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■GATE:04 『黄昏の決闘』■

ともやいずみ
【5698】【梧・北斗】【退魔師兼高校生】
 死者は土に還る。ゆえに生き返ることなどあってはならない。
 あいつは死んだ。自分がその眉間を銃弾で撃ち抜いたのだから。
 現れてはならない。現れてはならない。なぜなら、死者はよみがえってはならないのだ。生きている者の生活をおびやかすなど……そんなこと許されない。この世界では少なくとも、そうなのだ。
 手紙を出したのが誰なのか。それはいまだ、謎のまま……。
GATE:04 『黄昏の決闘』 ―後編―



 夜になるまでまだ時間がある。
 菊理野友衛は女将を探して屋敷の中を歩いていた。トイレから戻って来た梧北斗はまるで幽霊でも見たような顔で部屋の隅に座っていたので放置してきた。
「あらぁ、何をやってんだい」
 廊下の曲がり角で女将とぶつかりそうになって身を引く。
「ワタライを探している。どこに居るんだ?」
「あぁ、呼べば出てくるよ。元の部屋に戻りな。奥に行くと戻ってこれなくなるからね」
「?」
 意味がわからない友衛はとりあえず頷いて戻ることにした。残された女将は煙管を咥えてにやりと笑っていた顔を、無表情にした。



(さっきのあれは……奈々子? でも確かにあの時あいつは……)
 北斗は頭がこんがらがってきて「ううー!」と唸り声をあげる。
「だ、大丈夫かい?」
 声をかけられてハッと我に返る。心配そうにこちらを見ているのは成瀬冬馬だ。どうする、と心の奥底で自分の声がした。
 言ってしまおうか。奈々子に似た少女を見たと。死者からの手紙といい、奈々子らしき人物のことといい、この世界は本当に死者が蘇るんじゃないのか? と。
(でも俺)  
 『あの三人』はどこかで笑ってると、今も笑っていると思いたい……。
 だから冬馬に告げたくないのだ。もしも告げたら何か変わってしまうような気がして。怖い、と思った。
「だ、だいじょ」
 最後まで言う前に友衛が戻って来た。神妙な顔をしているので北斗は思わず緊張する。菊理野さんも見たんですか奈々子に似た女の子を、と問い掛けたくなった。だが一ノ瀬奈々子のことを友衛は知らないはずだ。
「呼べば出てくると言われたんだが……本当なのか?」
 独り言を呟く友衛に冬馬も北斗も怪訝顔だ。
 友衛は試しに言ってみる。
「フレア」
 小さな囁きと同時に背後の障子が開いた。フレアがそこに立っている。いつものように目深に帽子を被り、口元だけ見せて。
 驚いている友衛を彼女は見上げた。
「呼んだろ? なんの用だ? 夜の相手をしろと言ったら殴るぞ」
 軽い口調で言うフレアに友衛は渋い顔をする。そんなわけないだろうと否定しようとしたが、先に彼女が口を開く。
「冗談だ。で、なんの用だ」
「訊きたいことがある」
「……答えられるものなら構わない」
 フレアの声は冷たい。事務的なものだ。
「今回のこと、カリムを実際に見た人間はまだいない。そうなるとカリムの偽者という可能性が浮上する。この世界に俺達と違う方法で人が訪れる可能性はないか?」
「なぜそんなことを思う?」
「ここまで死者が蘇った可能性を否定している世界だ。事件を起こしているのは生者と考えたほうが自然だろう。だがその生者がカリムを騙った他の人間の場合、名を騙って決闘を申し込むことになんの得がある? 逆に別世界の本人だとしたら……。煮詰まった末の愚案だと笑ってくれて構わない。むしろそのほうが救われる。それだけ突拍子もない事だという自覚はあるからな」
「笑いはしない。
 質問の答えだが、別の方法は存在するが、人間には無理だ。したがって別世界からカリムが来るというのはまずない」
「……そうか」
 友衛は考え込む。
 代わりに冬馬が気になったことを口にした。
「手紙の出自にばかり気をとられていたけど……何故今さら決闘を……? もし誰かが復讐の為に送ったのなら律儀に手紙を出す必要はないだろうし……この世界の決まりごとなのか?」
「それはリネって人に訊くしかないんじゃないかな。俺はカリムとネイサンが仲が悪かった原因とか……んー、リネさんはカリムからの手紙についてどう思ったか知りたいからよろしく頼むよ。俺は行けそうにないから留守番してるから。な、フレア」
 北斗の声にフレアが少し怪訝そうにするが「ああ」と返事をした。
 冬馬は頷く。
「とにかく彼女から聞けることは全て聞き出そうか……。もう少ししたらここを出ようか、菊理野さん」
「……そうだな」

