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■CallingV sideU―Caryopteris―■

ともやいずみ
【3525】【羽角・悠宇】【高校生】
 ゆっくりと、手を握り、そして開く。手の感触と動きを確かめるように。
「…………」
 無言でそれを眺め、小さく息を吐いた――。
CallingV sideU―Caryopteris―



 欠月が入院している個室の窓の隙間……手紙が入るほどの余地などないはずなのに、そこから黒い封筒がするりと中に入ってくる。それは空中に舞い上がり、ベッドの上に居る欠月の元までひらひらと降りてくる。
 欠月はパシッと手紙を掴むとすぐに開封し、中の手紙を一読して眉をひそめた。
 細められた右の瞳から力を注ぎ、手紙を凍らせてしまう。そしてそのまま床に落とした。砕け散った手紙は、手紙であったことなどわからないほど粉々になっている。
 欠月は自身の腕を見遣る。衣服の袖に隠されていない部分に、赤黒いミミズ腫れの紋様が肌を占めるように浮かんでいた。やがてそれは肌の下に潜るように消えてしまう。
 再び文庫を読み出した欠月は嘆息した。それは少し、疲労した感じがするものだった。



 ――数日後。

 ノックの音が聞こえて欠月は返事をする。ドアが開いて、室内に入ってきたのは羽角悠宇だった。欠月は驚いた。
「あれ。珍しいね」
「あけましておめでとう、だな」
 ニッと笑う悠宇はベッドの傍のイスを引っ張ってきて腰掛けた。欠月は小さく笑う。
「なるほど。新年の挨拶ってことね。意外に律儀なんだ、キミは」
「意外は余計だ」
 ムッとして言うが、悠宇は内心安堵していた。
 去年、欠月は魂と肉体の連結が一度完全に切れてしまった。その後遺症がまだ残っているため、彼は突然倒れたり、動けなくなったりする。
(元気そうで安心した……)
 今日は調子がいいのだろうか?
「今日は時間あるんだろ?」
「時間って……入院中のボクに対する訊き方としては適切ではないね」
「あ、そ、そうか」
 つい学校の友人に対する時と同じ調子で訊いてしまった。
 半年以上もこの病院に居る欠月にとって、時間はかなりある。暇かどうかという尋ね方は確かに変だ。それに今日は日曜。こんな朝早くに来たのだから長い時間彼と一緒に居られる。
「今日はこれから外に出られるのか?」
「外出許可は貰えると思うよ」
 笑顔の欠月に安堵し、悠宇はニッと笑う。
「だったら付き合えよ。俺バイクで出てきてるから、ちょっとだけ遠出しようぜ」
「遠出?」

 駐車場まで悠宇と共に歩いて来た欠月は「へぇ」と洩らした。
「タンデムするのは初めてだ。彼女とかいっつも後ろに乗せてるの?」
「の、乗せてねぇよ!」
「赤くなって否定するところが怪しいなぁ」
「にやにやしてんじゃねえ!」
 悠宇はヘルメットを欠月に差し出す。
 受け取った欠月は「ふむ」と呟く。
「ところでどこ行くの?」
「ま、足がないと出掛け難いところで、すごく眺めのいい場所なんだよ」
「……風景観に行くの?」
 眉をひそめる欠月は「ロマンチストだねぇ」という目をしている。悠宇はむっとして顔をしかめた。
「道中に美味い蕎麦屋もあるんだ。そこのざる蕎麦が絶品なんだぞ」
「ほーう」
「……今まで他のやつには教えたことないんだけど」
 悠宇は視線を伏せる。欠月は不思議そうにした。
 視線を上げ、欠月を見て口を開いた。
「おまえにだったら教えてもいいなと……思って、さ」
「…………」
 欠月が少しだけ目を見開いた。
 悠宇は欠月が無言なことに焦り、続けて言う。
「いい場所だったら彼女を誘って行けとか愛想のないこと言うなよ!? 男同士で出かけたい秘密の場所ってのもあったっていいだろ?」
 彼は小さく微笑む。
「なにも言ってないじゃないか、ボクは」
「い、いや……おまえのことだから言いそうだなって……」
「言わないよそんなこと。彼女に教えないところを教えてくれるんだ。ボクは愛されてるね」
「愛してねぇよ! 気色悪いこと言うなっ!」
「あはは! そんな本気で怒らなくてもいいじゃない」
 大笑いする欠月はヘルメットをぽんぽんと軽く叩いた。
「いいとも。じゃあその秘密の場所とやらに行こう」
「あ……えっと」
 言い難そうにする悠宇は欠月をうかがう。彼はまだ本調子ではない。途中で倒れたりするかもしれないのだ。
「俺の後ろに掴まって乗るから大丈夫だと思うけど……心許ないようだったらすぐ休憩入れるから言ってくれよ?」
「……あぁ、そういえばそうだったね」
 すっかり忘れていたように欠月が洩らした。
「そういえばじゃないだろ!
 あ、あれ? もしかして……治ったのか?」
 しばらく見舞いにも来ていなかったが、その間に欠月が良くなったのでは? そう期待してしまう。
「治ったかって、病気じゃないよボクのは」
「俺にとっては病気みたいなもんだ」
「普通の人からすればそうかもしれないね」
 肩をすくめる欠月は続けた。
「キミの言い方を借りるとすれば、治ってないよ。ただ、ボクは外に一人で出歩かないし、部屋の中でゴロゴロ転がってテレビ観るか本を読むかだから倒れるのとかあまり関係がないんだよね」
「不健康な生活だなぁ……」
「ま、そう言われてもしょうがないけど、医者からは遠くに外出するのは控えるように言われてるからね」
「えっ、じゃあ今日は大丈夫なのか?」
 瞬きをする悠宇に欠月は微笑む。
「大丈夫だよ。一人で出歩くのを控えるように言われてるだけだから」
「そうなのか?」
「誰かが一緒なら、途中で倒れてもなんとかなるってことだからね」
 なるほどと悠宇が納得する。
 確かに一人で出歩いて、途中で倒れたりしたら大変だ。一時的に離れた連結は時間が経てば再び繋がるのだが、事情を知らない人から見れば大変な騒ぎになるに違いない。
 悠宇は早速バイクに跨る。
「よし、じゃあ行こうぜ!」
「でもキミに掴まって行くっていうのはちょっとヤだなぁ……。ホモに見られないかな」
「なんでおまえは変なことばっかり気にするんだよ!」



