コミュニティトップへ



■過去の労働の記憶は甘美なり■

水月小織
【6777】【ヴィルア・ラグーン】【運び屋】
東京では仕事を選ばなければ稼ぐ手段に困らない。
かと言って、紹介する者を選ばなければどんな目に遭うか分からない。
いつものように『蒼月亭』のドアを開けると、こんな文句が目に入ってきた。

『アルバイト求む』

さて、ちょっと首を突っ込んでみようか…。
過去の労働の記憶は甘美なり

「また面倒な仕事を請け負ったものだな」
「……言うな。俺もちょっと反省してる」
 ゴールデンウィークの間、蒼月亭はカレンダー通りの休みだった。元々日曜日と祝日が休みの蒼月亭にとって、この時期は貴重な連休だ。
 その休み中の蒼月亭のカウンターで、ヴィルア・ラグーンは肘を突きながらコーヒーを飲んでいる。そしてカウンターの中では、戦闘服を着たナイトホークが溜息をついていた。
 窓からは、少しどんよりとした雲が漂っているのが見える。
「で、私を呼び出したのは何か理由があるからだろう、ナイトホーク」
「理由がなかったら呼ばない。つか、俺一人で出来る自信がねぇ」
 ナイトホークがヴィルアを呼び出した理由。
 それはナイトホークが持っている、大きな卵に理由があった。それは丁度成猫を抱えたぐらいの大きさになるだろうか……今は静かに籠に収まっている。
「いったい何の卵なんだ?」
 赤ん坊が相手なら控えるところだが、卵なら近くで煙草を吸っても良いだろう。ヴィルアはポケットからソブラニー・ブラック・ロシアンを出し、金のフィルターを口にする。ナイトホークもシガレットケースからゴールデンバットを出して、マッチを探しながら溜息をついた。
「それがさ、天竜の卵らしいんだよ」
「いまいちピンと来ないな」
 そう言われても仕方がない。これを預かっているナイトホーク自身、担がれたのではないかと思うほどだ。殻を叩くと、分厚い硬質的な感触と音。
 さて、呼び出されたのはいいが、ナイトホークは自分に何を頼む気だろう。丁度連休で退屈していた頃だし、何か刺激的なことでもあればいい。ヴィルアはそう思ってここまで出向いてきたのだ。もったいぶるのはこれぐらいが丁度いい。
「それで、私は何をしたらいいのかな、ナイトホーク」
「迎えが来るまで、俺と一緒にこれ守ってくれない?連休なせいで誰も捕まらなくて」
「私はただの運び屋なのだがな?」
 ニヤッと笑い、コーヒーを一口。
 まあ断るつもりなら、電話口でだって断れたし、気が向けば基本的には何でもやる。だがナイトホークが困るのを見るのは割と楽しいので、ヴィルアは意地悪そうに笑い煙草の煙を吐く。
 するとナイトホークは溜息をつきながら卵を見た。
「やっぱ無理か。仕方ないな、こりゃ一人で何とか……」
「誰が無理と言った?」
「はい?」
「それに、ナイトホーク一人で何かを守るのは無謀だろう。キレない保証はあるのか?」
 ナイトホークはおおよそ防御に向いていない。
 性格的にも「攻撃は最大の防御」という方だし、一番の問題点は、後からくわえられている条件付けだ。
 ナイトホークは自分の力で敵わない相手と戦うときになると、自動的に戦闘人格へとスイッチが入るようになっている。預かっているのが本当に天竜の卵なのか、それとも担がれているのかは分からないが、全く無茶な仕事を引き受けたものだ。
「それは、仕事を引き受けてくれるって事か?」
 ヴィルアは今までに何度かナイトホークと「戯れ」と称して、戦闘に関する訓練をつけてやっている。その「教師」であるのだから、出来の悪い「生徒」を見捨てる訳にはいかないだろう。
 煙草の煙を吐き、ヴィルアは真顔でこう言った。
「こういうのを課外授業というのだよ」

