■特攻姫〜寂しい夜には〜■
笠城夢斗 |
【5686】【高野・クロ】【黒猫】 |
月は夜だけのもの? そんなわけがない。
昼間は見えないだけ。本当は、ちゃんとそこにある。
「……せめて夜だけだったなら、こんなにも長い時間こんな思いをせずに済むのに……」
ベッドにふせって、窓から見上げる空。
たまに昼間にも見える月だが――今日は見えない。
新月。
その日が来るたび、葛織紫鶴[くずおり・しづる]は力を奪われる。
月がない日は舞うことができない。剣舞士一族の不思議な体質だった。
全身から力を吸い取られたかのような脱力感で一日、ベッドの中にいる……
「……寂しいんだ」
苦しい、ではなく――ただ、寂しい。
ただでさえ人の少ないこの別荘で、部屋にこもるということ。メイドたちは、新月の日の「姫」に近づくことが「姫」にとって迷惑だと一族に教え込まれている。
分かってくれない。本当は、誰かにそばにいて欲しいのに。
「竜矢[りゅうし]……?」
たったひとりだけ、彼女の気持ちを知っていて新月でもそばにいてくれる世話役の名をつぶやく。
なぜ、今この場にいてくれないのだろう?
そう思っていたら――ふいに、ドアがノックされた。
「姫。入りますよ」
竜矢の声だ。安堵するより先に紫鶴は不思議に思った。
ドアの向こうに感じる気配が、竜矢ひとりのものではない。
――ドアがそっと開かれて、竜矢がやわらかな笑みとともに顔をのぞかせる。
「姫」
「竜矢……どこに行って」
「それよりも、嬉しいお客様ですよ。姫とお話をしてくれるそうです」
ぼんやりと疑問符を浮かべる紫鶴の様子にはお構いなしに、竜矢は『客』を招きいれた――
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特攻姫〜寂しい夜には〜
「化け猫やけど、お邪魔してもええ?」
夢うつつにそんな言葉が聞こえて、うとうとしていた葛織紫鶴【くずおり・しづる】は「ん……」と寝返りを打った。
そして、目の前に一匹の黒猫が鎮座しているのを見て、仰天しようとして失敗した。彼女の体はそうするには弱りすぎていた。
紫鶴は視線で自分の世話役を捜す。
ちょうど、ベッドに如月竜矢【きさらぎ・りゅうし】が近づいてきた。
「りゅう……し?」
この方は――とか細い声を出す紫鶴に、竜矢は苦笑して答えてきた。
「今夜のお客様ですよ、姫」
その言葉を聞いて、姫こと紫鶴は緑と青のフェアリーアイズを輝かせた。
**********
退魔の名門葛織家。
その退魔の能力は、月に左右される。例えば満月には力が全開になる。例えば新月には……動けないほど衰弱する。
葛織紫鶴は次代当主と目される、能力の高い娘だ。満月での能力の高さは並ではなく、そして新月では――一日中寝込んでしまう。
今夜は新月。紫鶴が、もっとも寂しい時間を過ごす一日だった。
そんな日に客人――
**********
「屋敷の結界の外でうろうろしていらっしゃったので。結界を一時的に解いて中に入ってもらいました」
紫鶴の屋敷の結界をすべて管理している竜矢が言う。
「ちょうど一夜の宿を探してたんや」
と猫は言った。スレンダーな黒猫だ。「こう見えても681歳やで。なめんといてや」
「ろく……」
紫鶴が軽く目を見開いてから、
「そ、そうか……私は葛織紫鶴……」
弱々しい声を出すと、
「ふぅん……お前さん紫鶴って名前なん……可愛い名前やな」
黒猫は金色の瞳を柔らかく光らせた。
「うちはクロ、高野出身やから高野って姓や、よろしゅう」
「高野……と言うと……」
「高野山ですね」
竜矢が説明した。「和歌山県にある密教寺院です」
「阿呆。密教の霊地、真言宗の総本山金剛峰寺いうたれ」
クロがぴしっと竜矢に言う。竜矢は笑って「申し訳ありません」と謝った。
「そ、そうか……遠いとこころからいらしたんだな……」
紫鶴が何とか片手を動かし、クロに触ろうとする。クロはその小さな手に自ら体をこすりつけ、ゴロゴロと鳴いた。
