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■闇の羽根・竜胆書 T < 運命 >■

雨音響希
【4345】【蒼王・海浬】【マネージャー 来訪者】
 何かを守るためには、何かを犠牲にしなくてはいけない
 それが分かったから、何も守りたくはないと思った

 それでも・・・

 守りたいと、思ってしまった
 どんな犠牲を払っても
 決して報われることはないと知っていても

 もしいつか事実を知って
 軽蔑の眼差しで見られようと
 非難の言葉を投げつけられようと
 それで構わないと、そう思えるほどに大切だった

 ・・・いっそ、憎んでくれた方がどれほど良いのだろうか

 泣かれるよりは、ずっとずっと
 冷たい瞳で拒絶してくれた方が気が楽だ・・・。




 漆黒に染まった町の中、等間隔に並んだ街灯が仄明るく1本の細い道を照らし出している。
 それを足元に見ながら、神崎 魅琴は意識を集中させると剣を創り出した。
 月光を浴びてキラキラと輝くその刃は、透き通った氷で出来ていた。
 魅琴の意思でないと溶けない氷は、頑丈で切っ先が鋭かった。
 腕に巻きついた時計に視線を落とす。
 そろそろ・・・
 そう思った時だった。足元の道を1人の人物が通り過ぎて行く。
 魅琴はその人物の前に透明な壁を作り出した。
 足が止まる。
 何かに塞がれている先の道を見詰めるその人物に、上から声をかける。
「よう、どこ行くんだよ」
 チンピラとなんら変わらない調子でそう言ってトンと軽く跳躍すると、驚いたようにこちらを見詰めている人物の前に下り立った。
「ちょっと俺と遊んでかねー?」
 いたって軽い口調でそう言う。
 彼が仕事をする時と同じ口調で、同じ仕草で・・・
 ただ少し、胸の奥が痛むのは――――――
「依頼主は言えねぇが、お前を殺せとの依頼が入ってな。悪いがお前の命をいただく」
 氷の刃の切っ先を向ける。
 大切なものを守るために、大切なものを傷つけられないために・・・この決断を下したのは、他でもない自分自身だった。
 けれど、それでも痛む胸に、魅琴は唇を噛んだ。

