■CallingV 【弟切草】■
ともやいずみ |
【3524】【初瀬・日和】【高校生】 |
もうすぐこの憑物封印も終わる――。
「終わる……」
本当に?
期待は大きく、疑いも強く。
これが終わって……それでおしまいではない。
自分は迷っている。まだ……決めかねている。不安が胸を占めている。それはこの国に来てからずっとだった。
迷いは強くなっていくばかり。今まで切り捨ててきたものが多すぎるから……今さらという気もする。
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CallingV 【弟切草】
憑物封印。44の憑物を巻物に封印する事。これだけは変わっていない。
初瀬日和は嘆息する。
憑物封印は何を目的として成されるのか知らない。
和彦に聞いたことも、全てではない。和彦が知ることが真実という確証はどこにもないのだ。なぜなら和彦自身も、彼の一族の長に聞かされただけだからだ。
深陰は確実に憑物封印がどういうものなのか知っている様子だった。それを達成するという決意を覆す様子は微塵もない。
(……憑物封印が完成すれば深陰さんは死ぬ……)
それは深陰自身が言っていた。
日和の表情が曇る。
できるなら……生きていて欲しい、と思う。
(どんなきっかけであれ、自分が関わりを持った人がこの世からいなくなってしまうのは悲しい事だもの)
でも、自分の一方的な願いの為に、深陰が自分でやり遂げると決めた事を阻むのは……彼女が彼女らしく進もうとする道を妨げることになる。それは、互いに悔いを残すだろうと日和はわかっていた。
日和は足を止めて空を見上げた。もうすっかり暗い。空は闇色を濃くし、月が輝き出す。
深陰を止めることはできない。だから――。
(最後まできちんと見届けなくては……)
それも自分の勝手な願いだと日和はわかっている。
夜の道を歩く日和は吐き出した息の白さにやや疲れたような表情をした。
日和の目の前を何かが横切る。黒い衣服の青年だったような気がするが、彼はすぐに去った。それを追いかけるように深陰が姿を現し、一瞬だけ日和に視線を向けるがすぐに男を追いかけて行った。
もうこれが最後かもしれない。深陰の憑物封印は順調に進んでいることだろう。
最後だとすれば、何か少しでも会話を……。
そう思って日和は深陰を追いかけた。深陰の姿はもう見えない。けれど日和は走った。
街灯がぽつりぽつりと光を落としている地面を走る。深陰の姿はまだ見えない。彼女がどこに居るのかも完全にわからなくなってしまった。
「はぁ……っ、はあ」
日和は荒い息を吐き、立ち止まる。周囲を見回した。耳を澄ます。
どこかで小さな悲鳴と、鈍い音。きっとそちらだろうと日和は再び走り出した。
やっと到着した時、全ては終わっていた。深陰は巻物を閉じて空中に放り投げる。
「深陰さん……」
「あら。また来たの。でもこれで正真正銘の最後よ。憑物封印は終わった」
「邪魔する気はありません。ですけど最後まで見届けたいんです」
「最後まで見せる気はない。あんたとはここで終わりよ」
ぴしゃりと深陰が言い放った。
「わたしの死に様も、結末も、あんたにはもう関係のないことよ。忘れろと言ったでしょ。忘れるのがあんたにとって一番いいの。
わたしは死んだ。そう思いなさい。わたしはもうこの世に存在しない。いいわね」
「どうして最後までつき合わせてくださらないんですか……?」
「それはね、わたしが今の世に……」
深陰の言葉が止まった。
街灯の届かない闇から何かが恐ろしい速度で迫ってきた。
漆黒の武器を振り上げたソイツは、深陰を目指して一直線に駆けて来た。日和は敵の接近にまだ気づきもしていない。
*
チリッ、とした痛みにも似た気配。それは深陰が忘れかけていた刹那の戦いの匂い。殺意の香り。
間に合うか!? 振り向いても間に合わない!
瞬時に判断された彼女の右手には漆黒の槍が握られている。得物が長いのでその分空気抵抗がある。だが相手との距離が長ければ有利だ。
――来る!
