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■おそらくはそれさえも平凡な日々■

西東慶三
【2239】【不城・鋼】【元総番(現在普通の高校生)】
 個性豊かすぎる教員と学生、異様なほど多くの組織が存在するクラブ活動、
 そして、「自由な校風」の一言でそれらをほぼ野放しにしている学長・東郷十三郎。

 この状況で、何事も起きない日などあるはずがない。
 多少のトラブルや心霊現象は、すでにここでは日常茶飯事と化していた。

 それらの騒動に学外の人間が巻き込まれることも、実は決して珍しいことではない。
 この物語も、東郷大学ではほんの些細な日常の一コマに過ぎないのである……。

−−−−−

ライターより

・シチュエーションノベルに近い形となりますので、以下のことにご注意下さい。

 *シナリオ傾向はプレイングによって変動します。
 *ノベルは基本的にPC別となります。
  他のPCとご一緒に参加される場合は必ずその旨を明記して下さい。
 *プレイングには結果まで書いて下さっても構いませんし、
  結果はこちらに任せていただいても結構です。
 *これはあくまでゲームノベルですので、プレイングの内容によっては
  プレイングの一部がノベルに反映されない場合がございます。
  あらかじめご了承下さい。
はがねんと素顔の女王様

〜 はがねんのひろいもの 〜

 ある雨上がりの休日の午後。

 不城鋼(ふじょう・はがね)がいつものように近所での買い物を済ませ、夕飯のメニューなど考えながらのんびりと自宅へ向かっていると、何やら横道の方から聞き覚えのあるような声が聞こえてきた。
 ふと立ち止まってそちらを見てみると、一人の若い女性が、数人の男たちに囲まれている。
 普通に考えれば「女性の側が因縁をつけられている」という場面なのだが、今回に限っては、二つほどそうとは断定できない理由があった。

 一つめは、ものすごい勢いでまくし立てているのが、むしろ女性の側であるということ。
 人相や風体だけで人を判断するのはよくないとは思うが、ガラの悪い男数人に囲まれるというのが決していい状況でないことくらい、ちょっと考えればわかりそうなものである。
 にも関わらず、逆に相手が面食らうほどの勢いでマシンガンのごとく責め立てているとなると、よっぽど度胸があるか、よっぽど状況判断ができていないか、あるいはその両方かのどれかとしか考えられない。

 そしてもう一つ、さらに重要なこととして。
 鋼は、その女性の方に見覚えがあった。

 東郷大学・悪党連合の「絶対女王」、女王征子(めのう・せいこ)である。
 仮にもあれだけ物騒な集団の幹部格が、そこらのチンピラ風情に絡まれるようなことがあるだろうか?

 鋼がどうしたものかと考えている間に、どうやら男たちは一向に口を閉じる気配のない征子にシビレを切らしたらしく、無理矢理腕を掴むようにして裏路地の方へと引っ張っていく。

 ――これは、さすがにまずい。

 これまでのことを思えば、彼女に関わってもロクなことにならなさそうなのだが、だからといってこのまま見捨てておくことなどできようはずもない。

「まったく……しょうがないな」

 鋼はそう一言呟くと、急いで彼女たちの後を追った。





 鋼が辿り着いた時には、征子は後ろの壁により掛かるようにして、まだ水たまりの残る地面に座り込んでいた。
 胸元を押さえているのは、服を破られるか何かしたのだろうか?
 いずれにせよ、そのような状況に追い込まれても、悲鳴をあげるでもなく、きっと相手を睨み返している辺りがいかにも彼女らしい。

 ……と、呑気に観察している場合ではない。

「あー、お前ら、その辺にしとけよ」
 鋼のその言葉に、男たちが一斉に振り向き……鋼の姿を見て、揃って「やれやれ」といった表情を浮かべた。
「なんだこのガキ? お子様の出る幕じゃねえんだ、引っ込んでやがれ」
「っつっても、騒がれでもしたら厄介だしな。ちょっと黙らせとくか」
「つーか、そいつ男か? 女か? 女ならついでにそいつもやっちまおうぜ」

