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■戯れの精霊たち〜地〜■ |
笠城夢斗 |
【3506】【フレミィ・アクロス】【魔石錬師】 |
「森とは命の集大成だ。そうは思わないかい?」
――『精霊の森』にたったひとり住む青年は、会うなりそんなことを言い出した。
「といってもここには、動物がいないんだけれどね。僕と、精霊たちがいるだけ」
どことなく遠くを見るような目。
銀縁眼鏡の縁が冷たく光る。
「だけど、その代わりに精霊たちが暖かいんだよ。そう、暖かい――大地の精霊なんかは特に。まるで人間を見ているような気がしてくるね、彼らを見ていると」
大地の精霊……?
自分が足をつける地面を見下ろす。その柔らかい土……
「あ、土にはあいにく精霊はいないんだ。この森の場合」
そう言って、青年は視線をある方向へ飛ばした。
そこに、ひとつの大きな岩と――一本の太い木があった。
「あれ。あの岩と、木に宿っているのが大地の精霊だね」
岩と木。
どちらもとても年季が入っていそうな、古くて、強くて、どっしりとかまえて――暖かい。
ずっとこの森を見守っていてくれたふたりだ――と、青年は言った。
「彼らはかけらも動くことができない。あの場所にいるのが当たり前のまま何十年――何百年だ。外のことを知りたい。でも知ることができない」
願いを、叶えてやりたくてね――と、眼鏡の青年は優しい声でそう言った。
「だから、彼らにキミの体を貸してやってくれないかな」
木と岩は、どこかほんのり輝いて見える。森の外からの来訪者を、歓迎してくれているのだろうか。
「なんだったら、遊んでくれるだけでもいいよ――僕の力で、擬人化させることはできるしね」
お願いしてもいいかな。そう言って、青年は微笑んだ。
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だって、この手が届くから
若草色の翼に大きな帽子。左耳のピアスは音符の形。
そんな少女は歌が大好き。今日も空を飛び飛び歌を歌っておりました。
ふと、心地よさそうな森の気配に惹かれてその森に降りたってみると、ちょうど足元に落ちていたのは一通の手紙。
「誰のだろ……ソーン文字だ……」
少女の種族は独特の言葉を使うため、ソーン文字が分かりません。
もっとも少女はソーン文字を『しゃべる』ことは得意でしたので、今は読み書きの練習中でした。
「このお手紙……読めないけど、誰か探してるはずだよね」
少女は手紙を持って歩き出しました。テトテトと。
『精霊の森』と呼ばれる森を……
**********
フレミィ・アクロス。
彼女は一族を飛び出した二人の姉に乗じて、自身も一族から飛び出した身である。
「お姉ちゃんたち、どこだろ?」
姉たちを探している一方で自分も自由。日々、一生懸命ソーンの言葉を練習している。
そんな彼女がやってきた『精霊の森』――
「ふしぎ……」
フレミィは木々を見上げながら感嘆の息をついた。
「なんだか、木が生きてるみたい」
「あながち、間違ってはいないよ」
横から声をかけられて、わあっとフレミィは飛びあがった。拍子に羽根が一枚、二枚と空中に散る。
横を向くと、そこにいた長身の青年が、くすくすと笑いながらフレミィを見ていた。
「まあどこへ行っても植物は生きているけどね。ここは特別に『生きている』と言っていいな」
「……おにいさん、誰?」
フレミィはぽかんとして彼を見上げる。
青年は手を差し出した。
「その手紙、僕のだ。拾ってくれてありがとう。――僕はクルス・クロスエア、この森の守護者」
「守護者さん?」
「ここは『精霊の森』と言ってね。精霊が棲んでいるんだよ」
「精霊さん!?」
フレミィは目を輝かせた。精霊。聞いたことはあるけれど、出会ったことはない存在だ。
「本当に、いるの?」
辺りに他の生き物の気配はしない。
「いるよ。ついておいで」
クルスに言われて、フレミィはてくてくと彼の後をついていった。
やがて彼は、一本の樹の前に立った。指をつきつけ、真剣な顔で。
彼の指先に光の粒子が輝き始める。きれいだ、とフレミィは思った。
――行け。
青年のつぶやきとともに、光のかけらたちは樹へと向かって走る。何かをかたどって輝く。
