■CallingV sideU―Caryopteris―■
ともやいずみ |
【5566】【菊坂・静】【高校生、「気狂い屋」】 |
ゆっくりと、手を握り、そして開く。手の感触と動きを確かめるように。
「…………」
無言でそれを眺め、小さく息を吐いた――。
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CallingV sideU―Caryopteris―
欠月が入院している個室の窓の隙間……手紙が入るほどの余地などないはずなのに、そこから黒い封筒がするりと中に入ってくる。それは空中に舞い上がり、ベッドの上に居る欠月の元までひらひらと降りてくる。
欠月はパシッと手紙を掴むとすぐに開封し、中の手紙を一読して眉をひそめた。
細められた右の瞳から力を注ぎ、手紙を凍らせてしまう。そしてそのまま床に落とした。砕け散った手紙は、手紙であったことなどわからないほど粉々になっている。
欠月は自身の腕を見遣る。衣服の袖に隠されていない部分に、赤黒いミミズ腫れの紋様が肌を占めるように浮かんでいた。やがてそれは肌の下に潜るように消えてしまう。
再び文庫を読み出した欠月は嘆息した。それは少し、疲労した感じがするものだった。
足音に気づいてから、彼は小さく微笑した。
(あと10歩……あと5歩……3、2……)
ゼロ。
引き戸をノックする音が響く。欠月がすぐに「どうぞ」と言うと、戸が開いた。
「こんにちは、欠月さん」
笑顔で入ってくる菊坂静の表情に、欠月も笑顔になる。そのことに静は疑問符を浮かべた。
「ど、どうしたんですか……? なんだか……ご機嫌ですね」
「うん。ゴキゲン」
にこっと笑う欠月は頬杖をついた。
「キミが来たからね」
欠月の言葉に静はちょっと固まり、みるみる顔を赤くしていく。それを見て欠月は小さく笑った。
*
――数日後。
いつものようにお見舞いにやって来た静を欠月は眺める。
「……どうしました? 僕の顔、何かついてますか?」
恐る恐る尋ねると、欠月はベッドから降りた。
「いっつも病院の中じゃ息が詰まるでしょ。外行かない?」
「え……ど、どうしたんですか?」
驚いたように瞬きをする静を見遣り、欠月は言う。
「たまにはいいじゃない」
個室のドアを開けて外に出て行く欠月を静は追いかけた。
欠月が向かったのは屋上だ。フェンスが囲っているそこにやって来ると、夕暮れが天井を占めていた。当たり前ではあるが、なんの障害もないのであっと驚くほど綺麗に見えた。
「たまにここに来るんだよ。今は寒いからキミには辛いかな」
「い、いえ」
静は首を横に振る。
確かに風は冷たい。欠月の部屋に置いてきた上着とマフラーが少し恋しくなった。
フェンスに背をもたれて欠月は空を仰いだ。その様子を見ていた静が口を開いた。
「……やっぱり、外に出たいと思うんですか?」
静の言葉に欠月は「ん?」と呟く。
「あぁ……別にそういうつもりでここに来るわけじゃないよ」
「そうなんですか?」
欠月は病院に居続けている。突然倒れたりするかもしれないので、ここに居たほうが安全なのだ。
(実家に戻るよりは……確かにそのほうがいいと僕も思うけど……)
遠逆の家に戻っては欠月と音信不通になる可能性のほうが高い。まだ病院のほうがマシだった。
「天気がいい時はここで本を読むこともあるからね。たまには見る景色を変えるのもいいかなって思って」
「……本当に?」
「本当だよ」
小さく微笑む欠月が、ここで座って本を読んでいる姿を想像する静。
「……欠月さん」
「ん?」
しばらく黙っていた静は欠月をうかがう。
「身体の具合……良くないんですか?」
突然の静の言葉に欠月はきょとんとした。そして首を傾げる。
「どしたの、突然」
「…………」
さっきから手を開いたり閉じたりしているのでそう思ったのだ。
黙ってしまう静は顔を俯かせるが、すぐに上げる。
「あの……なっ、何でも言ってくださいね! お腹が空いたとか、眠くなったとか、一緒に居ろとか邪魔だから居るなとか」
「……どうしちゃったの本当に」
驚いている欠月は静の額に手を伸ばす。
「んー……熱はないみたいだね。風邪とかじゃないみたいだけど」
「ちっ、違いますよ!」
「だっていきなり変なこと言い出すんだもん。年賀状でもそんなこと書いてたね、そういえば」
静の額から手を引いて、欠月は小さく笑う。
静は「だって」と呟く。
「心配なんです、欠月さんが……」
「いつまで経っても良くならないって?」
はっきり言われて静は押し黙ってしまう。
その通りだ。欠月は半年経っても良くはなっていない。悪くなっている様子はないが、快復もしていないのだ。
「だってこれは病気じゃないからね。手術したって良くなるわけもないし、薬の力も関係ないしね」
「……それはそうなんですけど」
肉体と魂の繋がりが途切れる病など、存在しない。
欠月はふと気づいたように言う。
「一生こうだったら……どうする?」
「え?」
「いや、治る見込みもないし……一生病院生活かもしれないなぁと思ってね。だとしたら、キミにこうやってしょっ中お見舞いに来てもらうと申し訳ないし」
「そんなことないです! 面倒だとか、そんなこと全然思ってませんよ僕は!」
「今はそうかもしれないけど……この先、そう思わないとは限らないでしょ?」
軽く言う欠月の言葉に静が表情を曇らせる。それを見て欠月は「あ」と洩らす。
「ごめんね。意地悪で言ったんじゃないよ?」
「……わかってます」
悪気がないのはわかっていた。だが言われると悲しい。
静は拳を強く握った。
「欠月さんさえ良かったら……邪魔じゃなかったら、僕はずっと欠月さんの傍に居たいです……」
「…………」
欠月がぽかんとしている様子を見て、静は「あれ?」と思う。自分はまた何かおかしなことを言っただろうか?
