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■GATE:04 『黄昏の決闘』■

ともやいずみ
【5698】【梧・北斗】【退魔師兼高校生】
 あいつは一年前に死んだはずだ。
 酒場で、彼は言った。
 あいつは確かに死んだはずだ。
 酒を味わいもせずに流し込み、彼は言った。
 あいつは確かに俺が殺したんだ。
 彼は、言った。
「なのに……あいつは」
 現れた。
GATE:04 『黄昏の決闘』 ―前編―



「というわけでね、今回はその事件を解決してもらうことが目的になるねぇ」
 女将ののんびりした口調にそれぞれが「うーん」と唸る。
 死んだ男からの手紙……。一体どういうことだろう?
「そのネイサンって人に話を聞かないといけないよな。カリムをなんで殺したのかとか」
「話を聞かなければならないが、ネイサンはどこに?」
 梧北斗と菊理野友衛の言葉に女将は「そんなのアタシが知るもんか」と言い放って奥へと戻る。
「今度は西部劇かぁ……。死んだはずの男から手紙……死んだはずの……人間が、ね」
 ぶつぶつと呟く成瀬冬馬の脳裏に浮かぶのは、ある少女だ。黒髪の、あの……。
(死んだはずの……奈々子ちゃん)
 店内を見回す冬馬。前にここを去る時に見た、あの……ミッシという少女はいない。いや、ワタライ全員がいない。彼らは呼ばない限り奥から出てこないのだ。まるで店員だ。確かにここは駄菓子屋風の店ではあるが。
「おぉーい、成瀬さん、大丈夫?」
 眼前でひらひらと手を振る北斗に気づき、冬馬は「ごめん」と謝った。そんな冬馬を心配そうに見ているのは友衛もだ。
「大丈夫か……? あの黒髪の女のこと、気にしてたが……」
「いやっ、いいよ! 気にしないで!」
 冬馬は明るく、そしてわざとらしい大声で言って両手を振ると、奥に向けて声をかけた。
「オート君! ボクと一緒に聞き込み行ってくれる!?」
 奥からオートが出てくる。彼はいつものように微笑を浮かべていた。
「構いませんよ。行きましょう、成瀬サン」
 友衛はそんな二人を眺める。北斗は戸惑ったようにそわそわとし、それから降参したように声を出した。
「あ、あの、フレア?」
 微かな声だったというのに、フレアが奥から出てくる。北斗は彼女の姿を見て安堵した。
「俺と一緒に来てくれるか?」
「アタシを護衛に選ぶということだな。わかった」
 フレアは北斗のすぐ傍に来る。北斗は彼女の左腕を見遣った。その視線に気づいたのだろうが、フレアは何も言わない。
「……ということは維緒しか残っていないのか」
 友衛はうんざりしたように洩らす。あの厄介な男を護衛につけるのは不安だった。
「はいはい。呼んだぁ?」
 奥からひょこっと顔を覗かせた維緒が、軽やかに店に降りてくる。彼は店内を見回し、最後に友衛を見た。そしてニヤリと笑う。
「トモちゃんがお残りやね。可哀想なおっちゃんや」
「おっちゃんて……俺はまだ22なんだが……」
「中身が老けとるんと違う?」
 けらけらと明るく笑う維緒を見つめ、友衛は軽く笑った。苦笑いに近い笑みだ。
(維緒は悩みとかなさそうだな……)