 そう。
 鋼はれっきとした男子高校生なのだが、見た目は小柄で可愛らしく、中学生程度に見られたり、女の子と間違われたりすることはしょっちゅうである。

 とはいえ、しょっちゅうあるからといって、本人が気にしなくなるわけではもちろんない。

「……のヤロォ……」
 怒りを押し殺しつつ、彼を「黙らせ」に来た男の懐に素早く飛び込み、ボディーに突き上げるような一撃を食らわせる。
 その威力に、男の身体が数十センチほど宙に浮く。
 数秒の滞空時間の後、男が後頭部から泥水に突っ込んだ時には、彼の意識はすでに飛んでいた。

「もう一回だけ言うぞ? その辺にしとけ」
 拳をにぎったまま鋼が再び警告すると、男たちは気絶した仲間を引きずって、一も二もなく逃げ出したのだった。





「さて、と」
 男たちがいなくなったのを確認して、鋼は座り込んだままの征子に目をやった。
「……不城……鋼?」
 予期せぬ助っ人に、呆気にとられたように鋼を見上げる征子。
「えーと、女王征子さん、だよな? 大丈夫か?」
「え、ええ……」
 鋼の問いかけにはそう答えながらも、彼女はなぜか立ち上がろうとしない。

「……ひょっとして、腰でも抜けたか?」
 もしやと思って鋼が聞いてみると、征子は慌てたように視線を逸らし……それから、黙って手を伸ばしてきた。
 おそらく、「わかっているなら手を貸せ」ということなのだろう。
 それだけのことを素直に言えない辺りも、また彼女らしいと言えば彼女らしい。
「しょうがないな」
 そう思いながら肩を貸そうとした鋼だったが、改めて見てみると、思った以上にひどい有様である。

 ジャケットはボタンがいくつか千切れているし、中のシャツは半ば破られている。
 おまけに先ほど水たまりの所に尻餅をついたせいで、デニムのパンツはたっぷりと泥水を吸っているようだ。
 彼女の家がどこにあるのかは知らないが、このまま帰すのはさすがにまずいだろう。

 そう考えた鋼は、とりあえず肩を貸して彼女を立ち上がらせると、とりあえずこう提案してみた。
「その格好じゃ帰れないだろ。服の修繕とか洗濯とかやってやるから、一旦俺の部屋来いよ」
 こんな事があった後だし、いらぬ疑いをもたれるのではないかという心配もなくはない。
 けれども、征子は特に疑うことなく――あるいは、それでもいいと思ったのかもしれないが――その申し出を承諾した。
「それもそうですわね。それでは、お言葉に甘えさせていただきますわ」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 つまりはサイズの問題 〜

 事件のあった場所から、鋼のアパートまでは、ほんの数分の距離だった。
「ここがあなたのお部屋ですの?」
「ああ。とりあえず上がって」
 そんなことを話しながら彼女を部屋に招き入れて、とりあえずやるべきことを確認する。
「直さなきゃいけないのはそのシャツの破れと、後はジャケットのボタンくらいか?」
「ええ、他は汚れただけですわ。でも、お裁縫なんてできますの?」
「ああ。こう見えてもそういうのは得意なんだ」
「そういうイメージはありませんでしたわ」
 鋼の意外な一面を知ったことが嬉しいのか、征子がくすりと微笑む。
 その初めて見る表情の方が、むしろ鋼にとっては新鮮だった。
「適当な着替えを探すのにも少し時間がかかるし、とりあえず一旦風呂でも入っててくれよ」
「髪も少し汚れてしまいましたし、そうさせていただきますわ」





 それから、鋼は自分の服の中から彼女が着ても問題なさそうなものを選んで脱衣所まで持っていくと、「着替え、ここ置いとくから」と一声かけて、さっそく服の洗濯と修繕に取りかかった。

 そして、とりあえず作業が一段落し、あとは乾かすだけとなった頃。
「……鋼?」
 風呂場の方から、征子の声が聞こえてくる……が、どうも様子がおかしい。
 不思議に思って鋼が振り返ってみると、脱衣所のカーテンの所から、征子が顔だけ出して、困ったような表情を浮かべていた。
「どうかしたか?」
 尋ねる鋼に、征子が一つため息をつく。
「着替えですけど……これでは、小さすぎてとても着られませんわ」
 言われてみれば、征子は背も高く、いわゆる「スタイルのいい」方である。
 そんな彼女に、小柄な鋼の服ではさすがに小さすぎたようだ。

