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■【第二階層】ZERO 〜Limit end〜■
斎藤晃
【0351】【伊達・剣人】【エスパー】
 
「はぁ…はぁ…はぁ……」
 荒い息を吐きながら一人の男が駆けてきた。背中は焼け爛れ、肩の肉はこそげ落ち、脇腹から剥き出しの骨が見えている。そこまで走ってきたのが奇跡とも思えるほどの姿で、それでも男は命からがら駆けてきたのだった。
 高層立体都市『イエツィラー』の第一階層、ビジターキラーが徘徊しタクトニムの活動拠点でもある中央警察署は、知られている中でも五本の指に入る危険地帯だったが、今では随分とビジターの侵入を許している。そのマルクト一堅牢な建物のすぐ近くで、彼はセフィロトを探索していたチームの一人に救出された。
 彼は見たのだという。
 第一階層から第二階層へと昇る事の出来る高速エレベーター。その4基ある内の左から2番目の1基だけが、まだ稼動している事を。
 しかし彼は、いや、彼のチームは第二階層へ上がる事が出来なかった。
 メインゲートを守護する大型シンクタンクの圧倒的な破壊力の前に、彼のチームはほぼ全滅に追い込まれたからである。彼はその唯一の生き残りだったのだ。
 だが、それで第二階層への侵出を諦めるやわなビジターなどいなかった。
 ビジター達は第二階層へと進む為、こぞってそのメインゲートへ向かったのである。


『ココヨリ先は、第2階層イェソド。専用パスカードのナイ者ハ通行デキマセン』


 そこに立ちはだかるのはガーディアン―――ゲートキーパー。彼の抑揚のない冷めた合成音だけが、そのホール内に響き渡っていた。
 
【第2階層】ZERO 〜Limit end〜



 【Opening】

「はぁ…はぁ…はぁ……」
 荒い息を吐きながら1人の男が駆けてきた。背中は焼け爛れ、肩の肉はこそげ落ち、脇腹から剥き出しの骨が見えている。そこまで走ってきたのが奇跡とも思えるほどの姿で、それでも男は命からがら駆けてきたのだった。
 高層立体都市『イエツィラー』の第1階層、ビジターキラーが徘徊しタクトニムの活動拠点でもある中央警察署は、知られている中でも5本の指に入る危険地帯だったが、今では随分とビジターの侵入を許している。そのマルクト一堅牢な建物のすぐ近くで、男はセフィロトを探索していたチームの1人に救出された。
 男は見たのだという。
 第1階層から第2階層へと昇る事の出来る高速エレベーター。その4基ある内の左から2番目の1基だけが、まだ稼動している事を。
 しかし彼は、いや、彼のチームは第2階層へ上がる事が出来なかった。
 メインゲートを守護する大型シンクタンクの圧倒的な破壊力の前に、彼のチームはほぼ全滅に追い込まれたからである。男はその唯一の生き残りだったのだ。
 だが、それで第2階層への侵出を諦めるやわなビジターなどいなかった。
 ビジター達は第2階層へと進む為、こぞってそのメインゲートへ向かったのである。


『ココヨリ先は、第2階層イェソド。専用パスカードのナイ者ハ通行デキマセン』


 そこに立ちはだかるのはガーディアン―――ゲートキーパー。彼の抑揚のない冷めた合成音だけが、そのホール内に響き渡っていた。





 【1】

 コンクリートが剥き出しの無機質なその部屋の片隅で、男は椅子に座って焦点の定まらない視線を虚空に放っていた。
 ゲートキーパーによる10分以上にも渡る制圧射撃を逃れた唯一の生存者。しかし見た目からは戦闘の傷跡を見つける事は出来なかった。彼を救出した者たちがESPを使ったのだろう。肉体的損傷は全て治癒されている。だが、どんな力を使っても癒しきれぬものがあるのか。
 アルベルト・ルールは困惑げに彼に近づいた。
 体の傷は癒せても心の傷までは癒せない。いや、記憶操作を施せば、或いは。だが男が望むと望まざるとに関わらず、それが使われる事はないのだ。
 それは男が大事な情報源だから―――だとすれば自分は酷い人間なのかもしれない。アルベルトは自嘲のそれを奥歯で噛み殺した。
 本当に忘れたい惨劇なら人は自らの自己防衛本能によって忘れる事が出来るはずである。
「話さなくてもいい」
 アルベルトはそう言って男の手にそっと触れようとした。ESP記憶読破。
 だがその刹那、アルベルトの存在にすら気付いた風もなかった男の焦点が、突然アルベルトも眼前に合わされた。
「え……?」
「……接近戦……」
 男はゆっくりと首を横に振った。
「レーザー……抗ESP……」
 そんな単語をいくつか並べて、男は再び視線を明後日の方へと彷徨わせてしまった。その後、アルベルトが男に触れ、どれだけ記憶読破を試みても、結局その男から得られた情報はそれだけだった。

 少ない情報で持ち物を決めなければならない。
 そもそも半径250mしかない閉鎖空間であるセフィロトの塔内で使える火力の大きな武器はそう多くはない。たとえばフレアポッドの有効範囲は半径150mである。遮蔽物があるとはいえ、自分たち以外の人間がどこかに潜んでいた場合を考えると不用意には使えない。或いは、グレネード・ランチャーは回転する事で内部のヒューズ機構が働くため直線距離で約30m以上飛ばなければ起爆しない。道でばったり遭遇したタクトニムには有効だが、建物内で、それだけ広い場所はそう多くはない。使えなければ不要の長物でしかなく、持てる量に限りがあるなら弾薬をもっと多く持ち込んだ方がいいという結論に辿りつく。
 しかし、今回の敵がいるのは―――。



