キッチンにいる田辺に縦じまのハンカチを要望した。
 田辺はあからさまに訝しみを顕わにしたが、程なくしてどこからともなく要望通りのハンカチを取り出してきた。
「おおお、聖人、そなた素晴らしいハンカチを使っておるのだな」
 ひょっこりと顔を覗かせた弁天が奇妙な野次を挟む。
 田辺は通常のサンタの出で立ちをしていて、今日ばかりは黒衣のパティシエという通称をかけ離れている。
「あ、田辺さん、ちょうど良かったのです」
 忙しなくキッチンへ戻ろうとした田辺を呼呼び止めて、マリオンがにっこりと笑った。
「今日はコスプレ喫茶という名目での集まりなのですよね」
「ああ? まあ、そうらしいが。俺は菓子作り担当だから、詳しい事は弁天様に訊け」
「あ、いいえ、そうではないのです。私が訊きたいのは、今日は田辺さんの新作スイーツはもちろん並ぶんですよねという、確認なのです」
「新作?」
「私も。私も田辺さんの新作スイーツ、超楽しみにしてるんです」
 マリオンと灯が、手に手をとって「ねー」と微笑みあっている。
 とりなすように、故が穏やかな笑みと共に言葉を挟みいれてきた。
「それはともかく。灯さん、俺にマジックを見せてくれるのでは?」
「あ、そうそう。横じまを縦じまに変えるの」
「縦じまを横じまに変えるのでは?」
「どっちだっておんなじじゃん! さあ、よーっく見ててよ!」
 ハンカチを手の中にぐしゃぐしゃと丸め入れた灯と、食い入るようにして見守るマリオンと故、それに弁天とを尻目に、田辺は再びキッチンの中へと戻って行った。

 それぞれのグループに分かれて奇妙な盛り上がりを見せている一行とは別に、キッチンのすぐ傍で風槻と遊那とが静かな談笑を繰り広げていた。
「パーティーで騒ぐのは若い子たちの専売よね」
 シャンパングラスを傾けながら、遊那がくすりと頬を緩める。
「お姉さんも充分若いんじゃない?」
 風槻は、到着時とは異なる服装に着替えていた。
 背中の開いていない、しかし全体に飾り付けられたドレープの影響もあってか、シックな中に艶のあるデザインとなっている。
「あら、ありがとう。ふふ、これでももう結構な齢なのよ」
「そうなの? 見えないね」
「まあ、壁の花っていうのも大事な役割よね」
 小さく笑む遊那の横を、灯に呼ばれて行った田辺がふらふらと出戻ってきた。次いで、デュークが何やらショックめいた面持ちで、やはりふらふらと戻ってくる。
「デュークさん、こんばんは」
 通り過ぎようとしていたデュークを捕まえ、遊那が穏やかに微笑む。
 デュークはふと遊那の顔を確めて、それからしゃっきりと背筋を正して腰を折り曲げた。
「遊那殿に風槻殿。お元気そうでなによりです」
「お久し振り」
 軽く手を挙げて応えた風槻に、デュークがゆったりと頷く。
「デュークさん、今日はウェイターなのね。トナカイスーツ、よく似合ってる」
 トナカイスーツの角に指を伸ばしながら、遊那は柔らかな笑みを滲ませた。
「恐れ入ります」
 対するデュークは生真面目に応えて礼を述べる。
「スタッフの人たちはみんな可愛い恰好だよね」
 キッチンを覗き込みながら風槻が告げる。
「ありがとうございます」
 デュークはこれにも生真面目に礼を述べた。
「……礼を言うところじゃないような気がするけど」
 ひょっこりと顔を覗かせ、灯護が呆れたようにかぶりを振る。
「デュークさん、そろそろケーキが出来上がるってさ」
「了解した。……それでは、遊那殿、風槻殿」
「うん、また後でね」
「お手伝い出来るような事があったら、お気軽に声かけてくださいね」
 深々としたお辞儀を残し、キッチン内へと戻っていったデュークを、遊那と風槻は小さな微笑と共に見送った。
「あのひと、すっげ生真面目だよな」
 顔を覗かせたまま、灯護は頬杖の姿勢でにやにやと笑う。
「そうね。――あんた、バニー、よく似合ってるよ」
 風槻がぽつりと吐き出すと、灯護の表情がたちどころに強張った。
「お、おおお、俺は着たくてこんな恰好してるわけじゃあッ」
 わっと泣き出し、灯護もまたキッチンの奥へと姿を消した。
 キッチンの中で、田辺がひどく迷惑そうな顔でため息を漏らしていた。