反射的に右腕だけが先に相手の攻撃を受けた。遅れて身体が後ろを向く。
槍から伝わる攻撃の響きに深陰は相手も長物で来たことを知った。
振り向く。視界に入る。その前に攻撃が来る。受けろ。こちらが攻撃する前に相手は体勢を直す! 相手の武器が間合いに入るのは……。
ガキッ!
再び、身体に染み付いた反応だけで深陰は相手の攻撃を受けた。
(遠逆の退魔士!)
驚愕するしかない。こんなに近い位置で攻撃なんて!
相手の手に握られているのは刀だ。深陰の武器も刀に変化させている。
(――強い!)
冷汗が出た。
相手が再び攻撃してくる。視える! 視えるが回避できない! 受け流せ!
「くっ……!」
相手は自分を殺す気だ。殺気がびりびりと伝わる。
命のやり取りを、これほどの緊張感で行うのは久々だった。
世界を歩き回り、色々なものを見、経験してきた。自分より強い者と戦ったことも何度かある。
だが――。
(同じ流派だとこれほど……)
これほど戦い難いとは!
遠逆の強みは体術でも、武器を扱う技術でもない。
自在に武器を変化させられることが強みだ。武器を扱って戦う者は、武器の間合いを考えてしまう。それを崩すことのできる遠逆の家は……恐ろしい。
遠逆の奥の手とは、この武器のことだ。切り札なのだ。だがそれを躊躇なく使っているということは、知っているのだ。自分のことを。
(いや……知らないはず。だってわたしは、もう抹消されて……)
深陰の視界に入った相手は、17歳くらいの少年だった。淡い灰色の髪の、軍服姿の少年だ。
見覚えのある顔だった。日本に帰ってきて立ち寄ったあの場所で、氷の中に閉じ込められていたあの――。
続けて攻撃を受ける。なんという速さだ。
(はっ、速い! どの攻撃も全力で……!)
こんな戦い方ではスタミナがすぐになくなってしまう!
普通の人間の目では一撃に見える。だが深陰の目にはそれは五回の攻撃として映っていた。
どれも急所を狙ってきている。迂闊に受ければ瀕死になる傷を負わせるものばかりだ。
距離をとらないのはこちらに反撃をさせないためか。
(っ!)
眉間を狙った一撃を弾き、深陰は後方に退がろうとする。だが相手がさらにこちらに踏み込んできた。
(ダメだわ。こいつ、『そういう』訓練を受けてる……! 長期戦タイプじゃない!)
暗殺者タイプの戦士だ。相手を一撃で必ず殺す気合い。目で追えても防げない速度を重視する戦い。
狭い道で戦うには不利だ。もっと広い場所に……。
場所の悪条件などものともせずに相手の少年は攻撃を絶えず仕掛けてくる。その全ての攻撃を深陰はぎりぎりで受けていた。ますます相手の攻撃の速度があがる。
(っ、ま、まずい……!)
深陰と少年の間には決定的な差がある。それを深陰は痛感していた。
勝てない。わたしではこの少年に勝てない。
深陰は表情を歪めた。
(勝てない……! だってわたしは……)
死にたいと願っている者が、勝てるものか!
迷いが生まれた深陰は、それでも身体に染み付いた反射で攻撃を受け流す。ああ憎い。この身体が憎い。
長期戦になれば勝利はこちらに傾くだろう。むざむざここで殺されるわけにはいかなかった。だが勝てないのはわかっている。ならば方法は一つしかない。……逃げるのだ。
深陰は瞬時に思考を切り替えた。逃げる。もう決めた。
だがこちらの顔色を見た相手が目を細める。どうやら気づいたらしい。戦う意志がないことに。
少年は深陰から距離をとるべく後方に退がった。鮮やかな身のこなし。さすがと賞賛したい気持ちだ。
彼の標的がすぐさま変わる。今まで視界に入れなかった娘のほうを見遣った。
ぎょっとした。冷汗が出る。
少年の持つ漆黒の武器が槍に変化した。一瞬で足の向きが変わる。そう、それは日和に向いていた。
彼が踏み出す。マズイ、と思った。日和では避けられない。避けられない!
「日和!」
叫んだ深陰も走り出した。つま先に力を込めて、加速をつけるしかない。間に合うか? いや、間に合わせろ!
