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■特攻姫〜特技見せ合いっこパーティ〜■

笠城夢斗
【6759】【神凪・彩】【姫巫女 概念装者「心」】
 広い広い西洋風の邸宅。
 いかにも金持ちそうな雰囲気をかもしだすその屋敷の庭園で、ひとりの少女がため息をついていた。
 白と赤の入り混じった、流れるような長い髪。両の瞳はそれぞれにアクアマリンとエメラルドをはめこんだようなフェアリーアイズ。
 歳の頃十三歳ほどの、それはそれは美しい少女は――
 ほう、と何度目か分からないため息をついた。
「……退屈だ」
 そして――ひらりとその場で回転するように、舞う。
 シャン
 彼女の手首につけられた鈴の音も軽やかに。
 少女の両手に握られていた細い剣が、音も立てずに庭園に何本もつきたてられていた木の棒を切り飛ばした。
 少女は舞う。ひらひらと舞う。
 そのたびに両の剣も舞い、だんだん細かくなっていく木の破片が、あたりに散らばっていく。
 シャン シャン シャン
 やがて一通り切ってしまってから――
「……退屈だ」
 両の剣を下ろし、少女はため息をついた。
 彼女の名は葛織紫鶴[くずおり・しづる]。この大邸宅――実は別荘――の主で、要するにお金持ちのご令嬢だ。
 そして一方で、一族に伝わる舞踏――『剣舞』の後継者。
 まだ十三歳の若さでその名を背負った彼女は、しかしその立場の重要さゆえになかなか別荘から外に出してもらえない。
「退屈だ、竜矢[りゅうし]」
 若すぎるというのにどこか凛々しさのある声で、紫鶴は自分の世話役の名を呼んだ。
 世話役・如月[きさらぎ]竜矢は――少し離れたところにあるチェアで、のんきに本を読んでいた。
「竜矢!」
「……いちいち応えなきゃならんのですか、姫」
 竜矢は顔をあげ、疲れたようにため息をつく。「大体その『退屈』という言葉、今日だけでももう三十五回つぶやいてますよ」
「相変わらずのお前の細かさにも感心するが、それよりも退屈だ!」
 どうにかしろ! と美しき幼い少女は剣を両手にわめいた。
「危ないですよ。振り回さないでください。あなたのは真剣なんですから」
 冷静に応える竜矢は、やがて肩をすくめて、傍らのテーブルに本を置いた。
「では、パーティでも開きましょう」
「パーティなど飽いた。肩が凝るだけだ!」
「そうではなくて、特別に一般の人々を呼ぶんですよ。それで――そうですね、姫の剣舞のように、他の方々の特技も披露して頂いたらいかがです?」
 私がどうにかしますから――と、のんびりと竜矢は言う。
 紫鶴の顔が輝いた。「それでいくぞ!」と彼女は即断した。
特攻姫〜特技見せあいっこパーティ〜

 葛織家――
 代々、退魔の名門としてその名をとどろかせてきた。その退魔の方法は変わっていて、まず『当主』と呼ばれる存在が剣舞を披露する。
 その剣舞には『魔寄せ』の能力が付加されていた。
 その舞に魅せられ、集まってきた魔を他の退魔師が滅する――

