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■ワンダフル・ライフ〜特別じゃない一日■

瀬戸太一
【4960】【兵頭・雅彦】【機械工】
 お日様は機嫌が良いし、風向きは上々。

こんな日は、何か良いことが起きそうな気がするの。


ねえ、あなたもそう思わない?


ワンダフル・ライフ〜眉間の皺は容易に取れぬ〜








「これはこれは、雅彦さん。ご無沙汰しております、いらっしゃいませ」
「……」
 玄関に現れた長身の男性を銀埜が出迎えている。
銀埜が軽く頭を下げて店内に誘うと、彼は軽く手を挙げて会釈した。
 まるで研ぎ澄まされた鋏のようにクールな彼は、コートを預かろうとする銀埜を片手で断っていた。
ともすれば拒絶しているようにも見えるのだけど、私から見ると、どこか彼が困っているように見えて割りと面白かったりする。
「いらっしゃい、雅彦さん! 今日はお客様?」
「ああ、あんたか。いや、今日はこの店が俺の客だ」
 彼は短くそう告げ、根負けしたように黒いコートを銀埜に預けた。
銀埜は満足げに笑みを浮かべ、丁重にコートを畳んで腕にかける。
「客じゃないんだから、余計な接待は要らないと言ったんだがな…」
 そうぼそっと呟く彼を見て、私は思わずくすりと笑ってしまった。







「雅彦さん、お茶は如何ですか?」
「ああ…いや」
 私が勧めた椅子に腰掛け、雅彦は頷きかけて止めた。何か事情があるのかしら。
「今は良い。お構いなく」
「さいですか。ではごゆっくり」
 銀埜は軽く一礼をし、すっと背を向けてカーテンの裏に去っていく。
その背を見送り、雅彦はぽつりと呟いた。
「…ここはいいな、静かで」
「そぉ?」
 私はきょとん、と首を傾げる。
「確かに店の周りは静かだけど、店の中はそうじゃないわよ。年柄年中躁病みたいなコウモリがいるし、小さな子供もいるし」
「…そうか、今はいないだけか」
 雅彦はそういって、ふぅと息を吐く。何故かそのため息が、安堵のそれのように私には思えた。
「雅彦さん…苦労してるわね」
 雅彦は私の言葉に眉を寄せる。私はすかさず人差し指を立てて言った。
「眉間の皺。そうくっきり刻まれてる人って、なかなかいないわよ」
「……俺みたいなのが一日中騒音の中で仕事していると、自然こうなる」
「あらー」
 私は思わず苦笑を浮かべた。雅彦自身も分かっているのか、薄い唇を真一文字に結び、仏頂面を浮かべている。
「……金魚さんかぁ…」
 私はぽつりとそう呟き、雅彦が飼っている―…もとい同居している、大きな金魚さんに想いを馳せた。
雅彦の反応が気になり、ちらりと見てみると、雅彦は人差し指でこつこつと机を叩きながら、やはり眉間に皺を寄せていた。
どうやら彼にとって、あの大きな金魚のことは、触れられたくない話題のようだ。
はてさて、今度は何があったのやら。
それについて尋ねてみようと私は口を開いたけれど、それは先読みされていたようで、雅彦のほうが先に告げた。
「…それはともかく、今日は点検サービスに来たんだ。ついでに大掃除も兼ねてな」
「! 本当? それは助かるわ」
 私は手を合わせて目を輝かせた。そういえばそろそろ家電の具合も気になるのよね。
でもちょっとまって、大掃除?
「……雅彦さん…。そんなにうちって、掃除してないみたいに見える?」
 そりゃ確かに埃が溜まってることは認めるけど、大掃除って。綺麗好きとは言わないけど、そう張り切るほど汚くも無い、…と思うわよ、一応。
「ああ…? いや、そうじゃない」
 むぅ、と口を尖らせている私に気づき、雅彦は軽く首を振った。
「日本では、年を越す前に粗方身の回りのものを片付けるという習慣があるんだ」
「ああ、なるほど。それで大掃除ね?」
 私はやっと理解し、ぱん、と手を叩く。
「それならそうと早く言ってくれなくっちゃ。てっきり、うちがあまりに汚く見えて、雅彦さんがそう言いだしたのかと思ったわ」
 ホント、うっかりしてたわ。雅彦さんが、そんな無神経なこと言うはずないものね。
「その大掃除も手伝ってくれるんなら、ホントにありがたいわ。店の中はともかく、私の作業室って今にもモノが溢れてきそうで」
「…掃除は電気器具の周辺だけだ。家政婦じゃないんだから」
 …はい、ご尤も。