 各々の考えで町中に散ってネイサンを探すことになった。北斗は歩きながらネイサンを見つけた時に何を尋ねるかを考えていた。
 町中は平和なものだ。だが町というよりも村のような小ささだ。映画で見たことのある西部劇そっくりの世界。北斗はついつい楽しくなる。あ、馬みっけ。
 だが、気になることを先に片付けなければならない。北斗は隣を歩く少女を見遣った。いつ言い出そうかとずっと悩んでいて、やっと決心した。
「フレア」
 呼ぶとフレアがすぐさまこちらを見てきた。帽子で顔が見えないけれど、至近距離で振り向かれるとやはり驚いてしまう。女の子とこんな近くで喋ることはあまりないし、北斗は女性に免疫がほとんどないと言ってもいいのだ。
「なんだ?」
「あれから怪我、大丈夫……だとは思うけど平気?」
 妙に身体に力が入る。どうしたんだろうか、自分は。
 フレアは砂漠の灼熱の世界で左腕を切断し、負傷したのだ。彼女はふ、と笑う。
「なんだそんなことか。こうして動いているだろ?」
 左腕を北斗に向けて差し出す。きょとんとする北斗の手を掴み、握って、上下に振った。乱暴な『握手』だ。
「ほら。どうだ?」
 ん?
 と明るく言ってくるフレアにどきどきしてしまう。それに握った手が温かいし、小さい。女の子の手だ。
(フレアって、こんな、屈託なく笑うっていうか……喋るタイプだっけ?)
 いつもは生真面目に、それこそ不器用に接してくる彼女は……本当は、こうだった?
 頬を赤らめてぎこちなく「ならいいんだけど」と北斗は呟く。
 顔が見たい、とちょっと思った。帽子の下で揺れる赤い髪。遠目で見る限り、フレアは可愛らしい少女だった。
(ちぇっ。あの時はっきり見とけばよかった)
 砂漠の遺跡の、その暗闇の中、フレアは北斗の下敷きになった。その際に帽子を落としていたのだ。彼女が点けた指先の灯りに注意を向けたせいで、千載一遇のチャンスをふいにしたのだ。
 離された手を眺めつつ、北斗は思う。あぁ、もっと繋いで……って何考えてんだ俺。
 慌てて北斗は口を開いた。
「なんか、腑に落ちないっていうか……」
「…………」
 独り言ではなくフレアに話し掛けたのに、彼女は全く反応しなかった。
「ちょ、ちょっとちゃんと反応してくれよ、フレア! 一人で喋ってたら変に見られるじゃないかっ」
「不必要な会話はなるべく控えている。こちらも規制が多いんだ」
「不必要って……」
 少し悲しそうに肩を落とすと、フレアが「ぷっ」と吹き出した。
「おまえはイジられるのが上手いな。嗜虐心をくすぐる。ふふっ。可愛い男だな」
「おっ、男に対して『カワイイ』ってのはないだろ」
 それは女の子に対して使う言葉ではなかろうか。親友に女の子みたいに可愛い男はいるが、それは外見だけで性格は辛辣だ。
 ぶすっとしているとフレアは「だって事実だろ?」と言ってくる。
「それで、何が腑に落ちないんだ?」
「あ。いや、だからさ、普通だったら死者からモノは届かないだろ? どうやって手紙は届いたのかなとか……あと、カリムとネイサンの関係とかも。なんか仲良さそうな感じにも聞こえないか?」
「それを調べるのがおまえの役目だろ。まあいい。答えられるものだったら教えてやってもいいぞ」
 笑みを浮かべて言われ、北斗は「あぁうん」と頷く。やっぱりフレアが優しい。気のせいではないようだ。
(もしかして……ちょっとは心を開いてくれたのかな……)
「手紙ってどうやって届いたか知りたいんだけど……。ほら、本人から手渡しじゃないとしたら、ネイサンを恨む別の誰かの仕業かもしれねーしな……」
「なるほど。手紙は朝、ネイサンが暮らしている家のドアの前にあったそうだ」
「えと、カリムには恋人とか家族は?」
「恋人……ではないが、親しい女はいたようだ。家族はいないぞ」
 わりと軽い口調でフレアが答えてくれる。北斗は驚くばかりだ。彼女が本来、これほど気さくな性格とは思わなかったのである。
「親しい女ねぇ……。その人にも話を聞けるといいんだが……」
「おや。話を聞けるのか? そういうのは菊理野か成瀬に任せておいたほうがいいと思うがね」
 にたにたと笑うフレアに対し、既視感を覚える。親友の少年に似ている……いや、『コッチが元』か?
「な、なんでだよ。俺だって聞き込みくらいできるぜ!」
「ほぉ。その女、身体を売ってるんだぞ」
 ぎくっとして歩いていた足を止めた。ああそうか。つまりはその、年齢制限的なものか。というか。
(俺の苦手分野……か)
 子供の自分ではまず相手にされるかわからないし、そういうところへ踏み込むのも抵抗がある。そもそも色恋に経験がないので全般的に困るのだ。
「えっと、じゃ、ネイサンのほうだな。そっちなら……。って、ネイサンてどこに居るんだろ……」
「……西部劇で情報収集するなら、どこだ?」
 呆れたように言うフレアに、北斗はしばし考えて……「あっ」と声を出した。
 こういう時の定番は酒場。しかし自分はそこに入れないだろう、おそらく。入ってもこの外見の若さでは禄に話もしてくれないかもしれない。
 渋い表情になった北斗はフレアに向けて唇を尖らせる。
「ったく、早く教えてくれよ」
「そうはいかないな。アタシはあくまで護衛。動くのはおまえの仕事だろうが。甘えるな」
 だがその叱咤もあまりキツい言い方ではない。北斗は「そうだな」と焦りつつ頷く。
「じゃ、町で聞き込みしようぜ。えーっと、まずは……」



