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■Night Bird -蒼月亭奇譚-■

水月小織
【2778】【黒・冥月】【元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
街を歩いていて、ふと見上げて見えた看板。
相当年季の入った看板に蒼い月が書かれている。
『蒼月亭』
いつものように、または名前に惹かれたようにそのドアを開けると、ジャズの音楽と共に声が掛けられた。

「いらっしゃい、蒼月亭へようこそ」
Night Bird -蒼月亭奇譚-

 一月十五日。
 それは小正月や二番正月とも呼ばれ、どんど焼きなどの行事が行われる日だ。中国では元宵として、正月よりもこの日に盛大な祝いをすることも多い。
「あの、私の仕事が終わった後なんですけど、よろしければ皆さんでお参りに行きませんか?」
 黒 冥月(へい・みんゆぇ)達が、蒼月亭の従業員である立花 香里亜(たちばな・かりあ)にそんな事を言われたのも、一月十五日のことだった。店の中には冥月と同じようにコーヒーを飲んでいる探偵の草間 武彦(くさま・たけひこ)や、チェックのスーツを着た篁 雅隆(たかむら・まさたか)がミルクレープなどをほおばっている。
「今頃か?」
 カチャ…と、音を鳴らしカップを置く冥月に、香里亜は困ったようにくすっと笑う。
「人が多いとちょっと中てられちゃうので、少しずれたときに初詣なんです」
 そういえば、香里亜は人が見たりしない物をよく見たりするという。ここに来たばかりの頃は父親に貰ったお守りを持っていたりもしたのだが、それも秋に外してしまった。自分でも頑張ってはいるようだが、やはり大勢の人間が集まる場所で雑多な感情や、願い事の渦などに巻き込まれるのはちょっと怖いのかも知れない。
 東京は人が多いから、まだ戸惑いがあるのも仕方がないだろう…そう思っていると、カウンターの端の方で手が挙がった。
「僕も行くー。旧正月旧正月♪」
 ひらひらとのんきに振られる手を、カウンターの中にいるナイトホークが迷惑そうな表情で見つめている。
「浮かれポンチ、今年の旧正月は二月の十八日だ。色々根本的に間違ってる」
「何でもいいから行くー」
 何というか…無邪気なのか阿保なのか。その様子に溜息をつく冥月に、香里亜は少なくなったグラスに水を注ぎながら、もう一度聞いてきた。
「冥月さんもご一緒しませんか?」
 香里亜と雅隆を二人で行かせるのも心許ない。それにこんな事を聞いてきたということは、一緒に行きたいのだろう。そんな香里亜の頭を撫で、冥月はくすっと笑った。
「いいぞ。その代わり着物でおめかしして私を楽しませろ」
「着物ですか?」
 着物は和装用のコートなど持っているのだが、仕事が終わってから着付けをするとなると時間がかかりそうだ。一瞬怯んで見せた香里亜は、まずねじ巻き時計を見て時間を確認した後で、カウンターの中をじっと見る。
「………」
「無言の圧力はやめろ。早上がりしていいから…」
「ありがとうございます。じゃあ、部屋に戻って着替えてきますね」
 ぱっと明るくなった表情に、店の中の空気が緩んだ。エプロンを取り、皆に一礼してからドアを出る背を見て、武彦がふうっと煙草の煙を吐く。
「面白そうだから俺も行くか」
 少し外れた時期に行く神社というのも乙なものだろう。冥月は出来れば香里亜と話していたいし、雅隆の相手をするのは骨が折れそうだ。その辺りは全部武彦に押しつけてしまえばいい。
 カップのコーヒーを飲み干し、長く差し込む日差しに冥月は目を細めた。