   ★



 第1階層『マルクト』の中央に第2階層基底部まで届く巨大な建造物。
 大型キャリアも載せる事が出来る大型高速エレベータ。その乗り口となるエレベータホールへの侵入がやっと許された。
 高速エレベータは大型キャリアを積む事ができるとあって、ホールへそのまま車を乗り入れる事も可能なようになっている。エレベータホールへと繋がる螺旋状の通路は、地下に向かっていた。どうやらそれは2本あるらしい。本当は一方通行なのかもしれない。
 通路の終着点。エレベータホールはまるで地下駐車場のようであった。とはいえ天井はかなり高い。元は、国際空港のコンコースのような作りだったのだが、何度かの戦闘で、壁のコンクリートはむき出しになり、ホールはがらん堂のようになってしまったのだ。
 今も―――。
 ホールからの銃撃音に爆音は1分も続かずに収まった。
 ホールへ続く通路の出入口でジェミリアス・ボナパルトが肩をすくめて仲間を振り返った。
「近づく事さえ出来なかったわ」
「…………」
 一瞬、誰もが息を呑んだ。
 彼女のESP行動操作によって操られたイーターバグやケイプマン、総勢10体が、1分とかからずそのエレベータに近寄る事も出来ず、正に秒殺されたのである。
 アルベルトは接近戦はやめろと言わんばかりに首を振った男を思い出した。実際には接近戦に持ち込む事もままならない感じで溜息を吐く。
 暗く傾きかけた空気を振り払うように、兵藤レオナは自分の身の丈ほどもある高周波ブレードを軽々と振った。ボーイッシュな女の子は、その外見に反して通常はMSが装備するような代物を2本も軽々と扱っている。
「ひゅー。久々の大物ダー。腕が鳴るー」
 明るい口調でそう言って彼女はホールを見やった。その視線の先に、それはいた。高さ約4m。全長は、その倍といったところか。8本足の蜘蛛型の下半身に、6本腕の阿修羅の如き上半身を持つ大型のシンクタンク。いや6本の腕の下にそれより一回り小さい腕が2本付いている。
「そんなにはしゃぐでない。転んでも知らんぞ」
 大物を前にはしゃぐレオナに、TT専門のビジターチーム『タンクイェガー』のリーダー格であり、相棒でもあるヒカル・スローターが呆れ顔で釘を刺した。無表情に淡々とした口ぶりではあったが、彼女自身期待に胸を膨らませてもいた。
 突撃させたタクトニムがあっさり倒されて尚、臆した風もない。
「近づいてみたらわかるって」
 心配げなアルベルトの肩をレオナは景気よく叩いてみせた。考えるのは性にあわないといった顔のレオナに、アルベルトはやれやれと息を吐く。
 まだ、現地集合と声をかけた仲間も揃っていないのに、今すぐにでも突っ込んで行きそうな顔付きだ。いや、行く気満々なのだろう。だからこそ、アルベルトとしては皆が来るまで、と言いたいところなのだが、止められそうにない自分に溜息を吐くことしか出来ないでいた。助けを求めるように振り返ったヒカルに肩を叩かれる。元気付けるように。
「案ずるより生むが易しとも言うしな。大丈夫じゃ」
 ヒカルが言った。何かあったとしても、それでどうにかなるほどレオナは軟には出来ていない。その事を彼女はよく知っているのである。
「私もお守りします」
 シュワルツ・ゼーベアがレオナの意気込みを後押しするように言った。こうなっては結局アルベルトが折れるしかない。
 アルベルトは乗ってきたバイクのエンジンを入れる。バルカンの搭載されたバイクだ。
 マガジンベルトは2本分。秒間100発で3分で打ち切る量だ。10分以上も撃ち続ける事が出来るゲートキーパーとは火力が違いすぎるが。
「銃弾は何とかする」
 アルベルトが言った。自分1人ならともかく人数が多い。PKバリアよりはエアーPKの方が効率的だろう。
「そうこなくっちゃ」
 レオナは準備運動でもするように屈伸を始めた。ヒカルが得物を手に駆けていく。
 それから10、まるで呼吸を整えるかのように自分の中で数を数えてレオナはアルベルトを振り返った。
「準備はいい?」
「ああ」
「じゃぁ、レディー……ゴー!!」
 ホールに一番最初に飛び込んだのはスモークポットだった。



   ★



 スモークが視界を遮る中、オールサイバーであるレオナとシュワルツはその中を自由に駆けた。サイバーアイにより彼らの視界はクリアだったのだ。
 遮るものは何もない広いホール。あるとすれば先ほど特攻したタクトニムの残骸くらいだ。
 アルベルトはバイクに跨り後方で相手の目を撹乱するように走る。
 ジェミリアスは通路に身を隠していた。ヒカルは通気口に移動すると身を伏せ、じっとライフルを構えている。狙うのはシンクタンクの弱点。関節部分、放熱インテーク、各種センサー。装甲はMSの倍近いとはいえ、それらなら比較的装甲も薄かろう。
 その時が来るのを息を潜めてただじっと待つ。
 ホールへの侵入者にゲートキーパーがお定まりの問いを発した。
『ココヨリ先は、第2階層イェソド。専用パスカードのナイ者ハ通行デキマセン』
 そしてサブマシンガンの銃口をスモークの中の2人に向ける。どうやら奴もサイバーアイを持っているのか。
「そんなものはなーい!」
 そう言ってみせたレオナに威嚇の銃撃。
『退去シテクダサイ』
 それを軽々と避けて、レオナは挨拶代わりにハンドグレネードを投げた。それは起爆する前に空中であっさり撃破される。
 その爆風をものともせずレオナとシュワルツは一気にシンクタンクとの間合いを詰めようとした。
 奴をヒカルの射程へ誘導するための挑発。
 だが―――。
「!?」
 2人の足が止まった。
「なっ……!?」
 何かがスパークするように弾け、バチバチと火花が散る。
 ゲートキーパーが近接戦対策に用意していたのは放電装置。それは、一定内に入った者にスタンガンの何倍もの電気ショックを与える事が出来る代物だった。
「まずっ……」
 レオナは咄嗟に義体の表層をゴムに変化させたが、間に合わなかった。普通の人間なら、最初の一撃でショック死しているところだったろう。2人とも何とかそれは免れた。だが、サイバーは全身を機械化したサイボーグだ。
 レオナのブレードが1本床に落ちた。
 最初の一撃で左腕の伝達系統の回路がいかれたのだろう。いや、腕だけではない。右足も動かない。雷が落ちたって吸収するだけのサージキラーを備えているはずが、異常電圧を殺しきれなかったのか。
 それでも表層をゴムで覆った事で、レオナはそのダメージを最小限に抑える事が出来ただろう。
 まともにくらってしまったのは、むしろシュワルツの方だった。
「やばい」
 アルベルトは慌ててバイクのアクセル目一杯握りこんだ。バイクに搭載されたバルカンが火を噴く。
『退去シテクダサイ』
 無機質な合成音にマシンガンが自分の心臓を狙う。それを無視して突っ込んだ。エアーPKが彼を覆うように逆巻き、強い乱気流を発生させる。
 レオナとシュワルツを連れてここから退却する事は果たして可能なのか。シュワルツの体重を思い出してアルベルトは暗い息を吐いた。
「10分以上の制圧射撃って……10分ももつかね」
 胡乱に呟く。
 レオナは動く足で力いっぱい床を蹴った。
 後退し放電装置の外へ逃れて床にもんどり打つ。
 そこにゲートキーパーの銃口が向けられた。
「…………」
 ヒカルは動かない。
 いや、動けないというべきか。ヒカルにも、ヒカルのいる通気口にもバルカンと、7つの目の内の1つがしっかり彼女を捕らえていたからだ。
 レオナは右手のブレードを構えて睨みつけた。
「レオナ!!」
 ゲートキーパーの銃が火を噴く。一瞬目を閉じた。
「何とか……間にあったか?」
 アルベルトの前に何とも頼もしい2体のMSがそれぞれシュワルツとレオナを抱えて立っていた。
「伊達さん……キリル……」



