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■おそらくはそれさえも平凡な日々■

西東慶三
【1376】【加地・葉霧】【ステキ諜報員A氏(自称)】
 個性豊かすぎる教員と学生、異様なほど多くの組織が存在するクラブ活動、
 そして、「自由な校風」の一言でそれらをほぼ野放しにしている学長・東郷十三郎。

 この状況で、何事も起きない日などあるはずがない。
 多少のトラブルや心霊現象は、すでにここでは日常茶飯事と化していた。

 それらの騒動に学外の人間が巻き込まれることも、実は決して珍しいことではない。
 この物語も、東郷大学ではほんの些細な日常の一コマに過ぎないのである……。

−−−−−

ライターより

・シチュエーションノベルに近い形となりますので、以下のことにご注意下さい。

 *シナリオ傾向はプレイングによって変動します。
 *ノベルは基本的にPC別となります。
  他のPCとご一緒に参加される場合は必ずその旨を明記して下さい。
 *プレイングには結果まで書いて下さっても構いませんし、
  結果はこちらに任せていただいても結構です。
 *これはあくまでゲームノベルですので、プレイングの内容によっては
  プレイングの一部がノベルに反映されない場合がございます。
  あらかじめご了承下さい。
閉じられた筺の奥

〜 集う願い 〜

 懐中時計の文字盤から放たれた光が、暗く狭い空間をまるで真昼のように照らし出した。

 その光を浴びながら、歌姫は歌う。
 願うように、祈るように、ありったけの心を歌う。

 それに合わせて、今度は辺りの時空がまるで舞うように揺らぎ始める。
 歌声と光の中で、その揺らぎは徐々に大きくなっていく。

 その煽りを受けて、近くの棚に並べられていた本が舞い上がり――それが落ちるのを待たずに、今度はその光景そのものが激しく揺らぎ、やがて砕け散る。

 後に残ったのは無数の欠片と、万華鏡のように絶えず色や形を変え続ける不思議な景色。

 時空をねじ曲げ、今、この場所に、全ての時間、全ての空間が引き寄せられてきている。
 漂う無数の欠片たちは、全て違った時間、違った空間へとつながる扉となっている。
 そのことを、歌姫は理屈抜きで確信していた。

 これだけでも、この懐中時計がどれほどの力を秘めていたかを証明するには十分すぎる出来事である。
 けれども、歌姫はその力のすごさを、まさしく自分の身をもって実感することとなった。

 扉を通じて、あらゆる時間、あらゆる空間から、「願い」の力が溢れ出してくる。
 それらの力は、直ちに懐中時計と、それを持つ歌姫のもとへと向かう。

 それはあの訃時(ふ・どき)の身体から噴きだした「怨念の海」とは真逆の性質の、しかし力の大きさにおいては勝るとも劣らないほどの巨大な力である。

 この力を引き出した時、『叶えられない事は無くなる』。
 少女はかつて歌姫にそう言った。
 その言葉は――比喩でも何でもなく、れっきとした真実だ。
 今なら、できないことはないだろう。

 とはいえ。
 それだけの巨大な力は、当然それを使おうとする者にとっては大きすぎる負担となる。
 今はどうにか抑えているが、全身の神経が白熱するように熱く感じられ、少しでも気を抜けば意識ごと持っていかれそうだ。
 そして、もし今この状態で意識を失い、制御に失敗するようなことがあれば――例えこの力が「正の力」であるとしても、間違いなく、自分は自分自身ではなくなってしまうだろう。

 いずれにしても――絶対に、長くはもたない。

 やるなら、今しかないのだ。

 歌姫は再度覚悟を決めると、胸に抱いた風野時音(かぜの・ときね)をさらに強く抱きしめ、右手でそっと彼の胸に触れた。
 その手が、まるで水の中へと入っていくかのように、指先からすんなりと時音の胸の中へと沈み込んでいき――その指が、時音の光刃、もしくは時音の魂に触れる。

 やるなら、今しかない。
 今やらなければ、時音は――!!

 意を決して、歌姫はそれをそっと掴み、ゆっくりと引き抜き始めた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 魂の傷 〜