「さあ、ケーキが出来ました」
 雪だるまに扮した侘助が、安穏とした笑みと共にケーキを運び持ってくる。
 通常目にするようなサイズではなかったためか、それは侘助と灯護のふたりがかりで運ばれた。
 良質なバターをたっぷりと使ったバタークリームケーキだ。ケーキの上にはイチゴや砂糖菓子などがふんだんに飾り付けられている。
「ふおおおおお!」
 鎮と八重とがテーブルの上でケーキに釘付けになり、マリオンと灯とがその後ろから身を乗り出している。
「これ! このサンタと家、これふたつ俺のな!」
「はああ? なぁにを言ってるのでぇすか!? 家はだれにもわたさないのでぇすよ」
 言い合いながら、鎮と八重とが激しい火花を散らす。
「まあまあ、俺の分のイチゴを分けてあげるから」
 八重を引き止め、故が苦笑いを浮かべる。と、すかさず八重が振り向いて、故の顔を睨みあげた。
「そんなの、あたりまえだのクラッカーなのでぇす」
「古ッ!」
 灯護がツッコミをいれた。
「あ、じゃあ、チョコプレートは私のね」
 灯護を退けやって、灯がずずいと身を乗り出せば、
「それじゃあトナカイ型のゼリーは私がもらうのです」
 マリオンがにこやかに頷いた。
「私はケーキよりも田辺さんをいただきたいき・ぶ・ん」
 どんよりと疲労している田辺の腕に腕を絡め、早百合が艶然と笑う。
「そりゃどうも」
 対する田辺の言は素っ気ない。
 とりなすように、弁天が手を叩いた。
「ああ、これこれ。踊り子には手を触れぬようにの」
「誰が踊り子だ」
 すかさず田辺の声が怒気を表した。が、当の田辺本人は驚愕を浮かべて周りを見渡している。
 シュラインがそっと肩を竦めた。
「えー、ごほん。それはそうと、皆の者、今宵はひとりひとつプレゼントを持ち寄っていただく手はずになっておったはずじゃが」
「あ、うん。一応持ってきたよ」
 風槻が頷き、シュラインもまた頷いた。
「選ぶ時間があんまり無かったから、たいしたものではないんだけど」
「いや、それはよい。わらわたちスタッフ側は、井の頭駅前のコーヒーショップのチケットをプレゼントとして用意しておるのだがな」
「井の頭駅前限定かよ」「きゅー!」
 鎮とくーちゃんとが何やら不服を主張する。が、弁天はこれを軽やかにスルーした。
「わらわのような絶世の美女と、クリスマスのひとときを楽しめたのじゃ。感謝せい」
 ブーイングが、スタッフ側からもあがった。
「とにかく、食事を終えたら、ツリーの周りに集まってください。全てこちらで包みなおし、どなたが持ってきたものか、判別つかないようにしてあります。ひとりひとつ、これぞというものをお持ち帰りください」
 雪だるまが安穏と笑う。
「それじゃあ、食事を続けてくれ」
 次いで告げた大騎は、やはりどこともなく疲れた面持ちで、面倒くさげに前髪をかきあげた。

 それから、再びゆったりとした時が流れた(一部では熾烈なデッドヒートが繰り広げられていたが)。
 やがてツリーの下に集った面々は、思い思いに好きな箱を選択し、期待をこめてその蓋を開けた。

「あら、素敵」
 初めに声をあげたのは早百合だった。
 早百合が開けた箱にはガーネットビーズチェーンのシルバーグレーのロザリオが入っていて、質の良い光沢をもって早百合の心を慰めた。
「私の、このウェディングドレスに似合うわ」
 嬉々として首に巻きつけた早百合に、マリオンがにこやかに言葉をかける。
「私はてっきり雪の女王を模しているのかと思ったです」
 害悪の一切こもっていない、柔らかな笑みだった。

