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■偽りの印■

志摩
【5566】【菊坂・静】【高校生、「気狂い屋」】
 そう、偽りだったんだ。

 ああ。

 何がしたいの、夜刀は、いや、もうそう呼ばないほうが良いのかな。
 本当、どういうつもり?
 あなたは、お前は、貴様は、何を僕に望んでるの?
 答えろ。

 それは……まだ、秘密だ。



偽りの印



 知っていること、知らないこと。
 真実と事実が入り混じる。
 またここから、はじまりはじまり。




 いつもと時間の流れは変わらない銀屋。
 けれども、今日は奈津ノ介の友人が来るという。
「お友達ってどんな方?」
「ええと……ちょっと変……ちょっとじゃないかも。すごくマイペースですね」
 佑紀の問いに奈津ノ介は答えて苦笑する。
「あはは、ちょっと楽しみかも」
 茶を飲みながら静は言う。
 しばらく三人で色々世間話をしていると、扉の開く音が、した。
 そして足音。
「あ、来ましたね。夜刀」
「隠居生活……みたいだな」
 店内見回して、クッと喉の奥鳴らして彼は笑う。
「……奈津の……客か?」
 そして視線を静と佑紀に向けて、さも興味なさ気に彼は、問う。
「はい、そうですね。静さんと、佑紀さんです。お二人とも、これは夜刀といいます」
「これ、なんて酷いな奈津」
 ばさっと眺めの前髪の下で金色の瞳が笑う。
「夜刀さん? はじめまして、僕は静って言います」
「はじめまして、奈津さんのお友達よね?」
「そうだな……友達、になるのか」
「悪友ですね」
「友達って言うことは、昔の奈津さんをしってるっていうことだよね」
 と、興味津々と静が夜刀に向かって問う。
 和室あがりながら、夜刀はそうだなと、頷く。
「あ、ちょっと気になるかも」
「喋ったら怒るよ、夜刀」
「奈津が怒っても、別に怖くない……昔の奈津は」
「夜刀」
「今とそんなに変わらない。耳があったくらいだなぁ、キツネの」
 それは今でもあるから、と奈津ノ介は言う。
「奈津さんはその年齢のままってこと? 昔ってどれくらい前なんだろう……」
「お二人が、生まれる前ですねー」
 のんびり話をしていると、扉の開く音。
 入ってきたのは、百合子と遥貴だった。
 視線は自然とそちらに向く。