「お待たせしました…」
 ややしばらくしてからやって来た香里亜は、アンティークだというブルーグレーの雪輪模様の着物にピンク色の帯、そして菊の模様の羽織…と、全体的に紫系でまとめたシックな出で立ちでやって来た。
 「あと五分ぐらいで行きます」と言われていたので外で待っていたのだが、そんな香里亜にまず反応したのは、ケープ付きのコートにシルクハットを身につけた雅隆だった。最初冥月はその妙な格好を見て、前から香里亜とお参りに行く約束でもしているのかと思っていたのだが、それはあくまで普段着らしい。それを言うと冥月や武彦も普段着なのだが、何だかそこには広くて深い川があるような気がしてならない。
「可愛いー。帯や半襟がピンクだと、シックだけど可愛い感じになるよね」
「ありがとうございます、ドクター」
 にこっ。
 嬉しそうに笑って礼をすると、今度は冥月に向かい袖などを広げて見せる。
「冥月さん、どうですか?」
 ここで褒めてやりたいのは山々なのだが、それでは面白くない。目を細め、冥月はくすっと笑って首をかしげた。
「七五三?」
 さてどんな反応が返ってくるか。じっと見ていると、香里亜は少し口を開けた後、みるみるうちにしょんぼりとした表情になった。
「はうぅ…」
 こうやって思った通りの反応が返ってくるのを見ているのもいいのだが、あまりいじめすぎるのも可愛そうだ。今度は素直に香里亜に微笑んで、ぽんと頭に手を置く。
「冗談だ。似合っているしとても美人だぞ。持ち帰りたいぐらいだ」
「本当ですか?」
 少し意地悪をした後に本当のことを言うと、こうやって日が差したように表情が変わるのがやっぱり可愛いところだ。なのでつい、いじめたくなってしまう。だが、それを聞き武彦はぼそっと呟いた。
「持ち帰りとかそういう所が男だって…」
「………!」
 振り向き様、額のど真ん中に裏拳が飛ぶ。
 ごすっ、と鈍い音がしたと同時に武彦はその場にうずくまった。
「すごーい。漫才師でもないのに、こんなに鮮やかにツッコミ入ったの僕初めて見たー」
「大丈夫ですか、草間さん…」
 心配そうに振り返っている香里亜と、何だか妙に嬉しそうな雅隆に、冥月がきっぱりと言い放った。
「さあ、その失礼な男は置いていくぞ」
 草履を履いている香里亜に気を使い、いつもより少しゆっくり目に歩きながら冥月達は神社へ向かっていく。
「ドクターは篁社長のお兄さんなんですよ」
 そう香里亜に言われ、冥月はじっと雅隆を見つめた。
 言われてみれば多少…いや、「目が二つで鼻が一つな所は似てます」ぐらい遠いようにも感じる。兄と言われるよりは、弟と言われた方がまだ納得出来たかも知れない。
「本物か?」
「本物だよぅ」
 シルクハットを取りながら笑うそれは、やっぱり年齢不詳だ。
 しかし、今それを気にしたところでどうしようもないだろう。雅隆のことはひとまず置いといて、冥月は香里亜の方を見る。
「今日はどこの神社に行くんだ?」
「はい、一番近くの土地神様の所に行こうと思っているんです。ご挨拶ですから」
 香里亜曰く、新年最初の挨拶なので自分が住んでいる場所の神社に行くそうだ。
 ややしばらく歩いて神社の鳥居をくぐると、ほのかに煙が立ち上っているのが見える。
「どんど焼きだな。甘酒とかも売ってるけど、冥月達も飲まないか?」
「お前は何しに来たんだ」
 今日は小正月なので、正月飾りなどを焼いているらしい。立ち止まって煙を見ている武彦に、香里亜はちらちらと手水舎の方を見ている。
「あ、私はお参りの後にします。こういう事をちゃんとしないと、お父さんに怒られそうな気がするんですよ」
 今日は香里亜に付き合おう。冥月達はどんど焼きをやっているところから離れ、手水舎で手や口を清めるやり方を教えて貰った。
「僕、この『口を清める』ってのが苦手なんだよね。絶対袖に水入るの」
「少しずつ手に注ぐといいんですよ」
 別に冥月は神を信じているわけではないが、こうやるのもそれはそれで清々しい。わき水も冷たく、気が引き締まる。確かにちゃんと参拝しようと思ったら、混雑する中では難しいかも知れない。
「じゃあお参りしましょうか」
 『二礼・二拍手・一礼』…それが神社で参拝する作法のようだ。賽銭を投げ、冥月は自分の隣で手を合わせ祈っている香里亜を横目に目を閉じた。
 冥月の願い事…。
 それは『今年一年退屈しないように』だ。
 冥月は生きるという意義がかなり薄い。なので健康などを祈るのはナンセンスだし、物欲や金銭欲も薄いので何か得たいという物もない。
 ふと『香里亜に平穏な人生を』とも考えたが、自分が守る以上それをわざわざ願う必要はないだろう。平穏は自分が作ればいいのだから。
 一礼して神前から下がると、武彦が早速ポケットから煙草を出した。どうやら手水舎にいたときから我慢していたようだ。
「参拝終わったから甘酒でも飲むか。そういやどんど焼きで餅とかあぶって食うと、その年は無病息災らしいぞ」
「あ、僕おみくじ引いてこよっと。運試しー」
 自分達の前を歩いていく男二人の背を見ながら、冥月は香里亜に合わせて歩く。
「香里亜はおみくじとかは引くのか?」
 日が傾いてきたので、どんど焼きの火が明るく見えている。時々吹き抜ける風に目を細める香里亜が、白い息を吐きながら手をこすり合わせた。
「今日は引かないです。お参りしてスッキリしたところで帰りたいですから」
 少し冷えてきたので、鼻の頭がちょっと赤い。それでも嬉しそうに微笑む香里亜に、冥月は聞きたいことがあった。
 自分の横で、じっと目を閉じながら香里亜は何を祈っていたのか。
 きっと香里亜には色々な願い事があるのだろう。自分の力のことや、これからのこと…願い事は欲張りなぐらいが丁度いい。
 それを聞くと、香里亜は手を合わせたまま自分の鼻の頭を触った。
「ふふ…秘密です」
 そう簡単には教えてもらえないか。だが、多分祈った中に入っていそうだと思うことを、冥月は微笑みながら言ってみせる。
「でも『大人っぽく』とか『もう少し身長を』…とかは入ってるだろう?」
「………!」
 はっと冥月を見上げ香里亜は何か言いたそうにしていたが、何かを思い返したようにぷるぷると首を横に振った。
「願い事を口に出しちゃうとダメな気がするので、やっぱり秘密です。そういうことにしてください」
 どうやら図星だったらしい。常日頃から言っているので多分皆分かっていそうだが、それでもあえて聞かなかったことにするのが優しさだろう。せっかくの願い事が叶えられなくなっても困る。
「分かった。秘密な」
「はい…」
 そうやって並んでいる冥月達に、武彦達が大きく手を振っている。
「ねー、一緒にお餅食べよー!」
「冥月、口説いてるところお邪魔か?」
「……のっ!」
 思い切り走り込み…。