   ★



 刹那、ゲートキーパーの銃火器が一斉に火を噴いた。
 伊達剣人とキリル・アブラハムが後方に退き、アルベルトがエアーPKでフォローする。とはいえさすがにホール内すべての空気を動かすのは厳しい。それは、能力的に難しいというのではなく持久力の問題だ。無限に力が使えるわけではない。無理をすれば肉体の方が、いや、脳の方が耐え切れなくなる。知恵熱程度で済めばいいが。
 だから、この先の戦闘を考えれば出力は最小限に抑える必要があった。そしてそのために出来る限り迅速に戦線を離脱する。
 だが、1人後退するタイミングを逃した者がいた。
 ヒカルである。
 彼女はそこに伏せていたのだ。
 ゲートキーパーの放つ秒間100発の銃撃の前に、彼女の伏せていた場所は、その壁ごと一気に崩れたのである。
 落ちると思った瞬間、彼女は上体を起こした。そこに弾丸の雨が容赦なく降り注ぐ。
 耐弾効果を持つ機密服―――パワープロテクターにも限界があった。それに、弾は貫通しなくとも、その衝撃は吸収しきれない。彼女の体は吹っ飛ばされるようにして壁に叩き付けられていたのである。
 唯一の救いがあったとすれば、それは狭い通気口だったという事だろう。ゲートキーパーの弾丸に瞬く間に壁は崩れ、通気口は塞がってしまったのだ。そのおかげで着弾を抑える事が出来た。
「ぬかったな……」
 ヒカルは毒吐いた。ゆっくりと体を順に動かしていく。レオナの事が気にならなくもないが、彼女の事だ。何とかしているだろう。通気口が塞がれる瞬間、視界の隅に入った影が自分の思い違いでないなら。
 しかし。
「あばらと大腿骨……上腕骨といったところじゃな」
 何とも冷静に呟いてヒカルは息を吐いた。骨が折れている。
 PPにはパワーアシストが付いている。恐らく痛みさえ気にしなければ動ける。
 ここが塞がれたとしても、弾が通る隙間さえあればいい。ライフルを固定して引鉄を引くだけだ。
 その隙間をどうやって作るか。そんな事を考えている時だった。
「大丈夫か?」
 それはどこかで聞いたことのある声だった。声の方を振り返る。そこに、セフィロト髄一の大飯ぐらいがひょっこり顔を出していた。
 その時初めて、ヒカルはホールの銃撃戦が止んでいる事に気が付いた。



   ★



 ゲートキーパーの銃撃から退く面々とは正反対に1人の男が手にカードのようなものを掲げて近づいた。
 ゲートキーパーの追撃はその男を避けるように放たれ、やがて彼らがその男の位置より後方に退くとゲートキーパーは攻撃をやめた。
『ココヨリ先は、第2階層イェソド。専用パスカードのナイ者ハ通行デキマセン』
 変わらない合成音に、男―――姫抗が掲げていたカードを差し出す。
 ゲートキーパーは武装を完全に解除した。
『スキャンモード』
 それと同時に緑色の輝線がカードと、そして抗の体を上から順に撫でていった。
 静まり返ったホールに、ゲートキーパーがパスカードを照合している音だけが小さく響く。
 やがてゲートキーパーが沈黙を破った。
『パスカード照合デキマセン。退去シテクダサイ』
 それと同時に抗の胸にピタリとサブマシンガンの照準が合わされた。
「あ、お呼び出ない? お呼び出ないね。こりゃまた……」
 おどけたように言いかける抗の言葉を遮るように、ゲートキーパーがサブマシンガンの引鉄を引いた。1回の引鉄で約6発の弾が発射される。今にも鼓膜を破りそうな音と共にそれは床に穴を4つ開けた。グルーピング〈集弾率〉はそんなによくないらしい。などと言ってる場合でもない。余計な事言ってないで、さっさと退去しろ、と相手は言っているのだ。無言で。
 ぎりぎりでそらされた銃口からたちのぼる硝煙に抗は、ひきつった愛想笑いを返し、まぁまぁ、と両手の平をゲートキーパに向け、1歩、2歩と後退った。そして踵を返すと一目散に入口に向かって走りだしたのである。
「はいはい、退去しまーす」
 万一のためにESPバリアなど張ってはいたが、意外にもそれ以上弾丸は飛んではこなかった。
 ホールの出入口を駆け抜け、抗はやっと人心地吐く。
「ひぇ〜、まだセリフの途中なのに、冗談が通じねぇ」
「…………」
 ゲートキーパー相手にボケるとは。
 それを半ば呆気にとられたように、ジェミリアスたちは見守っていた。



   ★



「いやぁ、重い、重い」
 MSに乗って尚、同じくらいの大きさがあるシュワルツの体を運びながらキリル・アブラハムは悪態を吐いた。
「ここから先は引き受けた」
 伊達剣人がレオナを通路に下ろす。
「ああ」
 頷いたアルベルトにレオナが声をあげた。
「行きたい!!」
「その腕と足じゃ無理だ」
 アルベルトにピシャリと言われてレオナは頬を膨らませる。
「…………」
「すみません。アルベルト様」
 シュワルツが申し訳なさそうに言うのを、ジェミリアスを振り返った。
「おふくろ、工具取ってくれ」
 それにジェミリアスが携帯用工具を手渡す。
「治せそう?」
「やれるだけはやってみる」
 とはいえ、携帯用の工具だけでは、満足な補修など行えるわけもない。
「アルベルト、ボクも!!」
 レオナが言った。
「…………」
「今すぐなおせ!」
「…………」
 どうやらレオナの方が先かとアルベルト立ち上がる。その2人の間に、彼女は突然現れた。
「!?」
 こんな場所にゴスロリ。あまりにも不釣合いな美少女にアルベルトが面食らう。半ば呆気に取られていると、彼女が言った。
「私にやらせてください」
「え?」
「サイバー医です」
「……あ、ああ」
 アルベルトが気圧されたように半歩後退った。
 常盤朱里はレオナの傍らに膝を付くと、彼女の腕に触れた。
「動かせますか?」
 朱里の問いにレオナは首を横に振る。それにひとつ頷いて朱里はアルベルトに向かって言った。
「あちらのサイバー補修用ベッドへ運んでください」
「何、そんなものを持ち込んでるのか」
「どのくらいで治せる?」
 レオナが尋ねた。
「……30分」
 応えた朱里にレオナが言った。
「10分!」
「腕と足で20分」
「わかった」
 アルベルトと剣人が2人がかりでレオナを運ぶ。そこには既にキウィがサイバー補修用ベッドを用意していた。レオナをそこに寝かせると、アルベルトはキウィの肩を掴んで尋ねた。
「おい、オーバーホールクリーナーと冷却スプレーある? それと静電防止スプレーもあったら貸してくれ」
 シュワルツのメンテナンスをするためだ。
「はい、いらっしゃい。無料じゃないですが、ありますよ」
 キウィは揉み手をしながら笑顔で答えた。彼はここへ第2階層を突破しに来たのではなく、突破しようとする者達を相手に、商売をしに来ていたのである。ありがたいといえばありがたく、ありがたくないといえば、ありがたくないような気もしなくもない。
「…………」
 しかし、とりあえず今は助かったという事だろう。
 気付くとそこには更に何人ものビジターが集っていた。





