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■CallingV 【弟切草】■

ともやいずみ
【6494】【十種・巴】【高校生、治癒術の術師】
 もうすぐこの憑物封印も終わる――。
「終わる……」
 本当に?
 期待は大きく、疑いも強く。
 これが終わって……それでおしまいではない。
 自分は迷っている。まだ……決めかねている。不安が胸を占めている。それはこの国に来てからずっとだった。
 迷いは強くなっていくばかり。今まで切り捨ててきたものが多すぎるから……今さらという気もする。
CallingV 【弟切草】



 十種巴は悩んでいた。悩んで悩んで、悩みぬいても……そこに答えは出ない。出ないことも、本人はわかっている。
 彼女の悩みの原因は遠逆陽狩のことだ。
 布団の中から窓のカーテンを見る。そのカーテンの隙間から差し込む月光をただひたすら凝視していた。
「…………」
 巴は禁じられている術を使用することすら、考えていた。
 それを使えば彼を助けられるかもしれない。ううん、助けたい。死んで欲しくない。
 禁術を使用すれば一族から処罰が下されるだろう。
(陽狩さん……)
 どんな言葉をかければ、どうすれば彼は死ぬのを止めてくれる――?
 むくりと起き上がり、巴は窓に近づいて行く。カーテンをそっと開けて、驚いた。
 見下ろした先……塀の上を駆け抜ける陽狩の姿があったのだ。
 巴は慌ててコートを取り出す。早く、早くしないと!
 憑物封印はいつ終わるかわからない。早く行って止めないと……!

 寝巻きの上に上着を着込み、巴は家の外に出てきた。陽狩の走っていった方向を見遣り、駆け出す。
 夜の道は薄暗く、街灯の明かりはとても頼りない。巴はその中を走った。正確な行き先などわからないが、ただ走りたい気持ちもあったのだ。
 だって、巴は彼が好きだ。好きでたまらない。彼の瞳から悲しみを消し去りたかった。笑っていて欲しかった。
 闇夜から攻撃の音が響く。巴は荒い息を吐きながらそちらに向かった。
 胸の奥には様々な感情が渦巻いていたが、彼に会えば何かが解決すると無条件に信じていた。悪い方向ではなく、良い方向にだって……。
(変わっていける……きっと!)
 曲がり角を過ぎたところで巴は足を止めた。
 細い道の真ん中に陽狩が佇んでいる。彼は巻物を閉じて空中に放り投げたところだった。 
「陽狩さん!」
 声をかけると彼はこちらを振り向く。怯えと安堵が混じった、奇妙な表情をしていた。
「十種……か」
「…………」
 巴は何を言えばいいのかうまく気持ちがまとまらなかった。
「憑物封印は終わった。もう会うこともねぇな。こんな夜中にウロウロすんなよ、危ねぇだろ」
 微かに悲しそうに微笑む陽狩を見て、巴は口を開く。
「陽狩さんは……陽狩さんは、私よりずっと沢山の人を救ってるよ? そうじゃなきゃ、誰も陽狩さんと一緒に行きたいって言わないよ?」
「……それは『まやかし』だ。本当のオレは最低のクズで……」
「私は陽狩さんみたいに優しくて頑張ってる人を忘れたくない!」
 巴の叫びに彼は小さく目を見開く。
「陽狩さんは最低とかクズじゃない……私が保証する。だって陽狩さんは私を何度も助けてくれたんだもの。だから絶対、絶対にそんなこと言っちゃダメ。あんまり自分を苛めてたら……私、陽狩さんの代わりに泣いちゃうよ?」
 おどけたように笑ってみせるが、顔が強張る。
 こんな言葉で彼の心を動かせるとは思えないし、自分の気持ちのほとんどが伝わっていないことも明らかだった。
 悔しい。どうして人間は言葉なんてものを使わなければならないのだろう。
 口元を引き結ぶが涙が零れた。
「どんな敵が来たって私が陽狩さんを死なせない! 好きな人を死なせたりしないよ!」
 巴の告白に陽狩は一度瞼を閉じ、開いた。
「……心配してくれて、ありがとう。日本で最後におまえに会えて……」
 陽狩の言葉が止まった。
 街灯の届かない闇から何かが恐ろしい速度で迫ってきた。
 漆黒の武器を振り上げたソイツは、陽狩を目指して一直線に駆けて来た。巴は敵の接近にまだ気づきもしていない。



