■CallingV sideU―Nerium indicum―■
ともやいずみ |
【3525】【羽角・悠宇】【高校生】 |
駆け去ってからしばらくし、歩調をゆっくりなものにする。
強かった……だが、勝った。勝ったのだ。これで……これで帰れる!
「…………」
ふと、数日前に受け取った手紙の内容を思い出す。
最近東京に現れるという「遠逆」の名を語る者を始末しろ、ということ。
家に帰って来いということ。
どちらも嫌だ。どちらも嫌なのだ。
だが、選択権などない。
胸元を衣服の上から掴み、激痛に耐える。汗が流れた。前屈みになる。意識が朦朧とした。
(いた……い……)
どしゃ、とその場に転倒する。両手を地面について起き上がる。それすらもかなりの苦痛だった。
ふと奇妙なことに気づいた。
服に血がついている。それに指と手にも。
「……?」
おかしい。相手からの攻撃は受けていないはずだ。返り血も浴びていない。ならどうして……?
視界が霞んだ。頭を振って意識をはっきりさせようとするが、無理だった。
「……早く……帰ら、なきゃ……」
呟きは小さく。
そのまま、意識を失って倒れてしまう。じわり、と血が衣服にさらに滲んでいた。
意識がないので自分がどんな状況にあるのかわかることはなかった。赤黒いミミズ腫れの紋様が肌に浮かび、その形に皮膚が裂け続けていた。そこから血が流れていく。だから手も衣服も赤く染まって――。
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CallingV sideU―Nerium indicum―
軽い足取りで羽角悠宇は病院の自動ドアをくぐる。機嫌はいい。
(この間はのんびりできてよかったかも。もし今日も体調が良さそうだったら……)
そんなことを考えながら欠月の入院している個室に向かう。
今日もこの間と同じように欠月は部屋で本でも読んでいるのだろうか? 嫌味なことを言われるだろう、おそらく。
「あ、そこの……!」
声が聞こえて悠宇は「ん?」と振り向く。受付にいる女性がこちらを真っ直ぐ見ていた。
おかしい。自分は何かしただろうか?
受付まで戻ると悠宇は口を開く。
「あの、俺」
「この間遠逆さんのお見舞いに来てた方でしょ?」
きょとんとする。この病院は大きいほうだ。見舞いに来る人間も少ないはずはない。それなのに……。
「今日も遠逆さんのお見舞い?」
「え、はい」
「……そう。遠逆さんは面会謝絶になっているの」
その言葉に悠宇は呆然とした。
面会謝絶? 誰が?
怪訝そうにしている悠宇は、しばらくしてやっと理解した。
「遠逆って、欠月が!? 面会謝絶っ!?」
*
エレベーターを降りてすぐさま欠月の部屋を目指す。
(面会謝絶ってどういう事だ!?)
この間は元気だったじゃないか。なんで!?
廊下を進む。前来た時と何一つ変わっていない。変わっていないはずだ。
廊下の突き当たり……端にある欠月の個室を目指す。個室のドアは開いていた。そこから悲鳴が聞こえる。
(悲鳴……?)
