■闇の羽根・竜胆書 T < 運命 >■
雨音響希 |
【5096】【陸・誠司】【高校生(高3)兼道士】 |
何かを守るためには、何かを犠牲にしなくてはいけない
それが分かったから、何も守りたくはないと思った
それでも・・・
守りたいと、思ってしまった
どんな犠牲を払っても
決して報われることはないと知っていても
もしいつか事実を知って
軽蔑の眼差しで見られようと
非難の言葉を投げつけられようと
それで構わないと、そう思えるほどに大切だった
・・・いっそ、憎んでくれた方がどれほど良いのだろうか
泣かれるよりは、ずっとずっと
冷たい瞳で拒絶してくれた方が気が楽だ・・・。
漆黒に染まった町の中、等間隔に並んだ街灯が仄明るく1本の細い道を照らし出している。
それを足元に見ながら、神崎 魅琴は意識を集中させると剣を創り出した。
月光を浴びてキラキラと輝くその刃は、透き通った氷で出来ていた。
魅琴の意思でないと溶けない氷は、頑丈で切っ先が鋭かった。
腕に巻きついた時計に視線を落とす。
そろそろ・・・
そう思った時だった。足元の道を1人の人物が通り過ぎて行く。
魅琴はその人物の前に透明な壁を作り出した。
足が止まる。
何かに塞がれている先の道を見詰めるその人物に、上から声をかける。
「よう、どこ行くんだよ」
チンピラとなんら変わらない調子でそう言ってトンと軽く跳躍すると、驚いたようにこちらを見詰めている人物の前に下り立った。
「ちょっと俺と遊んでかねー?」
いたって軽い口調でそう言う。
彼が仕事をする時と同じ口調で、同じ仕草で・・・
ただ少し、胸の奥が痛むのは――――――
「依頼主は言えねぇが、お前を殺せとの依頼が入ってな。悪いがお前の命をいただく」
氷の刃の切っ先を向ける。
大切なものを守るために、大切なものを傷つけられないために・・・この決断を下したのは、他でもない自分自身だった。
けれど、それでも痛む胸に、魅琴は唇を噛んだ。
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闇の羽根・竜胆書 T < 運命 >
◇◆◇
漆黒に抱かれた地上を切り裂くように照らす月光は、目の前に立つ男性の青とも銀ともつかぬ髪に不思議な輝きを落としていた。
まだ微かに冷たい風に靡いた髪が赤い瞳を細めさせ、ギラついた殺意を和らげる。
「貴方は・・・」
陸 誠司は記憶の中から、以前に数度見かけたことのある彼の情報を引き出そうとした。
見かけた場所は、神聖都学園の校門前。綺麗な男性だと思ったから覚えている・・・のと同時に、彼の元に歩んで行った少女が有名だから、記憶に鮮やかに残っていたのかもしれない。
「カラスさんの・・・」
リディア・カラスと聞けば、神聖都学園に通う何人かは聞き覚えがあると首を縦に振るだろう。
冷たさを帯びた美しさと、全てを諦めているかのような無気力な雰囲気。それなのに、瞳に宿っている光はいつだって、見るもの全てを貫くかと思うほどに鋭い。
「保護者っつーと、リーに怒られるけどな。まぁ、仕事仲間?」
氷の刃を誠司に突きつけながら、魅琴は軽く肩を竦めて見せた。
「ところでお前、陸誠司だよな?顔写真ではっきりその男前な顔は覚えてたはずなんだけど・・・万が一、双子の兄貴なり弟なり、ドッペルゲンガーなりだった場合、取り返しがつかなくなっちまうから一応確認させてもらうぜ?」
「残念ながら男兄弟はいないんです」
「正直なのは良いが、お前・・・いつか身を滅ぼすぞ?」
呆れとも苦笑ともつかない表情で魅琴が呟くと、心持ち切っ先を下げる。
「嘘をついたところで現状が打開されるとは思えませんから」
その程度の事は事前に調べているんでしょう・・・そう言いたげに、誠司は目を細めた。
「それより、どうして俺は貴方に命を狙われないとならないんです?」
「名乗りそびれたな。俺の名前は神崎 魅琴。魅了の魅に楽器の琴って書くんだ」
魅琴が一旦下げた切っ先を再び持ち上げ、誠司の顔の前に突きつけた。
「命を狙う理由は簡単。コレが俺の仕事だからだ」
赤い瞳に殺意の炎が宿る。
一瞬の沈黙の後に踏み込まれる足。誠司は咄嗟にしゃがみ込むと体を右に捻った。
アスファルトの上を転がり、素早く立ち上がる。
「反射神経は合格だな」
「・・・有難う御座いますと、素直に言って良いものかどうか悩みますが」
「褒められた時は素直に応じろと、学校の先生に習わなかったか?」
「残念ながら」
魅琴の口の端がニィっと上がり、誠司はゴクリと喉を鳴らすとギラツク赤い瞳を真正面から見詰めた。
「俺は、出来るなら戦いたくありません」
「これは戦いじゃねぇよ」
アッサリと返した魅琴が、氷の剣を肩に担ぐ。
