■おそらくはそれさえも平凡な日々■
西東慶三 |
【2239】【不城・鋼】【元総番(現在普通の高校生)】 |
個性豊かすぎる教員と学生、異様なほど多くの組織が存在するクラブ活動、
そして、「自由な校風」の一言でそれらをほぼ野放しにしている学長・東郷十三郎。
この状況で、何事も起きない日などあるはずがない。
多少のトラブルや心霊現象は、すでにここでは日常茶飯事と化していた。
それらの騒動に学外の人間が巻き込まれることも、実は決して珍しいことではない。
この物語も、東郷大学ではほんの些細な日常の一コマに過ぎないのである……。
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ライターより
・シチュエーションノベルに近い形となりますので、以下のことにご注意下さい。
*シナリオ傾向はプレイングによって変動します。
*ノベルは基本的にPC別となります。
他のPCとご一緒に参加される場合は必ずその旨を明記して下さい。
*プレイングには結果まで書いて下さっても構いませんし、
結果はこちらに任せていただいても結構です。
*これはあくまでゲームノベルですので、プレイングの内容によっては
プレイングの一部がノベルに反映されない場合がございます。
あらかじめご了承下さい。
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はがねんと鬼の霍乱
〜 はがねん、怒る 〜
不城鋼(ふじょう・はがね)はすっかり辟易していた。
かたや、私立東郷大学・悪党連合の「絶対女王」、女王征子(めのう・せいこ)。
かたや、私立東郷大学最強の保険医、「鬼最上」こと最上京佳(もがみ・きょうか)。
二人の鋼を巡る争いは、年初に起きたとある事件のせいで、征子が一歩リードした形になっていた――といっても、ほとんど単なる誤解に基づくもので、実際はそんなことは全くないのだが、少なくとも当の二人の認識はほぼそれで一致していた。
そして当然、リードしていると思う者にはそれ相応の余裕が、そしてされていると思う者には何としても追いつき追い越さねばと言うがむしゃらさが生じてくる。
そのがむしゃらさこそが、最大の問題だった。
もともと京佳の行動が唐突で強引なのは今に始まったことではないが、そこにがむしゃらさが加わってさらにパワーアップし始めたのだからたまったものではない。
バレンタインデー、ホワイトデーという大きなイベントを二つ過ぎても状況を動かせなかったことで――もっとも、征子の方に有利に動いた、というわけでもないのだから、実際にはそう焦る必要もないのだが――彼女の行動はさらにあからさまになっていった。
そしてある日。
それに対して、とうとう鋼の堪忍袋の緒が切れた。
「ああ、もうくっつくな!」
鋼が乱暴に京佳を振り払うと、彼女は少し怪訝そうな顔で鋼を見た。
「いきなりどうした?」
この期に及んでまだこっちの気持ちを全く察してくれない京佳に、鋼はついかっとなってこう叫んだ。
「いいかげんにしてくれ! だから行き遅れるんだよあんたは!」
一瞬「何を言われたのかわからない」というような表情を見せた後に、京佳がぐっと拳を握りしめる。
「鋼……いくら君でも言っていいことと悪いことが……」
しかし、鋼はその言葉が終わるのを待たず、さっさと京佳に背を向けて歩き出した。
後ろの方で断続的な破壊音が聞こえたが、鋼は決して振り返らずに歩みを進める。
結局、京佳が彼を追ってくることはなかった。
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〜 現れない人 〜
次の日、京佳は鋼の前に姿を現さなかった。
昨日本気で怒ったのが効いたのだろう。鋼はそう思った。
その次の日も、京佳は姿を見せなかった。
これで少し頭を冷やしてくれるといいが、どうせまた明日頃には唐突にやってくるのだろう。
これまでのパターンから、鋼はそれくらいに考えていた。
ところが、三日目になっても京佳が彼のところへやってくることはなかった。