【2】

『パスカードらしきものを見せると、とりあえず武装を解除する。体勢を立て直す時間稼ぎくらいにはなるだろ』
 そう言って大量に偽造パスカードを作らせたゼクスのそれは、読み通りだったという事か。一先ず抗が場を収める形となった。
 だが、通気口に侵入しヒカルの治療を行い戻ってきたゼクスは、そこに無傷で立っている抗を見つけて納得のいかないような視線を向けると「ちっ」と舌打ちした。もしかしたら思惑通りではなかったのかもしれない。
 彼の狙いが何であったのかはともかくとして、キウィは双眼鏡から顔をあげるとそこにいた面々を順に見やった。
 そこには、ジェミリアス、剣人、キリルの他に、抗とゼクス、それからヴァイスハイト・ピースミリオン、トキノ・アイビス、クレイン・ガーランドに白神空、リマことマリアート・サカが立っていた。朱里とそれからもう一人、青磁・ホアハウンドはレオナの、アルベルトはシュワルツの補修中である。そして、ヒカルは通気口……だった場所に未だ待機していた。
 キウィがひとつ小さく息を吐いてから言った。
「今の一連の攻防でわかった事があります」
「ゲートキーパーが動かない事、かしら」
 ジェミリアスが確認するような口調で尋ねた。キウィが頷く。
 だが、なるほど、と頷く面々とは反対に、不可解そうに首を傾げる者もあった。例えば、抗である。
「動かない? どういう意味だ?」
「なに!? わからんのか? これだから馬鹿は困る。いいか、奴の存在理由はゲートを守ること、そしてゲートを通過する者を管理する事だぞ。だから不用意に持ち場を離れるような事はしない。つまり、奴をおびき寄せたり、移動させたりする事は出来ないって事だ」
 ゼクスが何故か勝ち誇ったように言い切った。
「だから、なんでそう言い切れるんだよ」
 抗がバカ呼ばわりされて、ムッとしたようにゼクスを睨む。
「ゲートキーパーに特攻させたタクトニムに警告と威嚇射撃。その後制圧射撃に移行しました。それは人間に対しても同じです。この事から考えて、奴はタクトニムと人間を区別していないと思われます」
 キウィの説明に抗がふむと頷く。確かに、そのようだ。そこまでは納得した。
「つまり、ゲートキーパーが区別しているのは、専用パスカードを持っているか、いないか、だけです。恐らくそれ以上のAIを所持していないのでしょう」
 続く説明に、まだ抗は完全に繋がらない顔をしている。
 それにクレインが小声で捕捉した。
「ゲートキーパーは、ゲート通過者を管理し、許可しない者を排除する。しかしカード所有者に反応し、武装解除を行ったところから見て、優先順位は恐らく通過者を管理する事だと思われます。だからゲートを離れるような事はしない。通過者を管理出来なくなるから、という事になるんです」
「なるほど。わかったような。わからないような。じゃぁ、8本もついてる足は何だ? まさか1基しか動いてないから?」
 エレベータは横に4つ並んでいる。今はその内のひとつの前に立っているのだ。これが4つ全て稼動していたらそれらの前に順に移動するのだろうか。
「もしかして、あの8本足は蜘蛛じゃなくて蟹だったのか?」
「馬鹿はほっとこう」
 ゼクスが疲れたように、皆を先へと促した。
「後ろに回り込む事は出来ないかしら?」
 ジェミリアスが提案した。テレポートでは抗ESPの壁を超える事は出来ないが、時間停止なら後ろに回りこむ事は可能と思われた。
 だが、キウィは首を横に振った。
「得策とは思えません」
「何故?」
「後ろに目を持っていた場合。また、ビジターキラーのような鉤爪を持っていた場合」
 それらを考えると、返り討ちにされる可能性がある。
「でも、爆弾を設置するだけなら」
「エレベータが壊れる可能性があります」
 キウィは言った。
 MSの倍近い耐久力をもつゲートキーパーの装甲に傷をつけるには、手榴弾ぐらいでは不可能だろう。しかしプラスティック爆弾クラスになってくると、後ろのエレベータまで破壊しかねない。
「…………」
 ジェミリアスは考え込むように口を噤んだ。最初は、動けなくするように足回りから崩していく事を考えていたが、あの場から動かなければエレベータを人質代わりに取られたようなものである。
 疲れたように息を吐き出したジェミリアスに、キウィが言った。
「先ほど、ゲートキーパーの動きを見てて気付いたのですが……6つの目に、6つの腕は人のように2つで1組というのではなく、1つの目に1つの腕が連動しているみたいです。中央の目は下のニ本の小さい腕に連動している気がします」
「なら、1人で1つの腕を担当するってのはどうだ。例えば、8人で一斉にかかれば、必ず1人はフリーになるんじゃないか?」
 剣人が言った。
「それは有効だと思います。勿論、8人全員が、ゲートキーパーを仕留めるまでもちこたえる事が条件になりますが」
 1人でも脱落すれば、フリーになる人間がいなくなる上に、脱落する毎に残った者への負担が大きくなる。そしてゲートキーパーを仕留める事は、更に困難になっていくのだ。
「だが、仕留めるっつってもなぁ……」
「確かに、腕はそれぞれに武器を持っていたが、殆どがガトリングガンのようだったな」
 実際にゲートキーパーを間近で見た剣人が言った。
「しかも、それだけじゃない。手元にゃパラソルのように開閉するシールドが付いているようだった」
 キリルがやれやれと肩を竦める。
 材質はわからなかったが、殆どの攻撃はほぼそれでかわされるだろう。それに。
「近づけても放電装置があるぞ」
「それを避けて、8人目を例えばヒカルと想定しても、7人で詰め寄れば、俺たちが壁になってしまって攻撃できる穴を作るのは難しくなるんじゃないか」
「…………」
 一同に沈黙が横たわった。
「厄介だな」
「ヒカルには、壊せないの?」
 放電装置を破壊出来れば、近づく事は容易になる。
「私としては反対ですが、それ以前にあの位置からでは無理だと思います。ゲートキーパーの足が邪魔してちょうど死角になる」
 キウィが言った。
「ゲートキーパーを動かすしかないってわけか」
「それはまた難しい事を」
 たった今、ゲートキーパーは動かないという話をしたところなのだ。
 その時、空が手を挙げた。
「あたしが行こうか?」
「空!?」
 驚いてリマが思わず目を見開く。
「妲妃なら近づけると思う。そうすれば放電装置を破壊出来るでしょ」
 彼女の人型変異体、妲妃は生体電流を扱える。それを増幅させて電磁界を発生させる事も出来るのだ。それ故に電気への耐性もある。また、一般に人は0.1mAもあれば感電死させることが出来るとされている。勿論、心臓に流れる電流が、という条件付きだが、実際に高電圧は必要としない。オームの法則で言えば抵抗が少なければ低い電圧でも充分という事になる。逆にいえば、高電圧がかかっても、そこに0.1mA以上の電流が流れなければ感電死しないという事でもある。妲妃なら、体内に流れる電流を操る事が出来るだろう。
 そして、放電装置を破壊する事が出来れば、接近戦に持ち込む事が出来る。遠距離―――といってもホール自体たかだか数十mしかないのだが―――に特化した奴の火力を考えればそれは大きいだろう。
「…………」
「いけますか?」
 尋ねたキウィに、空が頷いた。
「うん」
「なら、空をフリーにさせるために、彼女の特攻のタイミングを遅らせるという事でいいですか」
 キウィは一同を振り返った。
「ああ、そうだな」
 皆が頷く。
「一撃離脱してしまうと、その目が彼女に向く可能性がある。皆さん、ぎりぎりまで引き付けてください」
 キウィの言に、キリルが肩を竦めた。
「そりゃ、また難しいね」
「えぇっと……伊達さんに、キリルさん、俺、トキノんにヴァイスだろ。7人って事は、あと2人、誰が行く?」
 抗が指折り数えながら面々を見やった。
 ゼクスを知らない剣人が、言葉に出さないまでも「彼は?」とばかりに視線を向ける。
「死ぬぞ」
 ゼクスが言った。
「ああ、これは戦力外。っと、クレインさん行けますか?」
「囮ですか。あまり持久力がある方ではないので、心もとないですが、人が足りないと……」
 言いかけたクレインの言葉を別の声が遮った。
「行くー!! 行くー! ボクも行ける!」
 後ろでレオナが力いっぱい手をあげている。
「レオナ。腕と足は?」
 尋ねた剣人に、レオナはその場でぴょんぴょんと跳ねてみせた。
「大丈夫。動く。きっかり20分だったね」
 そう言って、傍らの朱里を振り返る。朱里が恥ずかしそうに顔を赤らめて頷いた。
「こっちも何とか」
 アルベルトが手をあげる。その傍らでシュワルツがその巨体をゆっくり起こした。
「ありがとうございます、アルベルト様」
「話は聞こえてたよ。俺が撹乱組みに入る。レオナと俺。それで7人だろ。黒丸は彼女をアシストしろ」
「え? しかし……」
「放電装置が壊れたら、そのままアレを叩き潰しに行け」
 アルベルトは、ホールの奥に立つ『アレ』を指差した。
「わかりました」
 シュワルツが頷いた。
 それに、と続く言葉をアルベルトは内心で飲み込んでいた。彼の中で、何か嫌な予感がしている。無意識に危険予知でも働いているのかは、自分でもわからない。ただ、気になる事がある。本当に、対接近戦装備は放電装置だけなのか。何かを見落としている気がするのだ。
「連携がうまく行かなければ失敗します。これを皆さんに」
 キウィはハンズフリーの無線機を全員に手渡した。
 全員がヘッドセットを付ける。
「ヒカルは?」
 レオナがブレードを手に屈伸運動をしながら尋ねた。
「そっちは大丈夫です。そのまま待機してチャンスがあればいつでも狙撃すると言っていました。通信機も渡してありますし、今の会話も全部聞いていたはずです」
『うむ。聞こえておる』
 そんな彼女の声が、無線機から全員の耳に届いた。
 それにレオナは不敵な笑みを返す。
「よし、じゃぁ行きますか?」
「ああ」
「第2ラウンドの始まりだ」