 化生堂に最後に戻って来たのは冬馬とオートだった。集めた情報を交換し合い、それから夜にもう一度酒場に行くことになった。
 友衛は居間で、様子のおかしい冬馬を見て怪訝そうにする。帰ってきてからの冬馬はほとんど黙っていた。黙って、視線を伏せていた。
 ワタライの三人の姿は居間にはない。そういえば彼らはこの化生堂のどこに居るのだろう? 帰ってきた途端、彼らはさっさと奥に引っ込んでしまったのだ。
 心配しているらしい友衛を見遣った北斗も、ちらちらと冬馬をうかがう。
 北斗と冬馬は東京で知り合いでもあったし、『あの事件』を共有している。『あの事件』以来、この異世界で冬馬と久々に会ったが冬馬は前と雰囲気が違っていた。何がどう違うのか説明はできない。北斗は冬馬とそれほど親しいわけでもないのだ。けれども、『あの事件』のことを冬馬が辛い出来事としているのは、わかる。そのこともあるので北斗はあの一件を口にしないようにしていたし、余計に心配していた。だが。
「あの、ちょっとトイレ……」
 そう言って北斗が立ち上がり、障子を開けて部屋を出る。場の空気に耐えられなくなったのだ。
 廊下を歩いてトイレに向かう北斗は、少し歩いた先の曲がり角に姿を消した人物に驚く。一瞬だ。ほんの一瞬ではあるが、確かに!
 走って曲がり角の向こうを覗く。だがそこには誰もいない。
(……あれは)
 奈々子?
 北斗はゾッとして一歩退く。髪が短いので別人かもしれない。だが似ていた。一ノ瀬奈々子は綺麗な少女だ。だから、あまり間違えない。印象が強いせいだろう。
 冷汗が出た。幽霊ではない。かと言って……。
(バカな……。だって、あいつ死んだはず……)
 北斗の立っていた二階の床……『一階の天井』であった床が見事に落ち、一ノ瀬奈々子はそれに押し潰されたのだ。それを北斗は直に目にしていない。けれど……!
 北斗は恐ろしさに震えた。
(成瀬さんが見たら……)
 幻だ。きっとそうだ。見間違いだ。
 友衛が持ち帰った情報が脳裏を過ぎる。
 死人から手紙が届いた。あいつは一年前に死んだハズ。
 ――死んだハズ。
 そう。
(死んだはずなんだ……)



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【6145/菊理野・友衛(くくりの・ともえ)/男/22/菊理一族の宮司】
【2711/成瀬・冬馬(なるせ・とうま)/男/19/蛍雪家・現当主】
【5698/梧・北斗(あおぎり・ほくと)/男/17/退魔師兼高校生】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、梧様。ライターのともやいずみです。
 フレアと共に町で情報収集をしていただきました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!