コミュニティトップへ



■Night Bird -蒼月亭奇譚-■

水月小織
【2778】【黒・冥月】【元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
街を歩いていて、ふと見上げて見えた看板。
相当年季の入った看板に蒼い月が書かれている。
『蒼月亭』
いつものように、または名前に惹かれたようにそのドアを開けると、ジャズの音楽と共に声が掛けられた。

「いらっしゃい、蒼月亭へようこそ」
Night Bird -蒼月亭奇譚-

 三月十四日、ホワイトデー。
 その日の午後七時、とある有名中華料理店の前で黒 冥月(へい・みんゆぇ)は、三人の少女を待っていた。
 今日の冥月は黒のタイトなパンツスーツに、首元にはいつものロケットペンダントではなく、いぶし銀で出来たミントの葉の形のペンダントを身につけている。
 それはバレンタインデーにまで遡る。
 冥月はその日、蒼月亭の従業員である立花 香里亜(たちばな・かりあ)と、自分を「黒薔薇様」と言って慕う聖・バルバラ女学院一年の伊藤 若菜(いとう・わかな)、そして篁コーポレーション社長である篁 雅輝(たかむら・まさき)が持つ特殊組織『Nightingale』に所属している少女、葵(あおい)から、それぞれチョコレートをもらった。
 その時のことを思い出すと色々身もだえしそうなのだが、何にせよ皆が自分を思ってくれた物なのだから、お返しはきちんとしなければならないだろう。そう思い冥月は自分で作った銀粘土のペンダントを渡し、三人にこう言ったのだ。

「バレンタインのお返しに食事に連れて行ってやろう。その代わり目一杯着飾ってこい」

 三人の反応はそれぞれだった。
 香里亜は嬉しそうに「じゃあ、クリスマスに冥月さんにコーディネートしてもらった服で行きますね」と、はにかむように笑ってこう言った。
 若菜はもらったペンダントの包みと一緒に、何故か冥月の手を握り「黒薔薇様のためでしたら、私おしゃれでも何でもしますわ!」と、芝居がかった仕草をした。まあ、若菜はいつもそんなところがあるが、冥月はこの「黒薔薇様」という呼び名は何度聞いても慣れない。
 そして葵は……。
「申し訳ありません。私、冥月師と一緒に何処かに出かけられるような服を持っておりませんので、これだけありがたく頂きます」
 普段から雅輝の護衛などをしているせいか、葵は長い黒髪と白い肌といういい素材を持っているのに、あまりおしゃれには気を使っていないようだった。冥月と会ったときもシンプルなスーツに長い髪を後ろで縛ったままで、仕事着としては良いのだろうが、色気は全くない。
 そんな葵に、冥月は少し笑ってこう言う。
「高い服を篁に強請ってこい。私から誘われたと言われれば、奴も嫌とは言うまい。それとも私と一緒に食事に行くのは嫌か?」
「とんでもありません。嬉しい……ですけど……」
「じゃあ決まりだ」
 感謝の気持ちなのに、葵だけをのけ者にする訳にはいかない。それに雅輝は一見冷たそうに見えるが、自分の部下に対しては色々気を使っている。元々葵にバレンタインにチョコを持って行けとそそのかしたのは雅輝なのだから、それぐらいしてもいいだろう。意趣返しになるかどうかは分からないが。
「待っているから、絶対に来い」
「は、はい……」

