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■「黒雨の中で」■

青谷圭
【7038】【夜神・潤】【禁忌の存在】
 あの頃、我は幸せだったと思う。
 主である深藍(シェンラン)の膝の上で、白い毛並みを撫でられていた。
 彼女の名づけた白星(バイシン)という名を、愛情を込めて呼ばれていた。

 だけど今は、違う。
 猫であった頃の我はもう、いない。
 術式を用いて殺され、赤子の屍に取り憑いた。術者である主に服従を強いられる猫鬼(びょうき)。
 人を呪殺し、強盗を行なう。……それが、今の我だ。
 だから深藍のつけてくれた白星の名はもう捨てた。術者と共に中国から日本へと渡った我は……白(ハク)と名乗ることにした。


 雨が降る中。我は白い髪と黒い衣から滴を垂らしながら、主が仕事の話を終えるのを待っていた。
 仕事の話は聴いていて楽しいものではないし、本当なら護衛の意味も兼ねてついていくべきなのだろうが、依頼主が化物を中に入れるなと拒んだらしい。
 我は今の主が嫌いだったので好都合だったが、かといって逃げることなどできはしない。
 することもなくふと壁に目をやると、黒い張り紙が目に入る。
 『呪詛、呪殺完全遂行。黒影』
 ビリッ。
 それをわしづかみ、破り捨てる。
 何が呪殺だ。憎いのならば自分の手でやればいい。金を儲けたいなら、自分が稼げばいい。
 何故、巻き込まれなくてはいけない。何の関係もない我が――。
 チラシを細切れにし、地面に投げ散らかしたまま。我は壁にもたれかかり、座り込む。
 不意に、雨が止んだ。
 ぼんやりしていた我は、ハッとして身構える。
 一人の人間が傘を差し出し、我を見下ろしていた。
「……何だ、お前」
 警戒心をあらわに、我は問いかけた。
   「黒雨の中で」 

 降りしきる雨の中、打ちひしがれ、座り込む白い髪の少年がいた。中国の死装束のようなものを身にまとっている。
「ちょ、大丈夫? びしょ濡れじゃん!」
 傘を差し出すと共に、黒い髪に黒い瞳の男、潤は叫んだ。
「……誰だ、お前」
 だが少年は金色の瞳で睨み返す。
「俺の家、ここから近いんだ。タオルと飲み物くらい出すから寄っていけよ」
「――いや、我は……」
「ほら、すげー冷えてんじゃん。風邪ひくぞ」
 その腕をとり、半ば強引に引っ張っていく。