 次に箱を開けたのは当のマリオンだった。
 箱の中には、何やら――そう、喩えるならば毛虫のように縮こまった、毛糸で編まれた何かがしまわれていた。
 マリオンは、しばし、箱の中身を凝視する。
「……う、わあ。可愛らしい毛虫のマスコットなのです」
 苦し紛れに吐き出した言に、「それ、手袋だってば」と確かに誰かが不満の声を洩らした。が、それが誰の声であるのかは杳として知れない。
 なにしろ、シュラインが声帯模写で悪戯をしかけまわっているのだ。断定するのは困難といえよう。

 故が開けた箱には、――恐らくは手編みのセーターであろうと思しき生体が封じ込められていた。
 毛糸の一本一本が命を宿し、それぞれに意味のわからない奇声やら嬌声やらを張り上げている。
 得体の知れない宇宙生物のようなそれを目にして、しかし故は辛うじて表情を崩す事なく、無言でぱたりと蓋を閉じた。
「斬新なデザインのセーターですね。特別な日に……そう、例えば戦いを強いられるような時なんかがぴったりかな。……いいえ、げふん。とにかくこのセーターで身を護らせていただきます」

 鎮はくーちゃんと顔を見合わせて、それぞれが手にした箱を一息に開けてみた。
 鎮の箱にはペーパーウェイトが、そしてくーちゃんの箱には、
「ふおおお、すっげ、くーちゃん! 超当たりじゃん!」
 鎮が歓声をあげる。それにつられ、他の面々もまたくーちゃんの周りに人垣を作った。
 くーちゃんが選んだ箱には、ノートパソコンが入っていたのだ。
「きゅうー」
 喜色を顕わに、くーちゃんが踊り跳ねる。
 そのノートパソコンの片隅にルビーの原石が忍ばされている事にまでは、この段階ではまだ気がつきそうにはなかった。

 期待に満ちた面持ちで箱を開けたシュラインの目に、カシミヤで編まれたマフラーが映りこむ。
 それは性別を問わず身につけられそうな色味とデザインの、品の良いものだった。
「ちょうどマフラーが欲しかったのよ。ふふ。誰かわからないけど、ありがとう。大事にするわ」
 早々に巻きつけて、その感触に頬を緩める。
「そうそう。私、前に聴いたパイプオルガンの音を模写して歌を披露しようかと思うの。これは皆へのプレゼントっていうことで」
 上機嫌でそう告げて、シュラインは揚々とした表情で歌を奏で始めた。
 再現されたそれは、確かにパイプオルガンの音色だった。

「次はあたくしの番なのでぇす」
 ウキウキと箱に手をかけたはいいが、八重の手では箱の蓋はおろかリボンを解く事すらも満足にままならない。
 見かねたのか、大騎がのそりと身を乗り出して箱の蓋を開く。
「ふおおお!」
 八重が感嘆の声をあげたのは無理も無い話だった。
 箱の中には手作りのものと思しきクマ型チョコがみっちりと詰め込まれ、それに紅茶の茶葉と高価そうなブックカバーとが収められていたのだ。
「あああ、あたくし、この海のなかでおよぐのでぇす!」
 言うが早いか、八重はぴょんと飛び上がり、チョコの海へと姿を消した。

 風槻が開けた箱の中には、白い袋に詰め込まれた何かが一杯にしまわれていた。
 鼻先をかすめるその香りに、風槻は思わず破顔する。
「柑橘の匂い」
 そうごちて、袋の先に指をかける。
 そこにはたくさんの新鮮なミカンが詰め込まれてあって、爽やかで心地良い柑橘の香りが辺り一面に広がった。
「ミカンって皮まで使えるんだよね。乾かして、袋にいれてお風呂にいれるの。そうすれば身体もあったまるし」
 頬を緩めたまま、風槻はミカンのひとつをめくり、瑞々しい房を口の中へといれた。
「嬉しい。ありがとう」
 
「何が入ってるかなあ」
 目を輝かせつつ箱を開けた灯が手にしたのは、氷の結晶のオーナメントだった。
「うわ、きれい!」
 感激しつつ取り上げると、それはオルゴールのような音を鳴らし、同時に雪のようなものを舞い上がらせた。――触れてみればそれは確かにひやりとしていて、本物の雪であるようにしか思えなかった。
 箱の底にはメリークリスマスと綴られたカードが封入されていて、オルゴールの音を歌ったのはそのカードであるのが知れた。
 雪は、うっとりと見上げる灯の頭上に舞い上がり、そうしてやわらかく煌めきながら、空気の中へとほどけていった。