 かといって、さすがにいつまでもバスタオル一枚で待たせておくわけにも、まして服が乾くまでずっと風呂場に閉じこめておくわけにもいくまい。
「湯冷めしても困るし、とりあえず風呂場で待っててくれ!
 なんか大急ぎで探して持っていくから!!」
 征子を一旦風呂場に戻らせておいて、慌ててタンスの中を探す。
 とはいえ、当然この部屋には鋼しか住んでいないのだから、着替えも彼のサイズに合わせたものしかなく。
 結局彼が見つけられたのは、以前間違えて買ってきただいぶ大きめのワイシャツだけだった。

「えーと……とりあえず、こんなものしかなかったんだけど……」
 そう断ってから、ワイシャツを置いて脱衣所を出る。
 風呂場のドアが開き、再び閉じられる音を聞いてから、念のため鋼はこう確認してみた。
「それなら、なんとかなりそうかな?」
「これでもまだ少し小さそうですけど、まあ、着られないことはなさそうですわ」
 微妙な答えだが、まあ、おそらく大丈夫だろう。
 鋼はとりあえずそう思うことにしたのだが――その予測は、いろいろと甘かった。

「一応、着られることは着られましたわ」
 そう言いながら、脱衣所を出てきた征子の姿を見て、鋼は目のやり場に困って慌てて視線を逸らした。
 鋼にはだいぶ大きすぎるはずのワイシャツだったのだが、征子にはそれでもまだやや窮屈なようで、薄手のシャツが湯上がりの素肌にピッタリと張りついてしまっている。
 その上、丈の方も「ギリギリ腰より下まできている」というレベルで、下手をすればバスタオルよりも刺激的かもしれない。

「あー、えっと……なんて言うか、ごめん、そんなのしかなくて」
 つい何となく謝ってしまう鋼に軽く苦笑しながら、征子が彼の向かいに腰を下ろす。
「仕方ありませんわ」
 そうなると、どうやっても鋼の視界に彼女の姿が入ってくるわけで。
 鋼としては、ただただ困惑するばかりである。
「も、もう少し堂々としていられませんの?
 そういう反応をされると、私の方までますます恥ずかしくなりますわ」
 そんなことを言われても、健康な青少年である鋼に「一切意識せずに普段通りに行動しろ」などというのはとても無理な相談であるし――第一、そうしたらそうしたで、結局機嫌を損ねるであろうことは間違いない。
「とりあえず、コーヒーでも入れてくるよ」
 それだけ言うと、鋼は逃げるように一旦キッチンへと向かった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 女王様の素顔 〜

「砂糖は?」
「一つ、お願いしますわ」
「……って、俺が入れるの? いや、いいけど」

 一旦間をおいたことによって落ち着きを取り戻したのは、鋼よりもむしろ征子の側だったらしい。
 相変わらず落ち着かない鋼とは違い、彼女はすっかりそんな様子もなく、微かな笑みすら浮かべて鋼の方をじっと見つめている。
 そして、それに対してどうリアクションをとっていいのかわからないことが、鋼をますます困惑させていた。
 無視するというのもまずそうだし、かといって同じようにじっと見つめ返すわけにもいくまい。

 そうこうしていると、征子が不意に口を開いた。
「鋼?」
「……何?」
 鋼が彼女の方に視線を向けると、彼女は少し不思議そうにこう尋ねてきた。 
「どうして、助けて下さいましたの?」
「どうしてって……あんなところを見て、放っておけるかよ」
 少し照れくさく感じつつ、それを隠すために少しぶっきらぼうにそう答えてみる。
 征子はそんな鋼の方を黙って見つめていたが、やがて何か言いかけて、途中で止めた。
 そして、そのかわりに、一つ小さくクシャミをする。
 考えてみれば、ワイシャツ一枚でいるにはこの部屋はさすがに寒すぎたかもしれない。
「あ、ごめん。そんな格好じゃ寒いよな。今暖房入れるよ」
 立ち上がろうとする鋼だったが、それを征子が制する。
「構いませんわ」
 それだけ言うと、彼女は静かに立ち上がり――鋼の後ろに回ると、いきなり抱きついてきた。
「少しの間、こうして暖を取らせてもらいますわね」
 背中に感じる、柔らかな感触。
「な、ちょっと、征子さんっ!」
 予期せぬ行動に驚いた鋼だったが、身体を預けてくる征子を邪険に払いのけるわけにもいかず――。





 それから、どれくらい経っただろうか?

