■CallingV 【夕顔】■
ともやいずみ |
【6494】【十種・巴】【高校生、治癒術の術師】 |
憑物封印は終わった。
そして……日本にやって来た遠逆の退魔士は言った。
350年も同じ姿で生きている、と。
その口から……明かされるのだろうか、今までのことが……?
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CallingV 【夕顔】
知りたいなら教えてやるよ、オレのこと。それでもオレのことを好きと言えるか――――?
問われた十種巴は口を開いた。
「聞く。聞くべきだと、私、思う」
陽狩が弱さを曝そうとしているのだ。聞かないほうが失礼だと、巴は思った。
「……それでも好きかって? 馬鹿にしないでよっ!」
巴が陽狩に噛みつかんばかりの勢いで言う。
「人なんて生きてたら間違いや卑怯な事なんか幾らでもするわ! 大事なのは、それに気づいてどうするかよ!
陽狩さんは自分なりに最善の方法を考えて、それで生きてきたんでしょ!? ……それだけ、それだけ悩んで、考え抜いた人を嫌いになれる訳ないじゃない! …………馬鹿にしないでよ」
最後は小さな声になる。
陽狩は決してバカにしたわけじゃないのは、巴にもわかっていた。だが、言わなければ気が済まなかったのだ。
唇を引き結ぶ巴を見て、陽狩は少し躊躇うような表情をするが……口を開いた。
*
風のない夜のことだった。
東と西の逆図を完成させた陽狩は、意気揚々と帰還した。これでもう、誰にも文句は言わせない。例え次の当主に選ばれなくても、退魔士としての実力は認められるだろう。
屋敷を包む結界を越えたところで、弟が待っていてくれた。
「お帰りなさい、兄さま」
弟は陽狩よりも十も下だ。幼い弟の頭を撫でる。
「こんな遅くまで待っててくれたのか?」
「はいっ」
満面の笑みが、陽狩の疲労を癒してくれる。だがここで気を抜くわけにはいかない。自分の他にも『憑物封印』をおこなっていた者はいるのだ。一体何人が成功させてくることか……。
陽狩は自身の左の瞼に触れる。現在、一族の中でこの色違いの瞳を持っているのは陽狩だけだ。これこそが、陽狩の唯一の優越感だ。
優れた退魔士に現れるという……証。
陽狩には上に兄も居た。とはいえ、兄はそれほど強力な退魔士ではなかったためにすでに婚姻し、子供をもうけている。遠逆家は子孫を残すためにほとんどの者が子供を作る。だが……危険と隣り合わせの仕事をしているために、人数は爆発的に増えることはなかった。
誰かが生まれれば、誰かが死ぬ。
バランスのよいことだ。うまく拮抗がとれているとも言うが。
兄は優しいが頼りなく、才能がなかったために子供を作ることに励むしかなかった。哀れなことだ。陽狩は兄を憐れんでいる。
「じゃあ、当主に報告に行って来る」
弟を残して陽狩は当主の居る棟に移動した。それが陽狩にとっての分岐点になった。知らなければ、彼は無知のままで『死ねた』のだ。
無礼ではあるが庭から……と歩いていた陽狩はぎくりとして足を止めた。
なぜこんな不安な気持ちになるのかと怪訝そうにする。もう一度歩き出し、陽狩は……余計に不安になる。怖い、と本能が訴えていた。
足音と気配を殺して歩いていることに陽狩は気づかない。
当主の居る部屋には灯りがついている。まだ火を消していないようだ。
耳に届いた嬌声に陽狩は足を止めた。咄嗟に頬を赤く染める。もしや……その、女性を連れ込んでいるのだろうか? だがすぐにその考えを否定する。
(……喘ぎ声? いや、悲鳴?)
うまく聞き取れなかったのでさらに近づく。
はしたないとは思ったが庭に面した廊下にそっと上がり、障子に近づいた。そして、ほんの少しだけ開ける。
悪いことをしているという自覚はあった。だが、止められなかった。
だって、左眼がイタイ。
陽狩は部屋の中を覗き込み――――完全に硬直した。
おぞましさに脳が働かず、理解するのを拒む。
部屋中に飛び散った血。うめく女。あれはなんだあれはなんだあれはなんだ?