 7人が一斉に走りだした。ゲートキーパーは、7つの目をそれぞれのターゲットを捕らえるように動かし、それに連動している腕の得物をそれぞれに構えた。
 最初の警告には誰も反応せず、威嚇射撃にも怯まず詰め寄る彼らに、ゲートキーパーの制圧射撃が始まった。
 近づきすぎれば放電装置の餌食だ。そのぎりぎりまで近づいてレオナは一瞬足を止めた。
 バルカンが彼女を捕らえようとする直前『右』という指示。反射的にレオナは左足で床を蹴って右へ飛んでいた。レオナのいた場所を無数の弾丸が駆け抜ける。
 もし、左に退いていればキリルに体当たりする事になっていただろう。
 そのキリルには『上へ』という指示が飛んでいた。力いっぱいジャンプし、上へ逃れたキリルを追尾するはずのバルカンの銃口は、彼を追いかけられない。その腕の上についている腕がアルベルトを追って、下を向いていたためである。キリルはそのままランスシューターベイルを構えた。ランスシューターベイルは、ランスシューターと盾が一体化したものだ。銃撃をそれで防ぎ、鋼鉄の杭を打ち出すタイミングをはかる。だが、彼に割り当てられたのは、彼が予想していた腕とは違っていた。それが抗を追っていた腕だったのは、その腕がアルベルトを追尾する腕より上に付いたものだったからだろうか。キリルを追っていたバルカンが抗に切り替わる。火を噴いたバルカンをESPバリアで凌ぐが、圧倒的な火力の前では5秒ともたない。『上』という言葉に抗が飛ぶ。ESP飛行を使った抗を、下についたその腕では追いかける事が出来ない。
 ヒカルが自分とゲートキーパーのライン上に抗が重なった瞬間、引鉄を引いた。移動する抗をそれて弾はゲートキーパーを襲う。無闇に撃てば、その弾道で自分の存在を知られてしまう恐れがあった。それは、彼女が放電装置を狙う事を反対したキウィの理由のひとつでもあったが、だからこそ彼女も、この瞬間をずっと狙っていたのだ。ヒカルの銃が7本目の腕の関節を綺麗に撃ち抜いた。大きな腕の下についた威嚇用サブマシンガンを持つ腕がそれを落として垂れ下がる。抗を追っていた腕はアルベルトと切り替わっていた。『後ろへ』という言葉にキリルが床を蹴った。入れ替わるようにそこに飛び込んだのはヴァイスである。ESPバリアでかわすその背から剣人が頭部バルカンで迎撃し間合いを詰めた。その影からトキノが高機動運動で飛び出す。
 8人の見事な連携。指示を出しているのは、キウィとジェミリアスのニ人だった。
 その傍らでは朱里と青磁が彼らをじっと見守っていた。青磁は無意識に朱里の服の裾をぎゅっと握り締めている。キウィの指示で時々朱里がカメラのシャッターを押していた。一応ゲートキーパーの動きをトレースするためとか、そんなような理由をつけていたが、ではファインダーに必ずキウィの姿が入るのは、どういった理由であったのか。
 クレインとリマは専用パスカードの複製を解析していた。クレインにはどうしても確認しておきたい事があったのだ。ゼクスだけが後ろでこそこそと非常食をつまみ食いしている。
 7つ目の目が完全に7人を追うのに手いっぱいになるのを待って、空とシュワルツが動き出した。
 空は人型変異体妲妃へと化身する。生体電流を増幅し放電装置が放つ電気エネルギーをマイナス方向に作用させながらゆっくりと近づいた。一瞬、火花が散る。思った以上の高電圧に空はひとつ深呼吸した。彼女のすぐ後ろにシュワルツがぴったりくっついている。
 空は放電装置にナイフをつきたてた。勿論ただのナイフではない。高周波ナイフは、金属ならバナナのように軽々と切り裂く事が出来るのだ。
 だが、刹那。
 ゲートキーパーが殲滅の優先順位を切り替えたのだろう。突然、アルベルト達を追っていた数本の腕が一斉に空の方を向いた。
『まずい! 退いてください!!』
 キウィの声とバルカンの一斉射撃はどちらが先だったのか。
「空!?」