「女の子にあんなこと言ったら蹴られるよねー」
「……女の子は跳び蹴りしないと思うが」
 武彦を蹴り飛ばし、全員の甘酒などを奢らせた後の帰り道。
 冥月の後ろでまた余計な一言が聞こえたので、振り返り様はり倒そうかと思ったときだった。
「冥月さん、あれ…」
 狭い小路を自分達に向かって走ってくる男と、それを追うような女の姿が見える。こんな小路ではひったくりなども多い。帽子やサングラスで顔を隠しているところからしてもその類だろう。
「どけーっ!」
 香里亜を自分の後ろにやり、冥月は男に立ちはだかる。本当は武彦に喰らわせようと思っていたのだが、そんな時にやってきたのが運の尽きだ。
 相手の走ってくるリズムに合わせて一歩退いて見せた後、鮮やかな回し蹴りが男の顔面に当たり、その衝撃で相手が後ろに転びながら吹っ飛んでいく。
「草間、何か言ったか?」
 ここで何か言ったら鼻を折られるどころでは済まないだろう。武彦は煙草をくわえたままで首を横に振る。
「何も言ってません」
 追いかけていた黒い髪の女は、走って近づくと冥月と雅隆を見て声を上げた。
「冥月師!それに雅隆様も」
「あ、葵(あおい)ちゃんだー。いよーぅ」
 それは冥月が一度一緒に仕事をしたことがある、『Nightingale』のメンバーである葵だった。雅隆とも面識があるらしい。
 事情を聞くと、走っていた男は篁の会社に盗みに入り、葵はそれを追っていたという。
「冥月師はどうなさったのですか?」
「ああ、そこの神社にお参りを…」
 すると冥月の肩をちょいちょいと何かがつついた。振り返ると香里亜が葵を見ながら小声でこんな事を聞いてくる。
「師…って、冥月さんのお弟子さんですか?」
 いや、違う。
 葵は勝手に呼ばれているだけだ。何だか妙な緊張感の中、冥月は香里亜を紹介し、ついこんな事を言ってしまった。
「……この子は私が直々に鍛えてるんだ」
「直々に?」
 しまった。緊張感が更に高まった気がする。
 香里亜と葵の視線がぶつかるが、先に微笑んだのは香里亜だった。
「冥月さんの弟子の立花 香里亜です。よろしくお願いしますね」
「葵ですわ。もっと色々お話ししたいのですが、この男を連れて行かなければなりませんので失礼いたします。雅隆様もお気をつけて」
「うん。葵ちゃんもお疲れさまんさー」
 取りあえず一触即発の事態は過ぎ去ったようだ。だが、やっぱり冥月の後ろから不穏な空気を感じる。
「冥月さんは、本当にモテるんですね…」
 別に望んでこうなっているわけではないのだが、これもちょっとしたやきもちなのか。
 確かに『一年退屈しないように』とは願ったが、少なくともこれではない。いっそ願い事を『女難除け』にしておくべきだったか…どうしようかと考えあぐねていると、武彦がこう呟く。
「香里亜ちゃん、冥月は男だから女にモテるのは仕方ない」
「………」
 本当なら気絶するほど殴り飛ばしたいところなのだが、今回はこれで緊張が解けたので手加減しといてやろう。冥月が思い切り靴のかかとで足を踏みつけると、武彦はその痛さに飛び上がり、それを見ていた香里亜が目を丸くする。
「……大丈夫ですか?」
「大丈夫…じゃない!痛い!」
 今年もこんな調子で過ぎていくのだろうか。まあそれはそれで、退屈だけはしないで済むかもしれない。
 …苦労する一年にはなりそうだが。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2778/黒・冥月/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒

◆ライター通信◆
ありがとうございます、水月小織です。
少し時期を外した時期に、香里亜が参拝のお誘いということで、一月十五日の小正月の話にしました。それでも時期的に少し前の話になってます。いつも微妙に時期を外してしまって申し訳ありません。
一話で草間氏が三度も酷い目に遭ってますが、最後は助け船なのかな…という感じです。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
またよろしくお願いいたします。