「――猫にあんまり触った事がないん? いや、何やおっかなびっくりな触り方やと思うてな」
「猫は……」
紫鶴は目を伏せる。
竜矢は紫鶴に説明させようと、口を出さなかった。
やがて紫鶴は視線をクロに当てた。
「猫、というより動物全般、この屋敷の結界内には入れないようにしている……私の『魔寄せ』能力が、普通の動物たちをも魔にしてしまうから」
「んん? 『魔寄せ』」
「文字通り魔を寄せてしまう体質のことだ……特に猫は魔に影響されやすい。滅多に触ったことがない」
寂しそうな声で紫鶴が言い終わると、
「何や。けったいな環境で育っとるんやな」
だが大丈夫やで――とクロは紫鶴の手に前脚を乗せながらにゃおうと鳴いた。
「うちは元々化け猫。触り放題や」
「―――」
紫鶴はくすっと笑った。
そして、その重い片手を必死に動かして、クロを撫でようとした。
「姫。起き上がってみますか」
竜矢の言葉に即うなずく紫鶴。竜矢がその体を支え紫鶴は起き上がる。けれど全身に力が入らない。
「……クロ殿を抱いてみたいのだが……」
両手を動かしてクロの胴体に触れてみるが、手がすかっと落ちてしまう。これでは抱けるはずがない。
クロは紫鶴の膝に乗った。
そして、自分から紫鶴に跳びかかって、べたーっとくっついた。
驚いた紫鶴が慌てて両腕を動かし、クロを抱くような形になる。
「どや? 紫鶴」
「柔らかい……」
力の入らない手でクロの背中を撫でる。クロはにょーんと体を伸ばして紫鶴の首筋に頬ずりした。
紫鶴がきゃっきゃっと笑う
「……くすぐったい……」
「せやろせやろ」
紫鶴の膝の上で、クロはごろごろごろごろと体を紫鶴の膝や腹にこすりつけた。紫鶴の手をペロッと舐めてみたりする。
「高野さんは何かご経験されていませんか? ぜひ姫に話してほしいのですが」
竜矢がそっと口を挟む。姫の話し相手になってほしい――という条件のもと、クロはこの屋敷に入れてもらえたのだ。
「話し相手なあ……そうや、うちが昔ホンマに見た話なんやけど……」
例えば。
「鞍馬山で、ホンマもんの天狗を見たんや」
「え……?」
紫鶴は目を軽く見開いた。
「鞍馬……天狗?」
と小さな声でつぶやいて、「どこかの本で……牛若丸が鞍馬天狗にわざをならったとか書いてあった……」
クロはおかしくなってにゃおうと鳴いた。
「紫鶴は本が好きなんやなあ。鞍馬天狗ゆうたら、他にも色んな伝説があるで。でもうちは伝説やない。……ほんものや」
きらりと金色の瞳を光らせる。
紫鶴が両手を組み合わせた。
「いいなあ……私も会ってみたい」
クロはますますおかしくなって、にゃおにゃおと鳴いた。
「他にもあるで。瀬戸内海には平家の亡霊……おったでぇ」
「〜〜〜〜〜っ!」
紫鶴が震えあがった。「ほ、本物の亡霊……っ」
「うん? なんや、退魔のコなのに亡霊だめなんか」
「魔の憑いている亡霊なら別なんですがね……」
竜矢が紫鶴の肩を抱くようにしながら、「本物の、人が亡くなったという意味での亡霊はだめなんですよ、姫は」
「変わってるんやなあ」
紫鶴を慰めるようにすりすりと体を紫鶴の腹にこすりつけながら、
「安心しや。亡霊なんてぇのはなーんにもできへん」
「ででででもっ……っ。お、お亡くなりに、なった方々の……未練……」
「せやなあ……」
クロはぺろぺろと紫鶴の手を舐めてから、「そうやって怖がってもうたら余計にかわいそうやと思うけどな?」
「クロ殿……」
「亡霊は何かを訴えたくて出てきてることが多いんや。まともに聞いてやりたいと思わへんか?」
「………」
紫鶴は何かを考え込んでしまった。
クロはその間、紫鶴の膝にまるまって、少女が口を開くのを待つ。
やがて紫鶴は――
「そう……だな……こ、怖がっている場合じゃ、ない……き、聞いてさしあげなければ、な」
クロはまたおかしくなって鳴いた。
「ほんま、真面目なコやなあ、紫鶴は」
