■舞台デビュー?■
朝比奈 廻 |
【6112】【文月・紳一郎】【弁護士】 |
「…どうしろって言うのよ」
「どうしようね、翔子さーん…」
「どしようもないじゃないのよ!」
「うーん…そうだよねー…」
劇団 ほーぷ&ほーぷの稽古場にて。
団長である御門 翔子と看板女優である矢倉 サリアは窮地に立たされていた。
「サリア以外の役者がいないだなんて…!」
窮地に立っている理由は…それだ。役者がいないのだ。
もともと劇団の役者自体が二名という数ではあるが、客演役者や翔子が連れて来る役者がいるので、毎回の公演に困った事はない。
今回の公演もいつもと同じように客演役者と翔子の連れて来た役者達で上演するつもりだったのだが……稽古場に向かう途中の交通事故に巻き込まれ、役者を乗せた貸し切りバスは横転。乗っていた役者たちも運転手も全治二週間以上の怪我を負ってしまったのだ。
幸いな事に全員の命に別状はないが…二週間後に迫った舞台に支障が出てしまう。
劇団の規則では音信不通になった者がいれば舞台は中止され、その者を除いたメンバーで新たな脚本が用意される。一からやり直す事になっているのだ。
だが、今回は事故。規則が破られた訳ではないのだから、公演を中止にするなんて翔子のプライドが許さない。
「こうなったら…役者を捕まえてくるわよ!!」
「え、えぇっ?!」
「それしかないでしょうっ!そうじゃなかったら緊急募集よ!」
気持ちは分かる。気持ちは分かるが…本番二週間前なのだ。前日じゃないだけマシかもしれないが…果たして、役者は集められるのだろうか?別ルートを使って難を逃れたサリアは、翔子の発言に驚かされる。
「ここは中止にすべきだと思うけどなー」
「それは私のプライドが許さないのよっ!!サリア、あんたも手伝いなさいっ!街に出て、これはと思う人を連れてくるのよ!私も街に出るわ!!そして大々的に募集かけてやるっっ!!!!」
もはや翔子の勢いは止められない。
「は、はーい…」
―――劇団 ほーぷ&ほーぷ。
次回公演はかの有名な「ロミオとジュリエット」。サリアはジュリエット役だったが…こうなってしまってはそれもどうなるか分からない。
「……腹でもくくりますかー」
さて、どうなる?
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舞台デビュー?
「…どうしろって言うのよ」
「どうしようね、翔子さーん…」
「どしようもないじゃないのよ!」
「うーん…そうだよねー…」
劇団 ほーぷ&ほーぷの稽古場にて。
団長である御門 翔子と看板女優である矢倉 サリアは窮地に立たされていた。
「サリア以外の役者がいないだなんて…!」
窮地に立っている理由は…それだ。役者がいないのだ。
もともと劇団の役者自体が二名という数ではあるが、客演役者や翔子が連れて来る役者がいるので、毎回の公演に困った事はない。
今回の公演もいつもと同じように客演役者と翔子の連れて来た役者達で上演するつもりだったのだが……稽古場に向かう途中の交通事故に巻き込まれ、役者を乗せた貸し切りバスは横転。乗っていた役者たちも運転手も全治二週間以上の怪我を負ってしまったのだ。
幸いな事に全員の命に別状はないが…二週間後に迫った舞台に支障が出てしまう。
劇団の規則では音信不通になった者がいれば舞台は中止され、その者を除いたメンバーで新たな脚本が用意される。一からやり直す事になっているのだ。
だが、今回は事故。規則が破られた訳ではないのだから、公演を中止にするなんて翔子のプライドが許さない。
「こうなったら…役者を捕まえてくるわよ!!」
「え、えぇっ?!」
「それしかないでしょうっ!そうじゃなかったら緊急募集よ!」
気持ちは分かる。気持ちは分かるが…本番二週間前なのだ。前日じゃないだけマシかもしれないが…果たして、役者は集められるのだろうか?別ルートを使って難を逃れたサリアは、翔子の発言に驚かされる。
「ここは中止にすべきだと思うけどなー」
「それは私のプライドが許さないのよっ!!サリア、あんたも手伝いなさいっ!街に出て、これはと思う人を連れてくるのよ!私も街に出るわ!!そして大々的に募集かけてやるっっ!!!!」
もはや翔子の勢いは止められない。
「は、はーい…」
―――劇団 ほーぷ&ほーぷ。
次回公演はかの有名な「ロミオとジュリエット」。サリアはジュリエット役だったが…こうなってしまってはそれもどうなるか分からない。
「……腹でもくくりますかー」
さて、どうなる?