「はやく、そちらを……」
 空の前にシュワルツが立ちはだかっていた。
 まるでそれを蜂の巣にでも変えようというのか弾丸は止む事を知らない。
 ヴァイスと抗とアルベルトと3人が張ったESPバリアがかろうじてそれ以上の着弾を抑えていたが。
 空が放電装置を完全破壊したと同時、誰もが一斉に後方へ退いた。
 それを追うような追撃。
 だが、再びそれは止んだ。
 そこに、カードを持ったクレインが立っていたからだ。

 第2ラウンド戦績。放電装置破壊と腕1本を撃破。そしてシュワルツ戦闘不能。それは相撃ちというべきなのだろうか。





【3】

 痛覚は切ってある。著しい損傷を受けた場合、オールサイバーは自動的に『維持モード』に移行する。まるで見た目は死んだようであっても、まだ生きている。ましてやシュワルツはその存在自体がとても特異なものであった。蘇生させる事は難しくない。
 だが、何となくその場は沈鬱としてしまった。
 大きな戦力ダウンは否めない。
 ジェミリアスは少し休憩しましょ、と言って、彼が持ってきていたピクニックセットを広げた。
 戦場で淹れる紅茶とは、また、普段とは別の趣がある。
 いつもより、ゆっくりと味わうように紅茶を啜って、ジェミリアスは、ふと思い出したように言った。
「ねぇ、バルカンは秒間100から最大200発まで撃つ事が出来るでしょ。10分以上の制圧射撃という事は……それを10分間撃ち続けるのに必要な弾薬は単純計算して60000〜120000発。あの6本の腕全てがそれをやったとして、更に6倍。それだけの弾薬を彼はどうやって補給していると思う?」
 それに、何か気付いたようにアルベルトが目を見開いた。
「まさか……」
「どう考えても、考えられる場所は1つしかないのよね」
 剣人がティーカップから口を離した。
「つまり、10分以上……いやもうそこまで弾薬も残ってないだろうから、5分もないかもしれない。その制圧射撃を耐えて、奴を弾切れに追い込めば、補給のためエレベータが動くかもしれないという事だな」
「恐らく」
 ジェミリアスが頷く。
「なら、その補給用エレベータを使って上へ昇れるかもしれないんだね」
 レオナがクッキーを頬張りながら言った。オールサイバーでも、普通に食事は出来るし、味わう事も出来るのだ。
「いや、事はそんな単純じゃないかもしれぬぞ」
 同じくクッキーをつまんでいたヒカルが口を挟む。
「どうして?」
「補給用エレベータに乗っているのが、補給物資だけとは思えんからな」
「そっか」
 タクトニムが降りてくると厄介だとう。ゲートキーパーみたいなのが、他にも何体もいたとしたらぞっとしない。
「それにレーザー兵器を持ってるんじゃなかったっけ。弾切れになってもレーザー攻撃がくるんじゃないの?」
 紅茶を飲み干してキリルが言った。
「…………」
「まぁ、レーザー兵器は煙幕弾もあるし、何より雨を降らせば大丈夫だろ」
「雨って……だがスプリンクラーが現時点で動いてないぞ、坊や。このホール全体のシステムも、あのゲートキーパーが握っているとしたらどうする?」
「スプリンクラーの給水管を叩き壊すしかないな」
 肩を竦めたアルベルトにジェミリアスが言った。
「あらあら、吸収ボールも使えるんじゃない?」
「それは、こっちもESPが使えなくなるからな。誰かがESP飛行中にうっかり使っちまったら墜落するぞ。ま、その辺は臨機応変だな。タイミングさえあえば使ってもいいが」
「じゃ、その間に近づいて、弾が補給される前に叩き潰してやるよ」
 レオナが不敵に笑ってみせた。
「黒丸はどうするの?」
「ゲートキーパーを叩き潰した後、一時撤退して、再度戻ってくるしかないな。こっちもギリだし。上に行ってまたすぐ戦闘って事になるかもしれないからな」
 答えたアルベルトに、異を唱える者はいなかった。
 彼の言う通り、リミットいっぱいだったからである。
 たとえば、ランスシューターベイルの使用限度は5回。また、MS用の高周波ブレードも同じく5回。MS用のブレードは刃が高周波振動に耐えられないため、HBを取り替えれば、また使えるという事はない。使い捨てるか、修理するしかない。こうしている間も、最低限のメンテナンスは受けているが、万全というわけにもいかなかった。それなりに損傷は蓄積している。
 先ほど、メンテナンスをしてくれた朱里から受けたのは、ランスシュータベイルの耐久力が限界値に達しているというものだった。盾としての使用は避けてください、と言われたのである。また、レオナの高周波ブレードも残り1回が限界だと言われた。剣人やアルベルトの持つバルカンは、マガジンベルトを新しくして8000発を装填してくれたというが、それでも2分ともたない。
 ゲートキーパーとの戦闘を終えた後は、もっと消耗しているはずだ。それですぐ次を戦えるかといえば、厳しい事は確かである。
「それもそうね」
 ジェミリアスはそうして紅茶を飲み干した。
「さぁ、これをファイナル・ラウンドにするわよ」