 仕事はある意味単純明快だった。
 地上に来ていた母親が、ある理由で早く産み落としてしまった天竜の卵を、迎えが来るまで守り通せばいい。竜の卵なので暖めたりする必要はないのだが、月が昇る頃でないと迎えには来られないというのだ。
「母親は卵を産んだ後で弱っているから、先に天に帰っちまわざるをえなくて、仕方なく俺の所に持ってきたって訳」
「お互い無茶にも程があるな」
 まあ連れて帰れない理由があったのだろう。ナイトホークは顔も広いし、天竜と知り合いだったとしても何の不思議もない。頼む相手を間違っているような気はするが。
「いったい誰がこの卵を狙っているんだ?」
 ヴィルアはナイトホークに大きめのカバンと、バスタオルを何枚か持ってくるように命じた。こんな物を素手で運ぶのは心許ないし、両手は開けておきたい。
 肩から掛ける布のバッグをどこからか引っ張り出してきたナイトホークは、卵をくるみながら肩をすくめる。
「さあ。俺は『迎えに来るまで、この子を守り預かって下さい』って言われただけで、正直狙われてるかどうかも分からん。ただ、一人じゃ心許ないからヴィルアを呼んだだけ」
「まあ、狙われてる訳じゃないなら、わざわざナイトホークの所に預けに来るとも思えないがな」
 相手だって馬鹿じゃない。何も問題がなければ何処かに隠せばいいだけの話だ。
 それに、楽しげな気配が外から漂ってきている。
「裏口から出るぞ。今日は小銃は無理そうだから、ナイトホークは銃剣での近接戦闘だ。卵は私が持つ」
「了解」
 煙草をもみ消し、二人はキッチンを回り裏口を開ける。さっきまで薄明るかった空は、今にも雷が落ちてきそうな程の曇天だ。
「今日は、ウインナワルツぐらいのステップで良さそうだな」
 スタンダードな護衛依頼は、先走っても仕方がない。お互いステップを合わせて優雅に踊るのが合っている。愉しそうなヴィルアに反して、ナイトホークは天を仰いで溜息をついていた。
「俺、ダンスのステップが全く分からないんだけど」
 それを聞き、ヴィルアは目を細める。
「リードは私がすると言っているだろう。フロアでぶつからないようにするのも私の役目だ」
「まあ、それはヴィルアにやってもらわないと、俺ガンガン相手にぶつかっていく気がする……護衛依頼向いてないから、人に回す気だったのに」
「そうぼやくな」
 月が出る頃までというなら、黄昏時までがリミットだろう。街中を歩くのも何なので、ヴィルアはナイトホークの手を取り転移の魔法を使う。
「人気のないところまで跳ぶぞ」
「ちょっ……」
 相手が狙ってくるのだから、わざわざ騒ぎにする必要はない。ダンスフロアを決める権利は自分にある。
 跳んできたのは人気のない山だった。登山道がない所なら、物好きじゃない限りわざわざ登ってこないし、少しでも天に近いところの方が良さそうな気がしたからだ。
「ヴィルア、一つ聞いていい?」
 いきなりこんな場所まで連れてこられたナイトホークは、自分の足下に地面があるのを確かめるように何度か地をトントンと踏む。
「どうした?」
「ヴィルアさぁ、確か力封印されてなかったっけ?」
 そんな事もあったか。
 ナイトホークに訓練をつけるため、ヴィルアは大体ナイトホークと同じぐらいの力になるよう自分の力を友人に頼んで封じてもらっていた。そうでもしないとナイトホークが訓練中にキレて、いつまで経っても先に進まないからだ。
 くすと笑い、ヴィルアはナイトホークの顔を見る。
「私を心配してくれているのか?」
「いや、今思い出した。もしあのままだったら、俺が先頭に立たないと」
「安心しろ。五割ぐらいまでは戻してある」
 それに普段ナイトホークからの依頼をこなすときは、二割ほどしか力を使ってはいない。ヴィルアの力はそれほどまで強力なのだ。だがナイトホークが妙に真剣なので、それは黙っていることにする。
「……来るぞ。足がもつれるまで踊れ」
「了解。リードはよろしく」
 稲光と共に轟音が響き渡った。
 そこに黒ずくめの姿をした者達が一斉に現れる。
「ずいぶんドラマチックな登場だ。さて、せいぜい楽しませてもらおうか……行け!ナイトホーク」
 何も持っていなかったナイトホークの手に、銃剣が召喚される。それを右手に持ったナイトホークが低く走り出した。急に飛び込んできたナイトホークに気を取られている相手に、ヴィルアは両手に持った銃を楽しげに撃つ。
「そっちに気を取られていいのか?お前達が欲しい物は私の手中だぞ」
 銃の弾を弾いたり、避けたりしながら相手が近づく。それにヴィルアは冷酷な笑みを浮かべた。
「……私は魔術もたしなんでいてな」
「何?」
 豪雨を裂き魔術の弾が相手を貫いた。たとえ銃が効かなかったとしても、ヴィルアにはこれがある。これなら竜の鱗だって傷つけることが出来る。
 自分の方はこれでいいが、ダンスのパートナーはどうだろう。殺意を向けてくる相手を横目に、ナイトホークの方を見る。
「………!」
 銃剣を構え、ナイトホークが立ち止まった。自分の声が聞こえているというのであれば、キレてはいないらしい。
「ナイトホークでも立ち向かえる相手なのか、それとも私の命令を聞いているからなのか……それは後で考えるとして、まずはこの舞台をどう締めるかだ」
 敵は一人減って六人。相手に不足はない。月が出るまで時間はまだある。
「倒れるまで耐久ダンスと行こう。ウインナワルツから、タンゴにステップを変更だ」
 優雅なワルツとは対照的な、シャープで素早いステップ。雨の中、ヴィルアは敵を翻弄しながらナイトホークと踊った。
 二挺拳銃、魔力の剣、そして闇を操る魔術。ナイトホークが相手を翻弄し、ヴィルアが追い打ちを掛ける。何度も手合わせをしているので、お互いの癖はよく分かる。
「なかなかダンスが様になってきたな」
 口元に笑みを浮かべるヴィルアに、ナイトホークが額に流れる雨を拭う。
「俺はぶっ倒れそうだけどな……」
 それは相手も同じだろう。一息に倒す事は簡単だが、それでは意味がない。
 これは「依頼」であり「課外授業」だ。実際にどう戦うかは訓練では分からない。実戦を詰み、次の戦いに生かす。おそらくナイトホークは自分で忘れているだけで、実戦経験はあるはずなのだ。その勘を取り戻させる意味もある。
「そろそろ終わりにしよう。私の合図で足下に飛び込め」
「了解」
 スッと拳銃を構え、ヴィルアが天に向かって引き金を引く。それが開幕の合図だった。
「っあああっ!」
 叫び声と共にナイトホークが力一杯飛び込んでいく。それに相手が怯んだ。
「怯えたな」
 戦闘は気合いも大事だ。怯んでいる隙にやられてしまっては意味がない。
 相手は人間ではなく、人に変化した竜なのだろう。だがそれが不死以外の能力を持たないナイトホークに怯えた。そこで決着は付いている。
「三文芝居だったな」
 ナイトホークの背中から、ヴィルアは何度も銃を撃った。無論ナイトホークに当てるような真似はしない。これぐらいの距離なら目を瞑っていても当たる。
 雨が小降りになり始める頃、肩で息をしているナイトホークと倒れている七人を相手に、ヴィルアは優雅に礼をした。
「さあ、カーテンコールだ」