 チリッ、とした痛みにも似た気配。それは陽狩が忘れかけていた刹那の戦いの匂い。殺意の香り。
 間に合うか!? 振り向いても間に合わない!
 瞬時に判断された彼の右手には漆黒の槍が握られている。得物が長いのでその分空気抵抗がある。だが相手との距離が長ければ有利だ。
 ――来る!
 反射的に右腕だけが先に相手の攻撃を受けた。遅れて身体が後ろを向く。
 槍から伝わる攻撃の響きに陽狩は相手も長物で来たことを知った。
 振り向く。視界に入る。その前に攻撃が来る。受けろ。こちらが攻撃する前に相手は体勢を直す! 相手の武器が間合いに入るのは……。
 ガキッ!
 再び、身体に染み付いた反応だけで陽狩は相手の攻撃を受けた。
(遠逆の退魔士!)
 驚愕するしかない。こんなに近い位置で攻撃なんて!
 相手の手に握られているのは刀だ。陽狩の武器も刀に変化させている。
(――強い!)
 冷汗が出た。
 相手が再び攻撃してくる。視える! 視えるが回避できない! 受け流せ!
「くっ……!」
 相手は自分を殺す気だ。殺気がびりびりと伝わる。
 命のやり取りを、これほどの緊張感で行うのは久々だった。
 世界を歩き回り、色々なものを見、経験してきた。自分より強い者と戦ったことも何度かある。
 だが――。
(同じ流派だとこれほど……)
 これほど戦い難いとは!
 遠逆の強みは体術でも、武器を扱う技術でもない。
 自在に武器を変化させられることが強みだ。武器を扱って戦う者は、武器の間合いを考えてしまう。それを崩すことのできる遠逆の家は……恐ろしい。
 遠逆の奥の手とは、この武器のことだ。切り札なのだ。だがそれを躊躇なく使っているということは、知っているのだ。自分のことを。
(いや……知らないはず。だってオレは、もう抹消されて……)
 陽狩の視界に入った相手は、17歳くらいの少年だった。淡い灰色の髪の、軍服姿の少年だ。
 見覚えのある顔だった。日本に帰ってきて立ち寄ったあの場所で、氷の中に閉じ込められていたあの――。
 続けて攻撃を受ける。なんという速さだ。
(はっ、速い! どの攻撃も全力で……!)
 こんな戦い方ではスタミナがすぐになくなってしまう!
 普通の人間の目では一撃に見える。だが陽狩の目にはそれは五回の攻撃として映っていた。
 どれも急所を狙ってきている。迂闊に受ければ瀕死になる傷を負わせるものばかりだ。
 距離をとらないのはこちらに反撃をさせないためか。
(っ!)
 眉間を狙った一撃を弾き、陽狩は後方に退がろうとする。だが相手がさらにこちらに踏み込んできた。
(ダメだ。こいつ、『そういう』訓練を受けてる……! 長期戦タイプじゃねえ!)
 暗殺者タイプの戦士だ。相手を一撃で必ず殺す気合い。目で追えても防げない速度を重視する戦い。
 狭い道で戦うには不利だ。もっと広い場所に……。
 場所の悪条件などものともせずに相手の少年は攻撃を絶えず仕掛けてくる。その全ての攻撃を陽狩はぎりぎりで受けていた。ますます相手の攻撃の速度があがる。
(っ、ま、まずい……!)
 陽狩と少年の間には決定的な差がある。それを陽狩は痛感していた。
 勝てない。オレではこの少年に勝てない。
 こいつの瞳を見てみろ。生命力に溢れているじゃないか。生きるために必死の者の目だ。
 陽狩は表情を歪めた。
(勝てない……! だってオレは……)
 死にたいと願っている者が、勝てるものか!
 どうしてそんなに必死なんだ? どうしてそんなに強い意志を持てる?
 迷いが生まれた陽狩は、それでも身体に染み付いた反射で攻撃を受け流す。ああ憎い。この身体が憎い。
 長期戦になれば勝利はこちらに傾くだろう。むざむざここで殺されるわけにはいかなかった。だが勝てないのはわかっている。ならば方法は一つしかない。……逃げるのだ。
 陽狩は瞬時に思考を切り替えた。逃げる。もう決めた。
 だがこちらの顔色を見た相手が目を細める。どうやら気づいたらしい。戦う意志がないことに。
 少年は陽狩から距離をとるべく後方に退がった。鮮やかな身のこなし。さすがと賞賛したい気持ちだ。
 彼の標的がすぐさま変わる。今まで視界に入れなかった少女のほうを見遣った。
 ゾッとした。寒気が背筋を駆ける。
 少年の持つ漆黒の武器が槍に変化した。一瞬で足の向きが変わる。そう、それは巴に向いていた。
 彼が踏み出す。マズイ、と思った。巴では避けられない。避けられない!
「巴!」
 叫んだ陽狩も走り出した。つま先に力を込めて、加速をつけるしかない。間に合うか? いや、間に合わせろ!