   ★



 先ほどと同じように7つの目と8つ、いや、ヒカルが1つ破壊しているから今は7つとなった腕をそれぞれが撹乱し弾を消耗させていく。
 アルベルトはPK飛行を使ってスプリンクラーのシステムの乗っ取り、或いは破壊に向かった。
 しかしたった5分が思った以上に長い。いや、そもそも本当に5分で弾切れになるのか、その保障もないのだ。それはひとつの精神的ストレスとなっていた。
 圧倒的なまでの火力に近づく事もままならない。とはいえ、今は潰すことが目的ではなく、弾切れさせる事が目的であるから、不用意に近づく必要もないのだが。
 そもそもそういう戦闘は彼女の性には合わなかったらしい。
 結局レオナの忍耐力は2分ともたなかった。
 レオナの特攻にやれやれとこめかみを押さえながらもヒカルがしっかり援護する。
「あーたーれー!!」
 レオナはバルカンの追撃を紙一重でかわしながら高周波ブレードを力いっぱいぶん投げた。どうせ後1回しか使えないのだ。
 高周波振動するブレードが、飛んでくる秒間100発の弾を切り裂きながらゲートキーパーに肉薄した。徐々に失速するブレードをヒカルがピンポイントで狙う。ブレードはライフルの弾の推進力を得て更に飛距離を伸ばした。
 力など殆どなくていい。
 ブレードの刃が届きさえすれば、その重さだけで切れるはずである。
 しかしブレードは届かなかった。ゲートキーパーの腕によって叩き落とされたのである。だがそれで充分だったろう。勢い腕がバルカンを落としたからである。遠距離攻撃できる腕が1つ減ったという事はそこに1つ穴が出来たという事でもある。
 もう近づいても怖くない。
 放電装置は既に壊れているのだ。
 レオナは残る一振りを手に一気に間合いを詰めた。
「危ない!!」
 レオナの額に緑色の輝線が灯っている。それが天井にいるアルベルトからははっきりと見て取れて、レーザー照準だと気付いて叫ぶ。
 一番に反応したのは、レオナの傍にいたキリルだ。彼は腕を伸ばすとレオナを抱きかかえるようにして後方へと飛んだ。
 レオナのいた場所を、3mmレーザーが駆け抜ける。
「ちっ。まだ、あんな隠し玉があったんだ」
 レオナが舌打ちした。
 キリルはランスシューターベイルを構えながらローラースケートで一気に後方に逃れた。それをゲートキーパーのマシンガンが追いかける。
 耐久力が限界値に達していたランスシュータベイルが嫌な音をたてた。破損が始まる。
 だが―――。
 レオナを下ろしてキリルはゲートキーパーを振り返った。
 銃撃が止んでいる。
『弾切れよ!』
 ジェミリアスの声にアルベルトは天井の水道管にPKフォースを叩き込む。
 天井から大量の水が噴出したのと、ゲートキーパーのレーザー攻撃が開始されたのはどちらが速かったのか。
 水が光を反射し、レーザーは拡散されその威力を半減させた。
 ゲートキーパーを破壊するのは、今しかない。
 ヒカルのライフルがゲートキーパーの目を的確に打ち抜いていく。最早、自分の位置が知れても相手の攻撃はここまで届かないはずだ。
 盲いたゲートキーパーは闇雲にレーザーを放ちながら暴れだした。
 かえって近づくのが危ないような状況とも思えたが、剣人が間合いも詰めずに日本刀型高周波ブレードを構えた。
 スプリンクラーの水が滝のように降り注ぐ。その中で彼は目を閉じていた。
 彼が跳躍し刹那、抜刀、再び鞘に収まるまでのブレードの軌跡を追えた者は果たしていただろうか。
 ゲートキーパーはその巨体を2つに分かって倒れた。
 ヒカルが立ち上がる。
 思わずその場にいた誰もが呆然とそれを見守っていた。
「エレベータ!!」
 はっとしたようにジェミリアスが言った。皆が高速エレベータに走る。
「でも、これどうやって動かすの?」
 レオナがエレベータの周りをきょろきょろと見回しながら言った。
「え?」
 アルベルトが天井から降り立つ。
「エレベータを動かすための操作パネルとかないの?」
 ジェミリアスが尋ねた。
「見当たらない」
「どうやら、ゲートキーパーがエレベータのシステムを管理していたようだな」
 アルベルトがゲートキーパーの残骸に片膝をつく。2つに分かれた切断部からなら、その内部に侵入出来る。
「まさか、エレベータを動かせるのはゲートキーパーだけとか言わないよな」
 キリルが尋ねた。
「…………」
 皆が顔を見合わせる。
「システムを乗っ取るぞ」
 アルベルトが言った。
「待って! 何か降りてくる!」
 それに気付いてジェミリアスが言った。どうやら補給用エレベータが降りてきたようだった。
「どうする?」
「……とりあえず、隠れましょ」
 一同は一旦ホールの出入口まで退却した。そこから様子を見守る。エレベータの中から何体ものシンクタンクが降り立ち、ゲートキーパーを取り囲んだ。
 そして―――。
「あれ、もしかしてゲートキーパーを直しているのか?」
「そのようね」
「ちょっと待てよ。弾薬の補給だけじゃなくて修理って……」
「更に強化される可能性もあるわね」
 ジェミリアスはこめかみを手で押さえた。
「なにぃ!? 今までの苦労はどうなるんだ!?」
 反射的にアルベルトは声を荒げてしまう。彼の視線の先には、横たわるシュワルツの姿があった。
「あのシンクタンクたちが乗ってきたエレベータに潜り込みましょう」
 ジェミリアスが言った。
「え?」
「そうすれば第2階層に行けるかもしれない」
「…………」
 一同は困惑げに顔を見合わせた。
「但し、黒丸とMSは置いて行くことになるけど」
「…………」
「でも、この機を逃せば次はもっと厳しくなるかもしれない」
 強化されるのであれば尚更だ。だが、アルベルトは納得のいかない顔をジェミリアスに向けていた。いや、アルベルトだけではない。
「エレベータのシステムを乗っ取るには、あのシンクタンクどもを破壊する。つまりもう一戦てことになるのよ」
「いいよ。やれる」
 レオナが言った。
「でも、シンクタンクを破壊しても、上からどんどん下りてきたらキリがなくなるわ。それに、ここでこれ以上消耗して第2階層に突入して、再びあのゲートキーパーみたいなのと戦闘なんて事になったら……」
 そこに沈黙が横たわった。
 そうだ。今も限界ギリギリなのだ。それならこっそり忍びこんで、第2階層の情報を集める方が得策かもしれない。第2階層にあがったところのエレベータホールに同じようなガーディアンがいるのかだけでも確認しておく事には意味がある。それに、こっそり上へあがれば見つからない限り戦闘は避けられる。少しでも情報を。
「ああ、わかったおふくろ」
 アルベルトが言った。
「潜りこんでみるか」
 剣人も応じる。
「…………」
 一同がそれぞれに視線を合わせて、頷いた。
「MSは置いて行くよ」
 キリルが言った。
「よし、行こう」
 ゲートキーパーの補修中、資材を運ぶ為、1体のシンクタンクがエレベータに乗り込む。その機材に隠れて一同は息を潜めた。
 そして第2階層へ。