やがてそのかたどられた『何か』は、光がふわんと散った瞬間形になった。
褐色の肌の女性――
「彼女がこの森を司る樹の精霊のファードだ」
クルスが褐色の肌の女性を示して紹介した。ファードと呼ばれた精霊は、にっこりとやさしく微笑んだ。
フレミィは慌てて、
「は、初めましてぇ」
と手を差し出す。
ファードはその場から動かず、なぜか硬い動きで腕を動かしてぎりぎりフレミィの手に触れた。
フレミィが首をかしげると、
「彼女は樹の精霊だからね。地から動けないし、体も硬い」
クルスが説明してくれた。なるほど、とフレミィは思い、自分からファードに近づいて、彼女の手をぎゅっと握った。
『初めまして……あなたのお名前は?』
ファードが初めて声を出す。
フレミィはびっくり仰天して一歩後退してしまったが、やがて嬉しくなって、
「フレミィはフレミィ・アクロス! お空を飛んで歌うのが好きなの!」
『空を飛ぶ……』
ファードは微笑ましそうに目を細める。
『羨ましいわ。私には分からない心地です』
「………」
樹に――
空を飛ぶ感覚など、たしかに分からないだろう。
フレミィはちょっとだけ悪いことをした気分になった。
「フレミィ」
クルスの声がした。「僕はこの森に来てくれた人たちに頼んでいるんだ。精霊たちはそのままじゃこの森から出られない。でも誰かの体に宿すと外に出られる。……体を貸してくれないかってね」
「!」
フレミィはぱっと顔をあげてクルスを見た。
「フレミィ、精霊さんとお出かけする!」
クルスは微笑んだ。
「じゃあ、ちょうど目の前にいることだ――ファードを連れて行ってもらってもいいかな?」
フレミィは褐色の肌の女性の微笑みを見て、大きくうなずいた。
意識を重ねる瞬間は、まるで樹が枝葉を伸ばしてフレミィの体の中にもぐりこむよう――
不思議と不快感はなくて、それ以上にファードの優しい微笑みが強く浮かんだ。
「ファード、さん」
おそるおそる、頭の中に――いや、心の中にいるような気がする精霊の名前を呼んでみる。
『はい?』
声が、頭に直接響いた。柔らかい葉のように、その声は優しい。
「フレミィの中、居心地悪い?」
フレミィは不安に思ってそう尋ねる。するとまた優しい微笑みの気配――
『フレミィの中は、とても心地よいですよ』
「―――」
嬉しくなって、フレミィは飛び跳ねようとして――ようやく気づいた。体が少し硬くなっている。重い。飛べない。
『ごめんなさいね……翼を奪ってしまったようで』
察したらしい、ファードが寂しそうにつぶやいた。
フレミィは慌てて、
「そんなことフレミィはいいよ? それより、一緒にお散歩しに行こうねっ」
と言って笑った。
**********
空を飛ぶことが出来ないなら、街をお散歩しよう――
そう決めて、フレミィはエルザード城下へとやってきた。
天使の広場。アルマ通り。フレミィの好きな場所だ。
本当は勉強のために、図書館によるのが一番好きだけれど、ファードを図書館に連れて行ってもつまらないだろう。そう考えていたら、
『フレミィの好きな場所なら、きっと私も好きになれますよ』
考えを読み取ったように、ファードが言った。
そっか、とフレミィは嬉しくなった。
「じゃあ、図書館案内するねっ」
そうして彼女は少し硬い動きで図書館へと向かう――
『まあ……』
図書館に入ると、ファードが驚いたような声を出した。
『これは……何ですか?』
「ここはね、本がたくさんある場所だよ」
『本……』
不思議そうな声がする。本をファードは知らないのだろうか。そう言えばファードは樹の精霊だから地に足がくっついたまま動けないと言っていた。そのせいだろうか。
「ええとね、本っていうのは――」
フレミィは近場の本棚から一冊取り出して、それをファードに見せてあげようとした。
と、
近くで、うんうんうなっている声が聞こえた。
「?」
振り向くと、背の低い少年が、高いところにある本を取ろうと苦心していた。精一杯背伸びしているが、届いていないようだ。
「はしご、使わないの?」
フレミィはつい口を出した。高いところの本を取るためのはしごなら、すぐ近くにあるというのに。
少年はフレミィに声をかけられたことでいったん力を抜き、はあ、と意気消沈したように肩を落とした。