「うわー、皆さん素敵ですね」
 冥月が貸しきりにした部屋に通された香里亜は、自分の他にも冥月が人を誘っていたということなど気にしてないように、若菜と葵の格好に見惚れていた。
「今日は黒薔薇様から頂いたペンダントのビーズに合わせて、春らしくパステルグリーンの服にしてきましたの」
 若菜は胸の下に白いリボンが着いたパフスリーブのワンピースで、足下はファーのついたパンプスだ。香里亜に褒められたことが嬉しいのか、若菜はふふんと不敵に笑う。
「香里亜さんの服もよく似合っているわよ。今日は誰が一番とかやめて、一時休戦ね」
 にこ。
 若菜にそう言われるのを待っていたかのように、香里亜が笑った。そしてピンクのバーキンから一枚の写真を取り出す。それは、冥月が香里亜を全身コーディネートするために行ったときに、二人で記念に撮ったものだ。首元についているネックレスだけは、冥月が作ってくれたものと変えたのだが。
「ふふ、冥月さんに見立ててもらった服なので、褒められると嬉しいです」
「あーっ!ずるいですわ、黒薔薇様とお買い物なんて」
 まあ、それはそれで微笑ましいやりとりだ。
 悔しがっている若菜は、それでもすぐ立ち直り冥月に向かってにこっと頬笑む。
「でも今日のペンダントは、黒薔薇様とお揃いですわ」
「若菜さん、冥月さんがしてるペンダントは私が作ったんですー」
 銀粘土教室で作った物なので、デザインが同じになってしまうのは仕方がないが、若菜と冥月がお揃いになってしまっていると、香里亜としてはちょっと面白くない。それに同意してもらおうと、葵を見たときだった。
「葵さん?」
 冥月が言ったとおり、葵は雅輝に服をねだったのだろう。長い髪はコームを使って夜会巻きにされており、それにタイトな赤のドレスがよく似合っていた。足下もヒールの高い赤のパンプスで、肩を冷やさないように肩に巻いているショールは艶めいた黒だ。
 薄く施された化粧が、その美しさを引き立てている。首元には冥月がプレゼントした鍵型のペンダントが鈍く光る。
 だがそんな格好をあまりしないせいなのか、葵は何だか俯き気味だ。それを心配するように、香里亜はにこっと笑いかける。
「顔を上げてた方が綺麗ですよ。いいなー、私もそんな服が似合うようになりたいです。スカートのスリットも大人っぽい……」
「い、いえ……」
 そう言われると余計に恥ずかしいのか、葵はやはり黙りこくったままだ。店からの案内で部屋に通されるときも、いつもなら堂々と気位高く歩いている葵が、一番後ろをゆっくりおずおず歩いていた。
 緊張しているのか、それとも恐縮しているのか。
 そんな葵に、冥月は安心させるように優しく頬笑む。
「そう固くなるな。ケーキの礼もあるが、この間の仕事は頑張ったからな。その労いだと思え」
「冥月師……」
 初めて葵と仕事をしたときは、気位ばかりが高く自信過剰だったのだが、冥月に諭されてから心を入れ替えたようで、二度目の時はそれが見違えるように変わっていた。相当訓練したのだろう。相手の力量を計るだけではなく、わざと隙を作ったり出来るほど成長していたのが、冥月は素直に嬉しかった。
 何だか良い雰囲気の二人を前に、香里亜はじーっと冥月を見て、若菜はコンコンとテーブルを叩く。
「葵さん、今日の黒薔薇様は『皆のお姉様』ですわよ」
「待て、私はいつ誰かの物になったんだ」
 今日は冥月がご馳走するということで、本格中華のフルコースだ。
 ピータンなどの前菜盛り合わせから始まり、フカヒレの極上スープ仕立てカニ卵入りや、伊勢エビのニンニク香り蒸し……と、新鮮な材料で極上の料理が出される。
「冥月さん、私中華のコースって初めてなんですけど、何か気をつけることとかありますか?」
「私も初めてです……」
 葵と香里亜がお互い顔を見合わせる。今日はターンテーブルを使うコースではなく、一人一人出される形式だが、ちゃんと教えておいた方が良いだろう。冥月はフカヒレが入った器を指し、二人にマナーを教えた。
「基本的に中華では器を持ち上げて物は食べないな。だから小皿に盛るとき以外は、基本時に皿は持たない方がいい」
 すると若菜が蓮華を置き、ふっと笑う。
「器を持ち上げて物を食べる習慣があるのは、日本ぐらいなのよ。あとはターンテーブルを回すのは必ず上座からで、大皿の料理は付いているトングや箸以外で取るのはマナー違反ね」
 お嬢様学校に通っているだけあって、若菜は高級料理にも慣れているようだ。香里亜はそれに感心したようにスープを飲みながら頷く。
「お箸の国って言っても、やっぱり色々違うんですね……あ、美味しい」
 食事が進んでくると葵の緊張も解けてきたのか、窓からの景色を見る余裕なども出てきたようだ。本当なら食事が運ばれてくるたびに乾杯をするのだが、皆未成年と言うことで今日は中国茶を飲んでいる。
「北京ダックです。ただいまお取り分けします」
 ウエイターが目の前まで焼きたての北京ダックを持って来て、皮や身を切り始める。その様子に、料理好きの香里亜はやはり興味があるようだ。
「北京ダックの身はどうするんですか?」
 日本では皮だけを切り分けることが多いが、中国では一緒に身も切り分けてくれる。何も言わなければ、巻くのも全部店側でやってしまうのだが、ここはやはり自分でやった方が良いだろう。冥月はアヒル餅を皿の上に置き、皆に向かって巻き方を説明し始めた。
「これは自分で巻いた方が美味しいからな」
 アヒル餅の上に皮を乗せ、好みの量の味噌を塗る。そしてキュウリとネギを乗せ、くるりと包み込むように巻くだけだ。日本に来ると高級料理になってしまっているが、中国に行くと屋台でも売られていると話すと、葵はそれを食べながら感心したように頷いた。
「ん、美味しい。味噌がやっぱり違いますわ」
「こういうのも初めてなので、何だか楽しいですね」
 歳が近いからなのか、香里亜と葵は割と話が合うらしい。もしかしたら食べ慣れてない同士で、親しみを感じているのかも知れない。若菜は若菜で、慣れた手つきでアヒル餅を巻いて食べている。だが……。
「若菜、ちょっとこっちを向け」
「どうしました?黒薔薇様」
 若菜の口の端についた甜麺醤を、冥月はそっとナプキンで拭った。こういうところはやはりまだ子供なのだろう。すると若菜が顔を赤くして俯く。
「どうした?」
「く、黒薔薇様に恥ずかしいところを……」
「可愛い服を着てるんですから、汚しちゃダメですよ。ね、葵さん」
「そうですわね。私も気をつけないと」
「ちょっと、羨ましがりなさいよー」
 少し頬をふくらます若菜に、皆が楽しそうに笑った。