【Ending】

 第2階層地上50m。1分足らずでエレベータは止まり扉が開いた。
 ここが第2階層イェソド。
 彼らはシンクタンクに見つからないように細心の注意をはらいながらエレベータからおり立った。
 そのフロアには何体ものシンクタンクが待機している。一瞬身構えた彼らだったが、何故かシンクタンクたちは彼らに危害を加えてくるどころか、見向きもしなかった。
 どうやらここにいるシンクタンクたちも、ゲートキーパー同様、自分たちの仕事をこなすためのAIしか植え付けられていないらしい。
 彼らとしても下手な戦闘は避けたくて、こちらから攻撃を仕掛けるのはやめた。
 アルベルトとジェミリアスはそのホールにあるコンソールパネルに近づいた。
 ゲートキーパーの保守システムがある。これを破壊すれば、下のゲートキーパーは完全に動きを止めるのだろうか。
 だが―――。
『賢明なる者。システムを破壊すればエレベータは永久に機能を停止します』
 突然、合成音ではない声が彼らの頭上から降り注いだ。その声に驚いて顔をあげる。
「なっ!?」
 どうやら上に設置されているスピーカーから聞こえているらしい。
 エレベータが永久停止すれば誰も下から上がってくる事は出来なくなる上に、彼らも下へ下りる事が出来なくなってしまう。
「誰だ!?」
 剣人の誰何に声が答えた。
『私は第2階層イェソドのブロックを管理するブローカー。パスカードを持たない者に、パスカードを発行します』
 声、或いはブローカーは、その姿を現す事なく、そう答えた。
「何?」
「パスカードを持っていない者に……って、もしかして、それがあると他にパスカードを持ってない者がいても、いつでもここに来れるようになるのかしら」
 そう尋ねたジェミリアスにブローカーが答えた。
『はい』
「わー、作って、作って!」
 レオナが興味顔で手を挙げた。
『スキャンフィールドにお立ちください』
 それらしい場所にスポットライトのようなものが灯った。
「おい。罠かもしれないぞ」
 アルベルトは止めたがレオナは笑顔を返す。
「だって、作ってくれるって言うし」
「…………」
「案ずるな。罠だったとしてもレオナなら大丈夫じゃろ」
 アルベルトの肩を叩いてヒカルはそう言うとレオナを振り返って言った。
「まぁ、骨は拾ってやるでな」
「おい」
 レオナがスキャンフィールドに立った。
 レオナの体の表面を緑色の輝線が撫でる。
『オールサイバー。脳のシリアルナンバーを記録しました。前にあるタッチパネルで必要なデータを入力してください』
 それにレオナが名前などを入力していくと、ほどなくして目の前のスロットからカードが1枚射出された。
「やった!」
 それは確かに専用パスカードのようだった。
「どうやら罠ではないらしいな。次は私だ」
 ヒカルがスキャンフィールドに立つ。
 アルベルトは一気に気が抜けた。何だかいろんな事が拍子抜けしてしまった気分だ。それは、他の面々も同じだろう。どんなお出迎えが待っているのかと気負っていたら、歓迎とは言わないまでも、パスカードを作ってくれると言われてしまったのだ。それに、人に敵意を示さないシンクタンクがここにはいる。不思議な感じだ。これらが全部罠でないならいい。
 皆が順に専用パスカードを発行してもらっている間、手持ち無沙汰のようにジェミリアスが問いかけた。
「ブローカーさん。イェソドの事について教えてくれるかしら」
『第2区画イェソドは環境プラントです』
「環境プラント?」
『ゴミ処理、浄水、空気浄化を行い、イェツィラー内部の環境を整えるための施設があります。また同時に廃棄物や熱を利用した、食料生産や、燃料生産も行っています』
「…………」
 フロアの出口となる扉を見やる。
 その奥に広がるのが環境プラント―――イェソド。一体、その中はどうなっているのか。
「全員終わったよ」
 ジェミリアスの感慨を遮るようにキリルが声をかけた。
「カードがあれば今度は簡単にここまで来れるのよね」
「まぁ、ブローカーの言葉を信じるなら」
 キリルが肩を竦めてみせた。
 ジェミリアスは一同に声をかけた。
「一度、戻りましょう。黒丸も気になるし」
 体勢を立て直した方がいい。
「ああ、そうだな」
 アルベルトが応じる。
「MSも置きっ放しだし」
 専用パスカードを手に入れた。今回それで良しとしよう。

 次は、あの扉の向こう側へ。






 ■End■







■━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
┗━┻━┻━┻━┻━┻━□

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】

 ★チームうさ耳
【0810/青磁・ホアハウンド/男性/10歳/エスパー】
【0233/白神・空/女性/24歳/エスパー】
【0641/ゼクス・エーレンベルク/男性/22歳/エスパー】
【0474/クレイン・ガーランド/男性/36歳/エスパーハーフサイバー】
【0289/トキノ・アイビス/男性/99歳/オールサイバー】
【0347/キウィ・シラト/男性/24歳/エキスパート】
【0659/常磐・朱里/女性/15歳/エキスパート】
【0644/姫・抗/男性/17歳/エスパー】
【0779/ヴァイスハイト・ピースミリオン/男性/22歳/エスパー】

 ★タンクイェガー+α
【0536/兵藤・レオナ/女性/20歳/オールサイバー】
【0541/ヒカル・スローター/女性/63歳/エスパー】
【0552/アルベルト・ルール/男性/20歳/エスパー】
【0544/ジェミリアス・ボナパルト/女性/38歳/エスパー】
【0607/シュワルツ・ゼーベア/男性/24歳/オールサイバー】
【0634/キリル・アブラハム/男性/45歳/エスパーハーフサイバー】
【0351/伊達・剣人/男性/23歳/エスパー】

【NPC0103/エドワート・サカ/男性/98歳/エキスパート】
【NPC0104/怜・仁/男性/28歳/ハーフサイバー】
【NPC0124/マリアート・サカ/女性/18歳/エスパー】

■━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
┗━┻━┻━┻━┻━┻━□

 ありがとうございました、斎藤晃です。
 楽しんでいただけていれば幸いです。

 参加者全員に『専用パスカード』を配布しました。
 これにより第2階層へは自由に行き来出来るようになります。
 パスカードは誰かが1枚所持していればパーティー全員が通行可能です。
 カードの提示により、ゲートキーパーが第2階層へと送ってくれます。

 勿論、カードを提示せず、再びゲートキーパーと対峙する事も出来ます。
 しかし、ゲートキーパーは戦闘不能になってもその保守システムにより、
 24時間以内に、武装を強化した形で復旧されるため、
 回を追う毎に攻略は困難になっていくと思われます。
 ゲートキーパーを止めるには保守システムを破壊するしかありませんが、
 保守システムを破壊すればエレベータ自体が完全凍結してしまうため、
 無視して通り過ぎる事をおススメします。

 今回は、チーム毎に攻略方法を分け、途中から分岐しています。
 機会があれば、他チームの攻略法などもお楽しみください。

 たくさんのご参加、本当にありがとうございました。
 またお会い出来る事を楽しみにしております。
 ご意見、ご感想などあればお聞かせ下さい。