「……僕、はしご怖いから……」
その気持ちは分かるような気がする。
「じゃ、フレミィが取ってあげる! 待っててね」
フレミィは――本当は飛んで取ればいいのだが今は無理なので――はしごをごとごとと持ってきた。
そして、どの本が欲しいのかを少年に聞いてから、はしごをぎしぎし上った。
本は簡単に手に入った。ゆっくりとはしごを降りて少年に渡す。
少年は嬉しそうに、「ありがとう!」と笑った。
「ううん。フレミィも勉強中だから……一緒に勉強がんばろーね!」
フレミィは手を振って、図書館から出て行く少年を見送った。
『フレミィ』
心の中で優しい声がする。
『あなたは、優しい子ですね』
「だって、困ってる人は助けなきゃ……」
『………』
暖かな胸にぎゅっと抱かれたような気がして、フレミィはえへへと照れて笑った。
本、というものを一通りファードに教えてから、
「でもファードさんにはもっと一杯ものを教えてあげたい」
とフレミィは結局図書館を出ることにした。
「どんな所に行ったらファードさんも楽しめるかな――」
天使の広場に出て、フレミィは考える。
――ふいに泣き声が聞こえてきた。
同時に、激しい犬の吠え声。
フレミィははっと振り向いた。そこはアルマ通りの入り口付近だった。店屋の前につながれて待たされていた誰かの飼い犬が、傍を通ろうとした子供に吠えかかっているらしい。
子供は腰を抜かして泣いている。
フレミィは走った。そして、
「だめぇ!」
犬と子供の間に割って入った。
うわあんうわあんと背後の子供の泣き声はやまない。うーうーと、うなる犬が牙を見せてフレミィを威嚇している。
「あのね、この子はあなたに何も危害を与えないよ?」
フレミィはしゃがみこんだ。犬に向かって、語りかけるように。
うー、とうなっていた犬が、ふと動きをとめた。
「だからね、吠えちゃだめ。怖がっちゃうでしょ? あなたも、いい子」
フレミィは手を差し出す。
犬は一歩下がった。再び牙をむきだしにする。しかしフレミィは引かない。
じっと待つと、やがて犬はフレミィの手をくんくん嗅ぎ出した。それで警戒心を解いたらしい――
おとなしくなった犬の頭を、フレミィはほてほてと撫でた。
「いい子、いい子」
背後の子供の泣き声が、すすりあげるものに変わっている。
フレミィは犬に微笑みかける。
「あなたはとっても可愛い子。吠えないでそこにいたら、皆に可愛がられるよ? いい子、いい子」
「………」
犬はおとなしく聞いている。フレミィはにっこりと笑った。なでなでと、撫でる手は穏やかに。
「あら、まあ」
店屋から女性が出てきた。「さっきから騒がしいと思ったら……うちの子が何かしましたか?」
気の強そうな女性だった。フレミィは犬から手を離して、
「お犬さんが可愛かったから、撫でてたの。だめ?」
褒められて機嫌がよくなったらしい、ご婦人はほほと笑った。
「どうぞ。かわいいウインダーさん」
――フレミィの背後にいた子供が泣き止んでいた。
フレミィは振り向いた。そして、にっこりと子供に微笑みかけた。
「あなたも、この子なでなでしよ?」
「こ……こわ……」
「怖くないよ? 大丈夫」
にこにことフレミィの笑顔。かばってもらった恩。フレミィの前ではおとなしくなった犬。飼い主が戻ってきてさらにおとなしい犬。
子供はぐすんとすすりあげながら、目元を拭って、
「な、撫でるっ」
負けるもんかと言いたげに手を差し出してきた。
今度は、犬も吠えなかった。
『フレミィ。あなたは素敵な子です』
犬や子供たちから離れて天使の広場を歩いていると、ファードの声がした。
フレミィはえへへと笑って、
「当たり前のこと、してるだけだけどねっ」
と笑顔をふりまいた。
らんららん。自然と大好きな歌が口をついてでる。
『可愛い歌声です、フレミィ……』
ファードが聴き惚れてくれているのが分かって、フレミィはますます嬉しくなった。
ふと、大きな樹を見つけて、フレミィは立ち止まった。
「この樹、ファードさんの樹の大きさに負けてないね!」
近づいて、ぺたぺたとその幹に触った。すると――
――……をちょうだい……
「………?」
フレミィは幹から手を離す。
『フレミィ』
ファードが訴えかけるような声で言ってきた。