 当主は代々、当主自身が体質的に魔を寄せるとされている。
 ゆえに当主は結界の中に身をひそめることが多かった。

 そう、次期当主と目される十三歳の少女紫鶴のように――

     **********

 今日は葛織紫鶴が催したパーティの最中だった。
 紫鶴が普段住んでいる――否、閉じ込められている別荘の敷地内での立食パーティ。
 催した当人である紫鶴は、パーティに集まってくる親戚縁者に嫌われているため、ひとりパーティから離れたあずまやで紅茶を飲んでいた。
「今日は誰も来てくださらないのか……」
 世話役の如月竜矢だけが、紫鶴の傍にいる。
 このパーティを催すときに、それに乗じていつも竜矢が誰かを連れてきてくれるのだが、今回はそれがなかった。
「申し訳ありません。姫」
「いい。たまにはこういうこともあるだろう」
 ちら、と自分ぬきで豪勢なパーティを繰り広げる場所を見やり、それから紫鶴はひとつ息をつく。
 と、
「あ〜あ、家の付合いだって無理やり来させられたけど、やっぱりああいう上辺の付合いはつまらないわ」
 聞いたことのない、声。
 紫鶴ははっと振り向いた。
「ここ、いいかしら?」
 と、紫鶴と竜矢の座っていたあずまやにすとんと腰を下ろす女性がひとり――
「ど、どなた……だ?」
 紫鶴はおそるおそる訊いてみる。
 緑の髪が美しいその女性は、きょとんと紫鶴を見て、
「あら、不思議な髪の色……しかもオッドアイ? 珍しいわねえ」
 綺麗じゃない、と、赤と白の入り混じった美しい髪に、青と緑のフェアリーアイズを持つ紫鶴のことを賞賛した。
 紫鶴が嬉しそうに頬をピンク色に染める。
「こちらは葛織紫鶴です、お客様」
 竜矢が何気なく紫鶴のことを紹介した。
 すると女性は目を丸くした後、軽くため息をついて、
「そう、あなたが。失礼しました。私は神凪彩」
「彩殿か。私は葛織紫鶴」
 紫鶴が立ち上がって、西洋風の礼を取る。
 彩が困ったように頬に手を当てて、
「私も堅苦しく挨拶したほうがいいのかしら」
「いや、別にいい……」
 紫鶴はすとんと腰を下ろして苦笑する。
「堅苦しいのは嫌い?」
「もちろん。まるで仕事している気がする」
「なら彩でいいわ、紫鶴」
 彩はにっこり笑ってそう言った。

 紫鶴の特技は剣舞。
 しかしそれは魔を寄せる力でしかない。
 剣舞を賞賛するのは、人間ではなくむしろ魔だ。
 その事実が悲しくて。

 紫鶴は彩が神凪家の者と知って、ついぽつりとこぼしてしまった。
 神凪の家も、退魔師の家系だ。

「私の剣舞に魔寄せの能力がなければ、私は葛織では要らぬ存在だ」
 紫鶴は目を伏せる。
「けれど……思い切り剣舞を舞ってみたいと、いつも思う……」
 聞いていた彩は、ふむ、と腕を組み、
「紫鶴は剣舞が好き? 魔寄せぬきにしても」
 問われて、紫鶴は顔をあげ即答した。
「大好きだ」
 彩は満足そうにうなずいた。
「ならあなたに喜びをプレゼントできると思う。私を信じて舞ってくれないかしら」
「え……?」
 紫鶴が当惑した声をあげた。
 竜矢が空を見上げる。
 昼下がり。しかし葛織では少し特殊な効果をもたらしてしまう、今日は『月の見える昼間』だ。
 葛織家の能力は月に左右される。昼間ならば効果は薄いが、月が見えてしまうような日は――
「危険ですが……」
 竜矢はつぶやく。視線を紫鶴に向け、
「どうなさいますか」
「舞う!」
 紫鶴は即答した。
「信じる……彩殿の言葉を信じる!」
 彩が微笑んだ。

 両手首に鈴をつけ、
 精神力で生み出した剣を片手に一本ずつ。
 紫鶴は彩を見やる。
 彩はにこっと笑い、

 そして朗々と、言葉を紡いだ。

「其は儚き弱きもの。されど眩き強きもの。闇を祓うは希望の光。ゆえに我らの想いは絶対無敵!」

 びりびりっと、肌にしびれを感じるほどの何かが広がった。
 紫鶴は呆然と、彩の通りのいい声を聞いていた。

「準備完了。後は魔物なんて来ない、と強く想って剣舞を楽しんで踊ること、いい?」
 彩はぽふぽふと紫鶴の頭を撫でる。
 紫鶴の表情に強く笑みが宿り――
 少女は、うん、と強くうなずいた。

「魔物は来ない。魔物は来ない。魔物は来ない……」
 深呼吸。
 そして紫鶴は片膝を地面につき、剣を下向きにクロスさせる。
 うつむく。さら、と紫鶴の長い美しい髪が少女の顔を隠す。

 ――魔物は来ない。

 しゃん!