闇の羽根・竜胆書 T < 運命 >



◇◆◇


 漆黒に抱かれた夜を柔らかく撫ぜる月光は、今日も淡く弱々しい輝きだった。
 金色の髪を風に靡かせた蒼王・海浬は夜の散歩をそれなりに楽しんでいた。
 まだそれほど遅くない時分、周囲の家々からは生活音が微かに響いてくるが、カーテンの引かれた窓からは、薄ボンヤリとした光しか漏れては来ていなかった。
 薄暗い道を照らすのは、空に浮かぶ月と、等間隔に並ぶ街灯が放つ仄かな光のみ。
「こんな夜中に散歩たぁ、あんた暇人以外の何者でもねぇな」
 突然上から降って来た声に、海浬は足を止めた。
 キラリと光る氷の剣を片手に持った少年が1人、屋根の上で月光を背後に立っている。
「何者だ?」
「普通、人に名前を聞くときは自分から名乗るもんだぜ」
「・・・確かに、一理あるな」
「まぁ、お前の名前なんて聞かなくても知ってるけど」
(そうだろうな)
 海浬はそう思うと、目の前に下り立った人物に視線を向けた。
 限りなく銀に近い青色の髪が風に揺れ、紅の瞳が細められる。
「蒼王海浬だな?」
「・・・あぁ」
「お前さぁ、もっと長文喋れねぇわけ?『何者だ?』『確かに、一理あるな』『あぁ』って、もっと長く喋れ!まるで俺ばっかが喋ってるみてぇじゃねぇか!」
「別に、話す事もないだろう」
「あーあー、ヤダヤダ。クールぶってる野郎って。どーにも虫唾が走るんだよな」
「お前はもっと言葉遣いに気をつけた方が良い」
「生憎と、小さい時からこんな喋り方でね」
「それは可愛くない子供だったことだろう」
「お前よりは可愛かったと思うけどな」
 詰まらなさそうに呟いた少年が、すっと氷の剣を構える。
「お前、人間として嫌いだ。もっとも、人間じゃねぇっつーかも知れねぇけど。なんつーか、その人を見下したような態度がウゼェ」
「別に見下しているつもりはないが?」
「そうか?腹の底ではどう思ってるか分からねぇからな」
「・・・被害妄想が激しいんだな」
「はっ、妄想なんかじゃなく、事実だろ?」
 一瞬だけ鋭く光る紅の瞳。
 海浬は振り下ろされた剣を避けると、長い前髪をかき上げた。
「やれやれ、困った坊やだ」
「残念ながら、もう『坊や』って歳じゃねぇんだよ」
「俺から見れば坊やだが?」
「んじゃぁ、俺から見ればテメェはジジイだな」
 何とも可愛げのない言葉に、海浬は溜息をつくと走り出した。
 どうやら道は何かで塞がれているらしいため、失礼とは思いつつも他人の家の屋根の上に飛び乗る。
「どんなに逃げたって無駄なんだよ」
 少年の手が宙を撫ぜ、海浬の前に見えない壁が立ちはだかる。
「正々堂々勝負しろや」
「生憎、そんな暇はないんでな」
「呑気に夜のお散歩なんてしてる暇はあるのに、か?」
(子供を相手にするのも気分の良いものではないのでな)
 本音はその部分にあったが、口には出さないでおいた。
「もしかしてテメェ、自分の相手にするには不足だとでも思ってるのか?」
「別に、過小評価はしていない」
「・・・どーだか」
 会ってまだ数分しか経っていないのに、心底嫌われてしまったらしい海浬。
「お前、殺し屋か・・・?」
「いかにも。つーか、殺し屋じゃなけりゃ、なんで会った事もねぇテメェの命なんて狙うんだよ」
「誰に頼まれた?」
「・・・はぁ〜?殺し屋に質問する内容じゃねぇだろ。まぁ、教えた所で別に問題はねぇとは思うけどな」
「言ったところで相手を殺す・・・死人に口なし、か」
「そう言うことだ。それに、テメェに言ったところで知らないヤツだろーよ」
(そうだろう。『この世界』に限定してしまえば、命を狙われる心当たりは・・・ないからな)
 もっとも、ない・・・と断言するには少し時間が掛かったが。
「お前、名前は何と言うんだ?」
「教えた所でどうなるってんだよ」
「どうにもなるわけではない。ただ、名前を知らないまま襲われるのも気分が悪い」
「テメェの気分なんかを思い遣ってやる必要はねぇが・・・まぁ良い。名前くらいは冥土の土産に教えてやろう。魅琴っつーんだよ。魅了の魅に楽器の琴って書いて、魅琴」
「随分と綺麗な字を書くんだな」
「お褒めいただきアリガトーゴザイマシター。もっとも、俺は画数多くて嫌いなんだけどな」
 あっさりと言ってのけた魅琴が、海浬の傍まで走り寄る。
 壁を避けて右へと走り出す海浬。その行く手も壁が遮り・・・
「魅琴、手加減しているのか?」
「はぁ〜?何でテメェに手加減しなきゃなんねーわけ?」
「・・・この氷の壁は、魅琴の意思でしか壊れない。違うか?」
「そうだけど?まぁ、それなりの力をかければ壊れるけどな」
「しかし、すぐに修復される・・・」
「ごめーとー。一瞬で元通りになる」
「・・・何故、俺の周囲を囲わない?」
 押し黙った魅琴の瞳を正面から見据える海浬。
「四方を囲めば、俺は捕らわれる・・・どんなに足掻こうとも、出られはしない」
「一定の強さの力をかけりゃ壊れるっつっただろ?」
「でも、一瞬で元に戻るんだろう?・・・四方を壁で囲み、一気に押し潰せば中に居る者は死ぬだろう。・・・違うか?」
「そんなスプラッタな死がお好みで?」
「・・・何故、俺を逃がそうとする?」
 海浬の言葉に、魅琴はニィっと口の端を上げた。
「だってお前、つまんねーんだもん」
 素っ気無く言った魅琴が、剣の切っ先を足元へと落とす。
「逃げるばっかり。しかも、必死に逃げてるわけじゃなく・・・適当に逃げるだけ。そんな相手に力を使うなんてメンドクセーことすっかよ」
「・・・依頼主には何と言うつもりだ?」
「別に。殺りたきゃ自分で殺れって報告するさ」
「魅琴・・・お前、金で雇われてるわけじゃないんだろう?」
「あぁ。残念ながら金なら腐るほどあるからな」
「・・・それなら、何故・・・」
「この場からいなくなれば、俺はお前を狩れなくなる。だから、とっととこの場から出て行けよ」
「場・・・?」
 海浬が首を傾げた時、ふわりと血の臭いを孕んだ風が髪を撫ぜた。
 見上げた先で、月が毒々しいまでの紅へと色を変え・・・
「この場は、夢と現が支配する場所。お前、長く居ない方が良いぞ。分かるだろう?だんだん、力が弱まっているの・・・」
 場に吸収される力。それは、魅琴に絶対的な力を供給していた。
「・・・とっとと出て行けよ。それで、もう2度とこの場に足を踏み入れるな。そうすれば、俺はお前を狩らずにすむ」
「魅琴・・・?」
「あぁ、勘違いすんなよ?別に、お前に好意を抱いたから逃がしてやろうってわけじゃねぇ。お前が心底嫌いだから、手合わせすらしたくないってだけだよ」
「・・・それが本心なのか?」
「嘘偽りない、本心ですが何か?」
 口の端を上げた魅琴が、ヒラリと手を振る。
 氷の剣をすぅっと溶かし・・・海浬は背を向けると『場』から脱出した。