「しかし魔女というものは、掃除をすることを知らないのか…?」
 冷蔵庫のあたりをはたきで叩いていた雅彦がそう零す。
その隣で、エプロン姿で乾拭きしていた銀埜は、雅彦の言葉にトホホ、と嘆いた。
「基本的に無頓着な人種のようですね。ですから魔女の鍋の中身は常にドロドロなんですよ」
「……全く恐ろしいな」
 長身の男性二人は、その後始末が自分に回ってくるんだ、と言いたげな背中を私に見せている。
「別にいいじゃない? 掃除しなくたって別に死にはしないんだから」
 それに魔女の家っていったら、基本的にモノが溢れてるのが普通よ。
それこそモデルルームみたいな家で暮らしてる魔女だなんて、聞いたことも無いわ。
「ゴミに埋もれて死ぬわけじゃないが、ゴミが原因で事故が起こることもある」
 雅彦は私に背を向けながら、最近調子が悪いと私が零した冷蔵庫の具合を調べている。
電気系統がどうのこうの、配線がどうのこうのと言っているが、私には勿論さっぱり分からない。
「以前来たときも言っただろう。埃が溜まると、火花が落ちて火事になる。
年始に家まで無くなったなんて羽目に陥りたくないだろう」
「……それもそうね」
 私は雅彦の言葉に至極納得し、うんうんと頷きながら掃除を手伝った。
冷蔵庫と食器棚の間にも、埃がたんまり溜まっている。…そりゃあ、こんなとこに火花が落ちれば、着火もするわねえ…。
「…助かりました。私が何度言っても、腰を上げてくれなくて」
 私がせっせと掃除している後ろで、銀埜が雅彦に礼を言っているのが聞こえる。
そんなこと言ったら、私がとんでもなく腰が重い人みたいじゃない? …それほどでもないと思うんだけど。
(多分)にこやかに話しかけているんだろう銀埜に、雅彦は少し困ったように返した。
「…別に、ただの一言だけだ。うちにも煩いのがいるから、あんたの苦労はそれなりに分かる」
「ああ、金魚さんですね」
 その銀埜の言葉で、雅彦の動きが止まったのが分かった。
ちらりと私が背後を振り返って見てみると、雅彦は銀埜から目を離し、不機嫌そうな仏頂面をしていた。
…もしくは照れているのか。いや、雅彦さんに限って、それはない、かも。
「…もう此処に点検に来るのはやめるか。変に内情を知られているとやり難い」
「えーっ!」
 雅彦の言葉で、私は乾いた雑巾を手に、バッと立ち上がった。
見ると銀埜も唖然としている。そりゃそうだ、うちには家電に詳しい人なんて一人もいないんだもの。
ここで雅彦さんに見放されたら、不親切な街の電気屋さんを頼るしかなくなるわ!
「そんなこといわないで! もう金魚さんのことでからかったりしないから!
雅彦さんの眉間の皺の数だけ触れ合いがあったのね、なんて言わないから!」
「……」
 私はしっかと雅彦の手を握り、そう訴えた。心なしか、雅彦の目は何処か慄いているように見える。
「ルーリィ、ルーリィ」
 そんな私の肩を、銀埜がぽんぽん、と叩く。
何よもう、と振り返った私に銀埜が言った。
「…それは逆効果ですよ」
「あら?」
 私はきょとん、として、ぱっと手を離した。雅彦は素早く私から離れ、人差し指を自分の眉間にあてていた。
…いや、ほぐしているのかしら。
「…そんなに嫌だった?」
「いや、別に」
 雅彦は涼しい顔で眉間の皺をぐりぐりやっている。
「ただ久方ぶりに、鳥肌が立っただけだ」
 …眉間の皺のこと、気にさせちゃったのね…。







