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■闇の羽根・竜胆書 T < 運命 >■

雨音響希
【6224】【ラン・ファー】【斡旋業】
 何かを守るためには、何かを犠牲にしなくてはいけない
 それが分かったから、何も守りたくはないと思った

 それでも・・・

 守りたいと、思ってしまった
 どんな犠牲を払っても
 決して報われることはないと知っていても

 もしいつか事実を知って
 軽蔑の眼差しで見られようと
 非難の言葉を投げつけられようと
 それで構わないと、そう思えるほどに大切だった

 ・・・いっそ、憎んでくれた方がどれほど良いのだろうか

 泣かれるよりは、ずっとずっと
 冷たい瞳で拒絶してくれた方が気が楽だ・・・。




 漆黒に染まった町の中、等間隔に並んだ街灯が仄明るく1本の細い道を照らし出している。
 それを足元に見ながら、神崎 魅琴は意識を集中させると剣を創り出した。
 月光を浴びてキラキラと輝くその刃は、透き通った氷で出来ていた。
 魅琴の意思でないと溶けない氷は、頑丈で切っ先が鋭かった。
 腕に巻きついた時計に視線を落とす。
 そろそろ・・・
 そう思った時だった。足元の道を1人の人物が通り過ぎて行く。
 魅琴はその人物の前に透明な壁を作り出した。
 足が止まる。
 何かに塞がれている先の道を見詰めるその人物に、上から声をかける。
「よう、どこ行くんだよ」
 チンピラとなんら変わらない調子でそう言ってトンと軽く跳躍すると、驚いたようにこちらを見詰めている人物の前に下り立った。
「ちょっと俺と遊んでかねー?」
 いたって軽い口調でそう言う。
 彼が仕事をする時と同じ口調で、同じ仕草で・・・
 ただ少し、胸の奥が痛むのは――――――
「依頼主は言えねぇが、お前を殺せとの依頼が入ってな。悪いがお前の命をいただく」
 氷の刃の切っ先を向ける。
 大切なものを守るために、大切なものを傷つけられないために・・・この決断を下したのは、他でもない自分自身だった。
 けれど、それでも痛む胸に、魅琴は唇を噛んだ。

