■Fly Away!■ |
タカノカオル |
【3510】【フィリオ・ラフスハウシェ】【異界職】 |
ねぇ、たとえばだけど。
今日は、空気が澄んでいて、空だって晴れているから。
真っ赤な白雪姫のリンゴも、食いしん坊のクマが大好きなハチミツも、女の子がティアラを作るためのシロツメクサも、とても色鮮やかで、キラキラして見える。
世界が全部、うまれかわったみたいな気がする。
ドキドキする。
こんな日は、空を飛んでみたくなる。
―――あなたと一緒に!
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ライターより
今回は個別注文となります。
あなたと空を飛ぶ物語です。魔法や道具など工夫して、空の旅をお楽しみくださいませ!
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FLY AWAY!
■リリーナのおねがい
アルマ通り。いつもと変わらぬ、晴れた日の朝。
フィリオ・ラフスハウシェは休日のゆったりと流れる空気を思う存分満喫していた。
パン屋に入ると、香ばしい匂いがあふれている。
「おはようございます、リリーナさん」
リリーナ・ファルスが振り向いた。セミロングの髪の毛は、真っ白なレースリボンのカチューシャでまとめられている。
「おはようございます、フィリオさん!」
朗らかに笑う。いつも元気な少女だけれど、今日はなんだか。
「今日は何かいいことでもあるんですか?」
フィリオはこういったことに敏感だ。女性的な面をもともと持っていたのか、それとも4年前の事件からなのかはわからないけれど。
リリーナは少し頬を赤らめる。
「いえ、特別にはないんですけど……」
反応から見て、恋する乙女の○○だと思われた。フィリオはこれ以上詮索するのも野暮だなと思い、口をつぐんだ。
「今日は、カスタードクリームパンとベーコンエッグトーストと、それから自家製パンチェッタサラダください」
「は、はい……」
てきぱきと茶色い紙袋に商品を入れていく。何か言いたそうに口をむずむずさせているのがわかって、フィリオはどうしたものかと頬を人差し指でかいた。
「あのっ」
突然、リリーナが顔を上げた。
「今日、朝起きたらすごく気持ちいいお天気だったでしょう?」
「え? そうですね…??」
リリーナは恥ずかしそうに目をそらしたまま、俯いている。
「すごくすごく、ドキドキしたんです。今日はきっと、真っ赤な白雪姫のリンゴも、食いしん坊のクマが大好きなハチミツも、女の子がティアラを作るためのシロツメクサも、とても色鮮やかで、キラキラして見えるだろうなって。世界が全部、うまれかわったみたいな気がするんだろうなって……たとえば、たとえばなんですけどっ」
驚いた。意外に、ロマンチストらしい。
「だから、あの! 今日は非番でいらっしゃいますか?」
「は、え? そうですけど」
「何かご用事は」
「特には……」
「もしよろしかったらなんですけど、空を飛びたいんです。ご、ごめんなさい……ちょっとすごく恥ずかしいんですけど。こんなお願いするの」
恥ずかしいというけれど、こんなお願いをされるのは意外にイヤではないな。むしろちょっとうれしいかもしれない。
「いいですよ」
こくりと頷いて微笑んだ。
「え、本当ですか! じゃあ、あのッ、天使と一緒に飛びたいですッ」
「て。天使、ですか……??」
唇を少しだけ引きつらせる。
「あ、あの、一度天使に変わると、私、いつ戻れるのか分からなく……ああっ、そんなに落ち込まないで! そ、そういえば天使の姿で長時間飛んだことないですし、どれくらい飛べるか試すのもいい機会かもしれませんね、うんうん」
「ほんとッ!?」
満面の微笑み。
騙されたのか、それとも本当に落ち込んでいたのか。
生まれたときから女性だった彼女の気持ちは、まだまだわからないけれど。
楽しそうな彼女を見ていると、まあいいかと思えた。
■天使と空とその理由
午後からオフになっていたリリーナとの待ち合わせ場所は、アルマ通りから少し離れたところにある空き地だった。
フィリオは、青いストレートの長い髪を青いサテンのリボンでまとめている。背中にはえた白い翼がときどき小さく動く。先程とは変わり、丸みを帯びた女性の姿。おだやかなイメージはそのままに、目は大きくまさに天使といった風情の、とても愛らしい顔立ちをしている。
リリーナが手を振り、目を輝かせてフィリオの姿を上から下まで眺め回した。
「フィリオさんの天使の姿見るの、初めて!」
「……あんまり見ないでくださいね。恥ずかしいですから」
「じゃっ、行きましょうか!」
天使姿をからかわれるのかと思ったけれど、そんなことより飛びたい欲求のほうが大きいらしい。フィリオは頬をかきながら、あんまり気にすまいと頷いた。