文字通り「鬼の居ぬ間の何とやら」とばかりに征子が顔を出したりもしたが、鋼の様子がおかしいことに気づいてか、あまり長居はせずに帰っていった。
彼女の方は、最近の精神的余裕のせいか、微妙に適度な距離感というものを掴みつつあるようにも見受けられる。
それはそれでいいとして、問題は京佳の方だ。
あの京佳のことだから、あれほどきつく言われたことなどほとんどなかったのだろう。
そのせいで、鋼が思った以上に堪えているのかもしれない。
そう思うと、鋼は少し心配になった。
四日目も、五日目も、六日目も、京佳は現れなかった。
さすがにこれだけ間が空くと、鋼の方も怒りはほとんど収まり、心配の方が強くなってくる。
そして七日目、再び現れた征子に、鋼は意を決してこう聞いてみた。
「征子さん、最近京佳さんどうしてる?」
京佳の名前を出されたことに征子は少し機嫌を損ねた様子だったが、やがて少し不思議そうにこう答えたのだった。
「そう言われてみれば、ここ数日最上先生を見かけませんわね。
もっとも、私は医務室には行っていませんから、ずっと籠もっていたのなら会わなくても無理はありませんけど」
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〜 謎の保険医 〜
八日目。
いよいよもって何かがおかしいと気づいた鋼は、自分から京佳に会いに行って、言い過ぎたことを謝ろうと決めた。
またその他の女性ファンに見つかって大騒ぎになってもことなので、事情を知っている知人に――例えば、プリンス同盟の面々など――手伝ってもらって、なるべく一般の学生に見つからぬように医務室へと向かう。
ところが、その日医務室にいたのは、京佳ではなく、眼鏡をかけた線の細い青年だった。
「ああ、いらっしゃい。とりあえず注射打っときます?」
一見普通そうに見えて、さらっととんでもないことを言う辺りはさすがに東郷大学の関係者である。
「いや、別に体調不良ってわけじゃないんで遠慮しときます」
鋼がきっぱりはっきり断ると、青年は苦笑しながらさらに恐ろしいことを言い出した。
「それは残念です。さっき調合したばかりで、ただいまお試し期間中なのですが」
「……それ、人体実験って言いませんか?」
「そうとも言います」
つくづく、この大学にはまともな人間がいない。
そもそも、一体それは何をどう調合して作った、何のための注射なのか?
少しそのことが気になったが、聞けば長々と語られたあげく、なし崩し的に実験につきあわされるのは目に見えている。
鋼はすっぱりと注射のことは忘れて、自分の用件を切り出した。
「それはそうと、普段ここにいるはずの最上先生は?」
すると、帰ってきたのは予想外の返事だった。
「何でも体調を崩されたとのことで、四日ほど前からお休みですよ。
戻ってくるのは早くても来週の末頃、という話でしたが」
あの京佳と「体調不良」などという言葉は、普通にはどう考えても結びつかない。
それも、四日間も休んだ上、当分は戻ってこないとなると、ただの風邪や何かではあるまい。
そうなれば、もはやここに用はない。
「ありがとうございます。失礼しました」
「あ、注射は」
「結構です!」
そんなやりとりを経て、鋼はもと来た時と同じように東郷大学を抜け出したのだった。
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〜 鬼の霍乱 〜
京佳が普段住んでいるのは、都内のとある高級マンションである。
鋼はかつて一度ここに連れてこられたことがあるのだが、ここはあくまで「職場の近くにもう一部屋購入した」だけであって、本来の自宅は研究所を兼ねたものが某地方の山中にあるらしい。
――どう考えても、このマンションは「もう一部屋」で購入するような、また購入できるような場所ではないのだが。
改めて彼女の謎の多さを実感しつつ、京佳の部屋の番号を入力する。
『……誰だ?』
インターホン越しに聞こえてきたのは、普段からは想像もつかない、弱々しい京佳の声だった。
「不城鋼です。体調を崩したって聞いて」
