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■仮装inノエル■ |
エム・リー |
【1711】【高遠 聖】【神父】 |
「コスプレ? なにそれ」
「ほら、オティーリエたん、この前メイドの恰好をしたでしょ。ああいうのもコスプレって言うんだよ」
「分かってるわよ、そのぐらい。あたしが言ってるのは、ノエルにわざわざコスプレとかって、意味わかんないんだけどっていう話」
「……サンタクロースの恰好をすればいいのか」
「陰気なサンタだな、おい」
いつもと変わらず平和そのものといった”ブリーラー・レッスル”の店内。その中でテーブルに座り言葉を交わしている三人の目が、ほぼ同時に扉の方へと寄せられる。
「……話は聞いた。何故俺がそんなふざけたような出で立ちをせねばならぬのだ」
「いやいや、拙者は楽しみでござるよ。西洋の祭はなかなかに興味深いものでござるからな」
扉の鈴を鳴らして顔を覗かせたのは”ギルド ファラク”のアイザックと惣之助だった。ふたりは実に対照的な面立ちを浮かべ、三人が座っているテーブルの近くへと腰を下ろした。
と、次いで扉の鈴が鳴る。
「楽しそうな話じゃないの。あたしに声をかけてきたのは正解だったわね」
扉をくぐるなりそう言い放ち、五人が座るテーブルへと寄って来たのは”フランの工房”のフランチェスカ・アイゼン。その後ろに申し訳なさそうに立っているのはクラウディオ・ヴァイセだ。
「お邪魔します」
クラウディオはそう述べて丁寧に頭を下げる。
「で、どうなの? ノエルをコスプレで楽しもうなんて、なかなか楽しそうなイベントじゃないの。あたしももちろん乗るわよ。クラウディオもね」
「え、いや、僕は」
「じゃあ、打ち合わせを始めようか」
テーブルについた面々を確めて、ディートリヒが明るく告げた。
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仮装inノエル
エルザードの一郭に看板を抱える食事処『ブリーラー・レッスル』では、その日、ささやかながらクリスマスを祝うための飾りつけがなされていた。
窓辺にはキャンドルやツリーが飾られ、窓ガラスには雪の結晶を描いたスプレーがなされている。
前日から降り出した雪はエルザードの街並みを白く染め上げて、道ゆく人々が吐き出す息は白く染まっていた。
雪の上を踏みしめながら店の前へと歩み寄って来たのは高遠聖だった。
聖はカソックを身に纏い、首にはロザリオを提げている。――神に仕える聖職者なのだ。
背で纏めた長い銀髪が、上質な絹糸のように軽やかに舞う。
「……このお店で……間違いないですよね」
自身で確認を入れるように呟いて、手元のチラシに目を落とす。
それはいつぞやに街中で、マッチ売りの少女に扮した少女が配り回っていたものだった。
――クリスマスパーティーをやります。どうぞいらしてください。
憐憫を誘う声音でそう告げていた少女に哀れを覚え、聖は思わずそれを手にしてしまったのだった。
ありがとうございますと礼を述べた少女が、次の瞬間には何事かを含んだような笑みを浮かべていたのには――聖は気付くべくもなかった。
賑やかに飾り付けられたドアを押し開ける。
軽やかな鈴の音色が店内に来客を知らせた。
「あの、恐れ入ります」
ドアから顔を覗かせて店内を見渡す。
店内にはクリスマスにちなんだ飾りつけがなされていて、真ん中に大きなツリーが飾られていた。
「あら、お客さん」
聖の声に、最初に顔を覗かせたのは、マッチ売りの少女とは異なる、ミニスカサンタに扮した少女だった。
「このチラシを拝見して伺ったのですが、コスプレ喫茶というのはこちらで宜しかったのでしょうか」
手にしているチラシをひらひらと泳がせる。
少女は聖の手元をちらりと一瞥し、腰に両手をあてがって仁王立ちをした。
「そのチラシを見て来たの? 随分と物好きなのね、おまえ」
「……は」
「まあ、いいわ。そんなところに突っ立てたんじゃ、身体も冷えちゃうでしょ。ただでさえこの雪なのに。さっさとこっちに来て座んなさいよ。あったかいものでも持ってくるわ」
間を置かずに言い放つと、少女は間近にあった椅子を引いて聖を招き、それから店の奥の、恐らくは厨房であろうと思しき中へと姿を消したのだった。