◆◇◆


 まだ体に染み付いている血の臭いに顔を顰めた海浬は、道の端でしゃがみ込む小さな少女を見つけ、首を傾げた。
 限りなくピンク色に近いツインテールを風に靡かせながら、ボウっとどこか遠くを見詰めている少女・・・
「気分でも悪いのか?」
 顔を上げた少女は、小学生くらいだろうか・・・酷く幼い顔立ちをしていた。
「血」
「どこか怪我でもしたのか?」
「血の臭いがする」
 ドロリと濁った瞳を海浬に向け、暫くジっと何も言わずに見詰め合う2人。
「・・・どうしてこんな時間にこんな所に居るんだ?」
「それを、貴方に言う必要はない」
 少女はピシャリとそう言い放つと、立ち上がった。海浬よりも大分小さな少女は、今にも折れてしまいそうなほどに華奢な身体つきをしていた。
「私は貴方が思うほど、幼くはない」
「・・・そうなのか・・・?」
 可愛らしい顔立ちをしているのに、どこか冷たい雰囲気を帯びた少女。
「さて、そろそろ私も帰らないと。心配されてしまうわ」
「家の方角はどっちだ?」
「貴方が、歩いてきた方」
 少女の瞳に、不思議な輝きが宿る。
 雲が刹那、月を隠し・・・街灯が点滅し、一瞬だけ闇が全てを支配する。
「あぁ・・・だから貴方、血の臭いがしたのね」
 低い声は、少女のものとは思えないほどに太かった。
「お前・・・」
 雲が風に流され、再び地上を月光が照らす。街灯も、何もごともなかったかのように仄かな輝きを放ち・・・
「きゃぁぁっ!!早く帰らないと奏都ちゃんに怒られちゃうっ!!」
 少女が可愛らしく叫び、ツインテールをブンと揺らす。
 何時の間にか子供らしい顔立ちになっている少女が無邪気に海浬の腕を掴み、満面の笑みを向ける。
「んっとぉ、気をつけて帰ってねぇ〜」
「いや、それはこっちの・・・」
「蒼王海浬ちゃん」
 何故名前を知っている・・・?そう聞く前に、少女は軽やかな足取りで闇の中へと消えて行った。



END


 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  4345 / 蒼王・海浬 / 男性 / 25歳 / マネージャー 来訪者


  NPC / 神崎 魅琴


 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『闇の羽根・竜胆書』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、お久し振りのご参加まことに有難う御座いました。
 魅琴とのやり取りは如何でしたでしょうか。
 最後に出て来た少女・もなが不気味な子になってしまいましたが・・・ 
 海浬さんの雰囲気を損なわずに描けていればと思います。


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。