鋼が皆まで言うより早く、インターホンが切れ、エントランスのドアが開く。
いきなりインターホンを切られたのは心外だが、オートロックを開けてくれたと言うことは「来てもいい」もしくは「来い」ということなのだろう。
ほとんどホテルのフロントロビーと見まがうようなエントランスホールを足早に通り抜け、鋼はエレベーターで彼女の部屋へと向かった。
鋼が京佳の部屋のチャイムを鳴らしたのと、京佳がドアを開けて顔を出したのはほとんど同時だった。
「……何か用か」
やや不機嫌そうに彼女はそう言ったが、その声には力がなく、顔は真っ赤で、その上少しふらついているようにも見える。
「なんだか体調を崩してるって聞いて、お見舞いに――」
「不要だ」
先日の一言をまだ怒っているのか、それとただ単に機嫌が悪いのか、いずれにせよすっかりとりつく島もない。
かくなる上は、先に謝ってしまうしかないだろう。
そう考えて、鋼が謝罪の言葉を口にしようとした時。
不意に、京佳が倒れ込んできた。
とっさに抱き止めた鋼の腕に、彼女の体温が伝わってくる――ひどい熱だ!
「京佳さん! 大丈夫か!?」
鋼は急いでそう呼びかけてみたが、京佳は返事をするのさえ辛そうな様子だ。
何の病気かはわからないが、とにかくこのままにしておいていいはずがない。
そう考えて、鋼は大急ぎで彼女を抱き上げ、寝室まで連れて行った。
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〜 等価交換 〜
京佳の様子が少し落ち着いたのは、鋼が京佳をベッドまで運び、彼女の額に氷嚢を乗せ終わった後だった。
「具合の方はどう?」
尋ねる鋼に、京佳は自嘲気味に笑ってみせる。
「見ての通りだ。頭はぼーっとするし、身体にもほとんど力が入らん」
その上、さっきのように突然意識が飛ぶとなると、これはかなりの重症だ。
「かなり熱もあるみたいだけど……風邪、じゃなさそうだな、どう考えても」
何の病気なのかと首をひねる鋼だったが、京佳にとっては全てが明々白々だった。
「副作用だ。いろいろいじっているので、時々こういう妙な形で反動が来る」
何を「いろいろいじっている」のか?
そのことは、少し考えれば――いや、ほとんど考えなくてもわかる。
彼女が「いろいろいじっている」と言ったのは、間違いなく彼女自身の身体のことだろう。
「別に後悔はしていない。
何かを得るためには、別の何かを失わなくてはならない。そういうことだ」
一体何が、彼女をそこまでさせたのだろう?
鋼はそのことを疑問に感じずにはいられなかったが、なぜだかそこに踏み込むことはためらわれた。
「さっき台所見たけど、ここ数日ほとんどろくに食べてないだろ。
何か消化のよさそうなものでも作ってくるよ」
そう言って、鋼は一旦その話を打ち切った。
鋼が食事を作り終えて戻ってくると、京佳はぼんやりと天井を見上げていた。
「京佳さん、できたよ」
料理の器を乗せたトレイを一旦脇に置き、京佳の上体を抱き起こす。
すると、彼女がぽつりとこう言った。
「なあ、鋼」
「ん?」
「ふと思ったのだが……私が休んでいるとどうしてわかった?」
言われてみれば、このことは征子すらも知らなかったことだ。
何故鋼が知っていたのか、彼女が不思議に思っても無理はない。
「医務室に行ったら、代わりの先生がいて、それで」
そう正直に説明すると、彼女はなおもこう聞いてくる。
「そんなところに何の用が?」
ただ意地悪をしているだけなのか、それとも本当にわからないのか。
そのどちらが本当なのかは、彼女の表情からはいまいち読み取れない。
少し考えてから、鋼は正直にこう打ち明けた。
「あの時、俺もちょっと言いすぎたから、そのことを謝ろうと思って」
「そうか」
一度だけ、京佳が小さく頷く。
その顔が微かに微笑んだように見えたのは、きっと気のせいではないだろう。
「でも、初めに聞いた時は本当に驚いたよ。
とにかく、早く元気になってください」
彼女の額にかかった髪を払いながら、鋼は軽く微笑み返したのだった。
その後。
氷嚢の氷を取り替えたり、水分補給のためにお茶を入れてきたり、タオルで背中を拭いたりと、彼女の看病をしているうちに、いつの間にかすっかり夜になってしまっていた。