陽狩は無言で身を引く。だが目の前の障子が開かれた。直視した光景に陽狩の胃の中が込み上げてくる。嘔吐を我慢し、陽狩は青い顔で障子を開けた相手を見上げる。
「来る頃だと思っていたぞ、陽狩。よぅやった」
「は……あ、ありがたき、幸せ……」
声が震えている。
美しい青年の足越しに部屋の中がうかがえた。ごくりと陽狩は喉を鳴らす。
「そうそう、おまえを二十四代目に指名した。もうおまえは二十四代目だ」
「……は?」
意味がわからない。なんだ突然。
「もう残っているのはおまえだけだ。必ず成功させよ」
「…………」
成功?
反射的に陽狩は庭に跳び降り、構える。
「これはどういうことですか……? その、『後ろのモノはなんなのですか』?」
「ふふっ。わかっておるだろう? 賢いおまえなら」
――わかっている。
コレは。
「……蠱毒」
壷の中に様々な毒虫を入れる。すると、毒虫たちは互いを殺し合う。最後の一体が最強の毒虫。最高の一つを作り出す、方法だ。
憑物封印は四十四体の妖魔を同じ『壷』に入れ、混ぜ、一つにするのだ。ソレと封印者が戦い、さらに『混ざる』ことが目的だ。
取り込まれるか、打ち負かしてヒトでなくなるか。
どちらも、『毒』に変わりない。
「……後ろの方の儀式は失敗したのですね……」
こんな状態で生きているわけがないし……ヒトも妖魔も、もはや原型を保っていない。どちらもすぐに崩壊する。
「おまえなら、大丈夫だ。おまえは我ら一族を継ぐ者だからな」
遠逆家を存続させる存在になる。その意味は――。
(孕ませろ、と……?)
当主が異形と契り、子孫を残す。異形となった当主と、他の遠逆の者が契る。
もしくは、契約する。力を流す燃料として。
どちらにせよ、すぐに命が絶えてしまう。こうなっては。
乱暴に、荒く使われて、使われて……すぐに壊れてしまうだろう。
憑物封印とは……遠逆家の能力を継続させる『力の源』を作る儀式なのだ。十四代目当主から開始されたというこの儀式は、ただ単に腕試しなのだと陽狩は思っていた。違う。十四代目は遠逆家のために供物になったのだ。
(だから……十四代目はほとんど記録に残ってないのか……?)
就任してすぐに寝たきりになったとされている。本当に、たったそれだけだ。陽狩も、そうなるのだろう。
陽狩は涙を流していた。恐ろしいのはわかってはいたが、恐怖で流したものではない。
おぞましいものに成り果てることが、嫌だった。途方もなく、嫌だったのだ。
遠逆の人形として生きることも、戦士として生きることも、別段苦痛ではない。村の若い男たちのように都に憧れることもないし、器量良しの女房を取ることが幸せとは思わない。恋をしたいとも思わないし、子供を作ることに抵抗もない。
だが。
『自分』を捨てることだけは我慢ならなかった。
誰かにすがりたかった。
助けて! 『オレ』が消えてしまう!
だが、すがるべき相手などいない。陽狩は素早く動いた。
一閃した。
片手には漆黒の刀。
一撃で当主の首を刎ね飛ばした。
首から血が噴き出る。それが顔に散った。温かい。だがこれもすぐに冷たくなる。
陽狩は空中から巻物を取り出し、刀で粉微塵に斬り刻んだ。
落ちた、巻物だったソレから怨嗟の念が『こぼれた』。どろりと、粘り気のある濃灰の液体が千切れた部分からじわりと、洩れてくる。
それらを睨みつける。足に絡みつく液体を払った。しかしそれは陽狩を取り込もうとする。
液体が触れた部分はなんの変化もない。だが嫌な予感がした。しかしそれに構っていられる時間はない。
陽狩の行動は早い。
当主を殺した以上、ここに留まってはいられない。これ以上ここに居ては殺される!
入ってきた正門に向かう。そこにはまだ弟の姿があった。
「兄さま?」
どうしたの?
