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■【楼蘭】椿・落全■ |
紺藤 碧 |
【2872】【キング=オセロット】【コマンドー】 |
「おや、これはとんだところを見られてしまったな」
降り積もった雪の上に寝転がった瞬・嵩晃の上に落ちる紅の椿。しかし、その下で雪を染めているのは椿の花弁ではない。
瞬は見下ろす異国の旅人に、色をなくしてすっかり白くなってしまった手をかざして苦笑した。
「どうやら油断していたようでね」
いつもなら跳ね返すのだけど、どうやら相手の想いもそうとうなもので。
「血がね、止まらないんだ」
かざした手に自然と生まれた切り傷から零れた赤い雫は、瞬の上で椿の花へと変化する。
流石に雪に染み込んでしまったものまでは変化させられないのだろう。どうりで言葉ほど周りが赤くないわけだ。
「そろそろ解呪したいと思うんだ。このままでは私は死んでしまうしね」
血が椿に変わるなどそんな相手の美的感覚に感心して、ついついなすがままになってしまった。
「道具を、取ってきて欲しいんだ」
お願いしてもいいかい? と、その場を送り出された。
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【楼蘭】椿・落全
「おや、これはとんだところを見られてしまったな」
降り積もった雪の上に寝転がった瞬・嵩晃の上に落ちる紅の椿。しかし、その下で雪を染めているのは椿の花弁ではない。
瞬は見下ろす異国の旅人に、色をなくしてすっかり白くなってしまった手をかざして苦笑した。
「どうやら油断していたようでね」
いつもなら跳ね返すのだけど、どうやら相手の想いもそうとうなもので。
「血がね、止まらないんだ」
かざした手に自然と生まれた切り傷から零れた赤い雫は、瞬の上で椿の花へと変化する。
流石に雪に染み込んでしまったものまでは変化させられないのだろう。どうりで言葉ほど周りが赤くないわけだ。
「そろそろ解呪したいと思うんだ。このままでは私は死んでしまうしね」
血が椿に変わるなどそんな相手の美的感覚に感心して、ついついなすがままになってしまった。
「道具を、取ってきて欲しいんだ」
お願いしてもいいかい? と、その場を送り出された。
カシャン! ガシャン!!
キング=オセロットは、こじんまりとした素朴な庵の中から聞こえる不可解な音に眉根を寄せ、半分だけ開け放たれた戸口をわざと音を立てて開ける。
「!!?」
「随分と、散らかしたな」
オセロットからは背を向けていた青年は、音と声に一瞬肩を震わせ、ゆっくりと振り返る。
その視線は睨み付けるようにオセロットを貫き、どこか影を背負った瞳は一縷の光さえも見て取れない。
「誰です?」
どこか中世的な声で問う青年に、オセロットはそれはこちらの台詞だと言わんばかりにふっと微笑む。
「少々頼まれごとをしてね」
誰からとは言わない。その部分を曖昧にすることで相手の出方を見るつもりだ。
「この庵ではないのでしょう。お帰りください」
私は忙しいので。と青年はオセロットから背を向けて、次の薬瓶に手をかけた。
(なるほど…)
どうやら相手方も激昂に我を忘れての破壊衝動ではないらしい。オセロットの言葉に反応が返せるあたり、冷静に頭が働いているようだ。ただ、その顔色だけは酷く悪かったが。
「頼まれごととは、瞬に呪いを解く道具を取ってきて欲しいと言われてね」
オセロットの声に青年の手がピタリと止む。
「瞬憐に、頼まれた…ですって?」
「ああ」
青年が口にした“瞬憐”は確か仙号とかいうやつだったかと、オセロットは心の内で考えつつ頷く。
「…っく、忌々しい」
吐き捨てるようにそう口にした青年に、オセロットは腕を組んで、青年の元へと数歩近づく。
「私は道具を取ってきて欲しいと頼まれただけで、あなたと彼の事情は知らないが、尋常ならざる様子であるのは見て取れる」
よければ事情は話してはみないか?