「戦いってのはなぁ、互いの力がそれなりに均衡してる時に言うんだ。これは・・・狩りだよ、狩り。つまりは、狩られる者と狩る者がいる。決して俺とお前は同じ位置に立ってないって事だよ」
「それは、俺の実力が神崎さんよりも劣ると、そう言いたいんですか?」
「違うな。お前の実力は知ってるよ。でも、俺とお前は決して同じ力関係にはない」
「・・・どう言う意味ですか?」
「これから死ぬヤツに、わざわざ講義の時間を設けてやる必要はないね」
魅琴が動く気配を感じ、誠司はすっと息を吸い込むと腰を低くした。
氷の刃がキラリと月光を反射し、振り上げられたその瞬間に地を蹴って一気に魅琴の懐へと飛び込む。
振り下ろされた刃を避け・・・魅琴の首筋に手刀を入れようとした時、誠司はパキリと言う微かな短い音を聞いた。
何かが形作られ、広がって行く感じ・・・冷気を左頬に感じ、誠司は其方を振り返る前に体を右手に回転させた。
無数の氷の刃が、魅琴の振り下ろした切っ先から生み出され、周囲に広がって行く。
誠司は顔の前で腕をクロスさせると、何とかその刃から自身を守った。
「そんな簡単に、懐に飛び込ませてくれるような心の広い男だとでも思ったか?」
「ただの剣ではないんですね」
「氷で作られてる時点でただの剣じゃぁねぇよな」
「・・・魅琴さんの実力は、今の振りだけで十分分かりました」
「目を瞑ってても勝てる相手じゃないのは理解していただけたようで?」
「最初からそんなに侮ってはいませんでしたよ」
「本気でかかって来る・・・その覚悟が出来ましたか?」
「えぇ。本気で命を狙われているのですから、本気で戦わざるを得ないと言う事が分かりました。・・・残念ですが」
誠司の瞳に鋭い光が宿り、魅琴は唇を舐めると口の端を上げた。
「お前みたいに強そうな男とやりあえるのは光栄だな」
「俺も、手合わせが出来て光栄です。・・・でも、俺は決して貴方の命はとりません」
誠司の漆黒の瞳に月明かりが映りこみ、一瞬だけ銀色に輝いて見える。
魅琴が浮かべていた笑みを引っ込め、切っ先を足元へと落とすと目を伏せた。
「絶対に、誰かの命を奪うような事はしたくありませんから。・・・決して・・・」
「俺の命を奪わないで、本気の力でかかってこないで、俺を倒せると思ってるのか?」
「難しい事は承知しています。でも、俺は俺の信念を曲げる事は出来ません」
「・・・お前にとっての俺は、哀れな殺し屋か?金さえ積まれれば誰でも手にかける、惨めで・・・汚い、ただの殺し屋なのか!?」
ゾクリと、誠司の背中に冷たいものが走った。
これだけの殺気を受けても正気でいられたのは、誠司にそれなりの力があったからだ。
(一般人なら狂ってる・・・)
手に汗が滲み、誠司は無意識のうちに1歩後退った。
「お前は俺に同情してるのか?・・・俺を、馬鹿にしてるのか?」
「違います。俺は・・・」
「黙れ!!」
掠れた誠司の声を遮って、俯いていた顔を上げる魅琴。
「俺は金なんかじゃ動かない。何の罪もないヤツを、金なんかで消せるかってんだよ!」
「神崎さん・・・」
すぅっと、魅琴の頬を流れた涙に、誠司は言葉を失った。
依然消えぬ殺気は、一瞬でも気を抜けば呑まれてしまいそうなほどに強い。それなのに、魅琴の目には涙が浮かんでいた。
「どうして・・・俺の命を狙うんです・・・?お金じゃないなら、一体何が・・・そこまでさせるんです?」
「かけがえのないもの」
「・・・それは・・・」
「お前、家族はいるか?・・・確か、いたよな?」
ふっと、殺気が消える。
今まで渦巻いていた黒い感情が、呆気ないほど簡単に霧散して行く。
「はい」
頷いた誠司の前で、魅琴は優しい瞳を覗かせた。
吸い込まれてしまいそうなほどに無垢で飾らない笑顔は、誠司の心を一瞬にして捕らえた。
「まさか、その家族が・・・」
「妹を守るのは、兄貴の役目だろ?」
刹那、雲が月を隠す。
街灯の明かりが微かに揺れ、ほんの一瞬だけ訪れた闇。
再び月明かりが地上を照らし出し、街灯がボンヤリとした円を描き始めた時、魅琴の顔に先ほどまでの人間味の溢れた表情は浮かんでいなかった。
怖いくらいの無表情。その中で、強く光る赤い瞳。
「さぁ、楽しい殺し合いの時間だ」
「俺は・・・」
「お前が俺を殺さないのなら、俺がお前を狩るだけだ。分かるだろう?この場に満ちている空気・・・この、どこか空虚で不思議な雰囲気・・・」
絡み付く風が、仄かに血を纏い始める。
地上に伸びる光が、だんだんと色を変えていく。
見る者の心を惑わし、堕とす、狂気の紅へと・・・
「現実と夢、夢と現実。それが交錯する場は、俺に味方する」
ドロリと濁り行く瞳は、紅月の狂気にあてられてしまったかのようだった。
誠司は唇を噛むと、紅の手甲から符を抜き取り ―――
「一瞬で終わらせてやる。迷いなく逝け」
魅琴が剣を振り上げた
◆◇◆
符を出しかけて止まった手と、剣を振り上げる途中で止まった手。