不安に思いながらも、やや興奮気味に出て行ってしまった翔子の後を追うようにして、サリアも役者を求めて外に出て行った。
「おぉ…すごっ」
本当に、翔子の行動は早かった。大々的に募集をかけてやると言って出て行き、それから僅か十数分しか経っていないのにも関わらず、既に稽古場から最寄の駅付近にある電化製品店の電光掲示板には翔子が手を回したらしい宣伝が流れていた。
【貴方も舞台に立ってみませんか?今なら即採用の可能性あり。劇団ほーぷ&ほーぷ】
そんな内容の宣伝。さすがに映像の準備はできなかったらしく、文字だけではあるがインパクトはある。「即採用」という文ではなく、「即採用の可能性あり」という文が翔子らしい。やはり自分の目に適った人物以外は採用したくないのだろう。
「そんな場合じゃないのにねー。というか、私が見つけた場合はどうするんだろう?」
翔子は自分にも役者を探して来いと言った。電光掲示板を見る限りでは必ずしも採用される訳ではない。つまり翔子と面談するなりしてからだ。だが、その場合は自分が連れてきた人はどうなるのだろうか?
「ま、とりあえずは「舞台に出られるかもしれませんが」って感じに言っておけば良いかな」
呟くと、サリアは辺りを見回しながら歩き始めた。
■■■
「貴方、舞台に出てみる気はないかしら?」
駅前の電化製品店に宣伝の手を回し、サリアも街中を探し回っている頃、翔子もまた街中を役者求めて歩き回っていた。そして翔子の目にとまったのが、スーツ姿の凛々しい一人の男性。スーツの襟には弁護士の証である弁護士バッチがつけられている。
「…?失礼ですが、貴女は?」
突然声を掛けられて、突然「舞台に出ないか」と言われても困る。そもそも自分は目の前の女性を知らない。少なくとも自分の知り合いの中には彼女のような人はいなかったはずだ。
「あら、ごめんなさい。私は御門 翔子。劇団ほーぷ&ほーぷって知ってるかしら?そこの団長よ」
「御門さん…」
聞いた事はある。確か大手化粧品会社の女社長が、自ら劇団を立ち上げた事、その劇団の名前、そして社長兼団長である女性の名前…毎日目にする新聞にもニュースの合間のCMにも、見聞きする事がないという位に大々的な宣伝をしている化粧品会社だ。自分に無縁であったとしても、それ位の事ならば常識と捉えて知っていた。しかしまさか、その社長自らに声をかけられるとは思っていなかったが。
「私は文月 紳一郎(ふみづき しんいちろう)です。…舞台とは、何です?」
もちろん、舞台という言葉の意味を知りたい訳ではない。一言で済ませられた「舞台に出ないか」という言葉の詳細を知りたいのだ。
「そのままの意味よ。舞台に出てもらいたいのよ、貴方に」
「…何故私に?ご覧の通り、私は弁護士です。俳優ではありませんが」
「敬語、やめましょうよ。きっと紳一郎の方が年上でしょうし。…まぁ、声をかけた理由は至極簡単。紳一郎が舞台映えしそうな人だと思ったからよ」
「そうか…だが、私は舞台に立った事はない。仕事もある」
初対面の女性という事もあって、紳一郎は敬語で話していたが、それは翔子が嫌らしい。本人もそう言っているので紳一郎も普段どおりの口調で返すと、翔子は続けた。
「構わないわ。演技面でのサポートはするし、希望の役をあげるわ。お礼は…顧問弁護士のクチを紹介するっていうのはどうかしら?」
「顧問弁護士…」
翔子は大手化粧品会社の社長だ。知り合いの会社取引先の会社などに顧問弁護士として雇ってくれないかと、自分を推薦する事も可能だろう。儲かるからとか、そんな不純な動機などではなく、弁護士として力の揮える場が増えるという事は自分にとってプラスになるだろうと、紳一郎は思った。
「……詳しい話しを聞かせてもらいたいものだな。その舞台とやらについて」