「あ、いらっしゃい」
「奈津さんこんにちわ、って…え…?」
 静と、佑紀と、他に一人。
 その姿に、百合子は覚えがある。忘れたくても忘れられない。
「ああ……なんだ、お前かぁ……」
 振り向いて、声を掛けられる。
 ああ、やっぱりと思う。
「……なんで、ここ……いるの?」
「あれ、百合子さんと知り合い?」
「んー、ちょっと……」
 奈津ノ介は、いつもと変わらない。
「あ、でも姉さんは初対面、かな? 僕の友達です。夜刀、挨拶」
 めんどくさいと呟きながら、彼は二人の方を向く。
「久しぶり、と初めまして」
「えと……うん、ひさし、ぶり……」
「……初めまして」
 と、自分も心中揺れているけれども、遥貴もそれは、同じようだ。
 表情に色がない。
「姉さん、顔色悪いですけど……」
「え、ああ……大丈夫」
 なんだか、気まずい雰囲気が流れる。
「あの……なんで、ここ……いるの?」
 ぽつっと百合子が呟くように問う。
「いつもの気まぐれ?」
「今日は……約束してたからな」
 百合子は、知っているからどうすればいいのか、迷う。
 どうすることもできないのかもしれないけれどもそれでも放っておけない。
「とりあえずあがってください。ずっと立ったままじゃ……」
「我は、いい。百合子、あがれ」
「えっと……うん」
 いつものように和室に上がって、雰囲気は和やかだけれどもどこか居心地が、悪い。
 楽しく話、なんてできない。
 と、からりと引き戸が開く、音。
「帰ったぞー」
 声の主は、藍ノ介だ。
 この状況は、まずいと百合子はとっさに思う。
「あ、親父殿……おかえりなさい」
「うむ、ただい……」
 言葉最後まで紡がれず、藍ノ介はそこにいたものに対して、敵意を表す。
「貴様っ!! 何故ここ……! 遥貴!!」
「……我に、聞くなよ」
「やっぱり、いた……キツネ」
 今にも飛び掛りそうな藍ノ介をとめる。藍ノ介はそんな遥貴に邪魔だというが、遥貴も動かない。
 クク、ともらされた笑い。
 緊張した空気がそこに生まれるのを誰もが感じた。
 ぴりぴりと張り詰めた空気。
 けれどもどうして、こんなに張り詰めなければいけないのか分からない。
「えっと……姉さんも、親父殿も、夜刀と知り合い……ですか?」
「何言っておる奈津、そいつは……!」
 藍ノ介は言いかけて、言葉を止める。
 淀む言葉は、何か深い意味があるのだと感じて、へたなことは言い出せない。
「……奈津は、覚えていなくて当然だ……まだ赤ん坊だったからなぁ」
 ふ、と笑って夜刀が呟き、立ち上がって、一人ずつ顔を見ていく。
 そして、奈津ノ介の方を向き、前髪かきあげて、そのみえない右目についた傷を、見せ付ける。
「これ」
「……昔、傷つけられたって聞いたね……」
 不穏な空気に、奈津ノ介の言葉も、硬くなる。
 なんとなくその先の言葉が想像できて。
「奈津の、ハハオヤにな」
 さして気にも留めていない、という雰囲気で夜刀は言う。
「ごめんね、奈津」
「…………」
 今まで、戸惑っていたようだった奈津ノ介の言葉が硬い。
「俺は……」
「言わなくて、いい……」
 言葉を遮って、奈津ノ介は言う。
 けれどもやはり、彼は続ける。
「夜刀じゃなくて、お前の母を殺して妹を喰った儀皇だ」
 その言葉に、奈津ノ介は何も返さず、ただじっと夜刀を、儀皇を見る。
「何?」
「……言葉は、ない」
 二人の様子は、一触即発でもない。今までの緊張感も、あまりない。
 ただ、なんとなくなのだけれども、諦めのような、納得のような雰囲気があった。
「奈津さん……?」
「大丈夫、ですよ」
 ふいに心配になって、佑紀は奈津ノ介に、言葉をかける。
「ああ、本当もうどうしよう。どうしようか。どうしたらいいのかな……そんなこと、なんとなくそうかなって思ってたけど、そうやって言われると、わかんなくなるよ」
 誰が見ても、様子がおかしい奈津ノ介。
 くしゅ、と前髪を握りつぶすようにして、何か考え込む。
 長い長い一瞬。
 その、すぐ後に顔面向かって、奈津ノ介は拳を上げる。
 けれどもそれはぱしっと受け止められて。
「いきなり、何する……」
「僕は、怒ってるんです」
「そうか……」
 そして自由なもう片方の手を奈津ノ介はあげる。
 けれどもそれは。
「ダメだよ奈津さん!」
 静に抑えられ、奈津ノ介の思うようには、ならない。
「離してくださいっ! 僕は、こいつを……!」
「……さっきまで……皆で笑って話してたんですよ!」
「それでも……っ、僕は決めてたからっ……」
 奈津ノ介が静の手を振りほどく、と同時に儀皇は離れる。
 とん、と和室から降りて、後ろには遥貴と藍ノ介。
「……ここで戦えば、どうなるかわかってるか? 俺は戦えても、お前たちは、戦えない」
「ならば、叩き出す」
「叩き出しても、勝つのは俺だからな……キツネは、俺に勝てない。俺と、天狗は約で戦えない。奈津と俺は……俺の方が強い。それに……そこにいるやつら……巻き込みたくないだろう?」
 儀皇はそういって、笑う。
「……どうして偽皇は奈津ノ介さんに近づいたの? 理由、あるの? それともやっぱり、いつもの気まぐれ?」
 と、ぽつりと百合子が、呟く。
 それは、誰もが気になっていることだったのかもしれない、
「…………気まぐれと…………覆してみたくなったから……だなぁ」
「儀皇」
「なんだ、天狗」
「えげつない、貴様はいつもそうだ」
「お前に言われたく、ないなぁ……」
 すっと遥貴の隣を儀皇は通り過ぎていく。
 藍ノ介も、結局手を出さず、彼は店の外に、出て行く。
「ああ、そうだ……奈津」
 店から出る前に、儀皇は肩越しに振り返る。
「ありがとう、楽しかった」
 そう言って、扉が閉まる。
 しばらくの間、誰も何も言えなかった。
 言葉をどうすればいいか、わからない。
「あの……僕は大丈夫だから」
「奈津」
「気にしないで」
 気にしないでという言葉は、逆効果なのだけれども奈津ノ介には今その言葉しかなかった。
「……ごめんなさい」
「え?」
 呟いたのは佑紀だった。なんで謝るんですか、と奈津ノ介は、どうみても無理をしているように笑う。
「何もできないし、なんて言っていいかわからないから……ごめんなさい」
「佑紀さん……ありがとうございます」
 そういった言葉も力がない。やっぱりいくら大丈夫だといっても、いつもと同じではない。
「奈津さんしっかりして」
 百合子はきゅっと手を握る。でもその握った百合子自信の手は震えていた。
「僕よりも、百合子さんの方が……」
「わ、私は大丈夫なの!」
 と言っても、よろめく体は正直だ。それを遥貴が、受け止めてくれる。
「……奈津」
「はい」
「……早まらないでほしい」
「僕は何も、しませんよ……できませんから。今までも、夜刀が……儀皇が……あっちから来てたから、僕は本当に、何も知らなかったんですね……」
「気に病むな。奈津が気に病んでいると、静が心配してずっと離してくれないぞ」
「え、あ……ずっと掴んだままでした」
 自身も気がつかないほど強く、奈津ノ介の服の端を握っていた静は手を離す。
「皺になっちゃったね、ごめんなさい」
「いいえ……とめてくれて、ありがとうございました」
 じっと視線を受ける奈津ノ介は、一人ずつ顔を見る。
 そしてゆっくりと、笑う。
「僕は、大丈夫です」