 剣を叩き合わせる音が、空気を震わせた。

 紫鶴が立ち上がる。手首が揺れる。鈴が鳴る。
 髪が広がる。剣は上へ下へ。
 流れるような、まるで水の動き。
 くるりと回転すれば、長きスカートがふわりと広がって。

 カン!

 次にやってくるのは火のように激しい動き。
 カン! カン! カン! カン!
 何度も何度も二本の剣を打ち合わせ、足のステップも激しく。
 じゃりっと砂を踏み鳴らし、広げた足にスカートがなびく。
 剣先が地面をすべってえぐった。

 しゃらん……

 次に訪れたのは――
 ふわり、ふわりとスカートをひらめかせながら広く回転する舞。
 剣は両手でまっすぐと、剣先まで伸ばした状態のまま。
 ふわり、ふわりと髪も広がり。

 ちりん ちりん ちりん

 手首の鈴の、かわいらしい音がする。
 それはまるで、いたずらっこの風の妖精。

 そして――

 どん

 紫鶴は両足を地面に叩きつけた。
 しゃん しゃん しゃん
 手首をかえし、強く鈴を鳴らしながら。
 カキン カキッ
 強く剣を打ち鳴らしながら。
 どん どん
 地面を踏む音は力強く。

 それはさながら、どっしり構える大地のような――

 竜矢が空を見る。
 月は、まだ見える。
 ――けれど、邪魔者はやってこない。
 横にいる彩を見ると、緑の髪の女性は満足そうに紫鶴の舞を見ていた。

 片膝を地面につき、剣を下向きにクロスさせる。
 うつむく。それが、剣舞の終了――

「――来なかった!」
 立ち上がるなり、紫鶴は声をあげた。「来なかったぞ、竜矢!」
 嬉しそうな声で世話役を呼ぶ。
「そうですね」
 竜矢は微笑んでぱちぱちと拍手をした。
 それに合わせて拍手をしてくれたのは――
「素敵な剣舞だわ。紫鶴」
 彩が満面の笑みで少女に賞賛の声を浴びせた。
 紫鶴は照れ笑いをしてから、
「今のは――彩殿のお力だろう? 彩殿はどんなお力をお持ちなのだろうか?」
 真剣に彩に尋ねる。
 彩はくすくすと笑いながら、
「私の力はね、想いを力に変えるの」
 と、紫鶴の少し乱れた髪を整えてやりながら言った。
「あなたの強い想いが魔物を退けた」
「彩殿……」
「忘れないで」
 彩は紫鶴の顔を覗き込む。
「忘れないで、諦めないことを。想いは何より強いのよ」
「彩殿」
 紫鶴は彩の手をぐっと握った。
「ありがとう……」
 色違いの瞳が、涙でうるんだ。