しばらく考え込んだあと、紳一郎ははっきりと翔子にそう言った。演劇とはほど遠い人生を歩んできたと思ったが、ここで演劇に関わるのも悪くないのかもしれない。翔子は自分の希望どおりの役をくれると言っているし、演技面でもサポートしてくれるとも言った。それに、何より自分自身を高める場を提供してもらえるのだ。
「それは、出演してくれるととっても良いのかしら?」
「そうとってくれて構わない。物を覚えるのは苦手ではない。だが、演技に関してはやってみないと分からない。…できれば、すぐにでも説明をしてもらいたいのだが」
「助かるわ!説明はもちろんすぐにするわよ。ただ、人が集まってからになるわね」
「私の他にも?」
「えぇ。予定してた役者が事故に遭って出られなくなったのよ。それで適した人を探してた訳。他にも後三人は捕まえないといけないのよね。誰か知り合いでいないかしら?」
「いや、私の知り合いで演劇を嗜む者はいないな」
「そう。まぁ、仕方ないわよね。それじゃあ、午後一時頃にココに来てくれるかしら?その時に詳しい説明をするわ」
そう言って翔子は紳一郎に名刺を差し出した。その名刺には翔子の名前と劇団ほーぷ&ほーぷの稽古場、連絡先などが記されていた。
「分かった。では、また一時に会おう」
紳一郎は名刺を受け取ると、「頼んだわよ」と言って去っていく翔子の後姿を見送った。
■■■
午後一時過ぎ。劇団ほーぷ&ほーぷの稽古場には、いつもとは違う顔ぶれが揃っていた。
自らやって来てくれた、サリアや翔子達にとって同業者である三葉 トヨミチ(みつば とよみち)。街中で声を掛けられた、スーツ姿の似合う弁護士である文月 紳一郎(ふみづき しんいちろう)。同じく入り口前で翔子に声をかけられた敏腕新聞記者である崎咲 里美(さきざき さとみ)。この三人は緊急事態に陥ってしまった劇団ほーぷ&ほーぷの救世主だ。
「まずは、参加を決意してくれてありがとう。本当に助かったわ」
ニコリと、大人の女性である事が感じられる、そんな笑みで翔子は言った。
「最初に簡単に説明したけど、出演予定だった役者がサリア以外は事故で出演不可能。よって貴方達に代理役者として出てもらう訳だけど…うちの次回公演、何か知っているかしら?」
「えーと、確か…」
取材するつもりで来ていたのだ。もちろんそれ位の事前調査は済んでいる。今の今まで舞台とは無縁だった紳一郎は仕方ないとしても、里美は知っておかなければいけないだろう。
「ロミジュリだろ?」
ペラペラと手帳をまくっていると、トヨミチが先に答えた。彼も演劇人らしいから、どこの劇団がどんな公演をするのか知っていても不思議はない。
「そう、ロミオとジュリエットよ。さすがに知らない人はいないでしょう?」
「あぁ。その話ならば知っている。少年と少女の恋の話で、最後には適わぬ恋となり二人が死んでしまうという、悲恋ものだったと思うが」
紳一郎の言葉に、翔子は「その通りよ」と返し、続けて紳一郎に尋ねた。
「希望どおりの役を回す約束だったわね。紳一郎、貴方ならどの役をやりたい?ロミオかジュリエットか、それとも神父かロミオの父親か、ジュリエットの母親か…選んでちょうだい」
考えるまでもなく、答えは決まっていた。ジュリエットとその母親なんて当然選択しないし、ロミオも無理がある。かと言ってその父親というのにも抵抗があるのだから、
「私は神父役を希望したい」
それが、紳一郎の答え。確かに、この中では紳一郎が最も適任かもしれない。
「神父役ね。そうね、紳一郎なら似合いそうね」
「三葉さんはどうしますか?」
続いて尋ねたのはサリア。尋ねられたトヨミチは紳一郎同様、特に考えた素振りもなく答えた。
「だいたいの台詞は入ってるから何の役でも出来ると思うよ。ああ、でも芦川君のアレンジが入ってるのか……それは面白そうだな」
「え、そうなの?」
トヨミチの言葉には里美が返す。紳一郎もそれには「悲劇ではないのか」と反応して、続けられようとしているトヨミチの言葉を待った。