陽狩は弟の手を、伸ばされた手を振り払う。早く。早くしなければ。
早く――「逃げなければ」。
弟がどうなるか。兄がどうなるか。自分はどうなるか。
そんなこと、考えもしない。あるのは「逃亡」だけだ。
ココから逃げることしか、考えていなかった。
*
「……オレは、ただ単に、その時のことを償いたかっただけなんだ。
弟と兄を、一族を見捨てて逃げた。外国を旅してたのだって、日本に帰りたくなかったからだ」
陽狩の呟きに巴は合点がいく。
誰かを助ける仕事は凄いと、彼は言った。彼は自分が逃げた際の『罪』をずっと、他人を助けるというカタチで償っていたのだ。
それは自己満足だと陽狩は思っているだろう。それでも、何もやらないよりは気休めになる。
旅の終わりが来るのを待っていると陽狩は言っていた。
(あれは……償いが終わること? ううん、違う。楽になりたいって、こと……?)
350年以上もこの姿のまま生き続けている陽狩。不老不死になってしまったと気づいたのはいつ頃なのだろう?
責任感の強い陽狩は実直な性格をしている。きっと逃げたことを何度も悔やんで、自身の命で償おうとすらしたに違いない。だが、それができなかったのだ。死ぬことで「逃げる」ことだけは、許されなかったのだ。
「おまえが思ってるようなヤツじゃない……。
ただ怖くて逃げ回ってただけなんだ。自分がとんでもないことをしたってわかってるくせに、それを悔やんでるくせに、それなのに怖くて帰って来れなかった……。ただの臆病者なんだ」
陽狩自身の中ではうまく割り切れないのだろう。
だから悩んで悩んで。
償えることじゃない。何をやっても償えない。
もうだってそれは……300年以上も前のコトだ。
(300年なんて……全然想像できないや……)
その長い間に、陽狩の事情を知ってもついて来ると言った者も居ただろう。陽狩自身が、言われたと教えてくれた。
だが。それこそが。
陽狩を苦しめていたのだろう。
年を取らない身体は、陽狩にとっては苦痛にしかならない。
同行者は年を取っていく。そのうち老いて、満足に歩けなくなるだろう。だが陽狩は? 陽狩は『姿が変わらないまま』だ。
同行者の老いていく姿を見て陽狩はどう思うだろうか? きっと苦しみ、辛いと感じることだろう。
だから彼はずっと一人だった。一人で居るしかなかったのだ。時間の流れから外れたから、一人きりで居ることしか残されていなかった。
誰もが彼を置いて年を取り、死んでいく。誰にでも与えられる、当たり前のことが陽狩には来ない。
陽狩の目を巴は見た。辛い、と瞳には映っている。
生きていくのが辛い。一人でいるのが辛い。
「憑物封印が原因かもしれないとは、ずっと考えてきたんだ。もし、それが当たっていて……呪いが、解けたら……オレは死ぬことができる。
だが、それができなかったら……もう、誰にも関わるつもりはない。人前にも出ない」
もうこれ以上、誰かに関わるのが辛い。もう嫌だ。
巴が例え気にしなくても。年をとっていくだけで、その姿を見るだけで陽狩は苦痛なのだ。
普通の人間は不老不死に憧れるものだ。いつまでも若いままで居ればいいと。
ソレを意図せずに手に入れてしまった陽狩。だが決して幸せそうではない。
「遠逆家に行く。それで、全て終わりだ。終わるといいんだが……。それに」
陽狩は言葉を濁す。彼は何か思案するように視線を伏せた。
間違っているとか、間違っていないとかいう問題ではない。だから陽狩に対して、どう言葉をかければいいのか巴にはわからなかった。
彼の気持ちはわかってはならないものだ。なぜならそれは巴が経験していないもので、想像することしかできないから。
容易く「わかる」とか、「間違ってない」とか言っていいわけはなかった。
彼は許されることを望んでいるのではない。彼は解放されることを望んでいる。
生きていて欲しい。けれど、陽狩はもう充分に生きたじゃないか。これ以上苦しめるの? 私は。
「私……」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【6494/十種・巴(とぐさ・ともえ)/女/15/高校生・治癒術の術師】
NPC
【遠逆・陽狩(とおさか・ひかる)/男/17/退魔士】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、十種様。ライターのともやいずみです。
陽狩の隠していた秘密……いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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