 途中の蕎麦屋での食事中、悠宇は欠月に尋ねる。
「疲れたら言えよ?」
「……しつこいなぁ。遠慮せず言うってば」
 うんざりしたような顔をする欠月は小さく笑う。
「そこまで想われていたとは意外だな」
「おっ、想われてるとか変なこと言うなよ。友達なんだから心配するのは当然だろ」
「……トモダチ」
 ふぅんと欠月は呟き、微笑む。
「トモダチねぇ」
「な、なんだよ。不服なのか?」
 蕎麦をつつきながら言うと、欠月は悠宇を見て「まさか」と応えた。
「ありがたいなぁと思ってるよ?」
「……ほんとかぁ?」
「うん」
 蕎麦を食べつつ頷く欠月を悠宇は眺める。
 自分は楽しいが……欠月はどうなのだろう?
「……蕎麦、美味いだろ?」
「うん? そうだね……美味しいんじゃないの?」
「……なんだその答え方は」
「ボク、味覚は普通の人とちょっと違うから」
 呑気に言う欠月の前で悠宇は不思議そうにした。
「普通と、ちがう?」
「そう。美味しいとか、そういう感覚がちょっと違うんだよ。よくわかんないっていうか」
「よくわからない???」
「苦手な食べ物ならあるけど、美味しいとか不味いとか……普通の人の味覚基準で判断するからね。ボクの味覚基準はあてにならないし」
 ……意味がわからない。
 変わったヤツだとは思っていたが、これは相当だ。
 病院に居た半年の間も、欠月には変化はないようだった。
「おまえ自身が美味いとか思ったこととかないのか?」
「さあ……ないんじゃないのかな」
「…………」
「あ、ごめん。せっかくお蕎麦屋に連れて来てもらったのに」
 すぐに謝る欠月に悠宇は首を振った。
 美味しいと嘘をつかれるよりは、正直に話してくれたほうが嬉しい。
「……おまえって、ほんと正直者だよな」

 波の音が響く。
 岬まで来ての眺めは素晴らしかった。海面に夕暮れが映っている。
「どうだ! 綺麗だろ!?」
「…………」
 無言で眺める欠月はしばらくしてから頷いた。
「綺麗だね、確かに」
「……ほんとにそう思ってるか?」
 そろそろと尋ねると、欠月はくすりと笑う。
「思ってるよ。嘘なんて言う必要はないからね」
「そうか? ここに来て良かったか?」
 欠月は悠宇のほうを見つめる。その瞳は夕暮れの色に染まっていた。
「良かったよ。友達と一緒に外に出かけるってのは、なかなかいいね」
 ゆっくりと掌を見下ろし、手を開いたり閉じたりする。
「……ふむ。調子がいいね」
「え? そうなのか?」
「それほど強くはないけど……無理しなければ……」
 ぶつぶつと呟く欠月は悠宇から目を離し、海を見つめた。
「今日はわざわざありがと」
「え? あ、いや……」
 素直に言われて悠宇のほうが戸惑ってしまう。
 物凄く喜ばれたというわけではないが……それでも欠月にとってはいい一日になったようだ。
(少しは元気になってくれた……のかな)
 風が吹いた。少し冷たい。
 悠宇は欠月にヘルメットを投げる。受け止めた欠月はきょとんとした。
「寒くなってきたから帰ろうぜ」
「……そうだね」
 もう一度景色を眺め、欠月は気分を切り替えるように表情を引き締めた。そして悠宇にニッコリと微笑む。
「帰ろうか」



 悠宇に病院まで送ってもらった欠月は彼に手を振って見送る。颯爽とバイクで去っていく悠宇の姿が見えなくなると、手を降ろした。
 欠月は笑顔を消してきびすを返した。辺りはすっかり暗くなっている。
 空を見上げると月が見えた。
 欠月は早々に入院している個室に戻ってくる。
 電気のスイッチをつけずに欠月はクローゼットに向かう。部屋着に着替えようとはせず、彼は濃紫色の学生服を取り出した。
 今まで着ていた衣服を脱ぐと、学生服を着込む。久々に袖を通した服は冷たい。
 黒いブーツを履き、窓に近づいた。カーテンを開けると月光が差し込んでくる。
「…………」
 欠月は小さく息を吐いた。
 今日一日、悠宇と共に過ごしたおかげだろう。不調になるはずの肉体には、いまだ連結が切れる様子はない。
 体力を温存しておいて正解だった。無理をせずに悠宇に従ったおかげで、連結がまだ続いている。だがこれもいつ切れるかわかったものではない。効果時間はそれほど長くはないだろう。
(……今なら)
 今なら……。いや、今しかない!
 窓を開け放ち、欠月は外に飛び出した。
 ちりーん。
 落下途中で鈴の音が響き、欠月は姿を消す。着地するはずの地面に、一陣の風が吹いた――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3525/羽角・悠宇(はすみ・ゆう)/男/16/高校生】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、羽角様。ライターのともやいずみです。
 第1回目ですが、まだまだ始まったばかり……。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!