「だと思うけど。もともと劇団ほーぷ&ほーぷって悲劇はやらないからね、既存の台本が悲劇の場合は脚本担当と化している芦川君がアレンジしてハッピーエンドで終わらせるから、今回もそうなんじゃないかな?御門さん?」
「えぇ、その通りよ。うちは悲劇はやらないって決めてるの。…で、トヨミチ。一応希望は聞くけど?」
「うーん…本当に何役でも良いけど…そうだなぁ、敢えて言うならロミオかな。女装してジュリエットっていうのもアリだけどね」
女装に問題がないのであれば、ジュリエットの母役でも良いのだろう。
そう思った翔子は「じゃあ、トヨミチはまた後でね」と言って、最後に里美に尋ねた。
「それで、里美はどうなのかしら?」
「えーと…じ、侍女あたりを…なんて」
「却下。そんな役はないわよ」
「うーんと…えーと…じゃあ、ジュリエットのお母さんで」
「ジュリエットの母、ね。サリアには残った役をやってもらうとして……そうね…」
腕を組み、目も閉じると翔子は考え込んだ。頭の中では観客が盛大な拍手を送っている光景が浮かんでいる。既に翔子の頭の中では舞台は成功しているようだ。その成功した舞台のキャストは…
「決めたわ!ロミオ役は里美!ジュリエットにトヨミチ!神父に紳一郎!ジュリエットの母役にサリア!!これで決定よ!」
「お、お母さんじゃないんですかっ!」
「ジュリエットかー。それも面白そうだ」
「やるからには良いものを残したいな」
翔子に次いで、里美、トヨミチ、紳一郎の順でそれぞれの気持ちを口にする。希望した役とは違う、しかも男役をあてられた事に驚いた里美だったが、翔子の意見は変えられない。変えてくださいという言葉も聞いてもらえない。それを哀れに思った相手役となったトヨミチは、笑顔で「大丈夫だよ」と言った。
「演劇、初めて?俺が引っ張っていくから、そんなに心配しないで」
「うぅっ……こうなったら…やってやるわっ!」
「そうそう、その意気その意気!」
「紳一郎も演技面では心配しなくても良いわよ。なんせベテランの先輩が二人もいるんだしね。サリア、貴方を母役に変更したのは全体フォローが目的よ。トヨミチはともかく、里美や紳一郎が戸惑ったときは真っ先に出て行きなさい」
「はーい」
「なるほど、それは頼もしいな。頼んだ、矢倉さん」
里美とトヨミチの会話に続けて翔子達。サリアは紳一郎に頼まれると笑顔で「任せてください!」と答えた。
「だが…ロミオの父親役はどうする?どう考えても人数自体足りないが」
今回の舞台、最低でも五人は必要だ。だが、ここにいる役者は全員で四人。一人足りない。数えるまでも無いが、確認のためにと紳一郎が「一人、二人…」と声に出して言えば、翔子は「心配する必要はないわよ」と、何故か自信満々に答えた。
「「草間 武彦、ゲーーーット!!」」
誰かと誰かの声が重なって聞こえてきたのは、その時だった。同時に声の主たちは勢いよく扉を開け、翔子たちの前に現れる。
「お、伊崎兄弟」
呟いたのはトヨミチ。そして現れたのはトヨミチの呟き通り、劇団ほーぷ&ほーぷのサポーターである伊崎 充(いざき みつる)と伊崎 充矢(いざき みつや)の双子だった。二人の間には、両腕をそれぞれ充と充矢に捕らえられ、明らかに疲れている様子の草間 武彦がいる。
「なになに?もう役者揃ったんだ?」
「翔子姉さーん、とりあえず草間 武彦ゲットしてきたから♪」
同じ顔が二つある。見分けることは難しいが、今日は服の色が違うのではっきりと分かる。赤いトレーナーが充で、青いトレーナーが充矢だ。先に充が捕まえた武彦の腕を離してやるとメンバーを見回し、続いて充矢が疲れきった武彦の腕を本人の意志とは別にブラブラさせながら翔子に言った。
草間 武彦。彼は伊崎兄弟に強制連行されたらしい。
「役者はこれで揃ったわ!稽古は明日から始めるから覚悟して頂戴!」
嬉々として話す翔子の声で、今日は終わった。
本番まであと二週間。果たして、このメンバーでやっていけるのだろうか?