*
深陰の戦いは全く見えなかった。目が追いつかないという問題ではない。それに突然の敵の来訪に日和は混乱していた。
見覚えのある顔だった。たった一度だけだが会ったことがある。病院に入院していた、日和の彼氏の友人……名は確か――。
だが名前を思い出す暇もなかった。
刺客の少年の目が唐突にこちらを向いた時、その殺意の鋭さに動けなくなる。殺される……殺される!
次の瞬間、ドッ、と重い音がした。
鈍い衝撃に日和はよろめく。
日和はゆっくりと視線を下ろした。
「…………深陰さん?」
目の前に深陰が居る。彼女が受けた衝撃がそのまま日和に伝わったのだ。
深陰の心臓を刃が貫いている。彼女は日和を庇ったのだ。
「深陰さ……」
日和の言葉と同時に、深陰の首が目の前で刎ね飛んだ。刺客の少年の刃が、一撃で頭を胴から離したのだ。
顔に深陰の血が飛び散る。日和はその温かさに表情が強張った。
深陰の首がどん、と無造作に落ち、胴体がゆっくりと倒れていく。だが刺客の少年はその、首のない肉体の四肢もバラバラに斬った。まるで料理でもするように、美しく。
ビッ、と武器を振り、血を落とす。美しい刺客はすぐさまきびすを返して闇の中に消えていった。足音も立てずに。
何が起きたのか日和には理解できなかった。あっという間すぎて。
戦いが唐突に始まって、唐突に終わった。日和の水の能力を使う暇すらなく、本当にあっという間だった。
彷徨わせていた瞳を、ゆっくりとゆっくりと下げていく。
嘘だ……。
まだ死ぬはずない。こんなに簡単に深陰さんが死ぬはず……。
だが現実はそれを否定していた。こんな姿になってまで生きている人間を、日和は知らないのだから。
呆然と突っ立っている日和は腰が抜けて座り込んだ。
「う……うそ……」
それだけ呟くのが精一杯だった。視界の中で何かが動いたのに気づく。
転がっている右腕が、その指先が震えて動いた。そしてすぐ傍の胴体まで緩やかに動いた。磁石で引き寄せられるように近づいていく。奇妙な光景だった。
腕はやがて右腕があった場所に到着して、くっつく。切断された箇所からは煙があがり、再生が開始された。
腕だけではない。足も、左腕も集まってくる。切断された一番大きな肉体が呼び寄せているかのようだった。
首のない身体が完成し、四つん這いになって動き出す。転がっている首に右手が伸ばされた。
首を拾い上げると、切断箇所に持ってきてぐっ、と押し付けた。そこから煙があがってこちらも傷を再生し始めた。止まっていた心臓が再び鼓動を開始する。
「いた……ぃ……。ま、だ……まだ……死ねないの……か」
悲痛なうめきが深陰の唇から洩れた。彼女の肉体からは傷が綺麗に消え去り、立ち昇っていた煙もなくなる。多量の出血で顔色が悪かったはずの彼女は、みるみるうちに血色が良くなる。
仰天するような光景だった。あの状態から完全に復活するなど……普通の人間ではない。
呼吸を整えた深陰は肩をすくめ、日和のほうを見遣った。
日和は深陰をうかがう。彼女は死亡前と何一つ変わっていなかった。
「深陰さん……今のは?」
「…………」
深陰は視線を一度伏せたがすぐに日和に向けてくる。そして自嘲的な笑みを浮かべた。
「不老不死、と言えばわかりやすい?」
「不老不死って……」
そんなものはおとぎ話の中だけのものだ。『人間』でそれが適用されるなんてことがあるはずない。
「………………わたしはね、もう350年以上もこの姿のまま生きてるの。老いることも、死ぬこともできずにね」
「350年……?」
想像できない。それほど生きているなんて。
では。
(死ぬためって……)
そういえば先ほど深陰は言いかけていた。今の世に、と途切れた言葉。
今の世に。
(存在していない……?)
深陰は囁く。
「ここまで見たなら納得のいく解答がいるわね、あんたには。――知りたいなら、わたしのことを教えてあげるわ。聞いたら後悔するけどね」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女/16/高校生】
NPC
【遠逆・深陰(とおさか・みかげ)/女/17/退魔士】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、初瀬様。ライターのともやいずみです。
深陰の秘密が少し明かされました。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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