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■ファムルの診療所■ |
川岸満里亜 |
【2787】【ワグネル】【冒険者】 |
ファムル・ディートには金がない。
女もいない。
家族もいない。
金と女と家族を得ることが彼の望みである。
その願いを叶えるべく、週に2日、夕方だけ研究を休み診療所を開いている。
どんな病でも治す薬を調合できると謳っているのだが、まだ訪れる客は少ない。
特に女性客が少ないのが今の彼の悩みである。
「別にセクハラなどしてないんだがな」
ファムルは毎日のようにぼやいている。
「惚れ薬調合すりゃーいいじゃんか〜」
「キャン、キャン」
たまに邪魔をしにくるダラン・ローデスという少年が、ファムルのペットである雑種の子犬とじゃれている。
ダランは元弟子だ。
無知で常識知らずで身勝手で馬鹿でドジで間抜けで……とにかく救いようもなく阿呆な少年だ。
錬金術は勿論、助手としても、小間使いとしても、肩たたき係としても全く役には立たずクビにしたのだが、こうして時折やってきては邪魔をして帰るのだ。
しかし、実際今のファルムにとって、それはありがたい。
最近はダランの邪魔料、迷惑料、器物破損料をダランの親に請求して食いつないでいる状況だ。
全く情けないことこの上ない。
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『ファムルの診療所〜ぶちゃいく猫ちゃんのご病気〜』
ダラン・ローデスをサポートし、シシュウ草を持ち帰ったワグネルだが、その日診療所を訪れたのは別の目的の為であった。
診療室でファムルから一通りダランについての説明を受けて後、ワグネルはようやくここを訪れた目的を語ることができた。
抱えていた籠にかけてある布をとる。
覗きこんだファムルが怪訝そうな声を発した。
「なんだ? 猫か」
「ああ」
「私は獣医じゃないぞ」
「それは解っているが……」
テーブルに籠を下ろし、ワグネルは経緯について話し始める。
この猫は飼い猫ではない。ワグネルが面倒を見ている猫というわけでもない。
この猫がワグネルに懐いているのか、自分が街に戻ってくるたびに寄ってくるのだ。
野良猫であるため、縄張り争い等で、傷を負っていることもある。そんな時でも、特に気にはならないのだが……。
今回は明らかに何か変なのだ。
「なんだか、酔っ払ってるみてぇなカンジでよー。食ったもん吐き出したりさ」
「うーん、事情はわかったが、どんな薬を与えればいいのかは、直接症状を見なければわからんな」
ワグネルが与えた薬により、猫は今、安らかに眠っている。
「もう数分もすれば、目が覚めるだろうぜ。治療の間、ダランの探索に付き合ってやっから」
「症状を見ても、治療薬を調合できるとは限らんぞ? それでも診察料や預かり料はいただくが、いいかね?」
「なんだ、がめついなー。野良猫だぞ」
言いながら、愛嬌のある猫の顔を見て、ワグネルの顔が思わず緩む。
「ま、いっか。わかった、必要分は払う」
「了解。では、商談成立ということで」
ファムルと握手を交わした後、ワグネルはダランとの待ち合わせ場所へと出かけたのだった。
「引き受けたのはいいが……」
預かった猫が眠っているうちに、ファムルは役に立ちそうな本を倉庫から引っ張り出してきた。
昔纏めた動物実験に関する研究ノートも取り出す。
「吐くといってもなー」
小さな物音に顔を上げると、目を覚ました猫がファムルを見て警戒心を露にしている。
「起きたか。気分はどうだ? どこか痛んだりはするか?」
質問しても、答えが返ってくるはずもなく。
ファムルは、猫に手を伸ばした。
「痛っ! 大人しく、こっちに来い!」
「ニャーニャーニャー」
猫はファムルの手を引っかくと、籠から飛び出して床に飛び降りた。
「待てッ、今晩の食費ー!」
診療室のドアから飛び出し、廊下に出た猫を追う。
「その部屋に入るんじゃない!」
猫は半開きになっていたドアから研究室に飛び込み、テーブルの上を飛び回る。
「あー! 貴重な試薬がー!」
ガチャン! パキン!