 冬馬と友衛が連れたって出て行くのを北斗が見送る。その横にはフレアが立っていた。
「……残ったおまえの相手はアタシがするのか。おまえもよくよく変わったヤツだな」
 北斗の言葉はそのままフレアを拘束するものになったらしい。彼女は北斗の相手をしなければならないようだ。
「フレアが忙しいなら邪魔しないぞ、俺。なんか手伝うことあるか?」
「…………なら一つだけ」
 フレアが帽子を少しだけあげて北斗を見遣った。茶色の瞳には憎悪と怒りが混じった複雑な色が浮かんでいる。
「ムーヴという子供を見かけたらアタシにすぐに知らせてくれ」
「……ムーヴ?」
「…………砂漠の国の宝物庫にいた女の子だ」
 北斗は「ああ」と納得する。曖昧にしか憶えていないが、一応記憶はある。可愛らしい女の子だった……と思う。
「はっきりと憶えてないんだけど……」
「見たらすぐわかる。成瀬ほどとはいかないが……おそらくおまえもムーヴを見たら感じるはずだ」
「感じるって……何を?」
 フレアは帽子を下げた。
「『どこかで見たことがあるな』という既視感だ」



 空は薄暗くなっている。どこの世界も夜が来るのだ。
 酒場に入ると昼間よりは賑わっていた。二階では女性の楽しそうな声が聞こえる。
 カウンターに立ち寄り、友衛は早速尋ねた。
「リネはいるか?」
「あたしに何か用かい?」
 真後ろから声をかけられ、友衛と冬馬は振り向く。

 二人はリネと共に酒を飲みながら話をすることにした。リネという娘は二十代前半で、胸元が大きく開いた安物のドレスを着ていた。二階で手招きしている女のほとんどはリネと似たような格好だ。
 リネは酒を飲み干す。
「で、あたしに訊きたいことってなにさ?」
「ネイサンとカリムのことだ」
 友衛の言葉にリネは大きく笑い出す。
「あぁ、果たし状のことだね」
「カリムが生き返ったということは考えられないのかな?」
 リネは冬馬のほうを見遣る。笑いを止め、目を細めた。
「生き返るだって!? そんなのありえないね」
「手紙についてはどう思った? カリムについて何か知っていることは?」
 北斗に託されたことを尋ねる友衛だったが、リネは「は」と笑った。そしてまた酒を飲む。
「どうもこうも……何も思っちゃいないさ。どうでもいいことだろ」
 そう言うとリネは友衛と冬馬に流し目を送る。冬馬の手を掴んだ。
「それよりどうだい? 愉しまないかい? 安くしとくよ」
「遠慮する」
「遠慮するよ」
 ほぼ同時に二人が応えたのを見てリネは舌打ちする。露骨な女だった。
 彼女は手を離して席を立つと言う。
「それじゃ質問は終わりかい? 客でもない男の相手をする気はないよ」
 冬馬と友衛は顔を見合わせる。リネから何か訊き出すには客になるしかないかもしれない。いや、例え客になっても何か訊き出せるか怪しいものだ。素直に何か喋ってくれそうなタイプではない。
 リネは立ち去ろうとしたが小さく言う。
「死んだヤツは生き返りゃしないよ。絶対にね」
 そのまま彼女は二階へと消えていった。残された友衛はリネがあがっていった階段のほうを見ている。
 冬馬は酒を飲んだ。飲みたい気分だった。こんな時に限って能力が発動した。瞳が蒼くないか気になったが、リネから「流れ込んで」きたから大丈夫だろう。
「いいのか、リネを放っておいて」
「いいんだ。手紙を送ったのは彼女だ」
 冬馬の言葉に友衛が目を見開く。冬馬はグラスを空にすると酒を注いだ。
「敵討ちをする気なんだ。一年後の日に、ネイサンを殺す気なんだよ」
「……それが、あんたの能力か? 使えたのか?」
「少しね」
「なぜ一年も待ったんだ?」
「ネイサンが故意で殺したかどうか知りたかったみたいだね。後悔しているならと少しは思ったみたい。でも違ったようだよ」
「お、おい、飲むペース……」
 がばがばと飲んでいく冬馬にそう言いかけたが、やめた。
 冬馬と酒を飲みながら友衛は彼に尋ねることにする。冬馬の様子は、あの黒髪の女に会ってからおかしい。
(立ち入るべきではないのかもしれない……。梧も何か事情を知っているふうではあるが……)
 自分が部外者だということは自分が一番わかっているのだ。
「成瀬……。おまえとあの黒髪の女は何か関係があるのか?」
「…………」
 冬馬は友衛を横目で見る。彼は酒を飲み込み、俯いた。
「本当は気になることがあるんだろう? ここは俺に任せて、化生堂に戻ってもいいんだぞ」
「俺がこんなザマだと、『彼女』に笑われる」
 ぼそりと呟いた冬馬の視線は手元のグラスに注がれている。
(奈々子ちゃんが生きていようと死んでいようと……俺にとって彼女の位置が変わるわけじゃない)
 それが再確認できただけでも……いいじゃないか。
(それにミッシが何か彼女と関係があるならいずれまた……。その時まで俺は彼らに関わり続けていればいい。確実に)
 二人は静かに酒を飲んだ。それだけで……今は良かったのだ。