「征子さん……征子さん?」
 彼女がずっとそのままでいることを訝しんだ鋼が声をかけてみたが、なぜか返事は返ってこない。
 鋼がそっと彼女の腕からすり抜けてみると、征子はいつしかすやすやと寝息を立てていた。
 なんだかんだ言いつつも、やはり疲れたのだろう。主に精神的に。
「なんて無防備な……ともあれ、このままじゃ風邪ひいちまうな」
 そう苦笑して、鋼は毛布をとりに行ったのだった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 そんな一日の終わり 〜

 そして。

「おーい、征子さん」
 鋼が声をかけると、征子は一度寝返りをうってから、うっすらと目を開けた。
「……ん……鋼、どうしましたの……?」
「いや、服乾いたからさ。
 とりあえずここ置いとくんで、着替え終わったら呼んでくれよ。俺は外出てるから」
 寝起きの彼女の表情に少しドキドキしつつ、鋼は服を置くと慌てて一旦部屋の外に出た。





 数分後、服を着替え終わった征子が部屋を出てくる。
「今日は本当に助かりましたわ。
 このお礼は、いつか必ずさせていただきますわね」
 そう言って笑う征子に、鋼は苦笑しながらこう返す。
「いや、そんなに気にしなくていいよ」
 別の相手にではあるが、何度か「お礼」と称して襲われかけているせいで、つい警戒してしまう。
 だが、そんな事情は知らない征子は、おそらくそれをただの遠慮と受け取ったことだろう。
「じゃ、家まで送るよ。
 またあんなことに巻き込まれても大変だし」
 続く鋼の言葉に、征子がいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「そうですわね。
 では、せっかくですし、腕でも組んで歩きませんこと?」
「な、なんでそうなるんだよ!?」
「冗談ですわ。もちろん、冗談でない方がいいなら、私は一向に構いませんけど」





 征子の家は、実は鋼の家から十数分ほどの距離にあるマンションの一室だった。
「ここに住んでたのか」
 確かに鋼のアパートよりは数段上等であるが、それでも征子のイメージとは少し違う。
「あら、意外でした?」
「ああ。正直、もっとでかいお屋敷みたいな所に住んでるのかと思った」
 そう素直に答えると、征子は「やっぱり」という顔をして軽く肩をすくめたのだった。
「このことは秘密ですわよ」
「ああ、わかってるよ」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 そして戦いは新たな段階へ 〜

 それから数日後。
 鋼は、例によって例のごとく、先輩に呼ばれて東郷大学に遊びに来ていた。

 当然、事前にそれを聞きつけた女子学生たちが大挙して彼を待ち受け。
 そうして人の目があるところに、悪党連合が出てくる。





「この究極覇王・瀬野田ルシオ(せのだ・るしお)は他の連中とは一味違うぞ!」
 風紀委員会のパワードスーツをなぎ倒しつつ、漆黒の旋風が駆け抜ける。
 背中に「卒業制作」と書かれたその機体の出力は、風紀側の機体の軽く五倍以上はあるだろう。
 そして、その出力もさることながら、操縦者であるルシオの技術もまた卓越していた。
 なすすべもなく、次々と撃破されていく風紀側の機体。
 かくなる上は、彼らも最後の切り札を出すより他ない。
「やむを得ん……最上先生に連絡を!」

 こうして、例によって例のごとく、東郷大学卒業生にして世界最強の保険医、「鬼最上」こと最上京佳(もがみ・きょうか)が出陣する騒ぎとなる。
 そうなると、当然その京佳に気にいられている鋼も駆り出されることになるわけであって。
 悪党連合のいるところに鋼が出てくると、これまた当然のごとく、女王征子が姿を現すのであった。

「不城鋼! 待っていましたわ!」
 先日の多少なりとしおらしい様子はどこへやら、すっかりいつもの調子に戻った征子が高笑いをあげる。
 それを見て、京佳が吐き捨てるようにこう言った。
「なんだ小娘、まだ懲りずに鋼にちょっかいを出しているのか?」
 以前の事件の成り行きから、京佳には「少なくとも征子より自分の方が鋼には好かれている」という自負がある。