ファムルに負われる猫が、次々に資材を破壊していく。
「貴様、もう許さんぞぉぉ! とぉぉぉぉりゃー!」
ファムルは薬品棚から痺れ薬を取り出して一面に振りまいたのだった。
「なるほど。これくらいの量だと、これくらいの効果が得られるわけだ」
かくして、不意の実験を終えたファムルは、小さく丸まって鳴き声だけ上げている猫を摘み上げる。
「なんだ、お前メスか。その顔で女か。そうか、そうなのか。お互い苦労するな。でも、猫じゃなぁ、せめて獣人とかならよかったんだが」
「ニャアッ」
お断りとばかりに、ぶちゃいく猫がファムルの手首に爪を立てる。
「ッ! ……ほほう、まだ動けるのか、それなら人間と同じだけ薬を服用させたらどうなるか、試してみるものいいだろう」
薄気味悪く笑うファムル。
しかし、このぶちゃいく猫は大事な今晩の食費だ。ぐっと抑えて、仕返しはくすぐりの刑で我慢することにする。
「ニャーニャー」
痺れ薬が効いているせいで、抵抗する声も弱弱しい。
「ん? なんかお前、腹出てないか?」
ファムルが猫のお腹をさすった途端、猫は茶色い粘液を吐き出した。
「っと、痺れ薬の副作用……ってことはないはずだ。腹の膨らみと嘔吐……メス……」
ぎろり。
ファムルはぶちゃいく猫をにらみつけた。
「まさか、お前妊娠してるのか! つわりか、つわりなんだろ、その症状は! く、くそっ、猫の分際でこの顔で、私より早く……っ」
ダンダンダンと拳をテーブルに叩き付けるファムル。
「いやでもそれなら、何故、旦那は一緒じゃない? ……そ、そうか、遊ばれたんだな! くっ、そうだったのか」
猫相手に、勝手に決めつけていく。
「可哀想に。お前が人間ならお前とお前の子の面倒、見てやってもいいだがなぁぁぁ」
1人まくし立てると、ぎゅうっとぶちゃいく猫を抱きしめるファムルであった。
**********
「たっだいま〜」
ご機嫌でダラン・ローデスが戻ってくる。
その後には、ワグネルの姿もある。
ここはダランの家ではないのだが、彼にとっては別宅のような場所なのだ。
「沢山採れたぜ!」
「そんな格好で診療室に入ってくるな!」
ファムルは泥だらけの姿で入ってこようとするダランを一喝した。
「じゃ、体洗ってくるからよー。ワグネル、草見てもらって! 殆どシシュウ草だろうけどさ〜」
ドサリと置かれた草は、殆ど雑草のようだった。
別段汚れてないワグネルは、診療室に入り猫を見舞う。
「ニー」
ワグネルを見て小さな声を上げたが、ぐったりして元気がない。
「おい、預けた時より悪化してないか!?」
「うっ……いや、暴れるもんでな、ちょっと麻酔をしただけだ。じきに回復するだろう」
「そうか。で、治りそうか?」
「嘔吐なんかは、抑えることが出来るんだがな。腹の腫瘍は私にはどうにもできん」
「腫瘍?」
ワグネルは猫の腹に触れてみる。確かに何かあるようだ。
「最初は妊娠かと思ったんだがな。どうやら腫瘍のようだ。さすがにここでは手術は無理だ。専門医を教えてやるから、切ってもらうんだな。その後の治療薬なんかは、私が調合してやれるぞ」
ファムル・ディートの診療所を是非よろしく! とファムルは締めたのだった。
猫が心配なため、ワグネルはダランから報酬を受けとる前に、診療所を後にした。
今回の治療費は計算の上、ダランが支払う報酬から差し引かれることになっている。
「なあ、ワグネルが抱えてた猫だけどさ、あれ街で見かける野良猫だろ?」
風呂場から戻ったダランが、本を捲っているファムルに問いかける。
「そうだが」
「あの猫だけじゃないんだけどさ、最近野良猫達の間に変な病気が蔓延してるらしいぜ〜」
「変な病気?」
「吐いたり、痙攣したりするんだってさ」
「なるほど、それは食中ど……」
突如、ファムルの手がとまる。
「なあなあファムル〜。なんか甘い匂いするな。何作ってるんだ?」
「いや、あーチョコレートをな! もうすぐバレンタインだからな」
「なんで男がチョコなんか作ってんだよ」
「はは、研究費の足しにしようと思ってな。さ、採ってきた草を見てやる」
「おー! 何回分作れっかな〜」
上機嫌でシシュウ草を取りに行くダラン。
「チョコかー。はっはっはっなるほどなー」
「おーいファムル、持ちきれないから、こっち来てくれよ!」
パタンと本を閉じると、頭を掻きながらファムルはダランの元へと向った。
街へと戻ったワグネルは、早速腫瘍の摘出手術の為、病院にぶちゃいく猫を預けた。
その帰り、食事の為に寄った酒場で、こんな噂を耳にしたのだった。
ここ数日、野良猫達が食中毒のような症状に見舞われている。
なんでも、白衣を着た痩せた男が、猫達にチョコレートを食べさせていたようだと。
猫にチョコレートは毒なので、良識のある大人なら、与えたりはしないのだが。
なんだか、猫を使って実験をしているようであったという話だ。
「吐き下しはそのせいか。ひでぇことをするヤツもいるもんだ」
でもまあ、今回そのお陰で腫瘍を発見することができたわけだし。
猫の愛嬌のある顔を思い出し、今日のところは、ヨシ!とすることにした。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2787 / ワグネル / 男性 / 23歳 / 冒険者】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、川岸です。
ファムルはこのケースの場合、診察料、治療費、預り料、猫による器物破損料などなどぼったくり請求書を書くところですが、今回、ワグネルさんは大した請求はされなかったようです。
ご依頼ありがとうございました!
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