「それじゃ、俺、そろそろ帰るよ」
「ああ。鋼のおかげで助かった」
無理をして玄関まで見送ろうとする京佳を押しとどめ、彼女の寝室を後にする。
と。
「……鋼?」
鋼がドアを閉めようとした時、微かに鋼の名を呼ぶ声が聞こえた。
もう一度ドアを開けようとする鋼の手を、彼女の次の言葉が止める。
その声は、今までにもまして弱々しく、閉じかけたドア越しでは正確に聞き取ることはできなかったが――鋼の耳には、その言葉はこう聞こえた。
(この先一体何を失えば、私はお前を……?)
「……え?」
ドアノブを握ったまま鋼が聞き返すと、一瞬の間の後で、京佳の苦笑する声が返ってきた。
「すまない、熱のせいでおかしなことを言ったようだ。忘れてくれ」
それが本当に熱のせいだったのか、それを確かめる術はなかった。
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〜 そして再び日常が始まる 〜
その二日後。
高校からの帰り道を歩く鋼の隣に、見覚えのある黒のスポーツカーが止まった。
窓が開き、すっかり普段通りに戻った京佳が顔を出す。
「京佳さん! 身体の具合はもういいのか?」
「ああ、どうもあの日が山だったようでな。
鋼のおかげで予定よりずいぶんと早く復帰できた、ありがとう」
その表情に、すでに先日のような弱々しさは微塵もない。
(やっぱり、京佳さんはこっちの方が京佳さんらしくていいな)
……と、思う間もあらばこそ。
次の瞬間には、鋼は「普段通りに」後部座席に放り込まれていた。
「で、何でこうなるんだよ」
あまりと言えばあまりの展開に、さすがにげんなりするしかない鋼。
そんな彼に、京佳は楽しそうにこんなことを言いだした。
「一昨日のお礼に、夕食でもどうかと思ってな。この辺りに行こうかと思っているがどうだ?」
「この辺り、って全部超一流レストランじゃ……俺、制服なんだけど」
「それなら途中で服を買っていけばいい。鋼ならきっと何を着ても似合う」
「いや、服って」
「それも奢りだ、遠慮するな。私もいろんな君が見たいし、それで十分もとはとれる」
普段通りどころか、ダウンしていた期間の分まで積極的になっているのは気のせいだろうか?
「私はこれまで選んできた道を後悔していない。
そしてこれから先も後悔したくないし、決して後悔しない」
再確認するかのようにそう言った京佳の後ろで、鋼は早くもあの日謝ってしまったことを後悔しそうになっていたのだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2239 / 不城・鋼 / 男性 / 17 / 元総番(現在普通の高校生)
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■ ライター通信 ■
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撓場秀武です。
この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。
というわけで、うすうすお気づきだったとは思いますが、これが彼女の並はずれた力の理由の一つであり、主な研究テーマにして収入源の一つでもあり、そして裏話的なことを言わせていただくと名前の由来だったりもします。
それはさておき。
人間病気をしたりして、特に寝込んだりするとどうしても弱気になると言いますが、そうやって弱気になっている時だからこそ言えるようなことも、きっといろいろとあるのではないかと思うのです。
もちろん、そうしてそれを言ったり、聞いたりすることが、当人たちにとって幸せなことかどうかというのは、全く別の問題ではありますが……。
ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。
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