「ちょっと待って、今タオルを……」
 高級マンションの最上階。玄関からして広いその家に入るなり、潤は声をかける。
 ブルブルブル。
「うわっ!?」
 その瞬間、白い髪の少年は勢いよく頭を振り、水滴が辺りに飛び散る。
「……悪い」
 そして、ハッと静止し、バツが悪そうにつぶやいた。
「――どうも狙ってやったとしか思えないが、まぁいいだろ。どうせ濡れてたから今更だ」
 潤は苦笑し、部屋の中へと入っていく。
「俺は夜神 潤。お前は?」
「……白(ハク)……」
 ハクは綺麗に片付けられた室内をキョロキョロ見回し、若干警戒心を解けきれない様子で言葉を返す。
「そうか、ハク。何か飲むだろ? 何がいい?」
「――ミルク」
「ホットミルクね」
 無愛想に顔をしかめたまま、ぽつりとつぶやく様子に少し笑い、潤はキッチンへと向かう。
「……ぬるめで」
 更なる注文に、思わず吹き出しそうになる。
「了解」
 広いダイニングキッチンには大きな窓があり、夜景が一望できる。
 潤がミルクを持っていくと、ハクは立ったまま、ぼーっとその夜景を眺めていた。
「座れば?」
 潤はソファーを指差し、タオルをかぶったままのハクに促す。
「――濡れるだろ」
「構わないってそんなの。あ、でも服濡れたままだとアレだよな。風呂でも入るか? 乾燥機くらいかけてやれるよ」
「いい。あまり、長居はできない」
 ハクは小さくつぶやき、渡されたカップに口をつける。
「……お前、妙なヤツだな」
 そして小さく、ぽつりとつぶやく。
「そうか? 妙なのはそっちだと思うけど」
「……闇のものにしては、随分人間くさい」
 不意をつかれ、潤はドキリとした。
「はは……そうか、わかるのか」
 そう、潤にもわかっていた。この少年が人間ではないということは。
 同じように、相手に知られていても何の不思議もない。
「……俺はさ。吸血鬼の突然変異……みたいなものなんだけど。吸血行為もしないし太陽も平気だし、日常には支障がないから普通に人間として生活してるよ。……こう見えても、れっきとしたアイドルなんだぜ」
「――あいどる……?」
 首を傾げるハクに、潤はわからないならいい、と苦笑する。
「……吸血鬼というのは、もっと攻撃的なものだと思っていた」
「あぁ、そういうもんらしいね。俺は、闘いとかってあまり好きじゃないけど」
「――そうだな」
 視線を落とし、小さくつぶやくハク。
 自分もそうであると賛同しながらも……それを避けることはできないとでもいうような、切なげな様子で。
「で、ハクは何の種族? 何であんなとこにいたんだ?」
「……我は、猫鬼だ。中国の妖怪で、呪術を扱う。主が依頼を受けるのを待って……」
 言いかけて、ハクの表情は沈む。不安そうに眉をひそめ、潤の顔を見る。
「やはり、もう帰った方がいいな。迷惑をかけた」
「いや、別に構わないけど……」
 立ち上がるハクに言葉を返すが、潤はハクの憂鬱そうな様子が気になった。
 そういえば、ハクは呪術と言っていたが……。
「……お前、本当はその依頼、受けたくないんじゃないのか?」 
 ピクリと、ハクの身体が強張る。
「――我は、猫鬼だ。主には逆らえない」
 その答えは、嫌だ、と言っているも同然だった。
「何でだよ。嫌なら断ればいいじゃんか。猫鬼だからなんだってんだ?」
「猫鬼は! ……猫鬼は、儀式にそって殺され、術者に甦らされた傀儡にすぎないっ」
「……それでも! ハクにはちゃんと意思があるわけだろ。それを口にするくらいはいいんじゃないか?」
 興奮するハクを制してから、潤は冷静な口調で聞き返す。
「……そんなもの、聴くわけがないだろう。術者にとって、猫鬼は道具だ。呪符と変わらん。破れたら、新しいものを使うだけ。……それに、術者は我を操ることができる。逆らったところで、逃れる術などない」
 しかし、ハクは吐き捨てるように答える。
 全てを諦めきったような……だけどどこか、完全には受け入れることができないような様子で。
「……長居をしすぎると、術者が我を探すだろう。……見つからないうちに帰る」
「待てよハク!」
 コトン。
 そのとき、フローリングの床に何かが落ちた。
ハクはハッとし、慌ててそれを拾う。
 金色の、鈴のようだった。
「……それは?」
 大事そうに見つめるハクに、潤は興味を示した。
「――昔、我がまだ猫だった頃、主にもらったものだ。今の主ではなく、本当の……」
「鈴、だよな。鳴らないのか?」
「つぶした。……鳴れば、仕事の邪魔になるし、術者に奪われるかもしれないから」
 大切なものを壊してしまうというのは、きっとつらい選択だっただろう。それでも、傍においておきたかったのだ。奪われたくはなかったから……。
「――金の鈴……か。そういえば、前にそんな鈴をつけた白猫を探してるって女のコがいたな……」
「え……?」
 潤の言葉に、ハクの表情が動く。だが、潤は気づかず言葉を続ける。
「中国のコでね。確か名前は、深藍(シェンラン)とか……」
「深藍っ!?」
 ガッと、勢いよく潤の首筋につかみかかり、ハクは叫んだ。
「ちょ、ハク。落ち着け……っ」
「本当か? ――本当に……シェンランなのか? 彼女はまだ、生きて……?」
 興奮するハクの肩をつかむと、彼は今度は静かに、真剣な表情で尋ねる。
「……お前が、彼女の探している白星(バイシン)なんだな」
 潤の問いかけに、ハクは無言でうなずいた。
「彼女は……どうしていた? 元気にしていたか?」
 そして今にも泣き出してしまいそうな、震える声で尋ねてくる。
「さぁ……前に何かの番組で中国まで行ったんだけど、そんとき世話になったガイドさんの一家でさ。娘とはそれほど話さなかったけど……何年も前にいなくなった猫をずっと探してるって言ってたのが印象的だった。でも会ったのはそれっきりだから、今はどうしてるか……」
「……それでも……生きていたんだな」