 始まりが終わり、終わるために始まる。
 一つの、節目。
 ひらりと、落ちてくる羽と共に声も降る。
 偽皇は声の主を見た。
「偽皇」
「あー……世司か……」
「行っていたようですね。会われたんですか」
「会うために、いったんだからな……」
 そうですね、と世司は言う。
「奈津が、こっち側にくるといいなぁ……きっとこないだろうけど」
「私に言われても」
「ああ、でもやっぱり……どうでもいい……負けるのは、こっちだから」
「それを覆すためにしてるんだろう」
 そうだった、と偽皇は呟く。
 忘れないために。
「でもここまで、何一つ変わっていない……きめられた道だ、ずっと……誰が書き記した、あれを……」
「誰か、でしょう。誰かが書かなければないですから」
 禁を破るために。
 壊すために動く。
 けれどもあちらは、護るためにいる。
 どちらが正しいのかは、誰も知らない。
 



<END>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【5566/菊坂・静/男性/15歳/高校生、「気狂い屋」】
【5884/小坂・佑紀/女性/15歳/高校一年生】
【5976/芳賀・百合子/女性/15歳/中学生兼神事の巫女】
(整理番号順)


【NPC/奈津ノ介/男性/332歳/雑貨屋店主】
【NPC/藍ノ介/男性/897歳/雑貨屋居候】
【NPC/遙貴/両性/888歳/観察者】
【NPC/偽皇/男性/813歳/享楽者】

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■         ライター通信          ■
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 お世話になっております。ライターの志摩です。
 ここまで来るのが長かったなぁ…としみじみしてます。これからも亀スピードでお話は前に進んでいきます。
 伏線をちょっとばらまいてみたので、花さくといいなぁと思っております。
 毎度のことながらお付き合いいただいている皆様には感謝でございます。
 このノベルでちょっとでも楽しんでいただければ幸いです。
 ではではまたお会いできる時を楽しみにしております。