示された椅子に腰を落とし、聖は小さな息を吐く。
カントリー風とでも言うのだろうか。本来はさほどに派手ではない造りがなされた店なのだろう。テーブル数は少ないものの、あまり手狭な感を覚えないのは、天井が高く設計されているためなのかもしれない。
カウンター席が数席。その向こうに厨房があり、空腹を誘う香りが店内を満たしている。
少女が消えていった厨房から次に顔を覗かせたのは、
「あなたは、先日の」
「あら、ホント。お客さんが来てる」
それは豊かな銀髪をなびかせた、マッチ売りの少女だった。
少女は聖の姿を認めると珍しいものでも見るかのように目をしばたかせ、それからずずいと懐こい笑みを浮かべた。
「良かった。あたしのチラシ配りが良かったのね。今日はパーティーに来たの? それともあたしに武器を注文しに?」
「いえ、武器は結構です。……僕はこのチラシを見て……あの、コスプレというのはコスチュームプレイの事で宜しいのですよね?」
「コスチュームプレイ? そうよ、それ。でもあれね。コスチュームプレイって正式に言うと、なんだか一気に卑猥な感じが漂うものだわ」
「はあ」
「ちょっと、フラン。大事なお客にヘンな事を言わないで」
ふたりの会話に口を挟みいれたのは、初めに聖を迎えた少女だった。
少女は銀のトレーにカップを載せて、制するような視線でマッチ売りの少女をねめつけている。
マッチ売りの少女はミニスカサンタを一瞥して肩を竦めると、一変、ぺこりと丁寧に腰を折り曲げた。
「ようこそ、ブリーラー・レッスルのクリスマスへ」
「ねえ、ところで、おまえ、名前は?」
ミニスカサンタが聖の顔に視線を寄せる。
聖は衣を正して首をかしげ、柔らかな日差しのような微笑を浮かべた。
「高遠聖と申します。この度はお招きくださり、ありがとうございます」
「そう。あたしはオティーリエ。こっちのはフランチェスカよ。厨房の方に何人か詰めてるけど、今料理の支度をしてるから、後で顔を見せると思う」
「オティーリエさんにフランチェスカさんですね。よろしくお願いいたします」
「あたしの事はフランでいいわ。武器を造ってるの。良かったら今度うちの工房にも寄ってってね」
マッチ売りの少女、もといフランチェスカが、ひどく懐こい笑みと共に名刺を一枚差し伸べる。
「僕は教会の神父を」
「恰好を見ればわかるわ」
オティーリエが頷く。
「それで、聖、おまえ、今日の服装は? チラシに”コスチューム持参の事”って書いてあったわよね?」
「あ、サンタとトナカイと雪だるまなら用意してあるわよ」
「あ、はい。僕は今日、これを」
持参してきた袋に片手を突っ込んで、聖はにこやかに頬を緩める。
「いや、あのチラシでお客さんがいらしてくださるとは」
程なくして厨房から姿を見せたのは二人の壮年だった。
ディートリヒと名乗る男はトナカイスーツを着込み、腕組みをして朗らかに笑う。
「立場上、やはりどうしても教会で過ごす時間が長くて。たまにはこうして抜け出し、ひととき楽しむのも、神はお赦しくださるだろうと思いまして」
ふわりと笑う聖に、ディートリヒは同意を示すように頷いた。
「そうだね。たまには息抜きも必要でしょう。大した催しにはなりませんが、ゆっくりしていってください」
「ありがとうございます」
丁寧に頭を下げる。
聖は背に一対の羽根を伸ばした純白の天使の姿となっていた。
ゆるやかなラインを描く長衣が、聖の所作に合わせてやわらかなドレープを描く。
その面立ちと相まって、聖の姿はまるで可憐な女性のように見えていた。
穏やかな笑みを湛えていた聖だが、その時ふと何者かの視線を覚え、ちろりと視線を横移動させた。
ツリーの向こう、確かにサンタが立っている。が、サンタはじっとりとした視線で窺うように聖を見やっているばかり。
「あの、あちらの方は」
視線を持って訊ねると、オティーリエが肩を竦めて応えた。
「ああ、あれはヨアヒム。うちのパティシエなの」
「パティシエ……菓子職人ですね」
それが、なぜあんな場所でこそこそとしているのか。
聖はわずかに気にかけたが、しかし一向に姿を見せようとしないヨアヒムを確かめて、己の中だけで頷いた。
きっと、極度の人見知りなのだろう。
寄せられる視線はじっとりと湿ってはいるが、決して害悪なものではない。