「……全身びしょ濡れだ。早く帰って風呂入りてー」
 戦闘服の上着を脱いで絞りながら、ナイトホークがぼやく。ヴィルアは既に魔術で服も髪も乾かしていたが、ナイトホークは犬のように時々頭を振っていた。
「そろそろ月が出る頃か」
 ヴィルアはそっとバッグのファスナーを開けた。魔術で濡れないようにしていた卵は、淡い光を放ちながらふわっと宙に浮かぶ。それと共に天には儚げな女性の姿が現れた。
「ありがとうございます……この子を守っていただいて」
「礼ならそこにいるナイトホークに言って下さい。防御向きじゃないのに、貴女からの依頼を請けたのですから」
 ふっと女性がナイトホークに向かって頬笑む。
「請けなかったら、信用に関わるからだよ。休みがまるっと潰れたぜ」
「貴方なら、私の願いを聞いてくれると信じてました。これはお礼です……手を」
 ヴィルアが手のひらを上に向けると、そこには大きな真珠が二粒乗せられた。月を現す宝石……これが今回の依頼料ということなのだろう。ただ働きをする気はないので、ヴィルアはそれを受け取り礼をした。
「健やかなお子様になりますよう」
「ありがとうございます。この子が生まれたときは、貴方達の話を聞かせることにいたします」
「俺のことは言わんでいい。むしろ言うな」
 くすくす……と笑い声を上げながら、卵を抱いた女性が空に消えた。いつの間にか天には丸い月が昇りかけている。
 腰に手を当てながら月を見ていたナイトホークが、ゆっくりとヴィルアの方を向く。
「ヴィルア、これから予定ある?」
「それはどういう誘いだ?」
「送ってくれるんだったら、課外授業の復習がしたいんだけど。スコッチでも飲みながら」
 ここにナイトホークを置き去りにする気はないし、帰って付き合うのもいいだろう。どうせさしたる予定もない。
「シャワーを浴びるぐらいは待っていてやろう」
 うんざりとした顔をするナイトホークを前に、ヴィルアは意地悪くも優雅に頬笑んで見せた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6777/ヴィルア・ラグーン/女性/28歳/運び屋

◆ライター通信◆
ありがとうございます、水月小織です。
ナイトホーク同伴の危険な仕事で、内容お任せということで、今回は防御の依頼を書かせていただきました。本来運び屋であるヴィルアさんですが、ぼやきつつもお付き合いしてくれそうかなという気がします。
何度か一緒に仕事をしているので、ナイトホークもキレずに何とかやっています。上官と下士官ですね。ダンスでもリードされっぱなしです。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
またよろしくお願いいたします。