オセロットの言葉に、青年の握り締めていた手が緩む。しかしそれも一瞬のことで、青年は自嘲するような笑みを浮かべると、両手を広げ、眼を細めてオセロットを見た。
「事情も知らず頼まれた?」
彼にそんな人間関係があったことも驚きだが、
「私の話を聞けば、貴女も分かるだろう」
瞬・嵩晃という人物が、いかに仙人として名を連ねるに値しないかを!
青年は話し始める。どこか狂ったような表情を浮かべ、姿からは想像もつかないような饒舌さで。
とりあえず、青年の名は賢徳貴人と言うらしい。瞬と同じように人であったころの名を口にするのならば、“姜・楊朱”。
元々、人が仙人になるためには、身体の中に仙骨というものも持っていることが条件となる。しかし、姜は生粋の人と言う身でありながら、仙人になるための修行を受けることを許された、数少ない存在。
そして、
「血を吐く思いで重ねてきた修行。努力に努力を重ね、ようやく得たものを、けれど他人は生まれついた天分というだけであっさり手にしている」
仙骨さえも無い身でありながら、こうして仙人として誰かに呪を掛けられるほどの実力を身に着けたその努力は、賞賛に値するとオセロットも思う。
だからこそ、ぽっと出とも言える瞬の存在が、疎ましい。
「まぁ、あまり気持ちのいいものではないだろうな。その気持ちまでは否定しない」
「分かったような口を利くな」
「だが…それで?」
ぐっと姜の言葉が詰まる。一瞬にしてその顔色から温度が消える。しかし、そんな姜の冷たい氷のような瞳を気にもとめず、オセロットは軽く腕を組むと、ゆったりとした動作で一度瞬きをして、姜を真正面から貫いた。
「他者がどのような道の末にあなたと同じものを得たかなど、関わりのないこと。あなたの努力の道を、汚すものでも否定するものでもない」
それは、端的に言ってしまえば、他人は他人。自分は自分。あなたの努力はあなただけのものと言っていることと同義。
「お前に何が分かる! 築き上げてきたものが一時の夢と同義であると知ったあの絶望が!」
かっと姜の瞳が見開かれる。
「何も分からぬさ。私はあたなではないのだから」
オセロットはやれやれと言う様に軽く肩を竦めた。仙人という存在が如何様なものであるか詳しくは知らないが、他人と自分を比べるなど、仙人であるかどうかという以前の問題であり、堪らなくくだらないこと。
「あなたが歯を食いしばり、厳しい道のりを乗り越えてきたのは、このように誰かを妬み、傷つけ死に至らしめるためだったのかな?」
仙人になれると知った時、仙人になろうと志した時、あなたは何を思ってその道を選んだのか。それを思い出せとオセロットの瞳は告げる。
「妬みの心で見えなくなってしまったのだったら、振り返ってみるといい。見えるだろう?」
―――あなたに救われ、喜びにあふれる人々の顔が。あなたを、慕う顔が
「……っ!」
姜は元々から邪な心を持った仙人ではない。思想を尊び、学芸に優れた控えめな仙人だった。
オセロットは徐に上着のポケットから煙草を取り出し、ゆっくりとした動作で火をつける。
「……さて」
白い紫煙が空に昇っていく様が、まるで邪念を浄化させているかのよう。
姜の顔は、負の心の影響なのか幾分か精気を無くしていたが、その視線からは棘が消え去り、穏やかなものに変わっていた。
その様を見て、オセロットはこれ以上言葉を掛ける必要はないように感じたが、最後の確認として問いかける。
「あなたはこれからどう歩む? 妬みの心に道を踏み外し、闇の中を歩き続けるか?」
―――それとも?