 申し訳なさそうに答える潤に対して、それでもハクは、喜びを噛み締めた。
「我は突然連れ去られて、殺されて……その後どうなったかはわからなかったから。心配していたんだ。あの連中が、まさか彼女にまで何かしてはいなかったのかと……」
「――あそこの住所だったら、多分俺、調べられるぜ。……行ってみるか?」
 ハクは一瞬、身体を強張らせた。そしてしばらく考え込んでから、ゆっくりと首を振る。
「どうしてだよ。逢いたいんだろ? お前、本当はそのコのとこに帰りたいんじゃ……」
「逢いたいよ! 逢いたいし、帰りたい。だけど……っ。だけど、我は猫鬼だ。シェンランの知る猫……白星ではないし、人を呪い殺す化物だ。……昔とは、違うんだ。もう……以前のようには戻れない……」
 悲痛な叫びだった。聞いているだけで、胸が痛くなるような……。
「――だから、いい。生きているなら……彼女がどこかで、笑っていてくれるのなら」
「そんなの……っ」
「おしゃべりはそこまでにしておいてもらえないか」
 不意に、部屋の中に他のものの声が響いた。
 振り返ると黒い長袍(男性用チャイナ服)を着た男が、いつの間にかそこに立っていた。
「残念ながら、それは野良じゃないのでね。勝手に連れて帰られては困る」
「――お前がハクを……っ」
「猫(マオ)!」
 男の声に、ハクはビクンと大きく震える。
「妙なことを考えるなよ。逃げ出そうとなんてしてみろ。お前を操り……あの娘をその手で殺させてやるぞ」
「……っ……!!」
 ハクはグッと拳を握りしめ、怒りを抑えるため歯を食いしばる。
「させるかよっ!!」
 あまりもの理不尽さに、声をあげたのは潤の方だった。
 普段は抑えている吸血鬼の絶大なる力を、一気に解放していく。
「……な、何だ貴様……どんどん魔力があがっていく……っ!?」
 だんっ。
 潤は目にも止まらぬ速さで術者を壁に叩きつける。
「俺は、無益な殺戮は好まない。だが……こんなにも人を殺してやりたくなったのは初めてだよ」
 片手でその顔をつかんだまま凄みをきかせる。
「わ……私を殺せば、猫鬼も死ぬぞっ!!」
 その素早さと怪力、そして秘められた魔力の大きさから、勝てぬ相手と悟ったのだろう。術者は弱々しい声音で、しかし精一杯に強がって見せた。
「そんな嘘を信じると思うか」
「嘘ではない! すでにこの世のものではない魂を、とどめているのはこの私だ。私が死ねば、猫鬼は制御を失い、狂って死ぬ!」
 潤は怒りに満ちた瞳を微かに和らげ、ハクに目をやった。
 ハクは何も言わず、ただ静かにその目を見返すだけだった。
「――なら、他に方法はっ!? ハクを……白星を解放する方法はないのか!?」
「ない。猫鬼は、死ぬまで猫鬼だ」
 頭を押さえつけていた手を離し、胸倉をつかむ潤に、術者はわずかに嘲笑を浮かべて答える。
 ドカッ。
 潤は勢いよく術者を殴り、術者の身体は勢いよく吹っ飛んだ。
 どん、と壁に当たり、床に転がるときにはすでに意識はなかった。
「……お前、意外と強いな」
 ハクがどこか間の抜けた様子で感心の声をあげる。
「一応、吸血鬼なもんでね」
「――悪かった。争いは好きではないと言っていたのに、巻き込んでしまって」
「そんなの、別にいいんだって。こっちが勝手にやってることなんだからさ」
 潤はくしゃっとハクの白い頭を撫でる。
「……俺、信じてないからな。アイツが絶対に本当のことを言ってるとは思えないし……もしかしたら、術者でさえ知らない方法が何か、あるのかもしれない。だから、諦めるな。いつか……戻る方法を見つけて、逢いにいこう」
 ――それは、酷な言葉だったのかもしれない。
 あまりに可能性が低い希望を持たせて、もしも叶わなかったことを考えるなら。
「それまでに……シェンランが我を忘れていなければいいな」
「忘れるわけないだろ。あのコはずっと、お前を待ってるよ」
 何の確証もない、気休めのセリフ。
 だけどそれは鳴らない鈴を抱くハクの胸に強く、優しく響いた。
「――ありがとう……潤」
 今にもあふれ出そうな涙を必死にこらえながら、ハクはつぶやいた。
 シェンランが生きていると教えることで、希望を与えた。
 諦めかけていたことを、手放そうとしていたものを、もう一度心に刻むよう教えてくれた。道具としてしか見られていなかった自分を心配し、自分のために怒ってくれた。
 それがハクにとってどれだけ嬉かったことか。
 当の本人はわかっているのかいないのか、ただ照れくさそうな苦笑を返すだけだった。
 
                          END
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号:7038 / PC名:夜神・潤 / 性別:男 / 年齢:200歳 / 職業:禁忌の子】

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■         ライター通信          ■
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 夜神 潤様

はじめまして、ライターの青谷 圭です。ゲームノベルへの参加、どうもありがとうございます。

今回、参加者は他にもいたのですが個別対応と告知していた通り、全く別の話として描かせていただきました。(冒頭とラストだけ似せています)
にも関わらず、若干長文になってしまい申し訳ございません。

潤様強い力を秘めながらも争いを厭う、という設定が素敵だと思い、あえてその力を使ってもらいました。また、お家に行くということで描写には迷いましたが、比較的簡潔に綺麗好きなアイドル(金持ち)のイメージで描かせていただきました。クールなはずなのに熱い面ばかりが目立ってしまい、イメージを崩していなければよいのですが。

何かございましたら遠慮なくお申し出下さい。