闇の羽根・竜胆書 T < 運命 >



◇◆◇


 漆黒に抱かれた夜を走る風は、月光を含み、冷たく髪を撫ぜた。
 等間隔に並ぶ街灯は薄ボンヤリとした光を丸く道に落とすのみで、月明かりと比べればほんの気休め程度と言った所だった。
 ・・・やはり、月は眩しい
 昨今では夜でも真昼のような明るさの繁華街もあるが、そこから一歩外へ出れば、夜はどこまで行っても夜だ。
 月が雲に隠れ、刹那闇が全てを支配する。
 追い風が強く背中を押し・・・トンと何かに当たり、足を止める。
「よう。今日は良い月夜だな」
 突然上空から降って来た声に、ラン ファーは視線を重たげに上げた。
 雲が流れて行き、背中に月を背負った少年が1人、屋根の上に立っている。
 キラリと光る剣を右に持ったその少年は、ランが何かを言おうと口を開きかけた時、トンと身軽に下りてきた。
「こんな夜中に、明日の朝のパンでも買い忘れたのか?それとも珈琲に入れるための牛乳か?」
「・・・ふむ。お前は何か勘違いをしているな」
「何だ?それじゃぁ、ただの散歩だったのか?綺麗な月の下をひたすら歩き続ける私ってス・テ・キ♪とでも思ってるのか?」
「生憎そんな乙女チックな感情は持っていないのでな。そうでなく、買って来る品の話しだ」
「あぁ。パンじゃなくて米だったか?」
「違う!飲み物の方だ!」
「はぁ〜?お前、珈琲に苺牛乳でも入れて飲むのか?味が混ざりまくるだろ」
「そうではない!!珈琲がそもそも違うのだ!」
 何て物分りの悪いヤツだと、ランが腰に手を当てる。
「あぁ。お茶派か?ご飯にお茶、純和食派なんです〜!ってか?」
「いや。朝と言えば、ココアだろう。砂糖10杯入れたココア以外は朝は認めん!」
「・・・何でそんな入れる必要があるんだよ!!そんなのもはやココアじゃねぇよ!甘ったるい妙な飲み物だっ!」
「まぁ、朝は野菜ジュースで済ませる時が多いがな」
「てめぇ、今ココア以外は認めん!とか言ってたじゃねぇか」
「そんな前の事は覚えておらん!」
「そんなって、1分も経ってねぇじゃねぇかっ!!お前の頭は鶏以下か!?」
「なんだと!?鶏を愚弄する気か!?お前は焼き鳥の美味さを知らないんだな!?」
 ビシリと少年に人差し指を突きつけるラン。
「だぁぁぁ〜〜〜!!何か話が妙な方向にそれまくってる・・・」
「そもそもお前、私に何か用があって声をかけたのではないのか?」
「・・・お前、ラン・ファーだな?」
「いかにも。ただ、同姓同名の別人だと言う可能性を否定はしない」
「写真もバッチリ見て来たからそれはねぇだろ。ドッペルゲンガーでもねぇ限りな」
「ふむ、ドッペルゲンガーか。その可能性は考慮に入れていなかったな」
「お前の命を奪わせてもらうぜ?」
「いきなり不躾なヤツだ。やられたらやり返すのが人の常!だが、殺されるのも殺すのも興味は無い」
「お前が興味があろうがなかろうが、俺はお前の命に興味があるんでね」
 ニィっと口の端を上げた魅琴が氷の剣を持ち上げ、切っ先をランの目の前に突きつける。
「そもそも、何だその氷っぽい剣は」
「氷の剣なんだよ」
「それにしては全く溶けていないな・・・面白いじゃないか!どうやるんだそれ!」
 好奇の瞳を輝かせるラン。魅琴の手から剣を取ろうと地を蹴り・・・
「だ、てめぇ!ちょ・・・!!」
 ヒラリと身をかわす魅琴。
「いきなり何しやがんでぇっ!!これはなぁ、俺の意思で創り出した物だ!」
「だから、具体的にどうするんだ?『いでよ剣!』と唱えれば良いのか?」
「ンなお手軽に出てきてたまるかっ!!」
「それじゃぁ開けゴマか?」
「何を開くんだ何を!!つか、開いてどうするんだ!!」
「ケチケチせずにさっさとその呪文を教えろ」
「だぁかぁらぁ、呪文で呼び出したとかじゃねぇんだっつの!!」
「ふむ、呪文でないとすると・・・もしやその剣、どこからか盗んできたな!?」
「あんなぁ、お前俺の話し聞いてたか!?これは俺の意思で創り出した物!俺の意思でしか作り出せねぇんだよ!」
 魅琴が剣を振り上げ、ランに斬りかかろうとする。
 それを何とかかわし・・・
「俺の意思でしか・・・何と言う自己中な・・・」
「自己中とかそう言う問題じゃねぇだろ!だぁぁ!お前と話してると気が変になる!」
「何だ?恋の前兆か?」
「・・・思い切りグーで頭殴って良いですか?」
「ドメスティックバイオレンスはいかんぞ」
「どっこもドメスティックじぇねぇよっ!!」
「そう怒鳴っていては疲れるだろう、魅琴?」
「・・・お前・・・何で俺の名前・・・!」
「魅了の魅に楽器の琴と書いて魅琴。確か苗字は神崎・・・だったか?」
「お前、何者だ?」
「何者だと思う・・・?」
 ランが不敵な笑みを浮かべ、魅琴が鋭い視線を向ける。
 両者の間に暫し重たい沈黙が広がり・・・風が一陣、2人の髪を靡かせる。
「・・・・・・・・鶏、なのか・・・?」
「・・・何でそうなるんだぁぁぁっ!!!」
 魅琴の呟きに反射的にツッコミを入れるラン。
「ほら、鶏には不思議な能力があるんだろう?」
「知らぬわ!初耳だ!って言うか、鶏から離れろ魅琴!!」
 何で私がツッコミなんかとブツブツ愚痴をこぼすラン。
「はぁぁ〜〜。お前の名前を知らぬわけがないだろうが。その道の者ならば、知っていて不思議はあるまい?」
「その道の者、だっけかお前?」
「その道の者から聞いただけだ。銀に限りなく近い青の髪、紅の鋭い瞳。女性的な美形。腕はかなり良い」
「随分褒めていただいて光栄だねぇ」
「ただし、性格はいたって破滅的」
「・・・てめぇ、誰がンなこと言いやがったのか教えろや」
「弁護士には守秘義務と言うものがある」
「お前は弁護士じゃねぇっ!!」
「・・・一理あるな。それなら別に守らなくても良いのか」
「おいおい、随分友達がいのねぇやつだな」
「お前は私にどうしてほしいんだ!!」
「何で逆切れすんだよ!」
 この場を見た人がいたならば、一体あの2人は何をやっているのかと不審がるだろう。
 命を狙う者と狙われる者・・・で、あったはずなのだが・・・
「さて、そろそろお遊びは終わりだ。俺の腕の事を聞いてるならば、わざわざ抵抗なんてして俺を煩わせるなよ?」
「ふっ、生憎だな。最初に言っただろう?やられたらやり返すのが人の常!」
 扇子を取り出して構えるラン。そっと、それで顔を扇ぎ目を細める。
「氷の剣と見えない壁の謎を解明するまで、決して諦めぬぞ!」
「だからぁ、謎なんて何にもねぇんだっつーのが・・・わっかんねぇかなぁっ!!」
 魅琴が剣を大きく振りかぶり、体重を乗せて振り下ろす。
 それを避けたランが顔をあげ・・・パキリと言う微かな音に視線を向ける。切っ先から小さな氷の刃が無数に作り出され、一定の大きさまで成長した後で四方八方に飛び散る。
「おぉぉぉっ!!!凄いなそれは!何と言う技だ!?」
「名前なんてついてっかっつーの!」
 魅琴の背後へと回っていたランが興奮した声を上げる。
「それじゃぁ、ラン・ザ・スペシャルアイスビーム♪と名付けよう!」
「勝手に名付けてんじゃねぇっつーか、お前の持ち技みたいになってんじゃねぇかっ!!」
 ベシリと左手でランの頭を叩く魅琴。
「痛いじゃないか、こら!お返しだ!」
 ランがそう言って、魅琴の頭を扇子でベチリと叩く・・・がこの扇子、実は見た目からは想像できないほどに重たい。
「いってぇぇぇっ!!!てめぇ、俺様の素晴らしい脳細胞が死ぬだろうがっ!!」
「私の脳細胞だって先ほど魅琴に叩かれて儚く散ったであろうがっ!」
「俺の脳細胞は灰色、お前の脳細胞は真っ白!」
「何!?白の方が良いではないか!」
「はぁ〜!?だぁぁぁ・・・もうお前、わけわかんねぇよ・・・」
 ガクリと肩を落とした魅琴が、氷の剣をすっと溶かす。
「あ、何をしておる!まだ氷の剣と見えない壁の謎が解明されていないのに・・・!」
「最初から謎なんてねぇんだから、解明のしようがねぇだろうがっ!・・・ったく。興ざめだ。俺は帰るぞ」
「・・・私の命は奪わないのか?」
「今日の所はってだけだ。今度会った時は・・・必ず奪う」
「私も、今度会った時は必ず氷の剣と見えない壁・・・」
「あぁぁ!もう黙れ鶏子!」
「私はそんな素敵な名前ではない!」
「お前、ぜってー感覚がおかしい!素敵な名前って・・・はぁ〜。もう、何か無性に疲れた。せいぜい背後に気をつけて帰るんだな、ラン」
「魅琴もな」
 高く跳躍して家の屋根に上り、走り去る魅琴。
 ランは小さな溜息をつくと目を伏せた。


