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■GATE:04 『黄昏の決闘』■

ともやいずみ
【6145】【菊理野・友衛】【菊理一族の宮司】
 あいつは一年前に死んだはずだ。
 酒場で、彼は言った。
 あいつは確かに死んだはずだ。
 酒を味わいもせずに流し込み、彼は言った。
 あいつは確かに俺が殺したんだ。
 彼は、言った。
「なのに……あいつは」
 現れた。
GATE:04 『黄昏の決闘』 ―前編―



「というわけでね、今回はその事件を解決してもらうことが目的になるねぇ」
 女将ののんびりした口調にそれぞれが「うーん」と唸る。
 死んだ男からの手紙……。一体どういうことだろう?
「そのネイサンって人に話を聞かないといけないよな。カリムをなんで殺したのかとか」
「話を聞かなければならないが、ネイサンはどこに?」
 梧北斗と菊理野友衛の言葉に女将は「そんなのアタシが知るもんか」と言い放って奥へと戻る。
「今度は西部劇かぁ……。死んだはずの男から手紙……死んだはずの……人間が、ね」
 ぶつぶつと呟く成瀬冬馬の脳裏に浮かぶのは、ある少女だ。黒髪の、あの……。
(死んだはずの……奈々子ちゃん)
 店内を見回す冬馬。前にここを去る時に見た、あの……ミッシという少女はいない。いや、ワタライ全員がいない。彼らは呼ばない限り奥から出てこないのだ。まるで店員だ。確かにここは駄菓子屋風の店ではあるが。
「おぉーい、成瀬さん、大丈夫?」
 眼前でひらひらと手を振る北斗に気づき、冬馬は「ごめん」と謝った。そんな冬馬を心配そうに見ているのは友衛もだ。
「大丈夫か……? あの黒髪の女のこと、気にしてたが……」
「いやっ、いいよ! 気にしないで!」
 冬馬は明るく、そしてわざとらしい大声で言って両手を振ると、奥に向けて声をかけた。
「オート君! ボクと一緒に聞き込み行ってくれる!?」
 奥からオートが出てくる。彼はいつものように微笑を浮かべていた。
「構いませんよ。行きましょう、成瀬サン」
 友衛はそんな二人を眺める。北斗は戸惑ったようにそわそわとし、それから降参したように声を出した。
「あ、あの、フレア?」
 微かな声だったというのに、フレアが奥から出てくる。北斗は彼女の姿を見て安堵した。
「俺と一緒に来てくれるか?」
「アタシを護衛に選ぶということだな。わかった」
 フレアは北斗のすぐ傍に来る。北斗は彼女の左腕を見遣った。その視線に気づいたのだろうが、フレアは何も言わない。
「……ということは維緒しか残っていないのか」
 友衛はうんざりしたように洩らす。あの厄介な男を護衛につけるのは不安だった。
「はいはい。呼んだぁ?」
 奥からひょこっと顔を覗かせた維緒が、軽やかに店に降りてくる。彼は店内を見回し、最後に友衛を見た。そしてニヤリと笑う。
「トモちゃんがお残りやね。可哀想なおっちゃんや」
「……おっちゃんて……俺はまだ22なんだが……」
「中身が老けとるんと違う?」
 けらけらと明るく笑う維緒を見つめ、友衛は軽く笑った。苦笑いに近い笑みだ。
(維緒は悩みとかなさそうだな……)