獣の叫びのようだ。人間が出せるとは思えないほどの、苦痛の声。
個室から出てくる看護師とすれ違う。看護師はすぐに振り向いて悠宇の腕を掴む。後ろに引っ張られて悠宇はイラついたような表情を見せた。
「その部屋の患者は面会謝絶です」
「知ってる!」
怒鳴るように言い放って手を振り払い、ドアに近づいた。
個室の中には医師と、もう一人看護師が居る。
部屋の中はこの間来た時とあまり変化はない。ベッド以外は。
欠月はベッドの上だ。拘束用のベルトでベッドに縛り付けられている。彼は唸り声をあげて足や手を動かしている。口や鼻から血を流し、身につけている包帯と患者服は血を吸って赤い染みが広がっている。
「どうした欠月! 何があった!」
悠宇の叫びに医師と看護師が振り向く。
「こんな、縛り付けるなんてひどい事しやがって……」
「すみません、外に出てください!」
看護師が悠宇を部屋から追い出そうとする。当然のことだろう。
だが悠宇は譲らない。
「解いてやれよ! 暴れるんだったら俺が押さえる!」
そう言って悠宇はベッドにずんずん近づいて行く。看護師は「ちょっと!」と声を荒げて止めようとした。
ベッドの上で苦しみに悶えている欠月は咳き込んだ。血を吐き出す。
ベルトを外そうとする悠宇の手を医師が掴んだ。
「離せよ!」
「やめなさい! これは本人が望んだことなんだ!」
「嘘つけ!」
「もうすぐ収まるから……!」
医師と看護師二人がかりで悠宇は部屋から外に出されていた。目の前でぴしゃんとドアが閉められる。
「欠月!」
ドアの外からそう叫ぶ。引き戸に手をかけるが駆けつけた看護師たちがそれを阻んだ。
くそっ、と口の中で悠宇は洩らす。ドアの向こうでは欠月のうめき声が響いてきた。
*
欠月の悲鳴が止むと、看護師たちが包帯と着替えを持って部屋の中に入って行った。そして赤く染まった包帯や患者服を抱えて出てくる。
出てくる医師と入れ違いに中に入ろうとする悠宇を、医師は止めた。
「患者は眠っている。起こすようなことは……」
「…………」
悠宇は一睨みすると部屋の中に入って行く。本来なら面会謝絶で会うことはできないだろう。だがこれは「普通」じゃない。
ドアを乱暴に閉めると悠宇はベッドに近づいていく。先刻の暴れようが嘘のように、欠月は穏やかな寝息を立てていた。
よく見れば欠月は、この間見た時より一回りも痩せている。細い木の枝のような腕を見て悠宇は言葉もない。
全身を覆う包帯は真っ白だ。本当に、先ほどの事がなかったような白さだ。
「…………」
はぁ、と短い息を吐き出して悠宇はベッドの傍のイスに腰掛ける。そっと欠月を見た。
一体欠月に何があったというのか……。
(……ひでぇことしやがる)
悠宇は怒りが湧き出し、立ち上がってベルトを解いた。
欠月が瞼を開けるのを見て、悠宇は微笑む。疲れたような笑みだった。
「起きたか、欠月」
「…………」
欠月は視線だけ動かし、悠宇を見る。目を細めた。
「めっずらし……。またお見舞い?」
「……ああ」
「暇なんだねぇ……」
「…………」
黙りこくってしまう悠宇を眺め、欠月は「あぁ」と洩らした。
「見たの。発作を」
「…………欠月、俺と出掛けた後に何かあったのか?」
「なに、突然」
「俺が急に連れ回したからなのか?」
「違うよ」
「……ごめん。俺がもっとしっかりしてたらよかったのに」
「違うって言ってんじゃん」
やれやれと欠月が嘆息した。
「しおらしいのなんて、キミらしくないよ」
「だって……こんな……ベッドに縛り付けてよ……」
「これはボクが言い出したんだよ。暴れてベッド壊しちゃってね。発作もいつ起きるかわかんないし……危ないでしょ」
「だからって」
「キミがボクの立場なら、同じ事言うと思うんだけどな」
からかうように軽く言う欠月の言葉に、悠宇は押し黙る。
いつ起こるかわからない発作……そのために自らここに縛り付けられているというのは、わかる。わかるが納得はできない。
「急にどうしたんだ。この間来た時は、こんな……面会謝絶とかなってなかったろ?」
「…………」
今度は欠月が押し黙った。彼は悠宇に何も言うつもりはないのかもしれない。もしくは……誤魔化す気なのかもしれなかった。
「何かあったんだろ、欠月」
確信を持って尋ねるが、欠月はやはり黙ったまま。
「お前をこんなに痛めつけるような何かか、誰かか……判らないけど、俺は絶対にそいつを許さない。お前が苦しんでるのにこうやって見てるだけなんて…………それが悔しくて仕方ない」
「……ビョーキなんだから、気にしなくていいのに」
「どこが病気だ!」
突然容態が変わるなんて! しかも尋常な様子ではなかったじゃないか!