 最後の箱を手に取ったのは遊那だった。
 箱は手に持つとかたかたと小さな音をたて、中に収められているものが複数であるのを思わせる。
 早速と包みをほどいて中を確めてみると、そこには多種多様なものがごっそりと収められていた。
「まあ……これは」
 目をしばたかせつつ手にしたそれらは、何ら変哲のないノートや筆記具、そして小型カメラや小型マイクといったものだった。
「これは調査活動に一役かってくれそうな」
 小さく頷きながら、小型探知機をつかみ取る。
「助かるわ。……ふふ」


「さて、それでは皆さん、ひとつづつプレゼントをお持ちになりましたか?」
 雪だるまが安穏と笑う。
「それでは、余興は終わりという事で。食事を続けられるもよし、」
「シュトーレンも用意してある」
「これより音楽を流します。お好きな方はダンスを楽しまれるのもよいでしょう」
「まあ、ダンス! 侘助さん、私と踊ってはいただけませんか? 花嫁のように舞わせてくださいませね」
「ホント、雪の女王みたいだよな。おっかねー」
「しゅとーれんをあたくしによこすのでぇす」
「ワルツなら俺も得意とするところです。灯さん、シャルウィダンス?」
「っきゃー! 私ダンスなんかやったことないんだけどー!」
「社交の嗜みなのです。私も齧る程度には踊れるのです」
「私も踊ろうかしら。マリオンくん、お相手してくださいます?」
「私は片付けの手伝いをするわ。それが終わったら、もうそろそろ帰らなくちゃ」
「え、なになに。皆もうケーキはいらねえの? じゃあ残りのケーキは俺とくーちゃんのな!」
「きゅ・きゅう!」
「すげえ、まだ喰うんだ」
「あ、そうじゃ、これこれ、皆の者。ここにコーヒーチケットを置いておくから、各自持っていくようにの」
「私はこっちで呑んでるよ。シャンパンのお替りは出来る?」
「畏まりました。ただいまお持ちいたします」

 田辺とデュークがキッチンの中へと消えていく。それに続き、シュラインもまたトレーを持ってキッチンへと消えた。
 流れ始めたのは確かにワルツで、ダンスを楽しむ者はそれに合わせてくるくると廻りだす。
 食事を続ける者がいれば、壁の花となって酒を続ける者もいる。
「お時間の許す限り、ごゆっくりとお楽しみください」
「お泊り組は、この後わらわとUNOでデュエルじゃぞえ」
 侘助が深々と頭を下げ、その隣で弁天が意味もなく胸を張っている。

 窓の外、邸宅を囲む森の中では、雪の気配が空気を震わせ始めていた。






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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0604 / 露樹・故 / 男性 / 819歳 / マジシャン】
【1009 / 露樹・八重 / 女性 / 910歳 / 時計屋主人兼マスコット】
【1253 / 羽柴・遊那 / 女性 / 35歳 / フォトアーティスト】
【2098 / 黒澤・早百合 / 女性 / 29歳 / 暗殺組織の首領】
【2320 / 鈴森・鎮 / 男性 / 497歳 / 鎌鼬参番手】
【4164 / マリオン・バーガンディ / 男性 / 275歳 / 元キュレーター・研究者・研究所所長】
【5251 / 赤羽根・灯 / 女性 / 16歳 / 女子高生&朱雀の巫女】
【6235 / 法条・風槻 / 女性 / 25歳 / 情報請負人】


■NPC■
糸永・大騎 / tailor CROCOS
デューク・アイゼン / 〜異界〜井の頭公園・改〜
井の頭・弁天 / 〜異界〜井の頭公園・改〜
野田・灯護 / 熊太郎派遣所
田辺・聖人 
侘助



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          ライター通信          
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このたびは当方のクリスマスにお越しくださいまして、まことにありがとうございます。
……クリスマスよりは大晦日が近く感じられるようになってしまいました。
お届けが押してしまい、申し訳ございません。

また、プレイングの全てを拾いきれずに終わってしまいました事、申し訳なく。
ご容赦くださいませ。

プレゼントは、こちらの故意で、誰がどれを持ってきたものかという点を描写しておりません。
皆様で想像してみたりですとかされていただければと思います。

それでは、このたびのご参加に感謝の意を表しまして。
またご縁をいただけますようにと祈りつつ。

よい年末を。