 ところが、今日の征子は一味違った。
「最上先生、手を引くべきなのはあなたの方ですわ」
「何だと?」
 その不敵な一言に、京佳の表情が険しくなる。
 しかし、征子は一切怯まずこう言い放った。
「あなた、彼の何を知ってらっしゃいますの?
 私は先日、彼のアパートの部屋にも入れてもらいましたわ」
 それを聞いて、驚いたように鋼の方に向き直る京佳。
「な……本当か、鋼!?」
「あ、いや、入れたことは事実だけど、それは」
 事情を説明しようとする鋼だったが、征子はそれを遮るようにさらに続けた。
「私は彼の部屋やお風呂場のどこに何があるかまで知ってますわ。あなたは?」
「風呂場って、おい、鋼、一体何があったんだ!?」
「何って、別に何も」
 今にも掴みかからんばかりの勢いで問いつめてくる京佳に、どうにか真相を伝えようとする鋼だが、やはり征子がそれを許さない。
「彼にコーヒーを入れてもらったことはありまして?」
「……鋼? これは一体どういうことだ?」
 京佳の声が、一段低くなる。
 その目が完全に据わっているのは……どこからどう見ても、とてつもなくまずい兆候だ。
「いや、どうもこうも……って、なんかすごい誤解が」
 必死に最悪の事態だけは回避しようとする鋼。
 けれども、その努力も、征子の最後の一言であっさりと打ち砕かれた。
「これでもまだ自分が優勢だとおっしゃいますの?」

 静かに、京佳が顔を伏せる。
 後ろで戦いを続けていた悪党連合や風紀委員会の面々も含めて、その場にいた全ての人々が動きを止める。
 先ほどまで聞こえていたはずの、鳥の声すら止み……いつしか、吹いていた風さえもぴたりと止まった。

 静寂の中で、京佳がそっと顔を上げる。
 その顔には、微かな笑みが浮かんでいた。

 ――その瞬間、鋼は死を覚悟した。





 ……が。

「……そうだとしても、お前のような小娘に鋼を渡してたまるか!」
 次の瞬間京佳が取った行動は、鋼への制裁ではなく、思い切り鋼を抱きしめることだった。
 それを見て、一瞬遅れて今度は征子が反対側から抱きついてくる。
「な……鋼は私のものですわ! お離しなさい!」
 両側から美女に抱きつかれるというのは、男としてはこの上もなく幸福な状況……で、あるはずなのだが。
 ムキになった京佳が、意図的かそうでないかは不明ながら、抱きしめる腕に力を込めたのだからたまらない。
「ちょ、京佳さん、絞まる、ってか折れるって……!!」
 このまま行けば、待つのは複数箇所の粉砕骨折か、あるいは窒息か。
「最上先生! その怪力でそんなことをしたら鋼が壊れてしまいますわ!」
「お前が離せば私も離す! だから先に離せ!!」

 ――そういえば、「赤子を左右から引っ張らせ、先にわが子を思って手を離した方が本当の母親」とか、そんな話があったっけ――?

 そんな筋書きが脳裏に浮かぶが、当然母親でもないこの二人にそんなことが期待できるはずもない。

「いーえ離しませんわ! 不城鋼はこの私のものです!!」
「認めん! それだけは断じて認めんっ!!」
「ふ、二人とも……今、なんかヤバい音が……!!」

 ――これなら、いっそひと思いに鉄拳制裁してもらった方がマシだったんじゃないか?

 薄れゆく意識の中で、鋼はふとそんなことを思った。





 そして。
「……さて。
 我が卒業制作のためのデータも揃ったことだし、今日のところは引き上げるとするか」
 いつの間にかすっかり蚊帳の外に置かれたルシオは、十二機の風紀側パワードスーツを三分で撃破したという堂々の戦績をひっさげ、悪党連合の秘密基地へと帰還していったのだった。

 もっとも、引き上げていく彼の心の中は、なぜか不思議な敗北感でいっぱいだったが……。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 2239 / 不城・鋼 / 男性 / 17 / 元総番(現在普通の高校生)

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■         ライター通信          ■
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 撓場秀武です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。
 そして、ノベルの方大変遅くなってしまって申し訳ございませんでした。

 一口にアパートと言ってもわりといろいろあるわけで、「はたしてどんな感じの部屋なんだろうか?」といろいろ考えながら書いてみましたが、こんな感じでよろしかったでしょうか?

 ちなみに、「究極覇王」は話の都合上征子以外の悪役が欲しかったから出しただけで、一言で言えば「強いんだけど中途半端にシリアスなのでキャラが弱く、あっさり周囲に埋没するタイプ」であります。

 ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。