「お前は憑物封印に絡んであんなに苦しんだんだ……また、こうして苦しまなくちゃいけないのか? そんなの…………そんなの納得いかねぇ。相手が判ったらぶん殴りに行ってやりたいくらいだ」
「ははっ。別に憑物封印で苦しんでないよ。また勝手に決めつける。キミの悪い癖だな」
無理に笑おうとした欠月の顔が引きつっていた。顔にも傷があるせいだろう。
「キミにとってはまぁ、なんていうのかな。道徳的には悪いことだと思うよ、憑物封印のことは。ボクに対して行われたこともね。
でも……それがなければボクは誕生しなかったし、ボクは誰かの役に立てるならそれでいいかな〜って思うような人間だし」
「現におまえはこうやって苦しんでるじゃないか! 何がおまえをこんなに苦しめるんだ、欠月!」
切実な悠宇の声に欠月はまた黙り込んでしまった。沈黙は、重い。
「……まただんまりかよ」
「殴りに行かれても困るというか……逆に返り討ちに遭うよ、キミは」
さらっと欠月が言う。その言葉に悠宇は顔を強張らせた。
やはり原因があるのだ。しかも、それは人の手によるものなのだ。
「わかってるんだな、原因が!」
「……まあね」
面倒そうに呟く欠月は瞼を閉じる。
「教えないとキミはここに居座りそうだし……。仕方ないな。
これはボクの身体に仕掛けられてるものが反応してるせいなんだよ」
「は?」
「身体に細工がしてあるってこと。半年間も放置されてた理由がわかったよ。四十四代目を必要としていない理由も……。
ボクの命は遠逆家が握ってる。いつでも殺すことができるんだよ。ま、この発作は早く帰って来いってことらしいね」
「なっ、なんだと……!」
愕然としてしまう悠宇は欠月を凝視した。
みるみる怒りに染まる悠宇のほうを見遣り、欠月は嘆息する。
「ある人物を殺す依頼を受けたんだけどね。実行したから文句は出ないと思ってたのに……」
「つまり、遠逆家はおまえが仕事に失敗したと思ってるってことか?」
「そうとしか思えないな。従順にしてる道具にこんなこと、しないでしょ普通」
「おまえは道具じゃないっ!」
「……どちらにせよ、ここに居るわけにはいかないな。帰らないと」
帰る?
悠宇が眉間に皺を寄せた。
「帰ったらもっとひどいことされるかもしれねぇんだろ!?」
「だろうね。でも帰らないと。このままここで暴れるわけにはいかないよ」
「おまえが暴れたら俺が抱きとめてやる!」
「あのねぇ。キミは学生でしょ? 四六時中ボクの傍に居るなんてことできないでしょ?」
呆れている欠月を見ながら悠宇は唇を噛む。
「……まぁ、キミに見られたからいいキッカケになったよ。家に戻るよ」
「俺のせいか……?」
「違うよ。ここで発作を待ち構えるのもどうかと思ってたし……。キミはボクがここに居ると気がかりだろうしね。家に戻らない限りはこの発作はずっと続くだろうから」
あんな……あんな苦しみをずっと? 家に戻るまでずっと……?
悠宇は欠月の細い腕を見る。抵抗するだけで体力を使うことは見ればわかる。このままだと欠月は死んでしまうだろう。
ここに残っても、戻っても、欠月にとってはいいことにならない。だがここに居れば欠月は苦痛に耐え続かなければならないのだ。
(家に戻って……欠月が無事でいるっていう保証はねえ……)
「……家に戻っても、また会えるか?」
「さあ? おそらくもう、あの家からは出してもらえないとは思うけど」
「な、なんで!?」
「ここまで帰還を強制してるってことは、ボクをもう自由にしないってことだろうね」
どうして……いつも欠月ばかり。
悠宇はそう思う。
拳を握りしめる。
遠逆家は欠月を道具としか見ていない。欠月は……道具なんかではないのに。
この先のことが悠宇は不安でならない。欠月の行く末が……不安でたまらないのだ。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【3525/羽角・悠宇(はすみ・ゆう)/男/16/高校生】
NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、羽角様。ライターのともやいずみです。
欠月は家に戻るようです。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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