 化生堂に戻ってフレアに報告をすると、彼女は頷いた。
「後は任せろ。こちらでなんとかしよう」
 そう言って奥に戻って行くフレアと入れ違いのように北斗が出てくる。彼は酒でいい気分の二人を眺める。
「おかえり! どうだった?」
 明るく訊いてくる北斗に事情を説明すると、彼は驚いたらしく目を丸くした。
「じゃあ決闘にはリネって人が行くのか!? フレア……どうするんだろ」
 後ろを振り返り、居もしないフレアを心配する北斗。彼はかなりフレアを気にかけているようだ。

 全員その日は泊まり、次の日に化生堂を後にした。
 ネイサンが、リネが、どうなったのか彼らにはその時わからない。元の世界に帰ってからのことは、わかりようがなかった。
 ネイサンを許せないリネがどんな気持ちでいるか……そんなことも、わからない。
 冬馬は化生堂を去る際に振り向いた。店内には見送りに出てきた女将とフレアだけ。たった二人の見送りを寂しいとは思わない。
 北斗はフレアに向けて照れたように手を振って化生堂を出て行く。
 友衛は礼儀正しく頭をさげて店に背を向けた。
 冬馬はその後にすぐ続いた。
 残されたフレアと女将。女将はフレアを横目で見遣る。
「そろそろあの異邦人たちもヤバいんじゃないのかね。同じ顔が多い。ということは、『慣れてきてる』ってことだよ」
「……そうだな」
「『門』は引き寄せる人間を選んじまう。普段はあんたらが見張ってるんだが、『今ここは』事情が違う。ああいう異邦人たちが平気で門を越えちまうわけだ。その原因を作ってるのは」
「アタシだ」
 はっきりとフレアは言い放った。彼女は女将を見上げない。
 フレアは背を向けて奥に戻って行く。だが足を止め、女将に向けて言い放った。
「責任はアタシが負う。心配しなくても、なんとかする」



