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■例えばこんな……■ |
紺藤 碧 |
【2470】【サクリファイス】【狂騎士】 |
あなたの時を聞かせてもらえませんか?
どんな時の出来事でも構いません。
あなたのその出来事をここに記しておきたいのです。
どうか、あなたの時を……
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彼女と彼のある日
サクリファイスは何時ものように宿屋の扉を軽く叩く。
あの出会いの後、彼は心を無くしてしまった妹のために、ここ聖都エルザードに留まっていた。
しかし、いつもならば叩く時間を見計らったかのように開く扉が今日は開かない。
だからこそサクリファイスはこうして扉を軽く叩いているのだが。
「ソール?」
扉越しで届くとは思わないが、サクリファイスはこの扉の向こうにいるだろう彼――ソール・ムンディルファリの名を唇に乗せる。
踵を返し、宿屋の主人にソールが出かけたのかどうか尋ねるが、今日は姿を見ていないという返事。
確かに主人は嘘をついてはいないだろう。なぜならばソールが出かけているときは、彼の妹マーニ・ムンディルファリを宿屋の主人に任せているのだから。
「ソール。いる?」
ソールが部屋にいるのなら、勝手に開けるわけにはいかない。けれど、
「まさか倒れているなんてことは…?」
サクリファイスについて扉の前まで来た主人が、訝しげに眉根をよせてサクリファイスに顔を向ける。
「まさか……」
そんなことは。と、言いかけた口を止め、サクリファイスはバンっと扉を開け放った。
「ソール!?」
ソールは扉に背を向けてベッドの端に腰掛けていた。
その姿を見て、サクリファイスはほっと息を吐き、同じように息を吐いた主人と顔を見合わせた。その姿に、主人は笑顔で軽く会釈して戻っていく。そしてサクリファイスは部屋の中へと踏み入った。
けれど、ソールは振り返らない。
サクリファイスは軽く首をかしげ、ベッドへと歩み寄る。
「!!? ソール!?」
反応を返さないどこか虚な眼差し。
これは、これではまるで―――!
「ソール!!」
「………っ…」
何度目かの呼びかけにやっとソールの肩がびくっと震えた。
そして、驚きに瞳を見開き、自分を目の前から覗き込む黒い瞳を見つめ返した。
「サクリ…ファイス?」
反応を返した事に、サクリファイスは安心したようにほっと肩から息を吐いて「サクリファイス? じゃ、ないだろう?」と笑みを浮かべる。
「……すまない」
ソールはバツが悪そうに目を伏せ、瞳を泳がせる。
「何があったんだ?」
心ここにあらずといった風貌で座り込んでいたソール。何かあったと思うのは必然。ソールも呪いが解けたとはいえ、後遺症か何かが残り、まさかいつかマーニのように心を失くしてしまうんじゃ……。
そんなサクリファイスの思いとは裏腹に、ソールは直ぐに気がつかなかったことに対して、サクリファイスが瞳を曇らせているのだと思ったのか、
「気付かなくて、すまなかった」
と、自分の言葉足らずを悔いながら、サクリファイスを不安そうな顔で見る。
「あ、いや…それは、良いんだ」
それよりも、どうしてあんな風に心ここに在らずという状況になってしまったのか。サクリファイスにはそれが疑問だった。
「アクセスしていた」
「アクセス?」
「そう」
さも当然と言うようにソールは頷くが、何処にどう、いや、それよりもアクセスとはどこかに接続するための行動ではないのか? 全くもって彼はいつも説明が足りていない。
首を傾げているサクリファイスに気がつき、ソールも首を傾げる。が、合点が言ったのか、ゆっくりと口を開いた。
「呪いが解けたから」
ぽつ。ぽつ。と言う表現がきっと一番適切な言葉でソールは話す。
自分たちソフィストという種族のことを。
「なるほど。一族に蓄積された情報を引き出していた。そういう事でいいんだな?」
「ああ」
ソールは頷き、呪いが解けたことで今まで出来なかったアーカイブへのアクセスが可能になったと答える。
そしてもう一度「言葉足らずですまない」と口にする。
しかし、それはそれとして、ソールはベッドに座る自分を見下ろすサクリファイスを見上げ、首をかしげた。
「今日は?」
サクリファイスは、ソールの問いかけに、情報を整理するようにしわになっていた眉間をはっと元に戻して、組んでいた手を解き、そうだった! と、言葉を上げる。
「今日は、何か手料理でもと」
いつも出されている料理をただ食べるだけの2人。
だが、サクリファイスは聞いている。ソールが必ず皿の端に残すモノを。
ぐいっとサクリファイスは腕を上げて、袖をまくる仕草をする。
「ソールが好きなもの、マーニが好きなものを作ろう」