■■■
「へー…結構上手いこと手が加えられてるんだね」
「こんなロミオとジュリエット、見たことないです!」
「…ふむ。なかなか設定に凝っているようだな」
翌日。記念すべき第一回目の稽古は本読みから始められた。通常ならば声に出してそれぞれの役を読んでもらうのだが、まずはストーリーの流れと結末を頭に叩き込んでほしいという翔子の言葉で、トヨミチも里美も紳一郎も、読むペースは異なっていたが読み終えたようで、思うトコロを口にしていた。
―――ロミオとジュリエット。
舞台は14世紀のイタリア、花の都ヴェローナ。ここヴェローナではモンタギュー家とキャピュレット家という名家が、古くから血で血を洗うような争いを繰り返していた。ある時、モンタギュー家の一人息子であるロミオが、キャピュレット家の仮面舞踏会に参加。そこで出会ったジュリエットという女性と恋に落ちるのだが、二人の家は敵同士。祝福される恋ではないと知りながらも、想いは強く、ロミオは敬愛するロレンス神父に相談。両家の争いを終わらせたいと常日頃から思っていた神父は二人の協力者となり、秘密の結婚式を挙げさせる。
だが、幸せは続かない。
ロミオの親友がジュリエットの従兄弟に殺されてしまった。怒りに我を忘れたロミオはジュリエットの従兄弟を殺してしまう。結果、ロミオは追放される事なり、その事実に悲しんでいるジュリエットを従兄弟の死で悲しんでいるのだと思った両親はジュリエットがロミオと結婚しているとも知らず、青年伯爵との結婚の話を進める。それに困ったジュリエットは神父の元へ。神父の言葉に従って結婚承諾のふりをして、その後渡された薬…48時間仮死状態になるという薬を飲み、ロミオが迎えに来るのを待った。だがしかし、その計画を記した神父からの手紙はロミオに届かず、何も知らずにジュリエットが死んでしまったのだと思ったロミオは毒薬を飲んで横たわる。それから後に目覚めたジュリエットは、自分の隣に横たわるロミオの亡骸を見て絶望。後を追うようにして側にあったロミオの短剣で自害…。
二人の死後、モンタギュー家とキャピュレット家は、二人の死を無駄にしてはいけないと、手を取り合って争いを止める。
それが、一般的なロミオとジュリエットだ。演劇界において、王道である悲劇。トヨミチは昨日の言葉通り台詞は殆ど入っていたが、潤が手を加えた「ロミオとジュリエット」には惹かれるものがある。里美も話題になった舞台は観にいき、場合によっては取材する事もあるが、そんな中で観てきた事のある「ロミオとジュリエット」ではないと感動し、紳一郎も悲劇がハッピーエンドで終わっているという事にいたく感心している。設定がそうだと、口にする位だ。
―――潤が手を加えた「ロミオとジュリエット」は確かに途中までは悲劇だ。親友を殺されたロミオが怒りに我を忘れてジュリエットの従兄弟を殺してしまう。そしてロミオは追放される事なった…ココまでは言い回しの違いはあっても、ストーリーそのものに目立った違いはない。
だが、ココからが違う。実はジュリエットの母親には今のロミオとジュリエットと同じような経験したという設定が加えられていて、それを神父に告白。やはり仮面舞踏会での出会いで、男性の素性は知れないけれど心から愛した人だった。男性も一目惚れらしく、お互いに愛を囁いた。けれども仮面舞踏会の夜以降、二人は二度と出会う事はなく、数年後に自分は今の夫と結婚して子供を授かった。
その子供がジュリエットだ。今の夫は自分を愛してくれているし、自分も確かに夫を愛している。過去の想いは過去の想い。今、過去に愛した男性が現れても、やはり自分は今の夫を選ぶと思う。その気持ちだけははっきりとしていたが、その夫との間にできたジュリエットにも自分と同じような想いはさせたくない。どうするべきかと神父に助言を求めたのだ。