 北京ダックの後はエビの生姜スープ煮込み、アワビの姿煮、タラバガニのチリソースと続き、地鶏の中華おこわが出た後は、デザートを残すだけだった。
 最初、冥月は三人が睨み合うのではないかと心配していたのだが、一緒に食事をしているということもあり、和気藹々と楽しく話をしている。若菜が通っている学校でのお祈りの話や、香里亜が作るクッキーの話。そして葵が篁コーポレーションで事務をやっていると言う話をすると、香里亜は紹興酒のアイスと苺を添えた杏仁豆腐を食べながら、少し目を丸くした。
「葵さんって、秘書なイメージだったんですけど、事務なんですね」
「私が秘書だなんてとんでもありませんわ」
 冥月が初めて会ったときには、秘書ぐらい簡単になれると言っていたのに、やはり考え方も変わったのだろう。そんな様子にいじらしさを感じながらも、冥月は黙って杏仁豆腐をすくい、口に入れる。若菜も葵が事務というのが信じられないのか、香里亜の顔を見てこう言った。
「事務どころかモデルとかもいいかもしれなくてよ」
「それこそとんでもない話です。私は今の仕事を気に入っておりますから」
 本当の仕事。それは『Nightingale』という組織での仕事。
 だが「今の仕事を気に入っている」といった葵に、迷いはなかった。それは雅輝が持っている個人組織だが、葵はその為に働くことが本望なのだろう。
 だからこそ冥月は、葵がつまらないことで命を落とす所は見たくなかった。葵はそれでいいというかも知れないが、それは雅輝だって本意ではないはずだ。
 テーブルの上にあったデザートがなくなったのを確認して、冥月は笑ってこう言った。
「皆腹一杯食べたか?」
 それに若菜がかしこまってお辞儀をした。
「黒薔薇様、ありがとうございます。今度は私が何処かにお誘いしますわ」
「ご馳走様でした。冥月師……」
 葵がそう言うと、香里亜はバッグの中からカメラを取りだした。
「ホワイトデーの記念に写真撮りませんか?冥月さんと一緒に撮りますよー」