 異変が起こったのは、時音の胸から僅かに光刃の柄のようなものがのぞいた瞬間だった。

 歌姫の視界で蒼い稲妻が閃き、同時に全身をすさまじい激痛が走った。

 懐中時計が引き寄せた力ではない「何か」が、歌姫の中へと流れ込んでくる。

 それは、ただ一つの痛みではなく、無数の痛みの集合体。

 刃物で切られるような、冷たく鋭い痛み。
 銃で撃たれるような、焼けつくようにひどい痛み。
 鈍器で殴りつけられたような、衝撃を伴う痛みと、後を引く鈍痛。

 そして、身体の痛みだけでなく、心の痛みも。

 何もかもを失った絶望。
 たった一人、悲しみの奥底にうずくまる孤独。
 慟哭、狂気、そして憎悪――。

 一言では決して表しきれないであろう多種多様な痛みが、一度に歌姫を襲う。
 だが、それをたった一言で表す術を、歌姫は知っていた。

 この痛みは――「時音の痛み」だ。

 時音の魂に刻まれた、消えない傷の記憶。
 彼の魂を取り込むということは、すなわちその傷の記憶も含めた全てを受け入れること。
 こうなるであろうことは、歌姫には初めからわかっていた。

 だから、彼女は耐えた。
 漏れかけた悲鳴を必死にかみ殺し、少しずつ、少しずつ、光刃を引き抜いていく。

 再び激痛が走り、鮮血がしたたり落ちる。
 傷の記憶が、本当の傷となって歌姫の身体に表れ始めたのだろう。

 それでも――ここで手を止めれば、手を離せば、時音を救う機会は永久に失われる。

 これまで歌姫が出会った、多くの光刃使いたち。
 彼らの光刃は、どれも所有者の心と身体、魂の有り様を映す鏡のように、その色や形を変えていた。

 ならば。
 この時音の光刃を、彼の魂ごと取り込み、自分のものにできれば――それを通じて、「消えかけている」とまで言われた彼の魂を治すことも、きっとできるはずだ。

 そしてそれができるのは、「願い」の力が背中を押してくれている今をおいて他にはあり得ない。

 だから――並の人間ならとうに意識か正気かのいずれかを失っているであろう苦痛の中でも、歌姫は決してその手を離そうとはしなかった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 筺の底に残ったもの 〜

 声が聞こえた、ような気がした。

 意識を取り戻した時音が、何事か叫んでいる。

 何を叫んでいるのか、すでに歌姫の耳には聞こえない。
 けれども、その絶望と、これまでにない恐怖に染まった表情を見れば、全てわかる。

 彼の悲鳴は、彼にとって最も大切な人を――つまり、歌姫の身を心から案じる悲鳴。

 歌姫の挑戦は、やはり、彼を悲しませることになってしまった。
 これもわかっていたことではあるが、それが辛くないと言えば嘘になる。
 しかし、どうあっても、これだけは決して譲るわけにはいかないのだ。

 その思いを込めて、光刃を握る手にさらに力を込める。





 と。

『え……えと……今……なんて言ったの?』

 不意に、少女の姿が歌姫の脳裏に浮かんだ。
 時音がかつて姉と呼んだ、あの少女だ。

『あ、ううん、聞こえなかったわけじゃないの。でも……お姉ちゃんって……?』

 どうやら、今度は時音の記憶が――傷の記憶ではなく、思い出が流れ込んできたようだ。

 真っ赤になって、しかしとても幸せそうに笑っている少女。
 その姿が消え、今度は歌姫もよく知る人物の姿が現れる。

『うん、僕の夢は……この戦いを終わらせる事』

  加地葉霧(かじ・はきり)だ。

『どちらかがどちらかを殲滅するまで戦いを止めないという異常な状況の根にあるのは利害関係だけじゃない。
 訃時……あらゆるエネルギーと生態系を狂わせるあの怪物もまた大きい』