うちのことを婆だの年寄りだの言う連中とは大違いや、と小さくつぶやき、
「他にもあるで。琵琶湖には龍神がおった」
「龍神……っ」
紫鶴は興味深そうに目を輝かせた。「ど、どんな……方だった? 龍神殿は……」
クロはにゃおうと鳴き、
「いけすかないやっちゃで〜。友達になろうゆーたらぷいっとそっぽ向いて琵琶湖に戻りおった」
むうっと膨れるような感情を含めて言う。
くすくすと紫鶴が笑う。そんな紫鶴の様子を、クロは満足して見る。
「私が……友達になってくれと頼んでも……やはり駄目だろうか……」
紫鶴はそんなことを言った。
クロはにゃおと笑って、
「紫鶴ならええかもしれんな」
と紫鶴の体にすりよった。
しばらくの間、クロの旅の軌跡を紫鶴に話していると、紫鶴が急に思い出したように「竜矢……」と世話役を呼んだ。
「はい?」
「クロ殿に……何も差し上げていない……牛乳を……」
「牛乳!」
クロは悲鳴をあげた。紫鶴の膝から飛び降り、窓際に寄ってフーッと毛を逆立てる。
「クロ殿……?」
紫鶴が悲しそうな声でクロに手を伸ばそうとする。
「ぎ……牛乳はアカンねん!」
紫鶴の表情は訴えかけるものがあったが、クロは必死に否定した。
「牛乳を飲むなんて……黒船が来た頃からあんなけったいな風習が出来たんよ……うち、あんな乳臭いモン嫌いや……」
フーッ フーッ
必死に威嚇しながら、『牛乳』が襲ってくるのを阻止しようとする。
「そ、そうか……」
紫鶴は慌てて「じゃあ牛乳を出すのをやめる……お茶で……よいのだろうか……」
「それならええんや」
クロは安心して毛を逆立てるのをやめた。
竜矢がそっと紫鶴をベッドに寝かせる。クロはもう一度ベッドに上り、紫鶴の頬に頬ずりをした。
「紫鶴。あんまりうちのことは気にせんでええわ。紫鶴の体のことだけ気にし」
「でも……クロ殿が来てくれたから……」
紫鶴は弱々しく微笑んだ。「クロ殿とたくさんお話したい……」
「うちが一方的に何でもしゃべったるわ。紫鶴はしゃべらんでもええ」
と言ってはみたものの、この娘が何でも自分から聞きたがるということはよく分かった。クロはできる限り、紫鶴の負担にならないように話を続けようと思った。
竜矢が麦茶を少し深めの皿に入れて、紫鶴の顔近くに置く。
クロは紫鶴の目の前で麦茶を飲んだ。
「クロ殿……おいしいか……?」
「ええ葉を使ってるんやな。こんな麦茶久しぶりに飲んだわ」
クロはのどを鳴らす。紫鶴が必死で腕を動かし、クロの喉を撫でた。
その弱々しい一指一指がくすぐったくて――あったかくて。
「今日の宿は極上やな」
「クロ殿……?」
「今夜は寝なくてもええで。うちがしまいまで相手したる」
心細い思いはもうしなくてええで――
そんな思いをこめて。
紫鶴が微笑んだ。
クロはその頬を優しく舐めた。
かわいいかわいい、生真面目で好奇心旺盛な、寂しがり屋の女の子のために。
(うちの700年近くの猫生……たっぷり話したらんとな)
クロはにゃおうと鳴いた。
新月で暗い夜闇を、明るくするかのような力強い声だった。
―FIN―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【5686/高野・クロ/女/681歳/黒猫】
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■ ライター通信 ■
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高野クロ様
初めまして、笠城夢斗と申します。
今回はゲームノベルにご参加くださりありがとうございました!納品が大幅に遅れてしまい、大変申し訳なく思います。
個人的に猫が大好きなので、クロさんを書くのはとても楽しかったですv
よろしければまたお会いできますよう……
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