 酒場に一直線に向かった友衛は維緒を従えてそこに入る。西部劇と言えばやはり酒場が定番。それに自分は未成年ではない。酒を飲む場面になることも考えれば、率先して来なければならないだろう。店内は薄暗いうえ、埃っぽかった。
「そういえば、フレア達は酒は飲めるのか?」
「おやぁ? なんでここにおらんフレアの名前が出るん?」
 にたぁっと笑う維緒に友衛はきょとんとした。
「おっちゃんはフレアみたいなんが好みなん? まぁ顔はそこそこやと思うけど、胸はあんまりないで」
「好み?」
「なんやぁ。ニブいんやねぇ。そんなんやとす〜ぐ老けてオッサンになって、おなか出て娘に嫌われるんよ? おとうさんあっち行ってよ邪魔! ってな感じで」
「……おまえと話してると時々頭が痛くなる」
 渋い表情になる友衛に維緒はケラケラと笑った。この人懐こい笑顔で騙される女もいるだろう。性格の悪さに目を瞑ればこんなに美男子なのに。
「まあトモちゃんはまず結婚から考えんとあかんよね。いいお嫁さんくるとええねぇ」
「そういうおまえはどうなんだ」
 恋人はいなさそうだな、と思いつつ言うと維緒はふふっと軽く笑い声を洩らした。
「どうやろ。おるんかなぁ? おらんのかなぁ?」
 曖昧にのらりくらりと答え、彼はにたっと意地の悪い笑みを浮かべる。あまり突付くと攻撃されるのが予想されたので、友衛は話題を変えようとしたが、維緒のほうが口を開くのが早かった。
「そうそう。お酒の話やけどね、オレは飲める。フレアとオートは仕事で仕方なく飲むことあるけど、基本は飲まへんね」
「だが……年上なんだろ、おまえ達。外見は未成年だが……飲酒は」
「なにそれ。地球での基準?」
 ああ、そうだ。と、友衛は気づいた。未成年の飲酒が禁じられていない世界もあるのだろう。
(なるほど……。確かに維緒と比べてあの二人は真面目そうだしな……。それに)
 あの二人は維緒と協力している感じではない。維緒には維緒の、あの二人にはあの二人の目的があるのだろう。
 バーテンダーのいるカウンターのほうへ近づき、友衛は尋ねる。
「ネイサンという男を知っているか?」
「お客さん、注文は?」
「適当でええよ」
 友衛の後ろから維緒がそう声をかけた。明らかに未成年の維緒に対し、バーテンダーは渋い表情をする。
「あらま。ミルクって言ったほうが良かった? せやけど、そう露骨に顔に出されると、なんやからかいたくなるわ」
「おい、ほどほどにしてくれ。今は一応俺の護衛なんだろ?」
 友衛に注意されると維緒はぺろりと舌を出し、「怒られてしもた」と笑い声混じりに言う。これがまた様になる。美形というのはこういう仕種も変にならないので得だなと友衛はぼんやり思った。
「それで、ネイサンは?」
 友衛の質問にバーテンダーは顎で示す。店の奥のテーブルにいる男は、昼間から酒を飲んでいる。30代後半の男だ。
 ネイサンに近づき、友衛は尋ねる。
「死んだ男から手紙がきたと話を聞いた。事情を聞きたい」
「はっ。聞いても面白いことなんてねぇよ」
「……俺の考えは今のところ二つだ。一つは既に死んでいるカリムがあんたを恨み、復讐の決闘を申し込んだ……。もう一つは、カリムが自分が死んだ事を知らずに決闘を申し込んだ……。あんたはどう思う? ネイサン」
「カリムが死んだのは一年前だ。死んだヤツが復讐? 馬鹿馬鹿しい」
 今さらだろ、という雰囲気を漂わせるネイサンは酒の入ったグラスを一気に口の中に流し込む。
(ネイサンは霊を信じないタイプか……)
「霊になってあんたに手紙を出したのかもしれないぞ」
 一応言ったものの、「レイ?」とネイサンが怪訝そうにした。友衛は不思議そうにし、維緒へと視線を遣る。維緒が「あぁ」と納得したように微笑んだ。
「この世界では幽霊とか、言葉も存在してへんみたいやね。ま、あれやと思うわ。死んだ人間は自然に還るとかどうとか」
「西部ってそうだったか?」
「さてなぁ。オレは歴史ものはからっきしやしね」
 肩をすくめる維緒は頼りにならない。これならオートかフレアのほうがよっぽど頼りになる。選択を間違えたか……?
 友衛はネイサンに視線を戻し、少し目を細める。
「確かにカリムは死んだのか?」
「しつこい。この手で殺した。あいつの眉間を撃ったんだ。墓もある。死んだあいつはもう何も言わない。土に還っているはずだ」
「…………」
 どうやらこの世界には幽霊という存在は、あったとしても……生きている人間は信じていないようだ。死んだ者は死んだまま。霊の姿になることもなく、自然に戻るのだろう。――というのが一般的とみた。
(眉間を撃ち、墓まである……。死んでいるのは疑いようもないってことか。……それにネイサンは嘘は言ってない)
 友衛は自分と似たような匂いを感じた。なんとなくだし、自分がそう思ってしまっただけなのだが。だからだろうが、嘘は言っていないと妙な確信があった。
「……墓はどこに?」