 普段は冗談ばかり言っていた彼だが、時音の記憶の中の彼は、それとはまた違って。

『皆はあれを自然災害として諦めている。でも……それじゃあダメだ。
 あれを斃し、まずは世界を人間の手に取り戻す。そこから僕は始めたい』

 とても眩しそうに街を見つめながら、真剣な口調でそう語った加地。
 そんな彼の姿に、それを憧れの眼差しで見つめていた時音の想いが重なる。

 それもやがて過ぎ去り、次に現れたのは、時音の幼馴染みの蒼乃歩(あおの・あゆみ)だった。

『いい? この街には決まりがあるの。
 皆が仲間。仲間で家族。だから胸を張って! ね?』

 彼女のその言葉と微笑みが、どれだけあの頃の時音にとって嬉しかったことか。

 だが、それもすぐに消え去り。
 次に来たのは、あの牢獄の記憶だった。

 暗くて、冷たくて。
 その頃の時音の心も、直前に両親を殺されていたことで、すっかり閉ざされていて。

 それでも。
 その暗く冷たい闇の彼方から、優しい歌が聞こえてきたから。
 そして、その歌声の主が――幼い日の歌姫が、時音のところへ来てくれたから。

 ――その出会いがあったから、今の二人がある。





 そこから先の記憶は、ほとんどが歌姫に関するものだった。

 何度も何度も、あの『歌声』が時音を支え、導いてくれたこと。

 夜桜の下で、「この時代において」初めて出会ったこと。

 あやかし荘での火事騒ぎの後、初めて唇を重ねたこと。

 平和な時代の様子に驚いた、初めてのデート。

 怪しい恋占いのことも、初恋の話をした日のことも。

 一緒に戦った日のことも、そしてお互いの過去を思い出した時のことも。

 一つ一つの記憶が、全て時音にとっては宝物だったのだろう。

『……本当は、消去力を使う日になったら……彼らが願う物でなく、彼らを殺すつもりだった。復讐しようと思っていた』

 最後に現れたのは、桜並木と、その下を歩く歌姫の姿。

『けれど……君に逢えた。君の歌が違うと教えてくれた。だから……皆にも逢えた』

 今さらながら、歌姫は時音がどれだけ自分のことを想ってくれていたかを改めて実感していた。

『だから使わなかった事……本当に良かったと思ってる』

 その言葉に――時音の記憶の中の歌姫と同じように、歌姫は小さく頷いた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 重なる魂 〜

 その後に現れたのは、歌姫の知らない――そして、時音も正確には知らない白衣の男だった。
 その顔は見えないが、どうやら未来の人間、それもおそらく東郷の関係者であるらしいことはわかる。

『……憎悪対象の仮面を被る者には、思い出だけしか持つ事は許されていない』

 そう。
 だから、思い出だけしか持っていなかったはずの時音が、その仮面を引き受けた。

 でも。

『もしも思い出以外の心残りがある者がそれを被るなら、それは悲劇の始まりになる』

 思い出だけしかなかったはずの時音は、歌姫と再会して、再び「今」を取り戻した。
 それはすなわち、時音がその「仮面」の主としては不適格になったことを意味する。

 それでも、時音は自分からその仮面を脱ごうとはしなかった。

 自分が全て背負い込んで、そのままあの世まで持っていくことで、結果的には歌姫の命をも守ることになると思っていたから。

 本当に不器用で……けれど、どこまでも優しくて。
 そんな時音だからこそ、歌姫はずっと彼に生きてほしいと願い――。

『私は絶対に死なないと誓う。だから、貴方もそう誓って』

 その約束を、時音が受け入れた時。
 歌姫は、本当にそのことを喜んだ。

 けれども。
 それに勝るとも劣らないくらい、時音もそのことを喜んでいたのだ。

 大切な人たちと――大切な歌姫と一緒に生きたい。
 それが、彼が本当に望んでいたことだったから。

 こうして直接魂が触れ合うよりもずっと前から、二人の想いはとうに重なっていた。
 それをこうして確かめられたことが、この上なく嬉しかった。





 声が聞こえる。

「間に合わないのか!? 君まで……こんな!」

「君まで」――巻き込んでしまう?

 違う。
 最初の出会いは偶然だったのかもしれない。
 二度目の再会は運命だったのかもしれない。
 でも、今は――そのどちらでもなく、自分の意志でここにいる。

「君まで」――死なせてしまう?

 違う。
 誓ったはずだ。決して死んだりしないと。
 一緒に死にたいのではなく、一緒に生きたいから。
 そして、時音も本当はそれを望んでいてくれるから。

 だから――どんなことだって、乗り越えられる。

「間に合わない」?

 違う。
「間に合わない」のではなく――「間に合う」、いや、「間に合った」のだ。





 気がつくと、すでに痛みは消えていた。
 本当に痛みが消えたのか、ただ単に感覚が麻痺しただけなのかはわからないが、そんなことはもうどちらでもいい。

 ありったけの力を、そして想いを込めて、すでに中程まで見え始めている光刃の柄をさらに強く握り、引き上げる。

 すると。
 不意に、時音が大きく目を見開き。

 そして――ついに、光刃が引き抜かれた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 1219 / 風野・時音 / 男性 /  17 / 時空跳躍者
 1136 /  訃・時  / 女性 / 999 / 未来世界を崩壊させた魔
 1376 / 加地・葉霧 / 男性 /  36 / ステキ諜報員A氏(自称)
 1136 / 蒼乃・歩  / 女性 /  16 / 未来世界異能者戦闘部隊班長

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■         ライター通信          ■
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 撓場秀武です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。

・このノベルの構成について
 今回のノベルは、基本的に四つのパートで構成されています。
 今回は一つの話を追う都合上、全パートを全PCに納品させて頂きました。

・個別通信(加地葉霧様)
 今回はご参加ありがとうございました。
 プレイングを見た時、久しぶりの懐かしい名前に少しはっとしました。
 調べてみるとなんだかんだで約一年ぶりですね……と言っても、その時はほとんど名前だけの登場で、今回よりもさらに出番は少なかったと記憶していますが。
 ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。