人差し指を持ち上げ、小さく虚空に円を描く。
何か銀色の燐光がさらさらと浮かび、生命《いのち》を持っているもののようにリリーナの背中に張り付く。
「羽根はありませんが、これで飛べますよ」
「ウソ! どうやったらいいんですか?」
「飛びたいと思ったら飛びます」
リリーナはその場で力んだ。眉にシワを寄せて力を込めているけれど、浮かぶ気配は一向にない。
「……コレって助走とか必要ないですよね?」
「いえ。必要ないんですが……ああ、お手本を見せましょうか」
羽根をはためかせ、その場に浮かんでみせる。
「ソレ! そう、ソレがないんだもん!」
羽根を指さし、リリーナは泣きそうになりながら叫んだ。
とはいっても、この魔法は信じれば飛べる。飛べるように上昇気流を発生させるためのスイッチをつけたようなものなので、羽根など必要ない。
「じゃあ、飛んでみましょうか」
リリーナがえ、と聞き返す間もなく、フィリオはリリーナを抱きかかえて翼を動かした。重力が思ったよりもかかる。下に引きずられるような感覚を越えて、空に向かう。
気がつけば、青空の中にいた。
「うっわぁ!」
「…あ、あの…あまり羽根を触らないで下さいね…ちょっとくすぐったいですから」
もぞもぞと羽根をさわる手が止まり、リリーナはゴメンねと舌を出した。
花畑を越えて、美しい滝の流れる音を聞き、リリーナは太陽の光を燦々《さんさん》と浴びて大きく息を吸った。
「空を飛ぶって最高!」
「ええ。空を飛ぶのは楽しいですよ。日頃の悩みなんて吹っ飛んじゃいますから」
「……頑張ってみようかな」
リリーナはぽつりと言った。
「ちょっと手を離してみてください。飛べるような気がする」
言われて、フィリオは彼女の手を離してみる。
―――と、彼女の姿が一瞬ガクリと視界から消えた。
「!」
フィリオは彼女を追った。落下していく彼女は、声も出ないようで。なかなか追いつけない。耳には風を切り裂く音。歯をくいしばって彼女に手を伸ばす。―――けれど、届かない。
「リリーナさん! あなたは、絶対に飛べる!」
瞬間、リリーナは落下をやめた。
ふわりと浮上し、フィリオと顔を合わせる。
「飛べた……」
ぽつりと言った彼女は、なんだか今にも泣き出しそうな表情で笑った。
二人は、顔を見合わせて息を吐くと―――声を出して笑った。
とっておきの場所があるんですと言って、フィリオは太陽の沈む方向へと向かった。その後を、リリーナがゆっくりとついて行く。なかなか思うように飛べない。まっすぐ飛ぶのが難しい。
夕暮れ時、橙色の光が辺り一面に染まっている。
「どうして、今日は飛びたいって思ったんですか?」
「……だってね、最近仕事ばっかで冒険してなかったんですもの」
どうやら、自分と似たタイプの人間らしい。
口元を軽く握った手で隠して、小さく笑った。
「冒険するっていいじゃない。あたしはスキ! 狭い世界から飛び出していくたび、もっと世界は広くって、宝箱みたいだって思うの」
言われてみると、目の前に広がる光景が愛おしく思えた。
空の下に広がるいくつもの民家や立ち並ぶ商店。学園―――
ひとつひとつに、自分たちの知らない誰かが関わっている。
何気ない日々ももちろん愛おしいけれど。その日々のあたたかさを思い出すのに必要なのは、非日常の冒険だったりするのかもしれない。
フィリオは長い髪をなびかせ、その場所に着くとゆっくり静止した。
リリーナは目を奪われる。
紫とピンクに染まる雲、オレンジ色の夕焼け。
一面に広がる海。船がぽっかりと浮かんでいる。世界にある、大きいもの。けれど、それが世界の全てではなく。けれど、水平線しか見えないくらい大きいもの。
水面は輝き、波打って跳ねると銀色の鳥のようで。
二人は、何も言わず太陽が沈むまでその光景を眺めていた。
いつか、また元気がなくなったときに取り出す思い出として、大切に持っておこう。リリーナは瞬きをする。それは、心に目の前に広がるパノラマを刻み込むための、おまじないのようだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【3510 / フィリオ・ラフスハウシェ / 両性性 / 22 / 異界職】
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■ ライター通信 ■
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はじめまして、タカノカオルです。
遊覧飛行、お楽しみいただけましたでしょうか……?
また機会がございましたら、あなたの物語を紡がせていただければ幸いに存じます。
ありがとうございました!
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