神父は驚いた。ジュリエットの母が告白に来る少し前に、ロミオの父親も全く同じ事を告白しに来ていたのだ。ロミオに辛い想いはさせたくない。自分はどうするべきなのかと。それに対して「ならば争いを止めなさい。二人を認めてあげなさい」とは言ったが、ジュリエットの母も同じような経験をし、ジュリエットの母こそ過去に愛した女性で……この事実を知らない父からすれば、子を思う気持ちはあるが、争い続けてきた家と和解するには抵抗があるらしく、何の答えも見い出さないまま苦虫を噛んだような表情で立ち去って行ってしまったのだ。そして…ジュリエットの母もまた、同じ行動を取った。ロミオの父とジュリエットの母。この二人の話しをお互いに聞かせてやれば、すぐにでも両家を和解させられると思った神父は、まずはジュリエット本人にこの話をし、次にマンチュアへ逃げたロミオに手紙で知らせる。それからのジュリエットの結婚と薬の話はほぼ同じだ。違うのは、既にロミオがこの計画を知っていたという事。二人が死に、神父がロミオとジュリエットの事を話し終えた時、死んだと思われていた二人は起き上がり、手を取り合って言うのだ。
「僕らの気持ち、分かって頂けましたか?…きっと、私の決め台詞になるのかな」
「なら、その後の俺のジュリエットの台詞…「愛する人を失う気持ちを、分かって頂けましたか?愛する人の大切さを分かって頂けましたか?」っていうのも決め台詞になるだろうね」
「私の見せ場は、やはりロミオの父とジュリエットの母が告白しに来たところだろうな。少なくとも、私はそこが一番好きだ」
里美とトヨミチ、そして紳一郎は台本を手にしながら口にした。
そう、ロミオとジュリエットは生きていたのだ。こんな事になるならばと、後悔してもらう為に神父と三人で一芝居うった。二人が生きていたという事は両家を喜ばせ、この機会にと両家は和解する。その時にロミオの父とジュリエットの母はお互いを過去に愛した者と知り、不思議な事に今まで争っていた両家は和解した上に家族ぐるみで付き合うような仲の良い存在となった。ロミオの父もジュリエットの母も今の妻と夫を選び、妻と夫も二人の話を聞いて自分が同じ立場だったらと、受け入れてくれたのだ。ロミオとジュリエットは再び結婚式を挙げ、祝福される。しかし、ロミオが殺人をした事実は消えない。名家の出であるという事と、親友が殺されたという事で裁判の刑は比較的軽いもので済み、刑を終えたロミオがジュリエットと抱き合い……これで、舞台は幕を閉じる。
「最後の「お帰りなさい」と「ただいま」、私はこのシーンが好きかな」
同じく台本を手にしていたサリアも三人と同じように自分の好きなシーンや台詞やらを口にする。
「まさかこの俺が舞台に立つとは思わなかったが…まぁ、悪くはない内容だな」
素直じゃない武彦ですらこう言っているのだ。ヤル気そのものはあまり感じられないが、悪くはないという言葉は本物だろう。
「この舞台、絶対に成功させるわよっ!!」
盛り上がる役者陣の間に翔子は割って入り、手を差し伸ばす。
「出るからには、ね」
続いてトヨミチも
「成功させなくちゃ!」
里美も
「これからが大変だろうが…楽しみでもあるな」
紳一郎も手を差し伸ばし、サリアと武彦もそれに続いた。
「「目指せ満員御礼!!」」
そしていつの間にかやって来た伊崎兄弟も加わり、この場にいる全員でエンジンを組んだ。
舞台を成功させよう。
ただ、それだけを願って。
■■■
「ならば、争いを止めなさい。二人は愛し合っている。…認めてあげるのです」