◆◇◆


 暫くその場に立ち尽くしていたランは、前方から聞こえた靴音にはっと顔を上げた。
 暗がりの向こうから姿を現したのは、限りなくピンク色に近い髪を頭の高い位置で2つに結んだ少女だった。
 膝上のスカートが少女が動くたびにヒラリと動き、ピンク色のリボンが細い髪にからみつく。
(こんな時間に子供が・・・?)
 小学生くらいだろうか。幼い顔立ちをした小さく華奢な少女はランの顔を見るとにっこりと微笑んだ。
「こんばんわ〜」
「こんな時間にどうした?買い物か?」
「んーん、人捜し」
「人捜し?」
「あのねぇ、赤い瞳で、銀色っぽい青の髪した男の子見なかったぁ〜?」
「魅琴か?魅琴ならあっちの方角に走り去って行ったが?」
 屋根の上を指差す。
 少女が指先を視線で追い・・・ポンと手を打つ。
「なぁんだぁ。家に戻ったんだぁ〜。入れ違いになっちゃったんだぁ〜」
「お前、魅琴の知り合いか?」
「うん、そうだよぉ?」
 それがどうかしたのかと、キョトンと首を傾げる少女。
 何でもないと首を振り・・・
「あ、早く帰らないと今度は私を捜しに誰か来ちゃうね」
「そうだな。1人で帰れるか?」
「大丈夫だよぉ〜!・・・・・・・・貴方の方こそ、気をつけて帰ったほうが良い」
 突然少女の声が低く響き、雲が月を隠す。
 街灯の光が点滅して消え・・・辺りが闇に呑み込まれる。
「まだまだ夜は長いんだから、何が起こるかわからないし・・・ね」
「お前・・・」
 雲が月から離れ、街灯が再び淡い光を撒き散らす。
「それじゃぁね、ランちゃん♪」
 大きく手を振って去って行く少女。
 どうして名前を知っているのか・・・いや、それ以前に・・・
 少女がニィっと口の端を上げたその瞬間、月が毒々しいまでの紅色に染まった気がした ―――――



END


 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  6224 / ラン・ファー / 女性 / 18歳 / 斡旋業


  NPC / 神崎 魅琴


 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『闇の羽根・竜胆書』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、お久し振りのご参加まことに有難う御座いました。(ペコリ)
 言葉の掛け合いと言うか、微妙な漫才のようになってしまいましたが、如何でしたでしょうか?
 ランちゃんの雰囲気を損なっていないか非常に不安ですが・・・ 
 魅琴との楽しい(?)月夜の一場面をお楽しみいただけましたらと思います


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。