「うーん、なかなか綺麗!」
 小一時間ほど掃除しただけで、まるで光を放つように見える我が家のキッチン。
うん、たまにはモデルルームに住む魔女を満喫してもいいかもしれないわね。
「本当にエアコンはいいのか?」
 掃除道具を片付けつつ、雅彦がそう尋ねた。
私はうん、と頷き、
「冬は暖炉があるもの。夏はさすがにクーラーに頼っていたけれどね」
「成る程」
 これなら壊れる心配もないだろう、そう言って雅彦は納得したように頷いた。
機械工さんには悪いけど、うちの冬といったらやっぱり暖炉なの。少々薪を運ぶのが大変だけれど。
「お茶が入りました。休憩にしましょうか」
 お盆を持った銀埜がそういってくれたので、私は雅彦を誘って店内に戻る。
本日のお茶は、温かな湯気を立てるほうじ茶。お茶うけは京都のお煎餅。
お煎餅は雅彦からの手土産だ。
「珍しいわね、お煎餅がお土産だなんて」
「ケーキでも持ってきたほうが良かったか」
 雅彦にそういわれ、私はぶんぶんと首を振る。
「ううん、そうじゃないの。それに、雅彦さんなら、ケーキは…」
 私はそういいながら、思わずショートケーキを片手にやってくる雅彦さんを想像してしまった。
ふわっふわのスポンジに、とろけるような生クリーム。それを運んでくる、昔の文豪のような仏頂面。
「…似合わないならそうとはっきり言ってくれて構わない」
「ルーリィ…さすがに失礼ですよ」
 雅彦本人と、それから銀埜の言葉で、ハッと我に返る私。いけない、思わずぷっと笑ってしまっていた。
「ご、ごめんなさい! まあうん、そうね…雅彦さんなら、やっぱり硬派なお煎餅かしら!」
 うんうん、と私は誤魔化して頷く。
「まあ、ルーリィは放っておいて…。美味しいですね、この煎餅。どちらのもので?」
 私をさらりと放置して銀埜が尋ねると、雅彦はああ、と思い出したように言った。
「京都の長岡京あたりにある店らしい。歳暮で貰ったから、俺も詳しくは知らないんだ」
「へぇ、京都の。しかし良いのですか? 折角お歳暮で頂いたのに」
「…うちには放っておくと食い尽くす奴がいるからな」
 雅彦はそう呟いて、しょうゆ味の煎餅をぼりっとかじった。
そのまま煎餅を噛み締めていたかと思うと、唐突に私たちのほうを見て、むすっと眉を顰める。
「…なんでそうあんたらは、あいつの話題になると、そう嬉しそうな顔をするんだ?」
「あら、そう?」
「気のせいじゃありませんか?」
 私と銀埜は、声をそろえてけろりと言った。
「…そうか…」
 雅彦はそう諦めたように呟き、煎餅をまたかじる。ああ、面白い。
 だけどそこで私はハッと気がついた。ダメだわ、こんなのじゃ、また雅彦さんが変なことを口走っちゃう。
「まっ、雅彦さん! ごめんなさい、もうニヤニヤしたりしないから、これからも様子を見に来てね?」
 身を乗り出すように、私はそう訴えた。雅彦は、やっぱりそうだったか、という顔をしながら、それでも頷いてくれる。
「ああ。…さっきの点検をやめるとかいった件か。別にそう心配しなくてもいい」
「本当? やっぱりやめたーっとかなしよ?」
「…そこまでだらしなく見えるか?」
 ううん、どちらかというと、その最北端にいるような人に見えるわ。
「点検は一度決めたことだし、それにあんたには色々と世話になってる。
これも金魚鉢の礼に含まれてるから、途中で投げ出すようなことはしないさ」
 雅彦はそう言って、ほうじ茶をずっと啜った。ああ、良かった。本当にもう、驚かせるんだから。
「ええ、宜しくね。ほんとにもう、雅彦さんがいないと、うちの家電はどうなることやら…。
そうそう、あの金魚鉢、どんな感じ? やっぱり金魚さんの別荘なのかしら」
「ああ、シーズンオフだから、夏になればあそこで遊ぶとかいってたような。
あそこで遊んでくれてたら少しは楽なんだがな。蓋をすれば静かになる」
「……ふ、蓋なんてしたの…」
 かわいそう…かしら?
 その金魚さんの復讐が目に浮かぶようで、大して哀れとも思えないあたりがすごい、と思う。
「まあ、定期点検は続けていくつもりだ。放っておくと、いつの間にか店が爆発して無くなっている予感もするし」
「あら」
 ご心配は感謝するけれど、そこまで滅茶苦茶にはならないわよ。…多分ね。

 でも家電についての不安は消えることがないと思うので、今後とも何卒宜しくお願いします。







          おわり。



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▼ 登場人物 * この物語に登場した人物の一覧
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【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】

【4960|兵頭・雅彦|男性|24歳|機械工】

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▼ ライター通信
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いつもお世話になっております、こんにちは。
少々遅れてしまい申し訳ありませんでした;
年末年始のお話だったのに、気づけばシーズンがずれてしまい…
少しでも楽しんで頂けるといいなあ、と思いつつのお届けです。

プレイング中の「仏頂面」指定に、思わずニヤニヤしてしまいました。(笑)
確かに、彼は雅彦さんのイメージにぴったりですね!
ノベル内で少しでもイメージが出てたら良いのですが。

それでは、またどこかでお会いすることを祈って。