『私を宿らせていると植物の声が聞こえます。お願いフレミィ、もう一度その樹に触れてみて』
「そ、そうなのっ? う、うん」
おそるおそるそっと手を触れる。
――……をちょうだい。
「何を……欲しがってる……の?」
――水、をちょうだい。
『この樹は――』
ファードが痛ましそうに言った。『大きすぎて水が足りていないようです。最近は雨が少なかったのでしょうか?』
「え? そ、そういえばそうかも……」
フレミィは最近は晴れが多くて上機嫌で空を飛んでいたのを思い出した。
「……お水が、足りないんだ?」
『ええ……』
――水を、下さい。
手を触れている樹からも聞こえる。
フレミィは樹を見上げた。
「じゃあ、お水持ってきてあげる!」
天使の広場には井戸もある。フレミィはファードを宿しているせいで重い体を引きずりながらも、水を汲んでは樹の根元にかけ、水を汲んでは樹の根元にかけ、を繰り返した。
それは並大抵の労働ではなかった。
フレミィはぜいぜいと肩で息をし、流れる汗を拭った。
「ま、負けないもん」
水を樹に汲んではかけ汲んではかけ汲んではかけ……
――ありがとう。
そんな声が、樹から聞こえるようになった。
『もう大丈夫……フレミィ、ありがとう』
ファードの言葉に安心したフレミィは、ふーとその場にしりもちをついて座った。
『フレミィ。こんなことまでお手伝いしてくれるなんて本当に……』
「だってね、ファードさん」
フレミィは頬に流れる汗を手の甲で拭いながら、爽快な笑顔になった。
「せっかくお話できたんだもん! 困ってるなら、助けたいなっ」
ほら――とフレミィはぽんと樹に触り、
「フレミィの手が、届く場所にいるんだもん」
そう言って笑った。
**********
空が夕焼けに染まった。
「あ……明日も晴れ……だあ……」
ファードの能力を借りて色んな植物と語り合ったフレミィは、困ったようにつぶやいた。どの植物も、水が欲しい水が欲しいと訴えていたからだ。
雨の日は飛べない。だからフレミィはいつも晴れを願った。
こんなにも雨の日を願ったことなんて、今まで一度もない。
『……それでも、植物たちは強く生きます』
ファードは言った。『私もつい手伝ってしまいましたが……本来植物はそんなに簡単に枯れるものではありません』
「………」
フレミィは思う。それでも。
「それでも、近く雨が降るといいなっ」
そうだとフレミィは口ずさみ始めた。即興の、雨乞いの歌――
ファードが嬉しそうに聞いてくれている。フレミィは元気に歌う。
出会った植物たちすべてのために。
自分が助けたいと思ったすべての植物のために。
精霊の森に帰るみちみち、ずっとずっと歌い続けた――
ファードと意識が離れる感覚はまるで体中の一部が抜けていく感覚。
埋まっていたどこかに穴が開いたようで、フレミィは悲しくなった。
「それでも……」
フレミィは分離を終えて大きな樹に戻ったファードを見上げる。
「フレミィ、忘れない」
フレミィの翼は若草色――
彼女は羽根を自ら一本抜き。
力強いファードの足元に、それを挿した。
「……ファードさんも、忘れないでね」
森がさわさわと鳴った。それが返事だった。
フレミィは目を閉じる。森の鼓動を感じる。
それはファードの鼓動とよく似ていた。
―FIN―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【3506/フレミィ・アクロス/女性/15歳(実年齢13歳)/魔石錬師】
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■ ライター通信 ■
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フレミィ・アクロス様
初めまして、笠城夢斗と申します。
このたびはゲームノベルへご参加くださり、ありがとうございました!納品が大変遅れてすみません;
フレミィさんのようにかわいい子を書くのは久しぶりなので苦心しましたw少しでもかわいくなっているといいのですが。
よろしければまたお会いできますよう。フレミィさんに幸福を……
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