 陽狩の戦いは全く見えなかった。目が追いつかないという問題ではない。それに突然の敵の来訪に巴は混乱していた。
 だから。
 刺客の少年の目が唐突にこちらを向いた時、その殺意の鋭さに動けなくなった。殺される……殺される!
 次の瞬間、ドッ、と重い音がした。
 鈍い衝撃に巴はよろめく。
 巴はゆっくりと視線を上げた。
「…………陽狩さん?」
 目の前に陽狩が居る。彼が受けた衝撃がそのまま巴に伝わったのだ。
 陽狩の心臓を刃が貫いている。彼は巴を庇ったのだ。
「陽狩さ……!」
 巴の叫びと同時に、彼の首が目の前で刎ね飛んだ。刺客の少年の刃が、一撃で頭を胴から離したのだ。
 顔に陽狩の血が飛び散る。巴はその温かさに表情が引きつった。
 陽狩の首がどん、と無造作に落ち、胴体がゆっくりと倒れていく。だが刺客の少年はその、首のない肉体の四肢もバラバラに斬った。まるで料理でもするように、美しく。
 ビッ、と武器を振り、血を落とす。美しい刺客はすぐさまきびすを返して闇の中に消えていった。足音も立てずに。
 しばらく巴には音という音が聞こえなかった。やっと気づいた時に聞こえたのは、遠くから響く犬の鳴き声だった。
 巴は足もとを直視できなかった。
 見下ろせば転がっている。陽狩の……バラバラになった手足や、首が。
 見たくない。見たくない。見たくない……。
 だが見なければ。
 彷徨わせていた瞳を、ゆっくりとゆっくりと下げていく。
 嘘だ……。
 だが現実は、足元も彼の血が飛び散って汚していた。
「いや……うそ……嘘よ……」
 頭を強く殴られたような強い衝撃が走る。
 そうだ。禁術を使えば。でもどうやって。罰を受ける。構うものか。禁術を使って。でもあれは瀕死状態からなら。
 瀕死?
 彼が死ぬくらいなら術を使う決意までしていた。だが先ほどの出来事はあっという間で……何があったのかよくわからなくて。
 瀕死じゃない……彼はもう『死んでいる』。
 地面に崩れ落ち、陽狩の成れの果てに手を伸ばす。夢だ、夢だきっと。
 伸ばした手は陽狩に触れる直前で止まる。転がっている右腕が、その指先が震えて動いた。そしてすぐ傍の胴体まで緩やかに動いた。磁石で引き寄せられるように近づいていく。奇妙な光景だった。
 腕はやがて右腕があった場所に到着して、くっつく。切断された箇所からは煙があがり、再生が開始された。
 腕だけではない。足も、左腕も集まってくる。切断された一番大きな肉体が呼び寄せているかのようだった。
 首のない身体が完成し、四つん這いになって動き出す。転がっている首に右手が伸ばされた。
 首を拾い上げると、切断箇所に持ってきてぐっ、と押し付けた。そこから煙があがってこちらも傷を再生し始めた。止まっていた心臓が再び鼓動を開始する。
「いて……ぇ……。死な……せて……もう、死なせてくれ……」
 悲痛なうめきが陽狩の唇から洩れた。彼の肉体からは傷が綺麗に消え去り、立ち昇っていた煙もなくなる。多量の出血で顔色が悪かったはずの彼は、みるみるうちに血色が良くなった。
「ひか……る、さん……?」
 巴がそっと声をかけると陽狩はしばし沈黙してから振り向く。そして苦々しそうに顔を歪めた。彼はすぐに自嘲的に笑った。
「気持ち悪いだろ……。
 ………………オレは、もう350年以上もこの姿のまま生きてる。老いることも、死ぬこともできずに」
 驚きに目を見開く巴。
 陽狩は囁く。
「――知りたいなら教えてやるよ、オレのこと。それでもオレのことを好きと言えるか――――?」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6494/十種・巴(とぐさ・ともえ)/女/15/高校生・治癒術の術師】

NPC
【遠逆・陽狩(とおさか・ひかる)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、十種様。ライターのともやいずみです。
 禁術を使うことすらできず、あっという間に敵が来て去っていきました。陽狩の秘密の一端、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!