 暗闇の奥底に居るような、そんな部屋の中。
 大きな柱時計がぼうと怪しげな光と共に浮かぶ。その時計から洩れ出る光に照らされ、佇む少女は口を開いた。
「姉さん。あと少しね」
 黒のライダースーツ姿の少女――ミッシングは、イスを反対に向けて座っている娘を見た。背もたれに全体重を預けているフレアは目を細める。
 その「あと少し」が、手に入らない。邪魔をしているのはムーヴ……あの女だ。女と表現するのは語弊があるかもしれないが。
「フレア、成瀬サンに訊かれたから……『予知した通り』に答えておいたよ」
 オートがすぐ傍で腕組みして佇んだまま言う。フレアはそちらに視線だけ向けて「そう」と応えた。
「あんまり酷いこと言ってやるなよ? ガラじゃないんだから、オートには」
「キミにばかり悪役を押し付けるわけにはいかないからね」
 小さく微笑むオートに、部屋の壁際から別の声が投げられる。
「そないなこと言うても、そろそろあの連中、気づき始めるんやないか?
 冬馬はミッシちゃんに明らかに執着しとるし、勘のいい友衛は距離はおいてるようやけど……オレらのこと胡散臭いとは思うてるやろーしね」
「できるなら」
 フレアは両手を組む。祈るポーズに似ていた。
「成瀬冬馬には知られずにおきたいところだ。梧北斗にも」
「それってさぁ、結局はフレアの自己満足と違うん?」
 肩をすくめて言う維緒をオートが睨みつけた。しかし維緒は構いもしない。
「何事もなかったようにしたいなんて……ムシが良すぎるんちゃう?」
「おまえに何がわかるんだ、維緒……!」
「わかるわけあらへんわ。オートの気持ちも、フレアの気持ちもな。オレは頼まれたからおまえらと一緒におんねん。『四人一組』やないと、この任務には就けへんからな。
 オレとミッシ、フレアとオート……四人やないとあかん。人助けのためにゲートを渡ることは同じやけど、『拾い続けていく』作業をするとなるといつもの二人一組ではあかんからな」
「あらかたは私が拾ってきた」
 ミッシングが簡潔に呟く。
 維緒はフンと鼻息を吐く。
「せやけど、肝心要のもんはぜーんぶあのムーヴが持っとるやないか」
「……そうだな。だからあいつを捕まえるのが最優先なんじゃないか」
「せやったら、囮を使えばええやんか。そのほうが手っ取り早いで。
 あの貪欲なお姫さんのことやから食いついてくるんと違うかぁ? なんせ、フレアを丸ごと喰おうとしたんやからなあ」
 笑いを含んで言う維緒を、怒りの眼差しで見るオートと、冷たく見つめるミッシング。
「ミッシングが拾ってきたんはアイツが要らんと思うて捨てたもんばっかや。いわばゴミやな。
 せやけど外面はフレアの面影がのうなってきたから、ゴミとはいえかなりの量を捨てたんやろ」
 あんなにフレアにそっくりやったのにねぇ、と維緒はにやつきながら言う。
 フレアはイスから立ち上がって背を向けた。その背中を心配そうに見つめるオートは、もう一度維緒を睨みつけた。
「おぉーお、怖い顔して。せやからな、成瀬冬馬を使えばええやんか、囮に」
「……巻き込まないって、フレアとボクは決めたんだ……!」
「今さらやんか。あの兄ちゃんに言うてみぃ。喜んで協力してくれるで?」
 なあ?
 と、維緒はミッシングに目を遣る。
 ミッシングはただ、黙ったままだった。



 穏やかな昼下がり。本日は快晴。なんの悩み事もないように晴れ渡った青い空は綺麗すぎた。
 総合病院の、奥の奥。
 受付を通ってフレアはそこを目指す。
 かつ、かつ、とブーツの足音が廊下に響いた。白い帽子のつばを押し上げ、フレアは外す。赤い髪が揺れた。すれ違う入院患者と、見舞いの者たちはフレアを物珍しそうにちらりと見る。
 ある個室の前に到着し、ドアを開けた。応える声がないのを承知だった。だから声をかけずに入った。
 心電図の音。それはまだ「生きている」と告げる、フレアには安心できる音だった。
 フレアはベッド脇の丸イスに腰掛ける。窓の外をそこから眺め、そしてベッドに視線を戻した。
「もう少し、だよ」
 囁く声。
 話し掛けた相手は無反応だ。
 カーテンが揺れた。窓を開けたのは看護師だろう。春の暖かい空気が入ってくる。
「もう少しで……終わるから」
 そしたら。
 フレアはそこで言葉を切った。唇がわななく。顔を俯かせた。
「そしたらさぁ……全部忘れて、元の生活に戻れるよ……」
 だから。だからどうか。
 フレアは横たわったままの相手を見た。全身隈なく包帯で覆われ、ミイラのようになっている相手の手に自分のそれを重ねる。
「もうちょっとでいいんだ……。あたいに、時間を……!」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【5698/梧・北斗(あおぎり・ほくと)/男/17/退魔師兼高校生】
【6145/菊理野・友衛(くくりの・ともえ)/男/22/菊理一族の宮司】
【2711/成瀬・冬馬(なるせ・とうま)/男/19/蛍雪家・現当主】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、梧様。ライターのともやいずみです。
 ほぼフレアと共に居てもらいました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!