―――公演当日…劇団ほーぷ&ほーぷの舞台は初日からほぼ満員状態だった。バックに大手化粧品会社がついているというのもそうだろうが、紳一郎の友人・知人も来ていたようで開演前からロビーは賑わっていた。紳一郎の客の殆どは、彼が舞台に立つという事が信じられないらしく、確認の意味を込めて観に来た者が殆どだった。彼自身、舞台とは無縁だと思っていたのだから彼の友人や知り合いがそう思っても無理はないのかもしれない。そして公演終了後の出演者との語らいの時間でも、いつもスーツ姿であるはずの紳一郎が神父の服装をしているので、新鮮な気がすると友人たちがワラワラと集まっていた。感想を聞けば、紳一郎自身が一番気に入っているシーンが良かったという意見が最も多く、周りに認められた事が嬉しくて、紳一郎はいつもより多く笑顔を見せていた。友人の中には、本番中であるのに、つい熱が入ってしまって本業である弁護士の癖が出てしまったシーンが面白かったと言う者もいた。
「…なかなか充実感を得られるものなのだな」
楽屋にて。
初日の舞台も終わって友人達との会話も済み、神父の衣装から普段着であるスーツに着替え終わっていた紳一郎は、衣装をハンガーにかけながらポツリと呟いた。
仕事とは違うことでこんなに充実した気持ちになれるのは、初めてだ。
「そうなんですよね。だから私、演劇が大好きなんです!」
同じく自分の衣装をハンガーにかけているサリアが、紳一郎の呟きに反応して続ける。
「それに文月さん、初めてとは思えないほど堂々としてました!アンケートだってこんなにあります!今までにない数ですよ、コレ!」
よほど嬉しいらしい。サリアは回収されたアンケートの束を紳一郎に見せ、紳一郎に寄せられた意見を読み上げ始めた。
「神父さんが面白かった。神父さんって弁護士なんだ。神父さん、凛々しくて素敵でした。神父さんの声が好きです。神父さんの…」
まだまだある。本当に、たくさんの感想が寄せられたのだ。
「そうか。…嬉しいものだな」
「文月さん、この調子で楽日まで頑張りましょうね!!」
「あぁ。宜しく頼む」
紳一郎とサリアは握手を交わし、ニコリと笑いあった。
劇団ほーぷ&ほーぷの、代理役者だらけの「ロミオとジュリエット」。
紳一郎の調子が千秋楽まで絶好調だったのは、言うまでもない。
この作品が演劇界で取り上げられるのは、きっと時間の問題だろう。
「ありがとうございましたっ!!」
舞台は、観客の盛大な拍手の中で幕を閉じた……―――――
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
≪6205・三葉 トヨミチ(みつば とよみち)・男・27歳・脚本、演出家+たまに役者≫
≪6112・文月 紳一郎(ふみづき しんいちろう)・男・39歳・弁護士≫
≪2836・崎咲 里美(さきざき さとみ)・女・19歳・敏腕新聞記者≫
NPC&公式NPC
≪御門 翔子・女・38歳・大手化粧品会社の社長兼団長≫
≪矢倉 サリア・女・19歳・劇団ほーぷ&ほーぷの女優≫
≪伊崎 充・男・19歳・花屋兼サポーター≫
≪伊崎 充矢・男・19歳・花屋兼サポーター≫
≪草間 武彦・男・30歳・草間興信所所長≫
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■ ライター通信 ■
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初めまして。朝比奈 廻です!!
この度は「舞台デビュー」にご参加頂き、誠に有難うございました!楽しんで頂けましたでしょうか?楽しんで頂けましたのならば幸いです。
文月さまはとてもスーツの似合う方で、カッコいいと思います!天然っぷりが少し発揮できなかったのが残念です。文月さまのような方が顧問弁護士なら、会社も企業も安心ですね!
機会がございましたら、また是非ともご参加ください!
それでは、有難うございました!
朝比奈 廻
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