 わいわいと写真を撮った後、皆は帰るために道を歩いていた。
「写真ちゃんと現像してよね。取りに行くから」
「あー、もしかしたらデータが壊れてるかも知れませんねー」
「ちょっとー!」
 少し先を歩く若菜と香里亜は、そんな事を言いながらも何だか楽しそうだ。葵は冥月の隣を黙って歩いている。その様子に顔を上げ、冥月は葵に向かって唐突にこう言った。
「あの店の構造を覚えているか?」
 いったいどういう意味なのだろう。怪訝に思いながらも、葵は一生懸命さっきまでいた店を思い出した。七階建てのビルで全てが店のものだが、自分達が通されたのは七階の特別室だった。基本的に移動はエレベーターで、非常階段がいくつかある。
 それをおずおずというと、冥月はさらに矢継ぎ早に質問を繰り出した。給仕の男女比や容姿の特徴、人の配置や内装の詳細……ウエイトレスよりはウエイターが多く、皆きちっとした身なりだった。入り口こそ中華っぽいが、特別室はあまり華美ではなく、どのようにも使える内装。
「これで、正しいでしょうか?」
 そう言う葵に、冥月は笑って頷いた。
「よく出来たな」
「ありがとうございます」
 褒められた葵が、今日一番嬉しそうに頬笑む。
 冥月は、別に闇雲に質問をしていた訳ではなかった。瞬間で状況を頭に入れるのは、護衛の必須技能だ。どこに何があるかすぐに把握できないようでは、いざというときに護衛対象を逃がすことも出来ない。それを言った後、冥月は小さな声でこう告げる。
「先日、篁が社のパーティにあの店を使うと伝えて来た……後は分かるな」
 こくっ。葵が無言で頷く。
 最近雅輝の周りでは、重役達が相次いで殺害されるという事件が起きていた。雅輝自身襲撃されたことを葵もよく知っている。
 パーティーの間は警備も困難で、敵も見つけ難いだろう。そして雅輝が再度襲われる確率は高い。だがそれで取りやめにしてしまえば、相手の思う壺だ。
 今日の食事会はホワイトデーのお返しでもあったが、葵の実地訓練と下見も兼ねていた。これで使い物にならなければどうしようもないが、葵はちゃんと覚えていた。
 これなら大丈夫だ……冥月は葵の肩をポンと叩く。
「再度店の事を把握しなおしておけ。使えん奴は相棒にしないぞ」
 使えん奴は相棒にしない……と言うことは、自分が使えると冥月が認めてくれれば、相棒にしてくれる。
 今まで俯きがちだった葵が顔を上げた。パーティーでは何があるか分からない。慣れていないからと俯いていては、いざというときに動けない。
「了解しました。冥月師に相棒にしていただけるよう、次までに修行を重ねてまいります」
 やっといつもの表情が戻ってきた。これならきっと大丈夫だ。
 そう思い葵に向かって笑うと、前から声が聞こえてきた。
「黒薔薇様の独り占めは許しませんわ!」
「若菜さん、パンプスで走っちゃダメですよー」
 若菜が二人に向かって走り、香里亜が街頭の下で笑っている。葵は冥月に少し頷くと、転びそうになった若菜を受け止めるために笑いながら走った。
「おてんばですと、冥月師に笑われますわよ!」

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2778/黒・冥月/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
ホワイトデーのお返しに、三人娘を中華に誘いつつ実は……と言うプレイングから話を書かせていただきました。今回はあまり睨み合わずに和気藹々ですが、次はどうなるのやらという感じです。
今回は葵贔屓にと言うことでしたので、そっちにスポットが当たってます。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
パーティーはどうなるのでしょう。またよろしくお願いいたします。