オセロットの言葉に、姜はただ瞳を伏せ微笑んだ。
オセロットの影に、瞬は弱々しく閉じていた瞳を開き、そっと視線を向ける。
「道具だけでよかったのに」
瞬は苦笑しながら弱々しく告げる。
そう、オセロットの向こうに、強張った表情で立っている姜の姿が見えたから。
「そう言うな。彼は自分で解呪を行うと言ってくれたのだから」
「彼?」
ふっと微笑んで告げたオセロットの言葉に、瞬は微かに首をかしげ、姜を見やる。
その行動を不思議に思い、オセロットは訝しげに姜を振り返ったが、その視線を誤魔化す様に姜は雪を踏みしめ、瞬の傍らに膝を着く。
「なぜ返さなかった」
「……意味が、分からない」
そう、姜が口にした「忌々しい」とは、瞬が呪詛を解こうと起こした行動に対してではない。返す――呪詛返しを何時でも行えたはずなのに、わざわざ人をよこし、そして道具を使おうとしたことに対して。
「だから…私は……」
おまえが嫌いなんだ。
呪詛返しを行えば、確実に代償として姜が何かしらの傷を負う事は必須。けれど、道具を使えば――例えば人形など――姜を傷つけず呪詛を解くことができる。
「そうか、それで」
オセロットが瞬の庵を訪ねた際に道具を壊していたのか。
「呪詛返しをさせたかったのかな?」
そうでなければ姜が道具を壊していた理由が見当たらない。
そんなオセロットの問いかけに、姜はふっと微笑んだ。
「自分の身しか考えないような人ならば、間違いなく返すでしょうね」
「試したな」
オセロットは笑みの形に、軽く口元を吊り上げる。
「如何様にでも」
雪に散らばった赤い椿が、熱の無い炎に焼かれていく。
やはり雪に染込んでしまった血や、服に滲んだ血はどうにも出来ないためそのままだが、椿に変わる血を流した微かだが数の多い切り傷は完全に消えていた。
「ありがとう」
瞬は雪の中からゆっくりと上腿を持ち上げる。流石に溶けた雪で濡れているかと思ったが、その心配は無かったらしい。
「手を貸そう」
今の今まで氷の上で寝転がっていたのと同じならば、身体が上手く動かないに違いないと、オセロットは手を差し出す。
「ああ、すまないね……」
オセロットの手を握り返すも、その手には力がこもっていない。逆に握り返して手を引くが、瞬はそのまま身を預けるように倒れ掛かった。
「かなり疲弊しているな」
「眠るわけにも…いかなかったしね……」
確かに雪の中で眠るということは、出血多量以前に凍死という結論を招いただろう。
良くここまで耐えたというべきか。
「私の責任だ。彼の面倒は私が見ましょう。もう……あんなことはしませんよ」
瞬の庵もそう遠くないし、姜の仙術を使えば一瞬にして帰ることも可能だろう。
「あなたもいらっしゃいますか?」
今度はちゃんとお茶でも出しましょう。
勝手知ったる他人の家。勿論茶葉は瞬の持ち物だ。
「では、ご馳走になろう」
姜はオセロットと瞬の手に符を握らせ、印を組む。
場所が暗転する瞬間、オセロットは姜に問いかけた。
「ところで、あなたは“彼”ではないのかな?」
一瞬の沈黙が辺りを支配する。
「それこそ如何様にでも!」
姜は面白いといった風貌で満面の笑みを浮かべた。
fin.
☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆
【2872】
キング=オセロット(23歳・女性)
コマンドー
【NPC】
瞬・嵩晃(?・男性)
仙人
【ゲストNPC】
姜・楊朱(?・?)
仙人
☆――――――――――ライター通信――――――――――☆
【楼蘭】椿・落全にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
突発的な窓開けでしたが、冬のシナリオが書けた事は大変嬉しかったです。ありがとうございました。
今回説得の方法がかなりいい方向…といいますか、オセロット様の説得方法は毎回とてもドンピシャ傾向で、NPC含めかなり救われている人がいるのではないでしょうか。
それではまた、オセロット様に出会えることを祈って……
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