 維緒と共にのろのろと町中を歩き、墓のある場所までやって来た。
 簡素な墓だなと思う。まぁ墓に味気があっても意味はないけれど。
「この下に埋まってるのか?」
「なんなら掘り返してみてもええよ? 棺桶に死体入れて埋めてるはずやからね」
「……一年だろ」
 どういう状態で土の中に眠りについているのか……想像したくない。友衛は呆れたような視線で維緒を見る。
「掘り返してみてもいいって、どうせおまえは手伝う気がないんだろ?」
「そんなん当たり前やん。トモちゃんは肉体労働。オレは頭脳労働。誰が見ても役割分担はそうやんかぁ」
「…………」
 すぐに否定できない自分がいる。誰が見てもそう判断するだろう。友衛と比べれば維緒はひょろっとしているし、顔も美形だから余計にだ。
「……言ってもムダなのはわかってるが」
「ん?」
「『トモちゃん』て呼ぶな」
 声に棘が含まれた。だがこれでもかなり怒りを抑えたのだ。言ってもムダと前置きしたのは、維緒に怒っても効果がないのを理解しているからだ。
 維緒はきょとんとし、「あらぁ」とにまにま笑う。
「好きな子にそう呼ばれとるん? なんやそうならそうと言ってくれたらええのにぃ」
 わざと語尾を伸ばして人の神経を苛立たせる維緒のからかいに、友衛は嘆息した。やっぱり言うんじゃなかった。



 化生堂に最後に戻って来たのは冬馬とオートだった。集めた情報を交換し合い、それから夜にもう一度酒場に行くことになった。
 友衛は居間で、様子のおかしい冬馬を見て怪訝そうにする。帰ってきてからの冬馬はほとんど黙っていた。黙って、視線を伏せていた。
(オートと何かあったのか……?)
 そう思うがワタライの三人は姿がない。そういえば彼らはこの化生堂のどこに居るのだろう?
 心配しているのは友衛だけではないらしい。北斗もちらちらと冬馬をうかがっている。
(霊の気配はないようだが……油断はできない。霊よりも生きている人間のほうが厄介なんだからな)
 友衛は色々と考えることがあるのだ。ここでも、東京でも。
「あの、ちょっとトイレ……」
 そう言って北斗が立ち上がり、障子を開けて廊下に出ていく。友衛は冬馬をもう一度見遣った。なんて声をかけようか……いや、声をかけないほうがいいか? などと考えていたら冬馬が口を開いた。
「死んだ人がもう一度目の前に現れたら……菊理野さんは、どうする?」
「?」
 ネイサンの話か?
「……そうだな、怖がる、じゃないか普通は。驚く、もあるな。似ているが全くの別人ということもある」
「……だよね」
 そこで冬馬はにこっと笑った。少し疲れてはいるが、いつもの冬馬の笑みにも見えた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【6145/菊理野・友衛(くくりの・ともえ)/男/22/菊理一族の宮司】
【2711/成瀬・冬馬(なるせ・とうま)/男/19/蛍雪家・現当主】
【5698/梧・北斗(あおぎり・ほくと)/男/17/退魔師兼高校生】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、菊理野様。ライターのともやいずみです。
 今回は維緒と共に情報収集をしていただきました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!