2人の視線は相手ではなく、道の向こうから姿を現した少女へと注がれていた。
「夜中にも拘らず、大暴れしてる連中がいるって聞いたから来たんだけど・・・」
透き通るような翡翠色の瞳を細め、腰まである長い黒髪を揺らしながら現れた少女は、呆気なく魅琴の氷の壁を通り抜けると2人の間に立った。
「本当だとは、ね」
「・・・お前には千里眼の力がある。はじめから分かってて来たんだろ?」
「千里眼と言っても、私は本気でこの能力を信じてるわけじゃない。だから、自分の目で確かめるまでは真実かどうかは分からない」
「カラスさん・・・」
「この馬鹿がご迷惑をおかけしたわ。大した怪我はしてなさそうで、安心した」
リディアはそう言うと、陸の腕にそっと手をかざした。
ポワリと淡い色の光が陸の腕を包み込み、少しだけ滲んでいた血を消した。
「一応手当てはしておいたけど、心許ないようなら病院に行く事を薦めるわ」
「・・・リー、何のつもりだ?」
唸るような低い声に、リディアはサラリと髪を靡かせると首を傾げた。
「あら、何のつもりって、何のこと?」
「俺の邪魔をするな!」
「お前の邪魔をしたつもりはない。ただ、私はお前がアイツの言いなりになり、人を殺めるのを見るのがイヤだっただけ。しかも、その相手は私の知っている人物」
チラリと向けられた視線に、誠司はどう応えたら良いものか分からず、曖昧な笑みを浮かべた。
「それを邪魔してるって言うんだよ!」
「どうとるかは魅琴の自由。いちいちその点を言い争う気にはなれない」
魅琴が悔しそうに唇を噛み、すっと氷の剣を溶かす。
「俺は諦めないからな。お前の命を、奪う」
捨て台詞を吐いて駆け出した魅琴の背中を呆然と見送る誠司。
顔を上げればいつもと変わらない、柔らかい色をした月が微笑んでおり・・・
「助けていただいて、有難う御座いました」
「お礼を言われるほどの事じゃないです。私はただ、貴方達が争うのを見るのがイヤだっただけ。私なら止められる、そう思ったから動いただけ」
「でも、現に助かりましたし・・・」
「安心するのはまだ早いと思いますよ。根本的な問題が何も解決されていない今、魅琴が言った言葉はただのお決まりの捨て台詞なんかじゃないですから」
「お前の命を奪う、ですか・・・」
「・・・貴方と魅琴では、戦いにはならない」
「またその台詞ですか?」
「魅琴が最初に言った言葉は、今私が言おうとしている事とは違う意味だと思う。多分最初、魅琴はこの場の事を言いたかったんだと思う。この場は夢や現に好かれた者に絶対的な力を供給する。だから、貴方がいくら全力を出そうとも、場が貴方には味方しない。だから、絶対的に魅琴が優位」
場の味方と言う、最強の力が付加された魅琴と誠司では同じ力関係にはならない。
「私が今言いたいのは、貴方が試合を放棄したと、その点を言いたいの」
「俺は、出来るなら戦いたくないですから」
「そう。その言葉は試合放棄と同じ。貴方は戦うことを拒否した。けれど、魅琴は貴方と戦わなくてはならない理由がある」
リディアの言葉が途切れ、吹いた風が彼女の髪を右へと流す。
「貴方は自ら、狩られることを選んだ」
「選んでなんか・・・」
「自分からは手を出さない。相手を殺さない。・・・相手が本気でこちらを殺しに来た場合、貴方は確実に負ける」
不思議な感情を宿した翡翠色の瞳が、強く輝き始める。
「守る者がいる者の本気は、想像以上に強いものだから・・・」
「カラスさん・・・?」
「貴方は、狩られる」
淡い色の唇が歪められ、狂気を含んだ笑みの形になる。
絶対的な言葉の響きは、誠司の心の中に重たく冷たい不安となって広がって行った ――――――
END
◇★◇★◇★ 登場人物 ★◇★◇★◇
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5096 / 陸・誠司 / 男性 / 18歳 / 高校生(高3)兼道士
NPC / 神崎 魅琴
◆☆◆☆◆☆ ライター通信 ☆◆☆◆☆◆
この度は『闇の羽根・竜胆書』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
そして、続きましてのご参加まことに有難う御座いました。(ペコリ)
ドロリと重たい夜の雰囲気を出せていれば良いのですが・・・如何でしたでしょうか?
魅琴とリディアが出てきた時点で、この物語の爽やか担当は誠司君だけですね(苦笑)
そんな爽やかで真っ直ぐな誠司君の雰囲気を損なわないように描けていればと思います
それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。
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