きっと後で言葉を交わせるだろうと、聖はひとり納得してみせたのだった。
テーブルに並べられた料理の数々は、どれも素晴らしいものだった。
にしんの酢漬けのサラダ、林檎とプラムを詰めたガチョウのロースト、赤キャベツ。シュトーレンやレープクーヘン、クッキーもたくさんカゴに積み上がっている。
かすかな発泡を浮かべるワインで乾杯をして、聖夜を祝う言葉を交わす。
天使に扮した聖が神を讃える言葉を述べれば、それだけで全員が清らかな空気を感じた。
「あ、そうだ。僕、今日、ブローチを持ってきたのですけど……その、何人ぐらいが見えるのか分からなかったものですから」
気恥ずかしげにそう述べて、テーブルの上に銀製のブリーチを数個ばかり並べる。
聖が持って来たそれは教会で配っているもので、マドンナリリーを象った精巧なるデザインのものだ。
「……綺麗ね」
オティーリエがひとつ手に取って、うっとりと眼差しを細める。
「マドンナリリーは心清い女性が持つ清らな花です。心からの平和が誰の心にもありますようにと、祈りをこめて、教会にいらっしゃる皆様にお配りしています」
「神の子の母親が持つものだったかな。聖母とか呼ばれる」
「ええ。ご存知で?」
ディートリヒが頷いたのを見やり、聖は喜色を満面に浮かべた。
「文献で流し読みしたぐらいだがね。――しかし、教会か。今度覗かせてもらうよ」
「お待ちしております」
丁寧な言葉を返し、聖はグラスを傾けた。
ワインが放つ花のような香りが、辺り一面に広がった。
「あたしからもプレゼントがあるの。うちの工房の特別割り引き券。お安くしとくから、うちにも来てね。絶対」
フランチェスカが数枚の割り引き券を差し伸べて聖の顔を覗きこむ。
「ええ、その内」
曖昧に頷く聖を次に呼んだのはオティーリエだった。
「あたしも用意しといたの。まさかお客が来るなんて思わなかったけど」
ぷいと横に顔を背けるオティーリエの頬が、ほんのわずかに紅を染めている。
差し伸べられたそれはレース編みのコースターで、雪の結晶を模したものとなっていた。
「ありがとうございます。……大事にしますね」
ふわりと笑う聖を、オティーリエがちらりと盗み見して、再びぷいと顔を背けた。
「俺達からは、そうだな、……正直なところ、料理やらなんやらの支度でそれどころじゃなかったんだ」
申し訳ないと続けて肩を竦めたディートリヒに、聖は「いいえ」とかぶりを振る。
「その代わりと言っちゃなんだが、時間の許す限り、ゆっくり楽しんでいってくれ。料理も酒もまだまだ用意してあるから」
微笑むディートリヒと、やはりツリーの後ろからこちらを伺ってばかりのヨアヒムに、聖は心からの礼を述べた。
「ありがとうございます。……今日この日が皆様にとって幸いな夜となりますように」
胸の前で十字をきって祈りを奉げる。
窓の外では、聖の清らな魂を彩るかのように、真白な雪が降り続いていた。
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【1711 / 高遠 聖 / 男性 / 17歳(実年齢17歳) / 神父】
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ライター通信
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はじめまして、聖様。
このたびは当方でのクリスマスにお越しくださいまして、まことにありがとうございます。
が、クリスマスはとうに過ぎておりますね……遅くなってしまい、申し訳ありません。
非常にのんびりとしたクリスマスとなりました。
聖様の設定などを拝見し、やわらかな、あたたかな空気の漂うノベルが合うだろうかと妄想させていただきました。
もっとコメディなノリをご希望されておいででしたら、も、申し訳なく。
口調・一人称などには充分確認をとらせていただきましたが、もしもイメージや設定と異なるような点がございましたら、
その旨、お気軽にお申し付けくださいませ。
それでは、またご縁をいただけますようにと祈りつつ。
よい年末を。
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