しばらくして欠月は「ふぅむ」と呟いた。
「キミって……見かけより情熱的だよね、ホント」
「えっ」
静は目を見開き、それから唇をへの字にする。泣きそうな顔は、みるみる赤く染まっていった。
顔を隠すように手をあげる静は「違いますっ」と小さく言う。
「そのっ、あの、欠月さんのことは好きですけど、あの、恋愛感情とかじゃなくて……っ」
「うん」
「そうじゃなくて……っ、家族のような……」
「あー、もうそんな真っ赤になって言わなくてもわかってるよ」
楽しそうに言う欠月の言葉に静は俯いてしまう。恥ずかしくてたまらなかった。
「以前、ボクのこと『お兄ちゃん』って言ってたもんね?」
「う……」
あの時は寝惚けていたのだ。
だが、間違ってはいない。静はそう願っている。彼が本当の兄だったらと。兄になってくれたらと。
顔をあげると欠月はにこにこと笑顔だった。
「あ、あの……なんでそんなに笑顔なんですか?」
「ボクもキミのこと、弟みたいに思ってるからね。同じような気持ちだなあって思ったら、そりゃ嬉しくもなるんじゃない?」
「…………」
素直に静は感動した。同じ気持ち、というのは……すごく、すごく嬉しい。
一方通行ではない、というのが……。
(ど、どうしよう泣いちゃいそう……)
保護者の存在は別として、静には家族がいない状態だ。一番心強い味方の欠月にそんなことを言われると胸にじんときてしまう。
だって。
大切な人を作れないと思っていた。
素直な自分を出せる人ができるとは思ってもいなかった。
冷たい風に静は身を震わせる。
「あ、大丈夫? 寒いなら戻ろうか」
「だ、大丈夫ですから」
慌ててそう言う静に欠月はにっこり微笑んだ。
「ありがと。いつもボクのこと心配してくれて」
「欠月さん……」
なんだか彼が消えてしまいそうで、静は一歩踏み出す。
そっと両手を広げて欠月の細い身体を抱きしめた。欠月の心音が聞こえた。
ここに居る。間違いなく、欠月はここに存在している。
「どうしたの静君?」
不思議そうに訊いてくる欠月に、静は囁く。
「あの、安心とかしませんか?」
「安心?」
「僕だけかもしれないですけど……小さい頃、こうやって親に甘えたことがあって……」
こうやって誰かと触れ合うというのは、満たされる気持ちになる。もしかしてそれは自分だけなのだろうか。
そう思っていた静は、欠月が身じろぎしないことに気づいて顔をあげる。
欠月は遠くを、空を見つめていた。
「安心……か……。そういうの、僕はよくわからないんだけど…………満たされるっていうのはよくわかるよ」
「欠月さん……?」
「魂との連結が強くなるっていうのは、そういうことだから……ね」
ニッと笑うと欠月は静を見下ろした。そして静を抱きしめ返す。
「なるほど! なかなかいい方法だね、これ」
「あ、あの……」
「ああでも、誤解されそうだ。ホモなんじゃないかって」
「えっ、ホモ!?」
慌てて静は離れようとするが、欠月がそれを許さなかった。
「せっかくキミから抱きしめてくれたんだし、もう少し余韻に浸っていようよ」
「よ、余韻っ!?」
「そう。この肉体全部に染み渡る感じ……なかなかいいよ」
「…………」
もしかして静の行為によって欠月の魂と肉体がかなり強く繋がっているのだろうか、今。
だとしたら……。
(ボクでも……欠月さんの力になれるんだ……)
ぽんぽんと頭を撫でられる。その手は温かかった。いつもの冷たい手と違って……。
*
静を見送った欠月は部屋の中央に佇んでいた。
室内の明かりの中、欠月は衣服が収めてあるクローゼットに向かう。そこを開け、濃紫の学生服を取り出した。
着ていた私服をさっさと脱ぎ、学生服を着込む。最後に黒いブーツを取り出して足を入れ、きつく紐を結んだ。
欠月は部屋の電気を消し、窓際に向かう。
窓から外を見ると、月が美しく輝いていた。
「…………」
黙っていた欠月は右手を見下ろす。ゆっくりと開き、閉じた。
(……いける)
これなら。
いや、今しかない。今のこの状態でなければ……!
欠月は笑みを浮かべる。決意の眼差しで。
その脳裏には泣いている静の姿。彼のことを想い、欠月は唇を引き締めた。
「キミを泣かせないためにも……必ず戻ってくる!」
死なないで、と懇願した静の言葉を胸に、欠月は窓を開け放った。冷たい風が室内に吹き込んでくる。欠月の髪がなびく。
窓枠に足をかけ、欠月は外に飛び出した。
ちりーん。
という音が響き、空中に踊り出たはずの欠月の姿は闇の中に消え失せていた――。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【5566/菊坂・静(きっさか・しずか)/男/15/高校生・「気狂い屋」】
NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、菊坂様。ライターのともやいずみです。
全4回の1回目……始まったばかりですが、いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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