「あと見せられるものって言ったら、これくらいね」
 彩は腰に装備していた剣を取り出した。
「これは蛇腹剣と言うのよ」
 何の変哲もない、普通の剣に見えた。けれど、
「はっ!」
 彩の斬撃は、まるで空まで斬ってしまいそうなほど鋭く――
 その上蛇腹剣は、途中で鞭のようにしなって、地面に叩きつけられた。
「す……すごい……」
 紫鶴は呆然と、拍手するのも忘れてみとれた。
「形状の変わる剣など……初めて見た……」
「ふふっ。紫鶴って案外世間知らずね」
 彩は笑いながらそう言ってから、あ、と口元を押さえた。
 ――この少女は閉じ込められて育っているのだ。世間知らずで当然だ。
 紫鶴を傷つけたか――?
 しかし、当の剣舞の少女は、ようやく拍手をし始めていながら、
「うん……私は世間知らずだ。だからもっと世界を知りたい」
 どうしたらいいだろう? 彩殿。などと真剣に尋ねてきたりもして。
 彩は笑った。
 そして、言った。
「言ったでしょう。『諦めないで』」
「うん。諦める気はない。そうしたらきっと外を見られるようになるかな」
「なれるわよ」
 彩はどこまでも素直な紫鶴の髪を撫でながら、
 ――こんなに素直な子だから、私の概念空間も失敗することなく働いたんだわ――
「ん? 彩殿、何かおっしゃられたか?」
「何でもないわよ、紫鶴」
 そして彩は紫鶴の耳元に口を寄せ、こそっと言った。
「実はね、私も剣を創れるの。でもこれは友達同士の内緒ね」
 くす、と笑いながら。
「友達……」
 紫鶴がぴくっと反応する。
「わ、私は彩殿の友達、か?」
 彩は腕を組んで、むう、と膨れて見せると、
「友達じゃなかったの?」
 と逆に聞き返してやった。
 紫鶴は大慌てになった。
「い、いや、もちろん友達だ! 彩殿と私は友達、友達、とも……」
 言い続けているうちに、ぽろりとこぼれ落ちた――涙。
 今度は彩が慌てる番だった。ただからかっただけだったのだが――
「ごめんごめん。私たちは友達よ? ね、だから泣かないで」
「違う……」
「え?」
「う、嬉しく、て」
 紫鶴はしゃくりあげた。
 そして、手の甲で流れてくる涙をぬぐおうとする。
 しかし、流れ出した涙は止まらない。
「――姫は、友達が欲しくて欲しくてたまらないんですよ」
 世話役の青年が、少し笑って彩に言った。「だから、あなたの言葉が嬉しくてたまらないんです」
 そうして竜矢はズボンのポケットからハンカチを取り出し、自分の主人の涙をぬぐってやる。
「―――」
 自分の目の前で、泣きじゃくる少女。
 それを見ていた彩は――

「其は儚き弱きもの。されど眩き強きもの。闇を祓うは希望の光。ゆえに我らの想いは絶対無敵!」

 びくっと紫鶴が震えた。
 彩は朗らかな声で、展開した概念空間の中に『想い』を放り投げた。

「私と紫鶴は永遠の友達!」
 それは永遠の約束にも似て。
 さ、紫鶴も――
 促され、紫鶴はしゃくりあげながら、
「わ、私と彩、殿、は、永遠の、友達……っ」
「はい、よく言えました」
 彩は紫鶴を抱き寄せた。
 紫鶴は彩にすがって、声を押し殺して泣いた。

 永遠の友達。
 永遠なんてありえない。そんなことを言う人間がいたら、彩は言い返すつもりだ。
 その『永遠』を作り出すこと。それが自分の力なんだと。
 その力に誇りをもって。

 そしてだからこそ、その『永遠』をぶち壊すことができるのも自分だと。

「紫鶴は永遠にここに閉じ込められていたりしない。必ず、外へ出られる」
 彩は概念空間に、その言葉を置いた。
 涙がようやくとまった紫鶴が、泣き笑いの顔になった。
「彩殿に永遠の祝福を」
「―――」
 彩は片目をつぶって、紫鶴の頬をつつく。
「なかなか言ってくれるじゃない」
「友達になら、全員に言いたい」
「そうね」
 これほど自分の『想いを力にする』概念空間を、効果的に扱ってくれる人物も稀だろう――
 そんなことを思いつつ、彩は笑った。

 空には昼間の月が見えていた。
 今日だけは、紫鶴の剣舞を祝福するように――……


 ―FIN―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6759/神凪・彩/女/20歳/姫巫女 概念装者「心」】

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■         ライター通信          ■
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神凪彩様
初めまして、笠城夢斗と申します。
このたびはゲームノベルにご参加くださり、ありがとうございました。納品が遅れて申し訳ございません;
紫鶴を立ててくださるプレイングに感激しました。嬉しかったです。凪さんもとてもかわいい方ですねv
よろしければ、またお会いできますよう……