今まで呪いの力によってマーニの好きなものをソールが知っているかどうかは分からなかったが、兄妹という関係が分かるという事は、幼いころは一緒に居られたのだろう。勿論、そのころの情報で充分だ。
「私が作れるものであればいいけど」
けれど、そう言ったサクリファイスの爽やか過ぎる笑顔に、何故だかソールの口元が引きつった。
そして、ソールは固まった。
サクリファイスがニコニコ笑顔で差し出したもの。それは……
「嫌いなものは無いと言っていただろう?」
特に好きなものも無いとも。
確かに言った。言ったが。
あからさまなほど表情の変化は見て取れないが、何処となくいや〜な雰囲気を纏っているのが分かる。
けれど、
「腕によりをかけて作ったんだ。遠慮なく食べなさい」
そんな事はお構いなしにサクリファイスは皿をソールへと近づける。
「よりをかけての使い方が間違っている気がする」
丸くて赤いその料理。いや彼にとっては物体。
それはただ皮をむいただけのトマトにしか見えなかったから。
「さっぱりとして、トマトが充分味わえるいい料理だと思うんだけど」
そう言いつつも、これもどうぞ。と、差し出された別の皿に、ソールはほっと息をついた。なぜならば、それはただの麻婆茄子に見えたから。
けれど。
「……っ…」
口に運んだスプーンが止まる。
その実体は、茄子のトマト麻婆。
そして再度かけられる「嫌いなものは無いんだろう?」の言葉。
ソールは縮こまるように小さくなり、少しだけむっと口を尖らせて眉根を寄せた。
「……嫌いじゃない。美味しくないと思うだけだ」
食べ物に対して選り好みなどできる立場ではなかったが、その立場以前に、今までずっと独り旅に近かったため、自分がちょっと気に入らない食べ物は避けてきていた。だから、こうして宿屋に世話になるようになるまで、口にする機会がなかった。ただ、それだけ。
好き嫌いができるようになったのも、今だから出来る幸せな事。けれど、
「美味しくない」
すすっと皿を避けて、ぷいっと小さく顔を背ける。
トマトを食べない事を知って、あえてトマト料理を作ったが、それでもサクリファイスはソールのそんな行動を見て、唖然と口をあんぐり開ける。
が、それも一瞬だったようで。
「わ…笑わなくても…っ」
「済まない。いや、何と言うか」
それでも、口から出る笑いをこらえる代わりに、小刻みに震える肩は止まらない。
こんなにも好き嫌いに対してはっきりとした感情を持っていると知ることができた事は嬉しい。こんな、側面があったなんて。
しかし、笑ってばかりもいられない。
「トマトは栄養もあるいい野菜だ。食べなさい」
「嫌だ」
矢継ぎ早に返される返答。
まるで駄々をこねる子供のソレと同じだ。
これでは埒が明かないような気もしてくる。
「満足に食事ができる事はとてもありがたい事だ。ソールは充分その事は知っているだろう?」
「なら、サクリファイスが食べればいい」
本当に屁理屈で駄々をこねるソールに、サクリファイスは少しだけ寂しそうに瞳を伏せる。
「ソールのために、作ったんだぞ?」
そして、残念そうな声音で告げて、サクリファイスはソールの顔を覗き込んだ。
ぐっとソールが息を呑む。が、
「トマトは美味しくないんだ」
問題は頭まで戻ってしまった。
「食べなさい」
「嫌だ」
頑固というか、我侭というか……
サクリファイスはふぅっと息をつき、あの手この手でトマトを食べさせようと言葉をかける。けれど、ソールはうんと首を縦に振らない。
(やれやれ)
もう半分意地になって、つーんと顔を背けているソール。
(だが……)
くすっと、サクリファイスの口の端から笑いが零れる。
トマトが嫌いと言うその素朴さがなぜかとても愛しくて、言葉では「食べなさい」といいつつも、サクリファイスの顔には笑顔が浮かんでいた。
fin.
☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆
【2470】
サクリファイス(22歳・女性)
狂騎士
【NPC】
ソール・ムンディルファリ(17歳・男性)
旅人
☆――――――――――ライター通信――――――――――☆
ゲームノベルにご参加ありがとうございました。ライターの紺藤 碧です。
今回は「夜と昼」から「妖精と茨」の間という事で、本当に何気ない日常の一幕とさせていただきました。
一応「妖精と茨」に繋がるような部分も含めつつ、まだそこにいたっていない感じも加えさせていただきましたので、楽しんでいただければと思います。
我侭な部分ですが、色々考えたんですが、こちらの勝手なチョイスで手料理がいいなと思いまして、食の部分に致しました。
それではまた、サクリファイス様に出会えることを祈って……
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